第2話 チームって言われても……
王立グランザール魔法騎士学院。ここのシステムとして学院は地元の冒険者ギルドと連携して冒険者が受けるような依頼を生徒たちにも受けられるようになっている。そして、この学院に入学をした際に学院はある重要なことを生徒たちに告げる。
必修として、学院の許可しているチームに所属する事。
チームとは冒険者の言葉を借りればパーティと同様のもの。学院はギルドのよって回してもらった依頼を各チーム、自分らの力量にあったものを受ける。そして、成功するごとにチームにポイントが授与されポイントが高ければチーム内にいる生徒の成績にも反映される。
そして、学院の二学年にしていまだにチームに所属してないケイ=ウィンズ。いや、正確に言えば彼はチームに所属はしていると言える。しかし、彼のチームは学院の書類上存在していないことになっていた。
「すみません、ちょっと何言ってるのかよく分かりません」
「いや、言った通りだが?」
唐突なジャックの発言に、ケイは目眩を覚えるがどうにか体を支えながら率直な感想を述べる。すると、ご丁寧にジャックは返事を返してくれた。首を傾げながらであるが。
ジャックのすっとぼけているようにしか思えない態度に、ケイはツッコみたくなる気持ちを抑えながら口を開く。
「俺の聞き間違いじゃなければ、学院長はここにいる三名でチームを組めと言いました?」
「うん」
「うん、じゃなくてですね……」
急展開な状況にケイはこめかみに手を当てて喋り続ける。
「もしかしなくても、彼女たちを俺のチームに入れるってことですか?」
「おう、だからさっきからそう言っているだろう」
「……やっぱり」
いや、分かってはいたが信じたくないという気持ちの方が大きかったせいかジャックの言葉を鵜吞みに出来なかった。
ケイは書類上、学院内のどこのチームにも所属してないことになっている。だが、事実は違う。
彼は学院の端の方にある空き教室を根城としているチーム【NONAME】を発足しているのだ。通称(ケイしか言わないが)《名無し》と呼び、ケイたった一人のチームである。名前の由来は、面倒くさかったから適当につけただけだ。
「いや、それってどうなんですか?」
「何がだ?」
「だって、ウチのチーム一人だけだし。そんなチームに入るなんて正気の沙汰ですよ」
「お前、仮にも自分のチームに対してそれはどうなんだ?」
呆れるようにため息をつくジャック。しかし、ケイの言う事にも一理ある。
ケイの所属するチームはケイ一人だけ。書類上は存在してないチームなのだ。そんなチームに好き好んで所属するような輩なんていないだろう。
「まぁ、彼女たちにも事情があるんだよ」
「……へぇ、そうですか」
事情と聞いて眉をひそめ、訝しげに二人の女性徒を盗み見るケイだが、すぐに引っ込める。こういう表情は学院長の前では御法度だ。すぐに見抜かれてしまう。
「まぁ、あまり気乗りしませんけど」
「ケイ。お前、自分の状況分かっているよな?」
「うぐ……」
「この二人も、お前と似たような境遇だ。チームを発足させようとしていたが組む人数が足りず発足できない。このままじゃ、成績の下降は間違いない。そこで、ボッチのお前と組むことで三人一組の条件が満たされ、チームとして依頼を受ける事が出来。依頼をこなせば成績は安定する。これ以上の名案があるか?」
「いや、でもですね……」
「ちょっと待ってください!!」
ケイがジャックに対して苦言を申しだすその時だった。突然、ケイより少し離れた場所、リンとティアのいる場所から怒りを孕んだ声が響いた。
ジャックは声の主の名前を呼ぶ。
「どうかしたかリン?」
「どうかした、と申しますか。その、この提案を断らせて頂きます!」
「ん? 俺の提案に何か不服だったか」
「そこの男です!!」
ビシッ、と細い人差し指がケイに向けられる。
初対面だというのに、鋭い眼で睨むリン。自然、彼は小さくため息を漏らす。吐かれた息の音がジャックの耳にも入るのだが、それを指摘することはなかった。黙ってリンを見続ける。
ケイもだが、ジャックもこういう場面は何度も遭遇している。なので、二人は大体ここからの展開を読めた。
ケイの辟易とした思いを他所にリンはなおも指を差しながら喋り続けた。
「そこにいる男。聞き間違いじゃなければケイ=ウィンズと名乗りましたよね」
「あぁ、そうだが?」
「ケイ=ウィンズと言えば《稀代の落ちこぼれ》と呼ばれている史上最低の劣等生。学院入学際の魔力測定で史上初の0を叩き込んだという学院の恥さらし。魔力が0だから初級魔法すら扱えない落ちこぼれ! そんな奴と一緒にチームなんて組めるはずありません!!」
「おぉ、ケイ。お前、有名人だな」
「ふわぁ~、あ、終わった?」
「反応薄っ!?」
仮にも貶されているはずなのに、ジャックはからかうようにケイを見て、当の本人は欠伸をかましていた。
