ノーネームナイツ・ユニークウィザーズ

九芽作夜

第一章 Encounter morning

第1話 出会いは唐突に

 燃え盛る炎、破壊された家々、辺りを包むのは燃える音と、村を徘徊する魔獣たちの足音だけ。

 その炎から少し離れた場所に立つ一人の少年。

 少年の近くには同い年くらいの少女がいた。

 その少女は、まるで眠っているかのように目を閉じている。少女の寝顔はこの状況とは不釣り合いなほど綺麗だった。


「……」


 少年は少女の寝顔を焦点の合わない目で眺める。だが、少女の閉ざされた瞼が再び開くことはない。


「……メル」


 少年は震える唇を動かし、少女の名を呼ぶ。弱々しいその声に少女が返事をすることはない。


「なぁ、メル。メル、メルメルメルメルメルメル……」


 何度も、何度も少年は少女の名前を連呼する。齢6つの少年の姿は状況を無視して見れば狂気じみて見えた。

 パチッ、パチッ、と彼の背後から燃える炎の音が鳴り響く。ザクザク、と重々しい足音が徐々に少年に近づいてきた。


「キキキキキキキキキ!!」

「ブルルルルルルルル!!」


 炎をバックに現れたのは怪物たち。魔獣、と呼ばれるその者たちは次々に群れを成し、ゆっくりとした足取りを止める事はなかった。凶暴な唸り声と獰猛な笑みを浮かべながら異形の者たちは少年を捉える。

 その間にも少年は少女の名前を呼ぶことを止めない。

 しかし、少年の声は徐々に小さくなっていき、やがて声が止んだ。

 少年は腕に抱いた少女を優しく地面に下ろすとゆっくりと立ち上がる。


「……お前らが」


 魔獣の群れは次の獲物を少年に狙い定めると余計に笑みを浮かべた。その目は弱者をいたぶり楽しむ劣悪な眼である。自分たちの優位を確信しているようだった。

 だが、少年は魔獣たちの眼に怯むどころか正面から見つめて返していた。

 焦点の合わないその眼は徐々に色を取り戻していく。

 どす黒く、血よりも赤い色が彼の体に染まる。


「お前らのせいで……」


 今までの人生の中で感じたことのないほどの激情が生を忘れた少年に駆け巡った。


「殺す」


 名前の分からない感情。脳が焼かれるほど痛い。なのに、明確にやるべきことが分かった。


「全員、ぶっ殺す!」


 煌めく星々が見守る暗闇で、少年の声が響き渡った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 目を覚ました先にあったのは見知った白い天井だった。窓から差し込む朝日が顔に当たり、少年は眩しそうに手で光を遮る。


(……またあの夢か)


 上体を起こし、先ほど見ていた夢を思い出す少年は、枕元にある時計に目を向ける。時計はいつも起床するより早い時間を示しており、窓から聞こえる鳥の鳴き声が爽やかな朝を演出させていた。

 少年はベッドから降り顔を洗おうと洗面所の前に立つ。


「酷い顔だな」


 鏡に映る自分の顔を見て呟く。

 黒い髪はぼさぼさ、寝ていたのに疲れが抜け切れていない顔。心なしか今年で17歳なのにもっと老けて見える。


「いかんいかん、今日は学院長に呼ばれていたんだった」


 早起きした目的を思い出してすぐに身支度を整える。

 ズボンを履き、白いシャツにネクタイを締め、緑色のジャケットを羽織る。最後に腰のベルトに剣を差し寝癖を直す。


(あの人、身なりに厳しいからなぁ)


 最低限の身なりを整え、準備が出来た所で青年は自室を出た。

 早朝の冷たい空気と太陽の光が今日も彼を照らしてくれた。




 グランザール王国。大陸の南西に位置する王政国家である。大陸でも屈指の領土を持つこの国は優れた魔導士や騎士を多く持つことで他の国も一目置く国家だ。

 そして、王都から東に少し離れた場所にあるヨール市。王国第3位の大きさを誇るこの街にはある学園が存在していた。


 国立グランザール魔法騎士学院。


 王国民ならば誰しもが名前くらいは聞いたことがあるはずの有名な学院だ。

 魔法の基礎から応用、騎士としての戦闘など将来有望のあらゆる才能を集め伸ばすのを目的としたこの学院は王都だけでなく諸外国にも名前が広まっている。15歳から厳しい試験を受け、クリアした者だけが入学を許される。入学を許された時点でその者は自身の有能さを認められたのも同然である。


 さらに、この学院の特徴的な教育システムとして街に存在する冒険者ギルドと提携し、学院内でギルドの依頼を受けられるようになっており、学院内でチームを組み学院が出した依頼に応じてポイントが支給される仕組みとなっている。そのポイントは成績に反映され、より難易度の高い依頼を達成すればするほど自身の有能さを周囲に示す事が出来、将来騎士団や魔導士団に入る際に有利になる。

 学院内に存在するチームは100を超えており、チームにおいては学年問われずメンバー、特にリーダーの承認さえあれば入れる。しかし、実際にチームを作る時に重要な決まりが二つある。


