『ワイルド・シミュレータ』

作家志望Vtuber「僕話ヒノトリ」

出会い

嵐の夜に

1.嵐の夜に(1)


 今日のズー大陸は大荒れだった。


 びゅうびゅうと風が吹きすさび、雷鳴が雄叫びのように大地を揺らす。

 こんな嵐の中、ここ「カボスの丘」に来るのは俺みたいな古参プレーヤーだけだろう。




 ぴちゃり。




 暴風を凌ぐため小さな洞窟に潜む俺の鼻先に水滴が落ちる。

 その音につられ水滴の先の水溜まりに目を向ける。


 そこに映る一つの大きな黒い毛玉。

 大きな耳と大きな口、鋭い爪をしまい込み静かに佇む一匹の獣。


 この世界での俺の姿は「狼」。

 獲物を求め息を潜める孤高の獣、文字通りの「」だ。




 今回の標的は「銀の麒麟きりん」。

 最近のアップデートで追加された新NPCで嵐の中でしか出現しないレアな幻獣種。

 並のプレーヤーでは倒せない特殊な能力を持っているらしく未だ討伐情報は少ない。

 だが聞いたところではこいつを倒すと時価200万コイン……、現実世界の現金換算で100コインは約1円だから2万円くらいか……、とにかくそのくらいの価値がある「麒麟の角」が手にはいるのだ。


 俺はそれを狙っている。




 このゲームがリリースされてから半年近く経つが現在も世界同時ログイン者数は10万人を越えている。

 にもかかわらず今までサーバーエラーが出たことはないというのはこのゲームを制作、管理する大企業「デミウルゴス」の技術力によるものだろう。

 リリース一ヶ月前に発表されたβ版からこのゲームを遊んでいるからこそ本当にこの世界の出来のよさに感心している。


 このゲームの名前は「ワイルド・シミュレータ」。


 好きな動物になって好きに生活出来る体感型VRゲーム。

 俺はこのゲームで一人、狩りを楽しんでいる。



 ……断っておくが別に友達がいないわけじゃあない。

 実際何人かこのゲームをプレイしている知人はいる。

 ただ社会人にもなって「一緒にゲームしようぜ!」なんて言えないのだ。

 一緒に遊ぶ時間も合わないしな。

 それに長らく話もしてないしなんと切り出したらいいのやら……。


 ともかく俺は一人でもこのゲームを楽しんでいる。


 俺のプレイスタイルは肉食動物として基本的な「ハンター」だ。

 腹が減ったら草食動物を狩り、気ままにこの世界を放浪している。


 今回ゲーム内通過であるコインが欲しいのは最近実装された空腹ゲージの消耗を抑えるアイテム、「世界樹の首輪」を手にするためだ。

 コインを得るためには農業だったり狩りだったりしてアイテムを集め、町の交換所で交換しないといけないのだ。

 このゲームはコインを課金で手に入れることが出来ない。

 ゲーム内で稼ぐしかないってことだ。


 ちなみに狩る対象はプレーヤーでもNPCでも構わない。

 どちらでも倒すと所持アイテムを全て落とすのだ。

 俺は狩りも楽しんでいるがやはりこの大自然を駆け巡り自由に楽しみたい。

 その為に行動と共に減る空腹ゲージの減少は押さえたいんだ。


 そんな訳で今強力なボスNPC「銀の麒麟」を狩るために洞窟に身を潜めている。

 やつが現れるとき落雷が落ちるらしい、それを待っているのだ。


 ……耳をすませ獲物を待つ。

 この感覚は現代社会では中々味わえない。




 感覚を研ぎ澄ませ獣になりきる。

 じっとやつが来るのを俺は待っているんだ。





 カッ!!





 来たぞ! 雷だ!!


 全速力で落下地点を目指す。






 この時俺は正直油断していた。

 ゲームの中の仮初めの世界で俺の人生を変える出会いが待っているなんて……。


 何一つ、考えちゃいなかった。



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