ケイ=ウィンズ。学院生徒でその名を知らない者は少ないだろう。
魔導士や騎士を志す者が集うこの学院において魔力の量はその者の力量のいい目安となる。そんな学院で、学院史上唯一魔力量0という伝説を作ったのがケイ。当然、魔力量が0なので一年生で習うような初級魔法も使えない。そうなると当然実技での成績も悪くなる。ケイがピンチなのはそれが原因なのである。
しかも、当時はそんな者がどうして入学が許されたのかと目下噂され、やれ裏口入学したのだの、試験管を脅しただの根も葉もない噂が流れた。
いつの間にかその噂が囁かれることは今はないが、疑心の眼が止むことはなかった。
しかし、ケイの評判は学院長であるジャックが知らないはずもなく。本人は入学してからもう何度も繰り広げられたやり取りなので飽きてしまっていた。
「で、言いたいことはそれだけかリン=ベェネラ?」
「そ、それだけって……」
「確かにケイの魔力量は0でこの学院において劣等生だ。なんなら普段の講義態度も悪いと報告されている」
「え、どんな報告ですか?」
「よく居眠りして、課題の提出も遅れがちだと」
「あぁ、事実です」
「よしっ、お前後で雑用な」
「そんなぁ!!」
「あの、話を逸らさないでくれませんか?」
「あぁ、スマン。でもな、リン。お前もティアも学院内でチームを組める者がおらず二人の状態が続いていたんだろ。このままでは、最悪進級出来なくなるぞ」
「そ、それは……」
リンも自分の置かれている状況を理解していた。だからこそ、今回の提案はまさに天からの恩情にも等しい。普通なら我儘など言っていられない。
そもそも、新しくチームを発足させるにしても学院の生徒たちのほとんどは既にどこかのチームに所属しているか、もしくは発足されている。今更当てなんてない状態だ。
だが、相手はあのケイ=ウィンズ。《稀代の落ちこぼれ》。そんな男とチームを組むなんてあり得ない。
「あの、俺の意志は……?」
「はっはっは、お前に拒否権があると思っているのかケイ?」
「ですよね~~」
リンの葛藤を他所にケイとジャックがそんなやりとりをしていた。
この二人、自分をからかっているのだろうか。
ケイとちょっとしたコントを繰り広げていたジャックは居心地悪そうに佇む二人に視線を向ける。
「で、どうする二人とも?」
「「………」」
ジャックの質問にリンとティアは沈黙で返す。考えあぐねているようだ。
彼女たちの選択は二つ。
落ちこぼれと組んで進級する可能性を掴むか。
組まずに他の方法を模索するか。
果たして、どちらを取るべきなのか。この選択に自身の将来がかかっている。そう簡単に決められない。
しばらくの沈黙が学院長室に流れるが次の瞬間、おずおずと白髪の少女__ティアが小さく手を挙げた。
「私は……かまいません」
「なっ、ちょっとティア!?」
「だって、このままじゃ私たち本当に成績落ちちゃうよ。一回だけでも組んでいいんじゃないかな?」
「で、でも、《稀代の落ちこぼれ》よ! 史上最悪の劣等生よ!?」
「そうやって決めつけて、人を判断するのもどうかと思うよリン」
「うっ……」
正論を言われぐうの音も出ないリン。確かにティアの言い分は正しい。だが、受け入れられないというのが本音でもある。
しかし、リンが葛藤している中、ティアはもじもじとしながら一歩前へ歩み出てケイと対峙する。改めて、近くで見ると彼女の小柄な体躯がよく分かる。華奢そうな体は、ケイが軽く抱きしめただけで折れてしまうのではないかと思わせる。そして、はらり、と揺れる白い髪は絹のように美しく、サラサラしていた。
下から覗き込むようにケイを見るティアに、普通の女の子に耐性を持たないケイは不覚にもドキッ、としてしまった。
「あの……よろしくお願いします」
「……あ、あぁ」
ティアに頭を下げられ戸惑いの表情を浮かべるケイはジャックの方に視線を寄越す。
にこっ、と顔に似合わない愛想笑いが返ってきた。
(あぁ、本当に俺に拒否権ないのね……)
ジャックの朗らかな笑みを見てケイは諦めたような眼をするとティアの方に視線を戻した。
「……よろしく」
結局、ジャックには逆らえないケイは嘆息つくのをこらえてどうにか返事をした。ケイの返事にティアは嬉しそうに微笑む。
「ぐぬぬぬ……」
「さて、リンはどうする?」
ティアの思わぬ裏切りに唸り声を上げるリン。
しかし、ティアの言う事も一理ある。このままでは自分たちの成績も危うい。
下手に成績を下げたら本当に留年、最悪退学だってあり得る。そうなったら、自分はおしまいだ。
数秒の熟考の末、リンは奥歯を食いしばりながら答えた。
「……や、やります」
「すげぇ渋ってるな」
「えっと、ごめんなさい」
