第31話魔法使いBravery その1

4月。


まだ少しの肌寒さとこれから日に日に増えていく暖かさを乗せた風が、まだその美しい姿を保とうとする薄紅色の桜の木を揺らす。


花びらはその風によってひとひら、そしてもうひとひら・・・・


「・・・・・っと、ここまで飛んできたのか」


「今日は風が強いな・・・・やっぱ教室戻るか?」


「いい・・・・・せっかく疾風が誘ってくれたんだし」


俺は飛んできた花びらを手で摘んで空にかざす。とてもいい天気だ。


「なんだか久方ぶりに外があったかいと感じるよ・・・・」


「未治なんだか言ってることジジくさいぞ」


「え〜そうかなぁ〜」



ここは俺が通い始めた私立浜崎高校の屋上。

そして時間はお昼休み。


俺は疾風とでお昼ご飯を食べているのである。


・・・・ことの発端は授業の休み時間。何気ない友達との会話の中で、あるクラスメイトが「未治君って屋上言った?」と質問してきたことから始まる。


「そういえば行ったことないかも。いつも昼は教室で食べてるし」


「そうなの!?じゃあ今日の昼休み屋上いこうぜ!みんなも一緒にさ!!」


「賛成〜!!!!最近行ってなかったし今なら寒くないから快適かもね〜」


という感じで、お昼休みは会話に参加していたクラスメイトの何人かで噂では豪華だという屋上にいこうということになったのだが・・・・


「・・・・・こんな大人数で行ったら場所占拠しすぎて怒られんだろ」


と疾風がマジレスしたため、この企画はお流れになってしまったのだ。


その代わりと言ってはなんだが、疾風が一緒に行ってくれることになった。他の行こうとしていたクラスメイト達には疾風が教室待機を命じ「これは横暴だ!!」と罵られていたが、なんだかんだ言って疾風が一番俺のことを気にかけていることは皆周知の事実なので大人しく教室に残っていた。


ちなみに前回の反省?を生かし、香奈にも事前に屋上にいると伝えてある。自殺されたら困るからね。


屋上は小さな庭園になっていて、多種多様な植物がのびのびと育てられている。ベンチやテーブルもいくつか置いてあり、お昼休みの学生達で賑わっていた。


なるほどこれだけの人がいるならみんなで行くと迷惑になりそうだな。



「ねぇ疾風」


「ん?」


「お昼・・・・・ミニドーナツ一つでいいの?」


疾風のビニール袋に入っているお昼は購買部で一個50円で売られているとても小さいドーナツだった。見たらわかる。絶対足りない。


「え?・・・ああ、俺あんまお昼は食べないから」


「いや、それにしたってそれ一口ぐらいしかないよ?絶対午後の授業死ぬでしょ・・・」


「大丈夫だって。俺は燃費の良いようにできてるから問題ない」


いやいやそんなはずは・・・・車会社もびっくりだよ。


「・・・・・分けてあげようか?俺のパン」


俺は自分だけちゃんとしたパンを食べていることが申し訳なくなって疾風に少し分けてあげようとする。焼きそばパンの真ん中。


「いらんいらん・・・・・本当に大丈夫だから」


しかし疾風は一切の迷いなく断る。


「えー・・・お金節約してるとか?でも実入りのいいバイトやってるって話だったよね?」


「ん?まぁ・・・・お金って大事だろ?そんな大事なものを毎日余分な食料のために使えないだけだよ」


「ええー・・・・お昼休みの楽しみといえば食べることでしょう・・・・」


「ははっ、食い意地張ってんなお前は」


「ええー」


みんな違うの?俺はお昼ご飯のために午前中生きてるようなものだよ?


「・・・・やっぱ食べなよ・・・・体調崩すよ?」


「だから大丈夫だって心配性だな〜・・・俺はずっとお昼はこんな感じで」


「誰かぁ〜!!誰か助けてくださ〜い!」


突然、屋上の隅の方で誰かの叫び声が聞こえてきた。なにやら深刻そうな感じだし何があったんだろう?


「なぁ疾風、なにが起きて・・・・あれ?疾風?」


ふと横を見るとさっきまで隣にいたはずの疾風がひと目見ないうちに姿を消していた。え?どこ?ウェアー?


「ん?・・・・あ、いた。もうあそこに・・・・」


困惑してしばらく辺りを見回していると、先ほどの叫び声がした方向にしゃがんでいる疾風の姿を見つけた。というか速っ!さすが名前は伊達ではないのかっ!時間が止まったのかと思ったぜ!


