②図書館の魔女


 ナナエル・ロットブレード。

 この名前を聞いて、ここ――私立しりつ御剣みつるぎ学園で知らない者はいない有名人の一人である。

 というのも、授業以外の大半を御剣学園の図書館で過ごし、三角帽と黒マントを制服(夏冬関係ない)の上から羽織っているため、その見た目から彼女に付けられた二つ名は『図書館の魔女』。

 だが、『魔女』と言われる所以ゆえんは、彼女の見た目だけではなく、図書館に置かれている本のタイトルと内容のほとんどを覚えているからだ。

 内容については、基本的に本を読んでいるから覚えているんだろうが、タイトルとセットで覚えているのは珍しいのではないのだろうか。

 だから、本を探していても見つからない場合は、彼女に聞けば大体は見つかる(他の誰かに借りられていなければ、だが)。


 まあ、そんなわけで、僕はナナエルさんと知り合ったわけなのだが――


「夏なのに、止めないんだ。その格好」


 彼女の三角帽にマントという格好は、暑い夏の時期でも変わらない。

 ちなみに彼女、こんな名前だが、留学生じゃないんだとか。


「私から私のアイデンティティを奪うつもりか? 少年」

「いや、マントだけでも取れば良いじゃないですか。見ていて物凄く暑そうです」


 いくら冷房があるからって、黒装束はどうなんだ。


「大きなお世話だ。それに、君はそんなことを言うために来たのかい?」

「本の返却ですよ」


 図書委員でもある彼女に差し出せば、返却手続きをしてくれる。


「そういえば」


 彼女が口を開く。


「早瀬は元気か?」


 おや?


「知り合いなんですか?」

「一年の時、同じクラスだった」


 当時のことを思い出したのか、口角を浮かべる。


「その時から『サボり魔』だったんですか?」

「さぁな。気付いた時にはもう呼ばれていたからな」

「そうだったんですか……」


 早瀬さんにナナエルさんについて聞いたら、どう返されるんだろうか。


「私のことを、早瀬に聞いても無駄だと思うぞ」

「……何でですか?」


 心の中を読まないでほしい。


「あいつは、クラスメイトだった奴のことを覚えているのか、いないのか。分からないんだ」

「それは……」


 でも、少し間が空いてから会いに行った僕のことを覚えていることから、クラスメイトのことも普通に覚えていそうなんだけど。


「君は、特別なんだろう」

「特別、ですか?」

「恋愛的な意味じゃないだろうけどな」


 その時のナナエルさんの目は、僕自身じゃない『何か・・』を見ているような気がしてならなかった。


「残念だったか?」

「ま、まさか!」


 こっちも恋愛的感情は持っていないから、早瀬さんが僕に『友情』を持っていてくれているのなら、彼女と一緒で居られるはずだ。


「さて、君が早瀬にどんな感情を抱いていようと、私には何の関係もないのだけど」

「関係無いんですか」

「早瀬に私と来て、この先、君が私たち以外の面々と接触した場合、君は覚悟しておいた方が良い」

「覚悟、ですか?」


 ナナエルさんが頷く。


「この学園で、私たち全員・・・・・と会ったことのある奴は居ないから」


 普通、有名人であるのなら、何らかの注目を浴びているはずなのだが、この学園内でそんな様子はないし、歓声らしきものも聞いた覚えはない。

 つまり、そういうことなんだろう。


「分かりました。気には止めておきます」

「ああ、そうしておくといい。……ふむ。もうこんな時間か」


 時計を確認したナナエルさんが立ち上がり、帽子とマントを脱ぐと、隣の準備室へと入っていく。

 そして、五分もしない内に出てくる。


「もうすぐ授業が始まるからな。だから、どこかのサボり魔と一緒にしないで貰えるか?」

「あ、すみません」


 どうにも早瀬さんと先に知り合ったせいで、ナナエルさんも似たような部分があるのかと思っていたら、どうやら彼女にとっては不服だったらしい。


「それじゃあな、少年。授業、頑張れよ」

「あ、はい。ナナエルさんも……」


 図書館から出て、この場から去っていく彼女の黒髪が揺れる。


「……」


 一応、自己紹介はしたが、ナナエルさんは僕を『少年』と呼んでくる。

 本当、不思議な人だ。


「……ナナエルと何を話していたの?」

「っ、わぁっ!?」


 耳元にこっそりと告げられた言葉に驚いて、そちらを向けば、どこか楽しそうな早瀬さん。

 あと、ナナエルさんのことは知っていたんですね。


「……もうすぐ授業ですけど、またサボるんですか?」

「うんにゃ、今回は出るよ? 理科系の単位がヤバいからね」


 笑い事じゃない気がする。


「前に聞いたときは、大丈夫とか言ってませんでしたっけ?」

「前は前、今は今だよ」


 それで、と早瀬さんは尋ねてくる。


「ナナエルと何を話していたの?」

「ナナエルさんとですか? 何か、自分たちと知り合ったなら覚悟しておけって」


 そう返した時の早瀬さんの表情は、何とも言えない表情をしていて――今までで、僕が見たことのない表情だった。


「そ」


 そのまま、早瀬さんも去っていく。

 ……もしかして、言葉、間違えた?


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