第5話 初依頼

 ティア=オルコットは考えていた。どうすれば、親友と先輩を仲良くさせる事が出来るのかを。講師から頼まれた資料を運び終わった彼女は、部室を出るとそのままリンと待ち合わせしておいたミーティングルームに向けて歩きだした。

 最近、というより昨日から組むことになったチーム。チームメイトは《稀代の落ちこぼれ》として学院では有名なケイ=ウィンズ。名前くらいなら友達が少ないティアでも聞いたことがあった。

 そして、昨日の早朝に初めて顔を合わせた時のティアの第一印象は、『普通な人』だった。夜みたいな黒い髪。吸い込まれそうになる瞳。穏やかに笑う時もあれば、渋そうな顔もする。見た目だけならどこにでもいる普通の人だった。

 しかし、やはり魔力量0という噂は本当のようで彼からは一切の魔力を感じられなかった。

 リンは、そんな彼と組むことを最初は拒んでいた。《稀代の落ちこぼれ》と言われる人と組むという事は自身もその人と同等であると宣言するようなものだからだろう。でも、ティアは彼と組むことに何ら支障はないように思えた。心優しそうな彼なら悪いようにはならないと思ったからだ。正直、よほど性格が破綻していなければ誰でもよかったというのもある。



 だって、いつか終わるから。



 自分には何かを選ぶ権利などない。選んだところで周りに迷惑をかけえるのが目に見えているから。だからこそ、リンとケイにはどうにか仲良くやってほしいのだ。

 自分がいなくなってもやっていけるように。



「ねぇ、聞いた? 街道封鎖の件」

「うん、聞いた。迷惑な話よね、こっちは物価が上がって買い物しづらいって言うのに」

「でも、魔獣退治の依頼がたくさん来るって話だからポイント稼ぐチャンスかも!」


 すれ違う二人の女子の会話が耳に入る。自然とティアは自分の胸を握りしめていた。

 彼女たちは知らない、自分たちがどんな幸福な日常を送れているのかを。分かっていても、気づいていないのだ。あまりにもそれは身近過ぎて、彼女たちは目にとめようともしない。


(大丈夫、大丈夫、大丈夫……)


 目を強く閉じて何度も心の内で念じる。

 落ち着け、冷静になれ、取り乱すな。そう、自分に語りかける。

 誓ったじゃないか、もう二度と涙を流さないと。強くなるのだと。


「スーハー」


 廊下で深呼吸をして心を落ち着かせる。

 楽しい事を考えよう。これから親友とお昼を食べるのだ。リンの話を聞いて相槌を打って、笑い合って、美味しいごはんを食べる。なんて素敵な事だろうか。自分には無縁だと思っていた普通の日常が目の前に存在する。今はそれを楽しめばいいのだ。

 ティアは自分にそう言い聞かせると俯かせていた顔を上げ、再び歩き出す。

 ミーティングルームには大好きな親友が待っている。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 放課後。

 ケイたち【NONAME】はミーティングルームに集まっていた。


「さて、今日から本格的に活動を開始させようと思う」

「はい」

「……ふん」


 開口一番に宣言したケイに返事するティアとは対照的にリンは不機嫌そうにそっぽを向く。

 もはや見慣れた光景にケイは特に何か言うことなく話を続ける。


「知っていると思うけど、学院のエントランスホール。そこにはヨール市の冒険者ギルドからまわってきた依頼がたくさんあり、学院生はエントランスに張り出されている依頼の中から一つ選んで受ける事が出来る。そして、依頼を遂行した回数や、難易度によってチームには星が学院長から送られ、より難しい依頼を受ける事が可能となる」


 さらに、この星は個人の成績にも反映されるのでチーム全体の評価は個人の評価に繋がる。


「はい、知ってます」

「常識よ、そんなもの」


 一応確認のために説明したが、二人とも問題ないようだ。


「うしっ、分かった。んじゃ、エントランスホールへと向かうぞ。昼休みに一通りどんな依頼があるのかを見てきたけど、増えている可能性もあるし」

「えっ、とういう事は先輩、もう受ける依頼決まっているんですか?」

「お、察しがいいなティア。まぁ、大体の目星をつけているが、他にももっといい感じの依頼があるかもしれないからな、放課後に受けようと思ってよ」

「どんな依頼でもいいけど、足を引っ張らないで頂戴ね。どうせ、お荷物になるんだから」


 相変わらず、辛辣な言葉を投げるリンにケイは怒るどころかか、まるで聞いていないかのようにやれやれ、と疲れたように笑っていた。ティアはそのケイの表情を不思議そうに眺めていた。