俺は見つけ次第急いで疾風の元へ駆けつけた。どうやら先程の叫び声の正体は一年の女子生徒だったようだ。彼女は今にも泣きだしそうな顔で疾風の顔を見つめている。


「どうしたんだ?何かあったのか?」


疾風が尋ねると彼女は少ししゃくりあげたような声を発しながらゆっくり話し始める。


「そ、それが・・・・私の筆箱が落とした拍子で屋上の外側に転がってしまって・・・・どうしても取れない位置にあって困ってて・・・・」


彼女が指差す方を見ると、たしかに筆箱らしきピンクの可愛らしいポーチが、屋上の落下防止用の柵の外側で、なおかつ落ちるギリギリのところで静止していた。あと何回か風が吹けばおそらく落ちてしまうだろう。しかも柵の間からは微妙に取れない絶妙な位置だ。彼女の不運を呪うしかない。


「・・・・そういうことか。よかった人命がかかってたらどうしようかと・・・」


「すいません・・・・どうしていいかわかんなくて・・・・でも取りに行くのは怖くて無理だったんです・・・・」



「・・・・そうか。そんなことか」


俺はその会話を聞いて安堵する。


良かった。あんな悲鳴をあげるものだから誰かが自殺でもしようとしていたのかと思った。さすがに漫画の読みすぎか?


まぁともあれ、これは先生に事情を話せば万事解決ーー


「わかった。ちょっと待ってろ」


そう言いだしたかと思えば疾風はなんということなく落下防止用のための柵を越え、1人分強のスペースに特に対策もなく降り立ったのである。


・・・・いや待ていきなりおかしいだろ!!


「は?・・・・・いやいや疾風!!危ないって!お前手を滑らせたら即死だぞ!!こっち戻ってこいよ!!」


俺は疾風に戻ってくるように大声を張り上げる。今日は風も強い、なんの抵抗もないこの屋上ではなおさら疾風を危険にさらしているはずだ。


「大丈夫大丈夫。すぐとって戻ってくるから」


だが疾風はなんのそのだ。これでは俺ばっか心配してるみたいじゃんか・・・・


「すぐとってって・・・・それ立ったままじゃ取れないだろ!しゃがめんのか!?というか先生読んだ方がいいだろ普通に考えて!!」


「手すり捕まればなんとかしゃがめるよ・・・それに先生を読んでたら風で筆箱が落ちちゃうだろ。こんな色々入ってる硬いもの落としたらそれこそ危ないよ」


「それは・・・・っなら俺の手を掴めば」


「いいから・・・・未治はそこで彼女の面倒を見てて。すぐ終わるから」


そう言って疾風は目の前の光景に集中する。時折吹く風は容赦なく筆箱と疾風を強く揺さぶる。だが、疾風は臆することなくその手を伸ばし、なんとか筆箱をつかむことができた。


疾風はゆっくりと立ち上がってから柵を軽々とジャンプでまたぎ、俺と彼女の元へ戻ってくる。


「ほら・・・・・今度からは気をつけろよ」


「あ、ありがとうございます!!・・・・よかったぁ〜」


彼女は無事筆箱が帰ってきたことで安堵の表情を浮かべていた。


「・・・・あ、あの!私、一年の花咲 千歌はなさき ちかって言います!あの、先輩・・・・ですよね?何かお礼をさせてください!!」


「え?いらないよそんなの」


「で、でも・・・・・先輩をあぶない目にあわせてしまって!!それなのにお礼の一つや二つもしないなんて先輩に悪いですよっ!!」


「いいからいいから・・・・誰かがどうしようもなくて助けを求めているんなら。今度同じことしてくれなければ俺は十分だよ。」


「っ!わ、わかりました・・・・・本当にすいません!!それとありがとうございました!先輩」


結局疾風の言葉に最終的に折れた彼女はそう言って小走りで去っていった。途中で側にいた俺にも「先輩も一緒にいてくれてありがとうございました」と言いのこして。


俺はその言葉に「うん」と短く返して疾風の方を向く。


疾風は先程の事を周りで見ていた疾風の知り合いらしき人たちに「お前かっこよっかったな〜!!」とか「さすが疾風だな〜」などとぐしゃぐしゃにされながら褒められていた。疾風は少し照れ臭そうにしていたが「だからだって」と笑いながら返す。


俺はそんな疾風をじっと見ていた。


ーー当然のことをしたまで?


ーー当たり前のことをしただけ?


嘘だ。俺には・・・・あんなの怖くてできない。俺だけじゃない。みんなあんなすぐに他人のために危険を冒すことができるのだろうか。できるのだとしたら俺はよっぽどの臆病者だ。


でも俺だって解決策はすぐに考えていたのだ。


あそこで先生に頼っていれば誰も危険にさらされずに取る手段などいくらでもあっただろう。それにこの下はたしか多少の大きさの木があったはずだ。よほど弾まない限りそれが人の頭に落ちることはなかっただろう。


それでも疾風は自ら危険を冒して筆箱を自分でとった。


なんか違和感を感じる。当たり前?当然?それを笑いながら言ってしまう疾風のことが少しわからなくなった。


なんだろう、なにかを掛け違えているような・・・・


「おい未治。みーはーるー」


「え?、あっ・・・・ごめんボーとしてた」


俺が思考の沼にはまっていると不意に疾風に声をかけられた。どうやら何度も声をかけられていたらしい。


「まったく・・・・ぼさっとしてないで教室戻るぞ〜」


そう言うと疾風は屋上の入り口の方へ歩いていってしまった。


結局俺は「・・・・あいつやっぱすげーわ」と一人感心することにしながら疾風の後を追った。

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