第3話 欠点

 校舎から少し離れたドーム状の建物。

 円状に広がった空間には240名ほどの生徒が集まっていた。

 学院の主なスケジュールは、午前中に座学を行い午後は実技となっており、それらが終了すると放課後となる。

 今日は、新入生が入ってから初めての合同講義だ。これだけの人数が一か所に集まると壮大な光景だった。

 ケイは集団から少し離れた場所で生徒たちの塊をじっ、観察していた。これだけいると特定の人物を見つけるのは骨が折れる。


「よーし、全員揃ってるなー。今日は一、二年合同での実技を行う。これより、各人自由に魔法を放つなり、武術を学ぶなり好きにして構わない。一年は積極的に二年と関わるようにしろよ。二年は後輩に分かりやすく教えるとともに自身の勉強につなげること。何か問題があったらすぐに報告する事。分かったか?」

『はい』

「よしっ、なら開始だ」


 講師の合図とともに生徒たちが一斉に動き出す。

 今回の合同実技の目的は、上級生と下級生の交流を持たせること。通常、学年が違う彼らが交流を持つ事などほぼない。当然、下級生でもどこかのチームに所属していれば上級生との繋がりを持っている者もいる。しかし、チーム外の生徒との交流は持つ事は少ない。

 今回の講義はそう言った者たちがより多くの生徒と交流させるのが大きな目的となっている。上級生は才能のある下級生を見定め唾をつけておく。下級生は経験豊富な上級生から色々アドバイスを受ける。よく出来た講義だ。


「ふわぁ~」


 だが、ケイにとっては退屈な時間でしかない。《稀代の落ちこぼれ》と呼ばれるケイに教えを乞う者などおらず、同級生たちからも避けられているために自然と孤立してしまっていた。

 それよりも、ケイにはやるべきことがある。リンとティアの実力を見定める事。これからチームとして活動していくためにも重要なことだ。

 そもそも彼女たちがどういう能力を持っているのかを今回の話し合いで聞いておきたかったのだが、リンがあの調子では難しいだろう。結局、見て覚えるしかない。

 すると、動き出す集団の中からひときわ目立つ塊が目に入る。


「ジャスティス先輩、私の初級魔法見て貰っていいですか!」

「俺の強化魔法も!」

「私も!」

「えぇ、構いませんよ。だけど、一人ずつ、ね」


 恐らく10人はいるだろうその集団がケイの前を通り過ぎて、魔法を放つために設置されている的の方へ向かう。隙間から綺麗な空色の髪の毛と聞きなじみのある声が聞こえた。


「おぉ、大人気。流石は学年主席だな」


 一年生に囲まれて息つく暇もなく教えを乞われるサラ。名門のご令嬢であり、二年の中で主席を誇る彼女とお近づきになる機会など一年生にはないだろうからか、余計に人が集まっている。しかも、本人は嫌な顔をしないで対応している。

 流石は、名門ご令嬢。自分だったら面倒くさいからすぐ逃げる自信がある。

 と、物珍しい光景にしばらく目が止まっていると食堂みたく、またもやサラと目が合った。

 睨まれるのか、と思ったケイだがサラはすぐに視線をケイから一年に戻す。

 良かった、また睨まれるかと思った……。

 サラの睨みは意外と怖いので安堵するケイ。


「……おい、あれって」

「だよな。俺、初めて生で見たわ」

「あれが《稀代の落ちこぼれ》……」


 すると、今度はひそひそ、とケイの方を見ながら呟く声が聞こえる。

 黒髪黒瞳の男、特徴的な容姿をしているケイは《稀代の落ちこぼれ》としてすぐに分かる。

 ある意味、こういう集団の中で一番目立つのはケイの方だ。勿論、悪い意味であるが。そして、そんなケイに教えを乞う者など皆無な訳で、この空間はケイにとって無駄なものでしかなかった。なので、自分とその他のためにケイは一番端の方で気配を消しておく。