 そして、ケイたちは学院のエントランスホールにやってきていた。エントランスと言っても玄関とは違う。学院の中央に位置する建物。校舎と比べてこじんまりとしたものだ。造りは、街にある冒険者ギルドと似たようなものなっているが、学院生が利用するという事もあって冒険者ギルドとは違って酒場などない。働いている職員も学院が用意した人間だ。

 そこには、放課後ということで多くの学院生が賑わっていた。活気あるエントランスに入り、依頼が貼り出されているボードの前に立つ。

 ボードには、薬草採取から魔獣退治まで種類様々な依頼が貼り出されている。どの依頼を受けるかを決め、受付まで持っていくようになっている。


「色々ありますねぇ」

「これだけの数をよくもまぁ学院に回してくれるもんだよな。冒険者ギルドも」


 ボードに貼られている依頼の多さにケイとティアは見上げながら口を開く。

 しかし、昼休みに来た時と増えた依頼もないみたいだし、問題ないだろう。ケイは目的の依頼の紙をボードから外す。


「今日はこの依頼を受けようと思う」

「え、何ですか?」

「やりがいのあるものなんでしょうね」


 ケイが手にした紙を凝視する二人。

 半紙には綺麗な文字で依頼内容が書かれていた。



【依頼書:迷子ネコの捜索】



「ふっざけんじゃないわよおおお!!」

「うおっ、びっくりした。どうした急にそんな大声出して」

「どうしたもこうしたもないわよ! 何が迷子のネコ探しよ! アンタ舐めてるの!!?」

「何を言う、これは正式にギルドから流されてきた立派な依頼だぞ。何が不服だというのだ」

「全てよ! よりにもよって一番人気のないような依頼を見つけ出して!! 普通薬草採取やら魔獣退治でしょ!」

「はぁ? お前マジで言ってるの? 薬草採取は他のチームに取られているし魔獣退治なんて危ない依頼受けられると思っているのか? 俺ら活動始めたばかりの新参だぞ」

「だとしても、こんな阿保みたいな依頼を受けないわよ! もっと成績の実になりそうなもの選びなさいよ」

「あのな、ここいるのは魔力量0という劣等生と、魔力操作が下手糞というお墨付きを貰った奴、今のところまともなのはティアだけになんだぞ。そんな中魔獣退治は論外、薬草採取も森の中に入る可能性があるからダメ。だとしたら、あと出来るのは街の中でやる仕事くらいだぞ」

「ぐっ……」


 依頼内容の阿保らしさからつい声を荒げてしまったリンであるが、詳しくケイの話を聞くと確かにと頷ける部分が多かった。

 通常学院に寄せられる依頼と言えば薬草採取か魔獣退治、もしくは素材集めなどであるが自分たちでまともに戦闘が行えるのはティアだけだ。そんな戦闘力皆無なチームが依頼を遂行できるとは思えない。というか、受けさせてもらえるのかも怪しい。ここは、大人しい依頼をコツコツとこなした方が得策なのかもしれない。

