無窮の煌めきの下で

オブリガート

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イルミネーションの続く夜の五番街。


旅行客風の身なりの良い男が子供を連れて歩いている。


いいカモだ。


物陰から親子を覗き見しながら、俺はニヤリとほくそ笑んだ。


季節は十二月。


街はすっかりクリスマスモード全開だが、親に捨てられ、野良犬のような生活をしている俺にとってはまったくもって無縁なイベントだ。


そんなことより、早く今日のメシ代を稼がないとな。


ま、稼ぐっていっても、ほとんどスリとかっぱらいだが。


おっと、来た来た…。


俺は建物の影から飛び出すと、さっそく歩いてくる親子に正面から近づいて行った。


さりげなく男に体をぶっつけて、その懐から素早く財布を抜き取る。


「ごめんなさい。僕、急いでて…」


いかにも子供らしい口調で謝り、相手が笑って許してくれたら、気付かれる前に即その場から逃げ去る。


―――つもりだった。


「お前、今私から財布を抜き取ったろう!」


ちぎれるかと思うほど強く腕を掴まれ、財布を奪い返された。


「この薄汚いガキが!貴様のようなクズは生きてる価値なんてないんだよ!トラックにはねられてとっとと死んじまえ!」


横っ面をぶん殴られ、腹を数回蹴られても、道行く人は皆見て見ぬふり。


路上で踞る小汚ない少年は、普通の人にとっちゃ虫けらも同然。


手を差しのべてくれる人なんていないから、自分一人で立ち上がるしかない。


どうにか体を起こし、裏路地の人気のない道へ入り、よろよろと冷たい地べたに座り込む。


「痛てて…。あのクソオヤジ、子供相手に本気で蹴りやがって…」


―――――痛い。寒い。腹減った。ああ…。なんでこんなに辛いんだろう。なんでこんなクソみたいな生活しなきゃなんねぇんだろ。なんで俺だけ…。


「こんばんは」


突然、鈴の音みたいな澄んだ声が降ってきた。


顔を上げると、白いケープを羽織った若い女が微笑んでいた。


「大丈夫?怪我をしてるんじゃない?」


「ほっといてくれ。安っぽい同情なんていらないよ」


「じゃあせめて、これを…」


女は自分のケープを外して俺に差し出した。


「そういう憐れみはいらないって言ってるだろ。ムカつくんだよ。どうせ自己満足でやってる慈善なんだろ。恵まれない子供に無償で何かを与えてやって、“ああ、私はなんていい人なんだろう!”って自分に酔いたいだけなんだろ?いいよな、全うに生きてて家族に囲まれて幸せな人間は」


「気に障ったのならごめんなさい。私も天涯孤独の身で、あなたのことほっとけなかったの」


「え?」


「私だって全うに生きてきたわけじゃないわ。世の中どうにもならない辛いことだらけよ」


女は言葉を切り、つと空を仰いだ。


「見て。星がとても綺麗」


「星はいつだって綺麗なもんさ」


「ええ、その通りよ。私達がどんなに苦しくても、悲しくても、救いがなくても、星はいつだってそこにあって、光り輝いてる――――たとえ、爆撃でこの街が壊滅してもね。生きている限り、必ず日は昇り、星は瞬く。私はこの美しい夜空を見られるだけで幸せだわ。ほら、あなたも御覧なさい」


俺は言われるがまま星空を見上げた。


冴えた無窮の夜空に瞬く銀色の星々。


こんな風にじっくりと星を眺めたことなんてなかったが――――彼女の言う通り、本当に綺麗だ。


なんだろう。胸の奥から突き上げてくるこの温かい感情は。


「星ってこんなに綺麗だったんだな」


「そうよ。普段は中々気付けないけれど、世界はとても美しいのよ」


「ああ。俺達は――――生きてるんだな」





〈了〉

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無窮の煌めきの下で オブリガート @maplekasutera

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