第18話 固有魔法保持者
曙の光が徐々に昇ってくる。朝霜が光を浴び、幻想的な光景を作り出していた。
ヨール市、グランザール魔法騎士学院。その学院長室でケイは学院の制服に着替え、正面に座る上司と対峙していた。
豪華な椅子に腰かけた、学院長兼王国諜報機関【
半紙にびっちりと羅列された文字を最後まで読むまで、ケイはビシッ、と伸ばした姿勢を崩すことはなかった。その姿は、学院生として過ごしている時とは違って大人びていた。
「……ふむ、詳細は把握した。ご苦労だったな」
「いえ、【茨】と【狼】がいたためそこまで苦労する事はありませんでした」
「そうか、事後調査でターゲットが消失したのか確かめる事になるが、まぁ、大丈夫だろう」
王宮騎士時代に魔法研究所に出入りしていた事があるジャックなら一度くらいは顔を合わせた事があるだろう。だが、自身の記憶にジル=リーブルの顔が浮かばないため、ケイの仕事がちゃんと出来たと判断出来る。
「ご苦労、スマンな疲れている所に仕事請け負わせて」
「いえ、あれは想定外だったため仕方がない事かと思います」
確かに野外演習で森の魔獣が暴れるという事件に巻き込まれ、負傷した生徒たちの世話をしながら学院に戻る羽目になったが、仕事に支障があるほど忙しくはなかった。もし、あの事件で死者が出ていたらもう少し大変だったことだろう。
「野外演習でも、奇跡的に死者は出なかったから安心だ」
「二足の草鞋も大変ですね」
「ま、陛下直々の勅命だからな、仕方がない」
ふっ、と静かに笑い報告書を机の上に放り投げる。
表では学院長として、裏では諜報機関の室長として活動しているジャック。浮かべられる笑みには一体どんな重責が込められているのだろうか。10年近く一緒にいるが、まだ分からない事だらけである。
「それじゃ、俺もこれを上層部に届けるから暫く留守にするが、寂しがるなよ」
「御冗談を。俺が寂しがるなんて思っていないでしょ」
「まぁ、そうだが。しかし、ほんとその口ぶり、学院生として振舞っている時とは大違いでいまだに慣れないな」
「……はぁ、しょーがないでしょ。王都から遠ざけるために、ここに入学させたくせに」
至極丁寧な言葉遣いで会話するケイにとうとう我慢できなくなったジャックが頭を掻きながらぼやく。どうも、自分の態度に戸惑っている様子なのでケイは普段使っている学院生ケイ=ウィンズの仮面を被る。
普段の口調になったケイにジャックは心なしか安堵の表情を浮かべた。
「流石に知っていたか。ま、あとは監視という目的もあるが、別に俺は心配してしないけどな」
「はっ、最初に誘ったのはそっちのくせに」
「はっ、死にたそうにしていたくせに」
鼻で笑い合い、視線を合わせる。不敵に笑い合う二人の間になんとも言い難い空気が漂っていた。
暫く、沈黙が流れた後ジャックが口を開く。
「んじゃ、王都行く準備するか。また命令があるまで待機しておけ」
「了解です」
諜報機関の室長としての指示にケイは右腕を胸に置く。騎士団の正式な敬礼だ。
これで、仕事は終わり。そう思ったケイは、次にギロリ、とジャックを睨み言う。
「さて、ジャック学院長。ちょっとお話があります」
「ん? どうした、急に真面目な顔になって」
学院生としての顔から一変して、闇の中に生きる者の顔つきになる。鋭い視線を受け、ジャックが首を傾げて訊ねた。ジャックのとぼけた態度にケイは冷ややかな眼を向ける。
「……何か隠していますね」
「………」
ぴしゃり、と告げられたケイの言葉にジャックが目を細める。しかし、ケイは黙り込むジャックの反応を見逃さないとばかりに目を凝らしていた。
ジッ、と自分を見つめてくるケイにジャックはこれ以上は無駄かと、嘆息つき椅子に深くもたれかかった。
「はぁ、いつから勘づいていた?」
「結構最初からです」
「……そうか」
おかしいと思ったのだ。いくらこの学院でチーム制度があるからと言って、諜報機関に属するケイに、それこそ普通の生徒と組ませるなんて。だから、ケイはジャックの意図に何か裏があると感じた。何が目的かは分からないが、只ならぬものだと言うのだけは理解出来ていた。
初めは、リン=ベェネラの魔力操作が苦手というものだと思った。彼女に魔力を持たずとも戦っているケイの姿を見せて一騎奮闘させるのが狙いなのかと。しかし、ケイは今回起こった野外演習騒動で何かが嚙み合っていないと感じた。
「今回、野外演習で起こった騒動。その原因はジル=リーブルが街道に放つために隠していた魔獣たちが暴れた、という事になっています。だけど、それも違うと俺は睨んでいます」
「その心は?」
「リンとティアを救出する際に、魔獣との戦闘になったのですが、そこで魔獣らしからぬ行動を見ました。……魔獣が、まるでティアを守るように立ちふさがった」
「………」
「調教され、パートナーとなった魔獣が飼い主を守るなんて話は聞きますが、今回は野生の魔獣。それもC、Dランクの魔獣もいました。それが、果たしてたった一人の、普通の少女を守ろうとなんてしますか?」
「………」
「もう一度訊きますジャック学院長、または室長、あなたは一体何を隠しているのですか?」
しっかりとした口調は、彼が逃げるのを許さない表れだった。真っすぐに射抜かれる目は、嘘をついても無駄と言っているようだった。
ジャックは、ケイの黒く澄んだ瞳に当てられ、それが眩しく思えた。