 頭では理解しているつもりなのだが、リンは認めたくないという思いが納得させるのを止めていた。


「先輩、他には何かないんですか?」

「う~ん、あるにはあるけど……」


 と言って、ケイは退治系の仕事を除いた依頼を選別して彼女たちの前へ差しだす。


【依頼書:冒険者ギルドの酒場バイト】


【依頼書:有名絵師のモデル】


【依頼書:学院の書類整理の手伝い】


「この三つかな」

「何よ、迷子のネコを探すよりも簡単そうなものばっかりじゃない。なんでスルーしたのよ」

「ですね、私もそう思います先輩。冒険者ギルドの酒場バイトはどうしてダメなんですか?」

「冒険者ギルドの酒場なんてトラブルが多いところでバイトなんて面倒くさいだろ」

「モデルは?」

「依頼してきた絵師、ヌードを描くので有名だぞ。お前等がいいって言うのなら受けても……「「却下」」……だよな」

「では、書類整理のお手伝いは?」

「この依頼出したの、学院長だから。お前ら、学院の予算とか、設備についてなんて重大な情報が書かれている書類触りたいか?」

「それは……」

「ちょっと……」


 学院長が扱う書類を整理したとして、もし仮に何かミスをしたらと思うとリンとティアの額から冷や汗が流れる。

 そもそも、学院の書類整理など生徒にやらせるな、と言いたいところである。


「で、総括すると迷子のネコを探す方が実に安全だということだ。これでも結構考えているんだぞ?」

「なるほど……」


 ケイの計画にティアは感嘆を覚えつつ、納得する。

 のほほんとしているように見えるが、意外と考えられている依頼の選抜。自分たちの事をちゃんと考慮してくれているのだなと分かった。

 ケイの説明に納得したティアは頷いた。


「私は問題ないですけど……」


 チラッ、とリンの方を見る。彼女の視線の先ではリンが苦渋の顔を浮かべていた。理屈は分かったが、退治系の依頼を受けたかったリンは素直に頷けなかった。

 ケイとティア、四つの眼が向けられる。


「うっ……分かったわよ」

「よし、ならこの依頼受理しに行くぞ」


 結局、リンは二人の視線に耐え切れず首を縦に振った。

 チーム全員の承諾を貰ったケイはネコ探しの依頼書を持って受付に向かう。


「すみません、この依頼受けたいんですけど」

「はい、学生証とチームネームをお教えください……っ」


 依頼書を受付までに持っていき、声を掛ける。こちらに向けられていた背が振り返り、作業していただろう手を止めた職員がハキハキとした声が返る。しかし、職員は声を掛けた相手が、ケイだと分かると分かりやすく目を見張った。

 流石に、学院の中で働いているからかケイの事を知っているようだった。まさか、こことは無縁のような彼が現れたのが意外だったようだ。

 だが、そこは大人な職員。すぐに表情を元に戻すと、見事なスマイルを作った。

 チームを受ける際にはその者の所属するチームネームと、個人の学生証が必要となる。職員の態度には特に触れずケイは言われた通り、学生証を見せチームネームを口にする。


「チームネームは【NONAME】です」

「ノーネエム……あっ、ありました。では、少々お待ちください。ただいま依頼の詳細書を持って参ります」

「お願いします」


 受付にいる女性職員が奥へと引っ込む。誰もいなくなった受付で待つケイは今更に気づいたが、エントランスにいる学院生たちから注目されていた。《稀代の落ちこぼれ》が何故ここにいるのかという疑問が丸わかりである。まぁ、こういう視線など入学してから常に向けられているケイからしたら別にたいしたことない。まとわりつく視線を浴びながらも顔色を変えることなく歩き続ける。

 ケイが生徒たちからの視線に晒される中、数秒してから職員が二枚の紙を持って戻ってきた。


「こちらが詳しい内容が書かれた依頼書になります。依頼が終了されましたら、こちらの書類に依頼主からサインを頂いてください」

「分かりました」

「寮生の学院生なら分かっていると思いますが、門限は夜10時までとなっておりますのでそれより前に依頼が完遂してなくても戻ってきてくださいね」

「気を付けます」

「では、頑張ってください」

「ありがとうございました。失礼します」


 ケイは職員にお礼言うと書類を持って、リンたちのいる所へと戻った。


「無事受理されたぞ。それじゃ、今から依頼主に会いに行くから街に行くぞ」

「はい、分かりました」

「………」


 リンたちの近くまで来たケイは、これからのことを告げると例のごとくティアだけの返事が返ってきた。変わらないリンの態度にケイは嘆息つくが特に何か言う事もない。

 彼らは依頼主のいる街へと向かうのであった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 猫の名前はトミー。チョコレート色の体毛に、顔は黒い毛色をしているらしい。好奇心旺盛で、よく一人で散歩をしていたが日が沈む頃には必ず帰ってきていたという話だ。