「あ、ここにいたんですか。先輩」

「お、ティアか」


 と、ケイが喧騒に包まれる訓練場を眺めていると隣からケイを呼ぶ声がした。隣を見れば、ゆっくりと歩み寄ってくるティアの姿あった。

 ケイを見つけたティアはニコッ、とした微笑みを向けながら隣に立つ。ケイの隣などいても嫌な視線に晒されるだけなのに、なんていい子なのだろうか。


「お前はジャスティスとこ行かなくていいのか?」

「あの輪の中に入る勇気がなくて……」


 遠い眼でサラのいる方向を見るティア。確かに、彼女のような小さい体で、あの輪の中に行くのはつらいだろう。ていうか、サラの下級生に対する人気が半端ない。


「やっぱりジャスティス先輩ってカッコイイですねぇ」

「カッコイイ、か?」

「はい、成績優秀、容姿端麗、品行方正、そして名門ジャスティス家の次期当主。女生徒の中でジャスティス先輩に憧れる人多いんですよ」

「へぇ~、あいつそんなに人気者だったとは……」


 ケイがサラに対する印象としては、常に自分に絡んでくるよく分からない存在ということだけだ。正直、カッコイイというティアに賛同しかねる。


「ところで、リンは一緒じゃないのか?」

「えぇと、確かあそこで魔法の練習するって言ってましたけど」


 ティアの指差した方向に視線を向けると広い訓練場の端の方。サラからは離れた距離の方に設置されている的の前に佇む赤髪の少女を発見した。


「一人で訓練するのか?」

「みたいです。私も先輩方に教えてもらった方がいいだろうって言ったんですけど一人で十分だって……」

「あぁ、あいつらしい」


 どうやら、リンのあの態度は別にケイだけではないようだ。安心していいのか少し微妙なところである。

 的の正面に立ったリンは静かに手をかざす。スー、と一つ深呼吸をすると手をかざし照準を的に合わせる初級魔法を発動させる。


「《ファイヤボール》!」


 手のひらから魔法陣が描かれそこからスイカほどの火の玉が現れる。


「いけっ!」


 気合の入ったかけ声とともに火の玉が的目掛けえて飛び出した。ピュンッ、と空を走る音を鳴らしながら駆ける火の玉はそのまま真っすぐ飛んで直撃する__



 __はずだった。



 ドゴンッ!



 豪快な破壊音が場に木霊す。リンの発動させた《ファイヤボール》が見事破壊したのだ。



 __訓練場の地面を。



「………」

「……」

「……」


(外した?)


 リンが放った魔法が木製で出来た的から逸れ、地面へと着弾する。

 リンと的までの距離はおよそ1m。普通ならあの距離で外すことはまずないだろう。

 となると、魔法陣を作る際にどこか魔力操作を誤った可能性が高い。まぁ、人なら誰しも一度くらいミスを犯す事もある。

 ケイは楽観的にそう考え、リンを眺める。しかし、リンを見守るティアの顔が少し暗い。心配そうな視線が彼女に注がれる。

 リンは気を取り直して、もう一度的に向かって手をかざす。


「……《ファイヤボール》!」


 壁を破壊する音。


「《ファイヤボール》!」


 壁を破壊する音。


「《ファイヤボール》!!」


 地面をえぐる音。


「………」


 一向に当たる気配を見せないリンの魔法にケイは目を丸くさせた。初級魔法の《ファイヤボール》は決して難しい範囲に入る魔法ではない。基本さえ押さえておけば誰でも扱えるものだ。それをあんなに外すとなると……。


「……なぁ、ティア」

「……なんでしょう先輩」

「リンってもしかして、魔力操作が苦手なのか?」

「……みたいです」

「火属性魔法が得意って……」

「……他と比べて、です」

「……なるほどなぁ」


 今もなお魔法を放ち続けるリンを他所にケイがティアに訊ねると頷かれた。

 魔法を放つ際に必要な魔法陣。この構築には三つの要素が含まれている。

 質量、威力、方向。

 この三つのバランスが整っていないと魔法が正常に発動しない。

 リンの場合、質量は問題ないが方向と威力の部分が上手くいかず的に直撃することなく、さらには威力が過剰に大きいものへと変わってしまったと取れる。


(火の玉の大きさからして結構な魔力量のはずなのに、勿体ないなぁ)