 一つ、必ず3名以上であること。

 一つ、学院から許可されていること。


 最低でもこの2つは守られていなければならない。チームを勝手に作っても依頼を受ける事が出来ず、成績に反映されない。

 なので__


「さて、ケイよ。お前、自分の置かれている立場をちゃんと理解しているな?」


 壁際に並べられている書架に部屋全体に敷かれている真っ赤な絨毯。客人をもてなすために設置されただろうテーブルとソファ。そして、部屋の最奥では、執務机に両腕を置き、豪華な椅子に座る男。黄金色の髪を獅子のように立て、顔には歴戦の傷痕が目立つ。幼い子供が見たら一発で泣き顔が出来上がるであろう。


 この男こそ、学院のトップである学院長ジャック=オレフ。元は王宮直属の近衛騎士団に所属し、迷宮で未開拓エリアを発見したり、通常は騎士20名でようやく倒せるワイバーンを一人で倒したりとあらゆる逸話を残している。当時は国内最強の名を国内外に轟かせ、最年少で騎士団長にまで登り詰めた成功者である。

 過去に左腕を失った事で騎士団を引退したがこれまでの実績が認められこの学院の長として迎えられたのはもう10年も前の話だ。


 そんなジャックは机に置いてある一枚の紙をトントン、と指で示しながらため息を吐いた。

 紙にはケイ=ウィンズという名前と、成績表という題名が書かれていた。

 その評価、二学年120名中最下位。堂々のEである。


「はっはっは、これはまたヤベェっすね」

「笑っている場合か!」


 自身の成績の悪さにケイはあっけらかんと笑い飛ばした。

 全く危機感を抱く様子のないケイにジャックが席を立つ勢いでツッコむ。

 学院では毎年、前期後期の二回に渡り生徒の成績がつけられる。今ジャックが問題視しているのは昨年度、つまりケイが学院一年時の最終成績である。


「普通、もう少し焦るものだろ」

「あー、まぁ、別に大体予想通りの結果なので」

「だったら余計に慌てろ、バカ者がっ」


 ジャックは疲れたように額に手を当て天を仰ぐ。

 ここまで酷い成績を叩きつけておいて何を涼しい顔しているのだと声を荒げたい気分になる。新学期始まって早々だと言うのに頭が痛い。


「分かっているのかケイ。お前このままじゃ進級出来なくなるぞ?」


 学院ではある一定の成績を収めないといけない決まりとなっている。現状、ケイの成績は最低ランクのE。もし、このままの成績が今年も続くようなら本当に留年、または退学もあり得る。学院の長い歴史の中でそんな者を出した事などなく、下手したら黒歴史として名を刻まれかねない。


「そこはほら、こうー、内側からちょちょいっと点数を水増ししてですね」

「そんなこと出来るか!」


 堂々と不正を促すケイにジャックの怒号が飛び込む。いくら長い付き合いだからと言っても仮にも学院長である自分に点数の水増しを要求するとは、一体どんな神経しているのだろうか。

 しかし、ケイはジャックの言葉に対し唇を尖らせた。


「えぇー」

「なんでそんな不服そうな顔が出来るのか俺には分からん。大体な、今回も座学と実技の点数で担当講師を説得してどうにかして進級できたんだぞ。あれもほとんど反則ギリギリな行為なんだから、二度も同じ事が出来ると思うなよ」

「チッ、使えねぇ」

「おっと、今のはちょっとカチンと来た。いい加減にしないと斬るぞこの野郎」


 流石にケイの言動に青筋が浮かぶ。ジャックは自分の肩付近から魔法陣を浮かび上がらせ、中から剣の持ち手を出現させた。


「すいません! ちょっと調子に乗ってました!!」


 ケイはこれマズイと高速で後退りし、腰を90度に曲げ頭を下げて謝罪する。

 ジャックはそんな情けない姿のケイを前に、剣を振るうのが阿保らしくなったため剣を引っ込め魔法を消した。


「はぁ、本気を出せばもう少しいい成績になるだろうに……」

「何を言っているんですか。俺は常に全力全開ですよ」

「その結果がこれじゃ俺は悲しいよケイ」

「奇遇ですね。俺も悲しくなってきました」


 悲しい事実に二人の間にお通夜のような空気が流れる。だが、二人の顔に悲壮感は見受けられなかった。


「……やっぱり、依頼受けられないのは痛いっすよねぇ」

「まぁな、しかし、規則は規則なんでな。ちゃんと進級したかったらきっちり人数揃えて正式にチームを発足させることだな」

「ふっ、何を言っているんですか。このボッチに」

「《サラマンダーフレイム》」


 キリッ、とした表情でボッチ宣言するケイにジャックは右の掌を向け呪文を詠唱すると赤い魔法陣が構成され、高熱の炎が発生しケイの顔面に飛んだ。命の危険を察知したケイは体を大きく仰け反らせる事で炎を回避した。