 依頼主は街で香水や美容水などを生業としている商会の女会長で、名前をミリー=アスティンと言う。最初は2.3日すれば帰ってくるだろうと見ていたのだが一週間経っても帰ってきていないのを不審に思い今回の依頼を出したらしい。


「おーい、トミーやーい」

「どこですかー」

「……どうして私がこんなことを」

「文句言っていないで探してくれよ。あの会長さん、相当な愛猫家らしいから探せなかったらクレーム飛ばして評価下がるぞ」

「分かってるわよ!」


 街の通りを歩きつつ周りを見渡すケイたち。文句を言いながらもリンの視線は左右へ動いていた。依頼主から話を聞き探し始めて1時間。猫の姿はおろか、手掛かりすら見つからないでいた。


「それにしても、どこにいるんでしょうか? 街も広いですしそう簡単に見つかるとも思えませんけど……」

「そんなの簡単だ。気合と根性でどうにかするんだよ」

「そんなくだらない精神論でどうにかなるなら苦労しないわよ」


 己の座右の銘とも近い言葉をバッサリと切られて暗くなるケイ。

 と言っても、リンの言う通り精神論でどうにかなるほど猫も甘くない。なので、ケイは作戦を一つ立てる。


「しゃーない、別行動するか」

「べ、別行動ですか?」

「あぁ、俺とリン、ティアの二人組で探したほうがいいだろ」

「えっ、先輩お一人で大丈夫ですか?」

「あのな、お前らはどうか知らないが俺はここに10年住んでいるんだぞ?」

「あれ、先輩。出身こちら何ですか?」

「まぁ、そんなものところだ。だから土地勘があるから問題ない」

「そうですか。分かりました、先輩の言う通りにしましょう。私もリンも入学と同時にここに来たので分からない場所も多いんですしね」

「なら、俺は南側探すからティアたちは北側を頼む」

「分かりました。お気を付けて下さい」

「そっちもな。あと、見つけても見つけられなくても一時間後に冒険者ギルド前に集合だ。ギルドの場所分かるか?」

「はい、一度伺った事があるので大丈夫です」

「よし、それじゃあとでな」

「はい、一時間後に」

「行くわよティア」


 猫捜索を分かれて探すことになったケイたちは互いに背を向けて歩き出す。彼女たちが学院に入学したばかりなため土地勘にちょっと心配する所だが、集合場所が冒険者ギルドなので、道行く人に訊けば迷うこともないだろう。


「さぁて、どこから当たるかな……」


 ティアたちと別れたケイは歩きながらどこを探すのか考える。トミーの飼い主の聞いた話によると昼間は飼い主の仕事のせいか構ってもらえないため街を徘徊している事が多いらしい。

 猫というのは縄張りを持つ習性があるらしい。なので、そこから逸れるという事は何かしら問題が起こった可能性がある。行方不明になって一週間、もし何かあったのなら早めに見つけないといけない。見つけても死んでいたなんてことになったら何言われるか分からない。クレームは勘弁である。

 と、依頼の成功を最優先にした考えを脳内で反復させながら歩いていると。


「おやっ、ケイの坊主じゃねぇか」

「ん、おやっさん。何、もう飲んでるのかよ早くない?」


 傍にある一軒の酒場の外に設置されている椅子に座りジョッキを握りケイに話しかける一人の男。名をヴォンと言う。大工を生業としているせいか騎士でもないのに筋肉が引き締まったいい体をしている。豪快に笑い声を上げている所を見ると既に酔っているようだ。