「ほい、という事で三人はたった今よりチームメイトだ。お互いに信頼しあい、いろんなことを乗り越えていけよ。手続きやらなんやらは特別にこっちの方でやっておいてやる。しばらくは、お互いの事について話し合うなり好きにしておけ。いいな?」
『……はい』
ジャックが締めるように言うとケイはいまだに困惑したように、ティアは小さな声で、そしてリンは仏頂面で答えた。
素晴らしくバラバラな三人の返答に、ジャックは少しばかり不安を覚えるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それでは、失礼します」
「失礼します」
無事? チームを組むことになったケイたち。チーム結成の時点で時刻はもう今日最初の講義の時間に差し掛かっていた。
リンとティアは教室に戻るために学院長室から出ていく。
二人が学院長室から立ち去るのを見届けたケイは再びジャックと対峙した。
「……どういうつもりですか?」
「何がだ?」
「俺にチームを組め、なんていう命令ですよ」
「言った通りだ。お前の進級のためだ」
「……進級、ねぇ」
「なんだその目は、お前のための提案なのにお父さん悲しいぞ」
「いつからアンタは俺の父親になったんですか。そんな事実はありません」
確かに小さい頃からジャックに何かと世話になっているケイだが、家族になった覚えはない。そもそもここ最近など学院以外で会う事もないし。
「って、話を逸らさないでくださいよ。俺にチームが必要だと本気で思っているんですか?」
「うん、本気」
「あのですね……」
頭が痛いとばかりに顔を片手で覆うケイ。
確かにケイの成績は最低で、このままでは進級も危うい。しかし、それは今現在の時点での話であり、進級したばかりのケイが心配するのはまだ早いという段階でもあった。
それに、ケイはあまり成績を重んじていない。
この学院において在学中の成績は、卒業した際にどこかの騎士団に所属するにしろ、魔導士団に入るにしろ注目されるものだ。過去に成績優秀者が卒業と同時に宮廷魔導士団に入ったこともあるほど。
いわば、成績が良ければよいほど就職に有利に働くということだ。しかし、ケイはそんなものどうでも良かった。卒業さえできたら、あとはどうにでもなる。
「……ま、お前の言う通りお前自身には成績も、チーム制度も必要ないことだろう」
「だったら……「しかしだケイ」」
ケイの苦言を遮るようにジャックは続けた。
「彼女たちにはお前が必要なんだ。あと頼れるのはお前しかいないんだよ」
「んなこと言われましても……」
「それにお前も、もう少し他人と交流することを覚えた方がいい。劣等生と貶され、面倒なことを避けるために他人と関わろうとしないのは分からなくないが、それでも一歩歩み寄る努力はしてみろ」
「………」
真剣な眼差しの奥に、相手を心配する慈愛の色が見える。見た目は怖いくせにこういう時ばかりは父親のような眼をするからこの人はずるい。
「……はぁ、分かりました。やるだけやってみますよ」
「そうか……「ただし」」
安堵するジャックにお返しとばかりにケイもセリフを遮ると喋った。
「彼女たちの方から逃げ出す場合は、引き留めませんからね」
「あぁ、それで構わない」
「……」
(意外とすんなり頷いたな)
一、 二言何か言ってくると思ったのだが、あっさと承諾したジャックの行動に首を傾げる。
または何か脅迫してくるのでは、と身構えてみるもののそんな事もなかった。
と、ジャックを怪訝な表情で見るケイだったが、最初の講義を知らせる鐘が鳴るのを聞くと視線を外した。そろそろ教室に行かなければ遅刻になってしまう。
「じゃ、俺も講義なので失礼します」
「おう、しっかりと勉学に励めよ」
「ふわぁ~眠いなぁ。一限はサボろうかな……」
「聞こえてるぞ?」
「はっはっはっ、ジョークですよ」
「講師にちゃんと報告してもらうからな。逃走は不可能だと思え」
「う……りょーかいでーす」
これからしようとしていた行動を言い当てられ、一瞬だけ渋い顔をしたがすぐに表情を戻すと逃げるように部屋を出た。
ケイが部屋から出るのを見届ける学院長室でと疲れたように嘆息が響いた。
「しっかりやれよ」
ジャックの漏らした呟きが部屋に分散されたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「魔法は各階級に分かれており、下から順に初級魔法、中級魔法、上級魔法、最上級魔法、超級魔法、神級魔法となっている。この種類の内、通常我々が扱えるのは最上級魔法までとされており、超級魔法は最上級魔法を扱える魔導士が数人協力して完成する事が出来ます………」
「ふわぁ~、ねむっ」
雲一つない空を一羽の鳩が飛んでいく。
教室では、講師による魔法についての復習を交えながらの講義が行われていた。講師の言葉をノートに纏める羽ペンの音が聞こえてくる。だが、ケイは上の空で呆然と外を眺めていた。
(あの人、何が目的なんだ?)