《ファイヤボール》の威力から察するに魔力量はずば抜けて多い。なのに、それが上手く扱えていないとはなんとも惜しいものである。


「ぜぇぜぇ、なんで当たらないのよ!」


 苛立ちから声を荒げるリン。乱発された火の玉は一つたりとも的に当たることなく。的は綺麗な状態を保ったままだ。


「ありゃ~苦労してるな。誰かに教えてもらえばいいのに」

「……」


 ケイの言葉にティアは押し黙り、何も返さない。

 ケイからしたら、こんなに教えを乞える機会があるというのに、何を意地になっているのか理解できなかった。


「ねぇ、見てよ」

「クスッ、何あれ」


 リンが魔法を外しまくる中、傍で彼女を見ていた女子生徒から嘲笑が小さく起こる。

 それが聞こえたのか、リンは悔しそうに顔を歪めまた魔法を放つ。だが、余計な力が入ったせいか魔法が明後日の方向へ飛んでいく。


「なぁ、ティア。お前魔力操作のやり方教えてやったらどうだ」

「一応、私なりのやり方を教える事もあるんですけど、どうも向かないみたいです」

「そんなものなのか」

「魔力操作は人によって感覚で操る人と理論的に扱う人がいますから」

「ちなみに、ティアはどっち派なんだ?」

「どちらかと言うと考えながら魔力操作しますね」


 これまでの言動から察するにリンは魔力を感覚的に捉える側なのだろう。だとすれば、なおのこと上級生に教えてもらった方がいいだろうに。


「ねぇ、そこの君」

「はい?」

「さっきから見ていたけど、魔力操作が苦手みたいだね、よかったら僕が教えてあげようか?」


 的に当たらず苦労しているリンの元に一人の男子生徒が近づいてきた。見た感じ二年生のようだ。だが、心なしか近づいて来た男子の顔に下心を感じる。まぁ、リンは黙っておけば美人な顔立ちをしているからかお近づきになりたいと思う男もいるのだろう。


「いえ、結構です」

「まぁまぁ、遠慮しないでいいんだよ」

「本当に結構です。一人で大丈夫なので」

「そんな事言わず、上級生と交流するのもこの講義の一つの目的なんだし」

「しつこい」


 食い下がる男子に嫌気がさしたリンは勝気ある眼を鋭くして相手を睨む。そして、次の行動は早かった。


「なっ……!」

「いい加減にしないと痛い目見ますよ?」


 男子生徒から驚愕の声が漏れる。彼の喉元にはい剣先が空で留まっていた。腰に携えていたリンの剣がいつの間にか、キラリ、と光を反射さぜていて煌めいていた。


(へぇ、凄い。魔力操作はあれだけど、剣術はそこそこやるみたいだな。相手も見えなかったみたいだし)


 リンの剣術を目の当たりにして感嘆するケイ。ノーモーションからの剣を抜くまでの動作に無駄がなく、かつ速度が速い。並大抵の者なら今ので喉元を斬られて終わりだっただろう。