「バカ野郎、街道の一件のせいで資材が集まらないで今日の作業中止になったんだよ」

「だからってこんな時間から飲むこともないのに。また奥さんにどやされるよ」

「はっ、そんときはまた坊主に間に立ってもらうだけだ」

「嫌だよ面倒くさい」


 前に酔いつぶれて寝ているところを介抱して家まで送った事で、会ったら話をする仲となった。とはいえ、夫婦の問題を自分に押し付けないで欲しい。


「ふん、冷たい奴だな。で? 今日は一体何しているんだ?」

「あぁ、ちょいと猫を探しているんだよ。チョコレート色の体毛に、顔は黒い毛色をしているオス見なかった?」

「猫? 野良猫ならしょっちゅう見るがどうだったかな。どいつも似たようなもんだしなぁ」

「そう、分かった。ありがとう、あとお酒もたいがいにね」

「はっ、酒を飲まず何を楽しめと!」

「はいはい」


 ジョッキを持ち上げ、声高々に宣言するヴォンにケイは呆れたように首を振りその場から立ち去る。その際にヴォンに注意しておくのも忘れない。まぁ、どうせ聞かないだろうが。

 酒場から離れたケイはどこを探すのか再び考える。


「あら、ケイちゃんどうしたの?」

「あぁ、ちょっと猫探してて。オスの猫でチョコレート色の体毛に、顔は黒い毛色をして奴見なかった?」

「いいえ。見なかったけど」

「そっか、ありがとう」

「いえいえ、またご飯食べに来てね」

「はい、今度暇が出来たら」

「おっ、ケイ、コロッケ食うか?」

「いいの? サンキュー。あのさぁ、チョコレート色の体毛に、顔は黒い毛色をしている猫この辺で見なかった?」

「猫? 見ないなぁ」

「そう、一応見かけたら知らせてくれる?」

「おう、よく分からんが頑張れよ」

「あらぁ、ケイちゃん……」


 猫を探しながら街を歩くケイは道すがら様々な人から声を掛けられる。止むことなく次々に大人たちに話しかけられるケイの姿はいつも学院で見せるボッチとは思えない光景である。流石に、10年も住んでいたら、顔も知られる。皆、小さい頃からのケイを知っている分、子どものように接してくれる。

 こういう時、情報収集が楽なので交流は大事だなとしみじみ思うケイ。まぁ、その代償としてよく手伝いさせられるが得られるものと比べたらなんてことない。

 街を徘徊しながら大人たちに情報を入手していくケイ。だが、誰一人としてトミーらしき姿を見たという人はいなかった。


「表通りがダメとなると、後はあそこか」


 ケイは顎に手を当て、店と店との間にある暗い道を見る。猫というのは本当にどこにでも行くものだから探す範囲が広くなる。

 ヨール市の貧民街。表通りが明るく、こちらは暗い。スラムと化しているその場所をケイは臆することなく進む。道行く際にケイを見る複数の目、ひしひしと感じながらもケイは気にした様子を見せずに奥へ奥へと進んでいく。

 勝手なイメージであるが、こういう所に猫というのはいそうな気がする。数分ほど奥へと進んだケイは開けた空き地へとたどり着く。空き地には、どこからか持ってきたのであろう廃材を組み合わせて作られたベッドに寝転んでいる男がいた。


「おい、生きてるか?」

「………」


 寝転ぶ男に対して大人たちに使っていた丁寧な口調とは正反対なぞんざいな物言いになるケイ。しかし、男はその声に答えることなく規則正しい寝息を零す。


「…はぁ」


 反応を見せない男にケイはため息を吐くとベッドに近づいて行く。

 そして、目の前まで来たケイは無表情を保ったまま足を上げ落とした。


「起きろっ」

「っ、てて、あぁん? 誰だよ人の眠りを邪魔するのは……って、なんだウィンズか」

「あぁ、ウィンズだよ。ちょいと俺に協力しろ」


 思いっきりベッドから転げ落ちた男は落とした相手を睨みつけるがケイだと分かると目を元に戻した。


「あぁ~悪いな。今忙しいから無理だ」

「忙しい人間が暢気に昼寝するのかよ。バレる嘘をつくな。情報屋の名前が泣くぞベック」

「はは、そう言われると返す言葉がねぇな」


 痛い所を突かれて男__ベックは苦笑いを浮かべた。

 スラム街に住まう情報屋ベック。金さえ払えば情報収集、流出などやってくれる男だ。危険性のある仕事を嗅ぎ分ける嗅覚はずば抜けているし頭も口もよく回る。今、ケイに向けている表情の裏ではどう出し抜こうかと考えているはずである。