考えるのは今朝、学院長室で起きた出来事。下級生女子二人とのチーム結成。一体そこにジャックのどんな狙いがあるのか分からなかった。
(何を企んでいるのか分からんが、そう長くは続かんだろう)
だが、ジャックには申し訳ないが、ケイはこのチームは一月以内に解消されると踏んでいる。理由は主に、ケイ自身の魔力量だ。
この世界では魔力量が物を言う。ギルドと連携している学院が出す依頼には当然のごとく魔獣の退治も含まれている。下手をすれば命の危険だってあるのだ。そんな場所に魔力0のお荷物を持っていくなど自殺行為にも等しい。彼女たちも成績がかかっているから渋々受けたのだろうが、すぐに投げ出すことだろう。自分だったらそうする。
(はぁ、でも手を抜いたら何されるか分からんしなぁ。とりあえず、やるだけやってはみるか)
いつか解散するだろうとは思うが、それを理由に活動を疎かにしたら後でジャックからマジで痛いお仕置きがある。最低限の事だけはやろうと心に決めるケイ。
この講義が終わったら昼休みだ。ミーティングルームでお茶でも飲みながら改めて話をしようと思っている。正直、乗り気ではないがやらないわけにもいかない。
(特に、あのリンとかいうやつが面倒くさそうで嫌だな)
完全に否定的な眼で睨まれた経験が蘇り溜息が漏れる。話した感じ、リンは男勝りな性格のようだし、物事をズバズバ言うタイプと思われる。そういうタイプの人間は、ケイが苦手としている分類だ。
「では、ここで誰か神級魔法についての説明を誰かしてくれませんか?」
講師が黒板に書いていた魔法の分類から振り返り、発言する。静かに講義を聞いていた生徒たちが数名手を挙げた。
「では、サラ=ジャスティスさん」
「はい」
挙手した生徒の中から講師は一人の生徒を指名する。指名された生徒は凛とした声で返事して席を立つ。瞬間、教室中の視線がその生徒に集まる。
しかし、数多の視線を受けながらも凛とした態度を崩さない彼女は講師の質問に答え出した。
「神級魔法とは、神話に登場するほどの強力な魔法であり、どんな優秀な魔導士が集まっても使用する事の出来ない奇跡の魔法と言われています。主な例として挙げるなら、不老不死や死者蘇生などの神の域に到達した魔法。しかし、これは伝説の産物であり実現不可能なものとされています」
「はい、その通りです。では、今挙げた魔法の階級の他に存在する魔法とは何でしょうか?」
「固有魔法です。固有魔法はある日、突然その者に発現したオリジナルな魔法です。確認されている事例も少なく、確認されている魔法としては【聖女】や【絶対斬撃】などがあります。【聖女】は相手が死んでいない限りどんな怪我も治癒出来るという固有魔法で、初代王妃であるエリザ=グランザール様。【絶対斬撃】はどんなに物質、魔法だろうが関係なく斬る事出来る魔法です。この魔法は初代国王であるディレク=グランザール様が使い手でした」
「完璧ですね。流石サラ=ジャスティスさん。よく勉強しておりますね」
サラと呼ばれた女生徒の答えに満足したのか講師はコクコク、と頷いた。
すると、ちょうどその時、講義の終了を知らせる鐘が鳴った。講師も自分の懐中時計に目をやり終了を告げた。
やっとすべての講義を消耗させた生徒たちがワイワイ、と友人たちと教室を出ていく。ケイもそれに倣って、あくまで誰にも気づかれることなく教室を立ち去ろうと試みた。
「……ちょっと待ちなさい」
「はい? ……うえぇ」
「人の顔を見るなり露骨に嫌な顔をしないでいただけるかしら?」
「スマン、つい癖で。それで? 一体何の用だよ。サラ=ジャスティス」
「それはまた特殊な癖みたいね。ケイ=ウィンズ」
ケイは自身を引き留めた相手をジトー、とした目で見つめ返す。視線の先にいる相手は気にした様子もなく、ただ真っすぐに目を合わせてきた。
今日のように雲一つない空色の髪、金色の瞳が綺麗な女子生徒が腰に手を当てケイの前に佇む。
彼女の名は、サラ=ジャスティス。
名門ジャスティス家の長女にして次期当主。父親は王宮に仕える魔導士で、彼女の母方の祖父は騎士団に所属していたらしい。そして、その血筋はしっかりと娘である彼女にも受け継がれ、成績は学年トップ、魔導士希望なのに武器の腕も立つという才色兼備を体現したかのような人物である。