ゆっくりと、学院長はケイに語り掛ける。
「ケイ、お前、魔獣がどう生まれたか知っているか?」
「……空気中に漂うマナを取り込み過ぎて、特異の構造となった元々は獣。突然変異という奴ですよね」
「あぁ、そして、魔獣はその凶暴さを危険視されて狩られる存在となった。大昔に魔王が創造した、なんて言う輩もいる。あくまでおとぎ話の域だがな」
「それが何か?」
しかし、ジャックはケイの質問に答えることなく話題を変えた。
「ティア=オルコットについては前に教えたよな?」
「……はい、両親が盗賊に殺され騎士団に保護されたと、盗賊は騎士団で壊滅させられとも」
「あぁ、そうだ。しかし、それには一つ大きな嘘が紛れている」
「嘘……?」
「確かに、ティアを保護したのは騎士団の小隊だ。けれど、盗賊を壊滅させたのは騎士団ではない」
「……どういう事ですか?」
「盗賊を捕まえにいった騎士団がアジトを襲撃した時、そこにあったのは多数の死体と……魔獣だった」
「何?」
「当然、何があったのか戸惑う騎士団だが、次の瞬間には魔獣たちが自分たちに襲い掛かった。すぐに魔獣らは討伐され、地下の牢屋で閉じ込められたティアを発見し、保護。だが、話はここで終わりじゃない」
「と言うと?」
「王都へ戻る際に、魔獣たちの襲撃に何度も遭ったそうだ」
「……」
「幸い、そこまで強力な魔獣でもなかったおかげで誰の犠牲も出さず王都に凱旋。ティアは王都にある孤児院に預けられた」
ジャックが語った内容は今回起きた騒動とよく似ている。いや、似すぎている。そして、これらの共通する事項は、ティア=オルコットという存在だ。
「その後、孤児院で暮らしていたティアだが、預けられて暫くは王都付近に潜む魔獣たちの動きが何故か活発となり、冒険者含め多くの者が手を焼いた。この事に不審に思った王宮騎士団と魔導士団は、ティアという謎の存在について調べた。そして、結果、判明したのが__」
気づけば、ケイは自然と右手で拳を作り、握りしめていた。力の入れすぎのせいか赤くなっている。
だが、そのことに気づいていないジャックは静かに、淡々とした口調で言った。
「ティア=オルコットは固有魔法保持者だ」
会話の流れから、何となく予想していた事実。しかし、ケイはその言葉に顔を歪めていた。
固有魔法。それは、ある日突然その者に発現したオリジナルな魔法。他の誰にも真似できない唯一無二の特殊な能力だ。神から与えられたギフト、なんて言う者もいるほど数万に一人くらいの割合しか存在しない力。
だが、特別であるがゆえに発現した者の多くは捕らえられ、それこそボロ雑巾のように使われる。そして、他と違うということで差別されることもある。
それを、小さい子どもが手に入れてしまった。
両親も、居場所も失った少女に与えられた残酷な力。もし、神様がいるのだとしたらケイは言ってやりたい。
「クソくらえ」と。
「それが判明したため、彼女には監視をつけることになった。流石に子どもを軍に入れるのはマズかったからな」
まぁ、ケイという例外が存在しているのだがそこはあえて触れないでおく。
「ティアの、固有魔法の能力は?」
それこそ、大体の予想がついているケイだが、聞かなければならなかった。
ジャックもまた、同じ考えに至ったようで隠す事なく教えた。
「名を【魔王】。全ての魔獣を使役する能力だ」
「……使役」
「あぁ、そうだ。しかも、魔獣の声が聞こえるという話もある。しかし、まだ本人はコントロール出来ず、感情の起伏によって発動するみたいだ」
「具体的には?」
「絶望、悲観、死への恐怖。これらの負の感情が無意識のうちに魔獣を使役していると考えられている」
親を殺され、居場所を失った絶望。親友からの冷たい言葉による悲しみ。それらが、彼女が固有魔法を発動させるトリガーのようだ。確かに、そんな不安定なものを利用したいとは軍も思うまい。
「なるほど……」
一度、頭の中を整理するケイ。この数分で彼に与えられた情報はそれだけ重大で、落ち着いて整理する時間が欲しかったのだ。
これで、一連の騒動も説明がつく。ティアが攻撃魔法を覚えていないとのも攻撃することによって起こる魔獣の断末魔が聞こえるからだろう。それは、ティアじゃなくてもトラウマになる。
しかし、それでもまだ分からない事があった。
「で、俺の仕事は?」
突発的に放たれる言葉。
ジャックは文脈を無視して、投げかけられた質問に僅かな時間黙り込む。
固有魔法保持者と諜報機関員を一緒にさせる理由。偶然、なんて言葉では到底片付けられないだろう作為的なチーム発足。何かしらケイに仕事を与えるために組ませたのなんて容易に分かる。
ケイの仕事熱心な態度に、ジャックは一瞬辛そうな表情を見せたが本当に一瞬だけだったため、ケイには認識出来なかった。
ジャックは静かに空気を吸い込むと、諜報機関室長として威厳ある声を発した。
「【
「はっ」
再び敬礼を構えるケイ。
学院長室の窓から朝日が差し込み、絨毯を照らす。新しい朝の訪れを告げる鳥たちのさえずりが窓の外で奏でられた。
今日もまた活気に溢れる街の喧騒が所々から鳴り始める中、ジャックは引き出しから一枚の紙を机に滑らせる。ケイは、目の前で止まった紙を手に取る。
夜のごとし黒い双眸で彼は、じっくりとその指令書に目を通した。
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