「で、マジな話一体何の用だ?」

「あぁ、ちょっと聞きたい事があるけど」

「なるほど、では」


 ケイに手を差し出すベック。彼の言いたい事が分かるケイは懐から銅貨一枚を指で弾き飛ばす。


「毎度。で、何について聞きたい?」

「チョコレート色の体毛に、顔は黒い毛色をしてオスの猫の目撃証言。もしくは、それを拾ったなんていう情報」

「なんだ、思ったよりしょぼいな」

「悪かったな。こちらと学院の依頼なんだよ」

「あぁ、道理で……。で、猫の情報だけど今の所そういう情報は聞いてないね。猫なんてその辺にいっぱいいるし」

「まぁ、そうだろうな……」


 当たりが外れて落胆するケイ。

 野良猫も含めてこの街には多くの動物が存在する。その中からたった一匹を探し出すなんて結構難しいものだ。これで依頼のランクが低いのはちょっと問題だと思う。


「はぁ、しゃーない。地道に頑張るしかないかぁ」

「はは、悪いな。それじゃ、情報料」


 ベックの情報料金は最初に前金として銅貨一枚。

 因みに、この街では銅貨5枚あれば一日食べるものに困らない。そして、情報の重要性や収集の難しいものを判断して提供される側がそれに見合った料金を払うという仕組みになっている。これではぼったくれるのではないかと思われるかもしれないが、ベックの情報収集の能力はずば抜けているため不当な金額だと以降に彼から情報を引き出せなくなるため相当なバカでない限りそんな事はしない。

 さらに、暴力的行動に出るものなら早々に逃げられるので彼の危険察知能力は流石としか言えない。

 ケイは今回の情報の重要性などを考え銅貨一枚を取り出そうとするが一旦手を止める。


「? どうした。今回の情報からして銅貨1枚ぐらいが妥当だと思うぞ」

「いや、そういう訳じゃなくてな。もう一つ聞きたい事があるんだけど」

「聞きたい事? 金さえ払ってくれればいいぞ」

「あぁ、お前街道で起きている事件について何か知っているか?」

「街道の? あぁ、確かに今街じゃその話題で持ち切りだもんな。そうだなぁ、街道に魔獣が大量に発生して行商人が通れなくなった。んで、今冒険者ギルドと王都から騎士が数名派遣されて調べている最中だと言うくらいか?」

「他には?」

「あとはそうだなぁ。あっ、近隣の村が二つほど襲われたって言う噂があるぞ」

「被害は?」

「全滅」

「……は?」

「いや、だから襲われた村二つとも全滅したんだよ。騎士が駆けつけた時には村ごと焼かれて生存者がいなくなったという話らしい。あくまで噂だから何とも言えないがな」

「原因は?」

「それがまた二つに分かれているみたいだ。魔獣に襲われたとう意見と盗賊に襲われたという意見。連日話し合いがなされているらしい」

「どうしてそんな事に? 村の形跡とかで、大体のこと分かるだろ」

「村の金品が奪われていないという根拠なのが魔獣派。だけど、魔獣に襲われたのなら誰が火を放ったのだというのが盗賊派の意見だ」

「なるほど……」


 確かにベックの言う通り村が襲われた状況からどちらの意見もあるかもしれない。

 この付近では、火を吐くような魔獣はいないし、やるなら人工的にしかあり得ない。しかし、盗賊であるのならば村から金品が奪われていないなんてそれもあり得ない話である。


「どうだ、満足いく情報だったか?」

「あぁ、十分だ。ほれ」


 ベックから情報を貰ったケイは再び懐から銀貨1枚を指で弾く。ベックも笑顔で銀貨を受け取る。どうやら金額に問題なかったようだ。


「それじゃ、また何かあった時は頼む」

「おうよ。お前は結構まともな得意先だからサービスするぜ」


 情報屋という仕事をしているため様々な人間と接するベックからのありがたい言葉にケイは片手を挙げて応えると、スラムから出て行く。収穫としては半々だったが、プラスの方が多いので良かった。

 ケイはそのまま道行く猫たちをしらみつぶしに調べながら進んだためスラム街から表に出たのは丁度ティアたちの集合時間の1時間を迎えた頃だった。

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