そんな、人生勝ち組の彼女が学院で底辺のケイをどうしてかこうやって突拍子もなく立ちふさがることがしばしばあるのだ。ケイにもその原因は分からない。
「あなた、今日の講義ちゃんと聞いていたのかしら?」
「講義? あぁ、一年でやったことの復習だろ。俺には必要ないからテストに出るだろう部分だけ聞いてあとは流してた」
「あなたはまたそんなことを……」
「いいじゃんか、どうせ俺には使えないし。俺にとっちゃ初級も上級も一緒だよ」
サラの苦言をケイは軽く流す。彼の態度にサラは呆れ顔でため息を吐いた。勉強に手を抜くという行為は優等生の彼女からしたら、信じられないと言ったところだろうか。
だが、意外とケイは要領が良いのか、座学で赤点を取った事はない。なので、苦言を呈したくても出来ないサラは再びため息だけついた。
「ふんっ、だからあなたはいつまで経っても《稀代の落ちこぼれ》と言われるのよ。 少しは悔しいとは思わないの?」
「いや、全く」
「少しは悔しがりなさいよ……」
侮蔑の言葉に反応が薄いケイにがくっ、と項垂れるサラ。
そんなサラに、この後用事があるケイはさっさと会話を終わらせようと口を開く。
「それで、結局お前なんの用何だよ」
「別に用などないわよ。ただ……」
「ただ?」
「……新学期も始まったというのに、まだ一人でいるみたいなのね。あなた、いつまで一人でいるつもり?」
いつになく真剣な眼差しでケイを見つめるサラ。しかし、ケイからしたら何度も交わされているやり取りだった。正直、もう飽きている。
「さぁ? いつまでなんでしょうかね?」
「あなたはそうやっていつも……」
「何? じゃあ、お前らのチームに入れてくれるの?」
「それは……」
ケイの言葉に先ほどの強気な態度はどこへやら、サラは気まずそうに押し黙ってしまった。
ケイは自分でも、意地悪な言い方だと分かっている。しかし、自分を進んでチームに入れようなどと思う輩がいるはずもないのも分かっていた。
ちなみに、サラの所属するチームは【シリウス】と呼ばれており、学院でも屈指の実力を誇っている。そんな者たちなら余計にケイなど論外である。
「それに、不本意ながらチームが結成されてしまったからな……」
「えぇ!?」
不意に発したケイの内容にサラは目を開かせて驚きの声を上げる。普段おしとやかで、凛とした態度からは想像できない声量だったためケイの肩がビクン、と跳ねた。
「びっくりした。急に大声出すなよ」
「そんなことより、チームが見つかりそうなの!?」
「あ、あぁ、ちょっとな色々あってな。正式にチームを結成することになった」
「そ、そうなの……」
ケイの言葉にどこか呆然とした様子で生返事するサラ。
いつもと様子の違うサラに首を傾げるケイだったが、時間も無限じゃない。
「それじゃ、時間ないんで。この後、食堂で打ち合わせする予定なんで」
「えっ? あ、えぇ! そうよ、私の貴重な時間を無駄に消費してしまったわ」
「えぇ~、絡んできたのそっちでしょう」
「う、うるさいわよ! ふんっ!」
何故か最後は怒りながら、教室を出ていくサラ。なんで怒っているのか分からず首を傾げるケイ。それと、サラが教室を出る際に、数人の男子から睨まれ理由も分からず不思議な気分になる。
「うぅ……。ウ、ウィンズがチーム、チームを」
「ハイハイ、分かったから。食堂行こうサラ」
多分、チームメイトと思われる女子と一緒に教室を出るサラ。
何やら項垂れているのだが、具合でも悪いのだろうか? 怒ったり、項垂れたり、忙しい奴である。
「……さて、行きますか」
人数もまばらとなった教室で考え込むケイであったが、結局分からないものはしょうがないと思考を彼方へ飛ばすと、自身もゆっくりとした足取りで出てい行くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昼休みの学生食堂。学院全生徒が座れるほどの広さを持つ食堂は多くの生徒たちで賑わっていた。
(さて、どこにいるのか……)