 かすったせいか髪の毛がジュゥ、と音を立て、若干焦げ臭くなる。


「おおぃ!? あっぶねぇ!! それ、シャレになんないですって!!」

「お前が真面目に答えないからだろ」

「いや、事実ですよ。自慢じゃないですけど、入学してこのかた誰かと一緒に飯食ったことなんてないですよ!」

「ケイ、お前……スマン」

「哀れみの眼で謝らないでくれますか!? 別に寂しいと思ったことないですから!」

「うん、そうだよな。分かった分かった、俺の所ならいつでも遊びに来ていいんだぞ?」

「分かってない! ていうか、俺が避けられる理由知ってるでしょうがアンタ!」

「??」

「いや、なんでそこで首を傾げるんですか。アンタがやっても気持ち悪いだけですよ」

「《ドラゴン……」

「あぁ! すんません!! 謝りますから最上級魔法は止めてください!! 部屋ごと消し飛ばす気ですか!!?」

「ったく……それにお前が避けられている理由なんて、お前が他人を避けているだけのように思えるんだが」

「いや、まぁ、それは無きにしろあらずといいますか……」


 確かにケイがボッチの理由は本人に由来することであるのは間違いない。しかし、根本的な理由は他にあった。それを知っているからか、ジャックもそれ以上口を開くことはなく、話を進めた。


「はぁ、で? 話を戻すが本当にどうするんだよ。お前このままじゃ本当に進級出来ないぞ? 何か考えとかあるのか?」

「……いえ、今の所は」


 ジャックの言う通り、ケイの成績が今までのままだったら次の進級試験には最悪臨めず留年することになる可能性が高い。この学院では、留年なんてするのは死ぬよりもつらいことに数えられる。

 流石にそれはマズイと分かっているケイは押し黙ったままになる。

 ケイの反応に想定内だったとばかりジャックは口を開いた。


「そ・こ・で、ケイよ。お前に朗報がある」

「朗報? 全力で講師方に土下座して回ったら恩情によって進級出来るとかですか?」

「お前、そんなことしてまでも進級したいのか……」


 残念なケイの考えにはぁ、と疲れたようにため息を吐くとジャックは次には朗らかな笑みを浮かべた。その笑みに何故かケイの背筋に寒気が走る。


「違う、もっと効率的かつ誰も不幸にならないやり方だ」

「そんなうまい話がありますか? はっ、まさか俺の体を」

「《ドラゴン……」

「すんません!! もう黙ります!!」

「たくっ……もういい。入れ」


 くだらないケイとのやり取りに飽きたジャックはケイの背後、学院長室の隣にある応接間に続く扉に向かって言った。

 反射的にケイもそちらに顔を向けると、ゆっくりと扉が開きだした。

 まず、ケイの眼に飛び込んできたのは燃え盛る炎を彷彿とさせる紅の髪とまるで誰にも踏み荒らされていない新雪のような綺麗な白い髪。


「紹介する。リン=ベェネラとティア=オルコットだ。二人とも学院の一年生、お前の一つ後輩だ」

「……はぁ?」


 ジャックに紹介された二人をもう一度観察するケイ。

 リンと呼ばれた女子は紅の髪にエメラルド色の瞳が特徴的で、身長はケイよりちょっと低い。勝気ある眼がこちらを見ているので結構好戦的な性格なのだろう。

 次に、ティアと呼ばれた女子を見る。こちらは白い髪にコバルトブルーの瞳を持ち、リンよりも小さくケイと比べるとだいぶ身長差がある。さっきからケイを訝し気な眼で見ていた。人見知り、という訳ではなさそうだ。あれはどちらかと言うと警戒しているのだろう。

 とりあえず、観察を終えたケイは視線をジャックに戻す。すると、ジャックは顎をクイクイ、と動かす。


(自己紹介しろってことね)


 ジャックの意図を何となく察したケイは状況について行けていないが二人に向かって声を出す。


「えぇ~と、ケイ=ウィンズ。二年だ」

「「っ!?」」


 軽い口調で自身の名前を告げると、リンの眉がピクリ動きティアは口を少しだけ開けた。


(あぁ、知ってるのね俺のこと)


 大体、こういう反応するのはケイの名前を聞いた事のある者だ。

 本当に自慢にならないがケイはこの学院で有名人なのだ……悪い意味で。

 彼女たちにとっては初めての反応だろうがケイにとってはもう何度も目にした光景なだけに、見飽きてしまって面白味を感じなかった。

 自己紹介を終えた所で、ケイは再びジャックに視線を戻す。その視線はどこか非難めいていた。この微妙な空気、どうにかしろと言っているのがジャックには分かった。


「で、学院長。これは一体どういう事なんでしょうか?」


 他人のいる前だからだろうか、ケイはジャックに対する口調を少し改めて訊ねる。ケイの質問に便乗するようにリンとティアもジャックの方に顔を向ける。どうやら二人も何も知らされていないようだ。

 三人の視線に当てられているジャックは至極冷静なまま、お茶を一口飲むとケイの質問に答えた。


「いやな、単刀直入に言うとだな……」


 ジャックは一度、間を取り三人の顔を一人一人眺めると続けた。


「おめでとう、今日から君たちはチームメイトだ」

『……は?』


 三人の呆然とした声がピタリと揃って部屋に響いた。

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