 などと、感心しているところであったが次の瞬間、冷静な考えが脳裏をよぎった。


「てんめぇ、この女!」

「リ、リン!」


 下級生の女子に屈辱を受けたという状況が頭に来たのか呻き声を上げながら男は距離を取り出した。

 魔導士が対人戦で戦う際に、距離を取るのが定石。優秀な魔導士ほど、魔法陣を構築する時間は短く、早い。その証拠に彼の右手から微か魔力を感じた。

 ケイは、やれやれと首を振る。直後、ティアの髪の毛が風でふわり、と揺れた。


「はいはいはい、ちょっと待ちなさいそこのお二人さん」

「んあ? 誰だ!! って、ケイ=ウィンズ!?」

「悪いなぁ、ウチのチームメイトが失礼な態度を取って」

「なっ、アンタいつの間に」


 男子がリンに魔法を放とうとする寸前、二人の間から軽い口調で呼びかけながらケイが現れた。いつの間にか自分の目の前に現れたケイにリンも呆然となる。

 ティアもさっきまで隣にいたはずのケイがいなくなっていることに目を丸くさせながら首をキョロキョロとさせていた。


「チーム!? こ、この女お前の所のチームメイトだって言うのか!?」

「あぁ、まぁ、そうなるな」

「はっ、やっぱり落ちこぼれには落ちこぼれが集まるみたいだな! 先輩に対する礼儀も知らないとは」

「なっ! 私をこんな奴と一緒にするな!!」

「おう、俺の立場が……」


 助けに入ったはずなのにどちらかともなく罵声を浴びるケイはいっそ哀れに見えた。

 一応、助けに入ったつもりなのだが……。しかしこれも、先輩としての責務というものだ。

 ケイはめげた様子もなく、あくまでおどけた口調で喋る。


「まあぁまぁ、ここは俺の顔に免じて許してくれないか?」

「はぁ? 何言ってんだよテメェ、ゴミがしゃしゃり出てきてんじゃねぇぞこら! テメェもまとめて消し炭にしてやろうか!」

「そうよ! すっこんでなさいよ!」

「お前はもう少し俺に対して優しく出来ないかな!?」


 仮にも仲介に入ったチームメイトにここまでぞんざいな扱いが出来るだろうか。悲しさを通り過ぎて、逆に新鮮さを感じる。

 と、その時、ケイは背後。少し離れた場所から嫌な気配を感じ取った。

 すると、彼の次の行動は早かった。


「ほらっ、お前も頭を下げろ」

「ちょ、何勝手に人の頭触ってるのよ! 落ちこぼれがうつる」

「俺は病原菌かなんかかよ。いいから、頭を下げろ!」

「うわっ!?」


 謝罪を拒むリンにケイが無理やり頭を掴んで下げさせる。

 その瞬間__


「ぶべぇ!」

「………え?」


 頭を下げされたリンは頭上から男の呻き声が聞こえて唖然とした声を上げる。顔を上げてみると、そこには先ほどまでリンに対して高圧的な態度で攻めていた男子生徒が地面に倒れ込んでいた光景があった。


「何が……」

「一体、これは何の騒ぎですか?」

「っ」


 状況に思考が置いてけぼりになっている状態で、背後から女性の声がした。リンは反射的にそちらに顔を向ける。

 綺麗な髪をなびかせ、凛とした佇まいのままこちらに近づいてくる人物。

 二学年主席を誇る才色兼備の女子生徒。

 サラ=ジャスティスが、ケイたちの前に姿を現したのだ。

 咄嗟の事にリンはさらに呆然となる。


「いや~、ちょいとトラブルがあってなぁ。そう大袈裟なもんじゃないよ」

「そんな言い訳は聞いていません。何があったのか、具体的な説明を求めているのです。そこのあなた」

「は、ひゃい!」

「一体、何が起きたのかしら? 私にはそこの男子生徒があなたに魔法を放とうとしているように見えたけど」

「あ、その、これは……」

「おいおい、なんで急にしおらしい態度になってんだよ。俺の時みたいな強気な態度はどこに行った?」

「アンタは黙ってなさい! あ、申し訳ありません」

「いいのよ。こんな人をいちいち相手にしなくていいから事の顛末を教えてくれるかしら?」

「俺に味方はいないのね……」


 悲しい現実に泣きたくなるケイ。だが、サラとリンはそんなケイを他所に説明を始めていた。

 事の顛末を話し終わると、サラは顎に手を当て考えこむような素振りを見せる。恐らく、どちらに非があるのか判断しているのだろう。


「確かに彼がしつこいよう思えます。それでもあなたもあなたです。いきなり剣を抜くのは軽率としか言えません。なので、この場合はどちらにも非があると見ますが反論は何かあるかしら?」

「……いいえ」

「その前に、そこで伸びてる奴保健室に運んだほうがいいんじゃないか?」

「では、そこのあなた申し訳なんですがこの方を運んでいただけません?」

「は、はい! 分かりました!」


 ケイの指摘にサラは近くにいた男子にそう頼むと、なんともやる気ある返事が返ってきた。そのまま伸びている男子は保健室へと運ばれて行った。


「あの、あの人、大丈夫なんですか……?」

「多分、脳震盪だろうな。まぁ、その内目を覚ますだろう。心配するな」

「アンタに聞いたんじゃないんだけど」

「あ、すみません……」


 サラに訊いた質問に勝手に答えたケイを睨むリン。その瞳だけで人を殺さんとばかりの迫力にケイは情けなくも謝ってしまった。


「まぁ、この場はこれくらいでいいでしょう。先生方にも報告しないでおきます」

「あ、ありがとうございます」

「いいえ、以後気を付けてください。……それより、あなた、このケイ=ウィンズと同じチームメイトなのかしら?」

「……はい、不本意ながら」

「そ、そう、ま、まぁ、落ちこぼれが一緒でも、呆れずに頑張ってください」

「はい! ありがとうございます」


 本人を目の前にしても気にすることなく発せられる暴言と、これまで聞いたことのないリンの威勢の良い返事。傍で聞いているケイの心はゴリゴリ、削られていくのは言うまでもなかった。