あまり食堂を利用しないケイは人の多さに軽く辟易とした気持ちになる。如何せんこの広さだ、探そうにも広くて人が多い。
(それに__)
先ほどから自分に突き刺さる奇異の視線。
普段この食堂を利用しないケイがこの場にいるのが珍しいからか、ひそひそ、とした声が耳に入ってくる。
今に始まった事ではないので、特に気にすることなくケイは目的の二人を探す。数秒ほど辺りを見渡すと一番端の方のテーブルに座る赤髪と白髪を見つけた。購買で買ったパンを持ってそちらへ向かう。
「よう、待たせたな」
「あ、いえ、私たちもさっき来たばかりですから」
「………」
ケイの登場に快く挨拶するティアに対して不機嫌さを隠すことなく無視するリン。上級生に対してその態度はいかがなものかと思う。
しかし、ケイはリンの態度に不快感を露わにすることなく涼しい顔で彼女たちの正面に立ったまた告げた。
「さて、食堂に来てもらったところ悪いんだけど、移動するぞ」
「移動、ですか?」
「あぁ、気づいていると思うけど、話をするにしてはギャラリーが多い」
ケイの言葉にティアは周りの席に目を配る。皆、食事や談笑をしながらもチラホラ、と視線を投げている。
確かに、こう視線が集まっていたら落ち着いて話も出来ない。
「……でも、どこに? 私たちもう注文しちゃいましたけど……」
「食堂のスタッフに言ったら包んでもらえるぞ。話は、俺の部屋に行こう」
「先輩のお部屋ですか? 男子寮に入るのはちょっと……」
「おおっと待て勘違いするな。男子寮ではなくて俺が勝手に使っている根城だ。詳しくは着いてからで」
言い方が悪かったらしく、あからさまに警戒体勢に入ったのを見てケイはすぐに誤解を解く。リンの鋭い瞳がケイに殺意を当てているのでこちらも冷や汗ものである。
特に反対意見がないようで、ティアは小さく頷く。リンの方を見てみるがむすっ、とした顔をしたままでケイに一瞥すらしなかった。まぁ、何も言わないので文句はないだろう。
リンの険悪な空気を感じ取ったのかティアは焦りながら言う。
「そ、それじゃ、私たちちょっと包んでもらいに行きますね」
「あぁ、悪いな。俺の都合に合わせてもらって」
「いいえ、全然構いませんよ。ほら、リンも行くよ」
「………」
リンを促してからケイにお辞儀するとティアは食堂のスタッフの方へと向かった。ケイは軽く手を振って彼女たちが戻ってくるのを待つ。
全校生徒が全員入れるような広い食堂にはチーム同士で食べたり、友達と一緒に食べたりと楽し気に食事する風景が見える。視線を遠くに向けると教室で会話していたサラの姿も発見した。
あれは《シリウス》のメンバーだろうか。こういう日常の中でともにいる事がチームワーク向上の秘訣なのだろう。ケイと会話していた時には見せなかった微笑を浮かべ、何やら話をしていた。
と、不意に顔上げたサラと目が合った。
__ギロッ
「えぇ~~」
視線が重なり、一瞬呆然とした顔をしたサラだったが次には目つきを鋭くして睨みつけてきた。
目が合っただけで睨まれるなんて、どれだけ自分は嫌われているのだろう。
「お待たせしました……どうかしましたか?」
「え、あぁ、別に何でもないよ」
戻ってきたティアが顔を歪めるケイを見るなり訊ねるが、ケイはサラから視線を外してにこやかな笑みを浮かべて首を振った。
「それじゃ、移動するぞ。ウチのミーティングルームへ」
ケイはそう言うと様々な視線を浴びながらも食堂を出て行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
東校舎の一番端。学院自慢の時計塔がよく見える隠れた名所。そこにケイが所属、というより一人だけ在籍しているチーム【NONAME】がミーティングルームとして使っている部屋があった。
ミーティングルームとは、各チームが所有している会議室のようなものであり、依頼によるチーム内での相談や話し合いなどに使われるのが主流である。ケイの場合は昼寝スポットとして主に活用されている。
「ちょっと狭いけど勘弁してくれ」
「い、いいえ、大丈夫ですよ」
「……本当に狭いわね」
「ちょ、ちょっとリン」