「なんでこいつ、こう態度が違う訳?」

「リンはジャスティス先輩に憧れてますからね」

「え、そうなの? キャラじゃないだろあいつの」

「聞こえているわよ」


 リンの態度に違和感を覚えたケイが疑問を口にするといつの間にか近くに来ていたティアが教えてくれた。

 サラの女子人気の高さは男子顔負けである。流石は名門ジャスティス家ご令嬢ということだろうか。本人の知らない所で密かにファンクラブが設立されている事だけはある。


「ところで、ケイ=ウィンズ」

「何でございましょうジャスティス先輩」


 ケイのふざけた返しを見事にスルーしてサラはちょいちょいと手招きする。

 サラの行動にリンとティアが首を傾げる。が、ケイはサラの手招きに応じて、彼女の近くまで歩み寄る。

 これは、少々ややこしい事になりそうだ。

 体一個分ぐらいの距離になったところでサラは喋り出す。


「あなた、さっき気づいていたわよね」

「はて、なんの事かな?」

「誤魔化さないで、私の魔法にいち早く気づいたからわざと彼女に頭を下げさせたでしょ。でなければ、私の《エアバレット》を避けるなんて無理な話よ」

「たまたまじゃないのか?」

「それで私が納得するとでも?」

「………」


 サラの確信的な眼を前にケイは押し黙る。

 サラが先ほど放った魔法は風属性の初級魔法エアボールを改良した《エアバレット》。質量を小さくして、威力を一点に集中した風の弾丸。速度も《エアボール》の倍以上ある。背後から不意打ちで撃たれたら躱すのは難しい品物である。