ケイによって案内された部屋を見てリンが正直の感想を述べるとティアは慌ててリンを注意する。
六畳一間。真ん中に小さいテーブルとソファが一組あるだけの簡素なものだった。飾り気も何もない部屋をケイは慣れた足取りで進み制服が汚れることなんてお構いなくといった様子で地べたに腰を下ろした。
「ほら、お前らもこっちに来い。ソファを使ってくれ」
「え、でも先輩が汚れちゃいますよ」
「いいよ。俺はクッションあるし」
「は、はぁ……。ありがとうございます」
年上であるケイに遠慮してソファに座ることを渋るティアであったが、彼の親切を無下にする訳にもいかずに対面であるソファに腰を下ろした。リンは、遠慮など知らないとばかりにどしり、と座った。
これはまた豪快な。
「んじゃ、飯食いながら適当に話でもするか」
「は、はい、分かりました」
リンの豪快さに心の内で苦笑いを浮かべながらも昼食を提案する。
ケイの言葉にティアは頷くと食堂のメニューであるオムライスに手を付けた。リンもサンドイッチのセットに手を伸ばす。ケイも購買のパンの袋を開ける。
「……あの、先輩はパンだけでいいんですか?」
「あぁ、食堂は人が多くて落ち着いて食事出来ないからな。いつも購買のパン買って適当なところで食ってる」
「へぇ、お友達とは食べないんですか?」
「……俺は、孤高主義なんだよ」
ティアの純粋な質問に心がえぐられる思いになるケイであるが努めて顔には出さずに答える。
かっこよく聞こえるが、ようはボッチ宣言をしただけである。
「……ティア。こんな落ちこぼれに友達なんているはずないじゃない」
「がはっ!」
だが、リンの決定的な言葉がケイの心に深く突き刺さった。
「せ、先輩大丈夫ですか!? リン、失礼な事言ったらダメでしょう! もしかしたら、万に一つの可能性で、奇跡的にいるかもしれないじゃない!」
「ぶはっ!」
「アンタ、それフォローになっていないわよ」
「えっ……わぁ! 先輩すみません、失礼な事言って」
「あ、あぁ、気にするな。じ、じじ、事実だし」
ティアの心優しいフォローはよりケイの心をえぐるがごとく傷つけた。
事実なだけあってティアの言葉はよく効く。まるで、ジャックのボディブローを喰らったかのような衝撃だ。
無自覚に相手の心を折るティア。なんて恐ろしい子だ。
「そ、それよりも、朝はいきなりの事でお互い深く話が出来なかったから。改めて自己紹介しておこうか」
「あ、はい! いいですね。これから一緒に頑張るメンバーなのですから。そういうのは大事だと思います」
「なら、始めは俺からな。名前はケイ=ウィンズ、二年だ。得意魔法なし、苦手魔法なし。獲物は剣。知っての通り《稀代の落ちこぼれ》と言われている。まぁ、年上だからってかしこまらないでいいから、これからよろしく」
朝した時よりも細かく自己紹介を行うケイ。
通常、こういった時の挨拶などでは自分の得意魔法、使う武器、他に何か一言というがお決まりだ。もっと深く相手を知るためにはまだ知り合って時間も経っていない、という事もあり今日はこの程度でいいだろう。
ケイの挨拶が終わったところで、今度はティアに挨拶を促す。
「えと、ティア=オルコットです。一年生です。得意魔法は主に回復魔法や補助魔法、それとちょっと土属性の魔法が中級まで扱えます」
「なるほど、土属性か……」
魔法属性には人によって得意、不得意が発生する。属性一つ一つに魔法陣を構築する方法、込める魔力量も違ってくるのでケイじゃなくても扱えない属性があるなんて人がいる。
その中でも、土属性は魔法の中ではあまり人気がない。理由は、攻撃方法が地味であるからだ。火属性や雷属性などは派手さがあって人気があるが、威力を調整するのが凄く難しいと言われている。そのため、魔法を一から勉強する際に土属性の魔法は基礎となる場合が多いのだ。
「ちなみに、苦手魔法と獲物は?」
「苦手なのは雷属性ですかね。威力を調整するのが難しくて。それと、武器は主に杖です。刃物は怖くて」
「となると、ティアって後方支援タイプなんだな?」
「はい、そうです」
「なるほど……」