「それよりも、お前あれ危ないだろ。リンに当たっていたらどうするつもりだったんだよ」

「何を言っているの? あなたを狙ったのだけど」

「お前、俺に対する扱い酷くないか? そんなに俺の事嫌いなのかよ」

「べ、別に嫌いって訳じゃ……ごりょごりょ」

「? 何ごりょごりょ言ってるんだ?」

「な、何でもないわよ!」


 聞き逃した言葉を拾おうとしたのに怒られた。

 ……理不尽だ。


「まぁ、お前がいいんならいいけどよ。それより、ちょっと頼み聞いてくれねぇか?」

「はぁ、頼み? どうして、私があなたなんかの頼みを聞かなくちゃならないのよ」

「そう言わず、ちゃんとお礼もするからよ」

「お、お礼……。ふ、ふ~ん、あなたがそこまで言うなら仕方ないわね。聞くだけ聞いてあげる」


 腕を組んでそっぽ向きながらも話を聞く態度になるサラ。最初断っていたのにどういう気の変わりようだろうか。

 やっぱり、この女はよく分からない。

 しかし、聞いてくれるというのなら、とケイはありがたく話した。


「いやよ、さっき俺といたリンという女なんだけど。あいつがどうも魔力操作が苦手っていう話だからちょっと教えてもらっていいか?」


 ケイが示す方に視線を向けるサラ。そこにはティアと何やら話をしているリンの姿が映った。

 どうしたか、その眼は品定めするような。または、獲物を狙う鳥のように見えた。


「それにしても、あれがあなたの新しいチームメイトねぇ……」

「あぁ、今朝学院長に半ば無理やりな、まぁ、成績危ういから良かったけど」

「ふぅ~ん、見た感じ魔力量は相当だと思うけど」

「あ、やっぱりそう思うか?」

「えぇ、彼女から漏れ出る微かな魔力が強く感じるわ。あれ、学年でも上位に食い込むわよ」

「ほへぇ、凄い奴なんだな」

「そんな事も知らずにチーム組んだの? あなたには勿体ないくらいの逸材よ。まぁ、魔力量が多くても操作出来ないんじゃ問題だけどね」

「お前、辛辣だよね」

「事実を言っているだけよ。下手に慰めるよりも事実を叩きつけて成長を促す方がいいに決めってるもの。出る杭は打たれる、という言葉知ってるかしら?」

「知ってるよ。まぁ、お前の言う事は分かるし俺も同じ意見だ。で、やってくれるのか?」「ま、構わないわ。後輩たちの指導も一段落したところだし、この代価は高いわよ」

「俺に出来る事にしてくれよ。あと、俺が嫌がる事もなしで頼む」

「そんな事しないわよ」


 失礼な、と責めるような眼になるサラ。その反応に、ケイはとりあえず理不尽な事は去れないと安堵した。

 交渉成立したところで、ケイとサラは再びリンの所に戻った。


「あ、ケイ先輩……とジャスティス先輩。お話はもうよろしいんですか?」

「あぁ、それでリン、このサラ様がお前に魔力操作を教えてくれるってよ」

「えぇ!?」


 予想外な展開にリンはおろか隣のティアも驚いたような表情を浮かべた。

 何だ、サラに教えてもらえるのってそんなに凄い事なのだろうか?

 ケイは隣に佇むサラを盗み見る。本人は至って普通な態度で、別に教える事を嫌がっている様子ではない。


「ほ、本当にいいんですか? わ、私みたいのにご指導するなんて」

「別に構わないわ。後輩の指導も上級生として当然のことだし。この男じゃ全く役に立てないだろうし」


 遠慮気味なリンに対してサラは気にした素振りを見せることなく笑いかける。美しいサラの顔に当てられたリンは一瞬、見入ってしまう。


「それじゃ、さっそく始めましょう。あっ、あなたは邪魔だからどっか行っておいて」

「俺に対する扱い酷くねぇか? まぁ、もう慣れているけどさ」

「あの、ケイ先輩。私もご一緒に」

「いや、お前もリンと一緒に話を聞いておけ。きっと役に立つだろうし」

「え、いや、でも……」

「大丈夫だよ。遠くから見学しておくから、気にせず勉学に勤しみたまえ」

「………すみません」

「いいよ、気にしてくれるだけ、まだありがたいからな」


 実際、ここまでケイを気遣うような人間は珍しい部類に入るだろう。同級生、上級生、講師陣からは侮蔑と嘲笑の視線を受けてきたケイのメンタルは、そんじょそこらの事で崩れはしない自信があった。

 リンたちから少し離れた場所で様子を見守るケイ。壁際に立ち、背中を預ける。

 周りでは、先ほどの騒ぎなどなかったかのように下級生は上級生に教えを乞い、上級生は実力のある者、才能のある者、これから伸びるだろう者、と自分たちのチームに引き抜くために唾をつけるのに様が見えた。

 この中から将来騎士団に所属したり、宮廷魔導士団に所属する者が現れるのだろう。ケイにはその光景がまさに場違いに思えてしまう。まぁ、実際に場違いではあるんだが。

 昼過ぎの穏やかな日差しがケイの体を温める。暇な時間を持て余すケイの瞼は徐々に重たくなっていく。


「ちょっと、ケイ=ウィンズ」

「あ、どうした!」


 と、どのくらい時間が経過しただろうか。ケイがのどかな光景に眠くなりそうになっていた時だった。目の前にリンに指導していたはずのサラの顔があった。意外と顔が近いことに驚き、顔を遠ざける。


「っと、どうした? お前リンの指導していたんじゃ」

「してたわよ。でも、もう終わったわ」

「ん、なんだそんなにすぐに改善したのか、流石だな」


 あれだけ苦労していた魔力操作をものの数分もしないうちに端正させるとは、学年主席の肩書きは伊達ではないという事か。

 しかし、ケイの言葉にサラは気まずそうに顔を逸らし首を振る。その時の表情は、無念と言わんばかりであった。


「残念だけど、改善は出来なかったわ」

「はぁ? だって、終わったんだろ」

「えぇ、終わったわよ。けど、それは別の意味でよ」

「……それって」


 嫌な予感を抱きながらもケイが言うとサラは頷いた。

 そして、彼女は明確に、ハッキリと誤解のないように言った。


「彼女は、魔力操作に関してのセンスが絶望的に欠けているわ。ちょっとのアドバイスでどうにかなるレベルじゃない。正直、私じゃ手に負えない」


 魔法を操る者とって、致命的な言葉を彼女は言ってしまったのだった。

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