土属性の魔法の多くは相手の動きを封じたり、鈍らせたりするものが多い。さらに、ティアは回復魔法に補助魔法が得意となると魔物と戦う場合、一番後ろに配置する必要がありそうだ。こういう人材は案外重宝される。当たりの部類に入るだろう。
ティアについてよく分かったところで、今度はリンの方に顔を向ける。
だが、彼女はケイの視線から逃れるように明後日の方向を向きながらサンドイッチをほうばっていた。
「ほら、リン。挨拶」
「……リン=ベェネラ」
「それ、名前。もっと他に言うことあるでしょう」
「………」
「もうっ……すみません先輩。リンの得意魔法は確か火属性で、武器は剣を使っています」
一貫して無言を貫こうとするリンの代わりにティアが知っている情報を伝える。
リンが得意とするのは火属性。一般的に攻撃が高いとされる魔法である。そして、剣を武器としているとなると、遠近両方で戦える非常にバランスが良い戦闘が出来る。ティアの戦闘スタイルを考慮しても相性はいい。こちらも人材としては当たりの部類になるだろう。
ケイとの相性はさておくとして。
「あぁ、いや、気にするな。慣れているから。と言っても、依頼の中には魔獣の討伐もある訳だし、このままじゃ困るから、仲良くしてくれとは言わないが話くらいは聞いてくれないか?」
学院で発行されている依頼は基本的に各チームの実力に見合ったものが置かれている。しかし、魔獣討伐などの依頼では何が起きるか分からない。優秀な者が集うこの学院でも毎年、数名の死者が出ているのだ危険は常に隣に存在している。
そんな中で、連携がバラバラなチームなんてすぐに全滅だ。
ケイの真摯な言葉に、ティアが心配そうにリンを見る。二人の視線を受けたリンは仏頂面を崩すことなく続けていた食事を止めた。
瞬間、勢いよくリンは立ち上がって人差し指をケイに差した。
「言っておくけど!」
「??」
「私は、アンタの事を認める気はない。学院長の提案で仕方なく乗ってあげるけど、チーム
が正式に決まって依頼を受けることになったら勝手にやらせてもらう、余計な真似も詮索もいらない。どうせ、足手まといになるんだから先輩面しないで」
「ちょっと、リン!」
「なによ、私は正直な気持ちを言ってるだけ。ティアだって、余計な荷物は持ちたくないでしょ?」
「私はそんな事……」
困った表情を浮かべるティアを他所に、言いたいことだけ言うと、リンは空になった袋をぞんざいにちと足早に部屋から立ち去っていく。
どうやら本格的に自分は彼女に嫌われているようだ、とケイは引き留めるかどうか迷いながらリンの顔を見る。そして、同時に彼女の顔に疑問を生じさせた。
ケイはこれまで数多くの悪意や侮蔑を受けてきた。そういう事をする人間の顔は大抵誰も彼も似る。
だというのに、彼女の顔は真剣でエメラルドの瞳はひたむきに真っすぐなものだった。決して人を貶して嘲笑う者がするような表情ではなかった。
ぴしゃり、と扉が閉まる音の後、部屋には重たい空気が流れた。
「……すみません、先輩」
「あぁ、いや、ティアが悪いわけじゃないだろ。リンのする反応の方が普通だ」
「でも……」
「ま、最初から仲良くなってくれるとは思ってないし。その内どうにかするから」
「……本当にすみません」
「いいって、それよりも、正式にチームとして動けるのは明日からになるだろうし、今日はもう来なくていいけど、放課後は基本こっちに集合してくれ」
「はい、構いません。リンの方からは私が言っておきますね」
「あぁ、頼む。本当は各人の動きとか確認したかったけど、リンの様子からして不要って言いそうだな」
「……すみません」
「大丈夫。リンとティアの動き方とかはこっちで勝手に見るから」
「えっ?」」
ケイの言葉に目をぱちくりさせるティア。
勝手に見るとはどういう事だろうか。
「あれ、ティア次の講義何か知らないのか?」」
「えぇと~~あっ」
言われて次の講義の内容を思い出すティア。そして、すぐにケイの意図する事を理解して納得した。
「次は、一、二年生合同の実技です」
ティアの答えに、ケイは満足そうに頷いたのだった。
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