フィルドブル

第16話 疑惑、湧く

 俺はジュウゴの馬に、ペロはレオの馬に相乗りして王国に戻ると、作戦の成功を知ってかすでにお祭り騒ぎになっていた。都市の一つを取り返したことに民衆は戻ってきた俺たちに対して歓喜の声を上げていたが、軽く手を振るだけで真っ直ぐに城へと向かった。


 城の中ではルグル王と兵士たちが待ち構えていた。


「救世主様方、団長、息子よ――よくぞ帰ってきた!」


 師団の姿がないのは、デーモンたちを警戒するためだろう。これまでは防戦一方だった人間が反撃に出て、あまつさえ都市の一つを取り返されたのだ。今まで以上の緊張状態に入ったのは間違いないだろう。


「ルグル王よ、現状はどのように?」


「うむ。おそらくはウッドビーズでの戦闘が始まった直後に数名の斥候がやってきたが、こちらで警戒に当たっていた師団を見て帰っていったわ。はっはっは」


「まぁ、この国に関しては父さえいればどうにかなるからねぇ。とりあえず腰を据えて話そうか」


 そう言って城の中に入ると地下の作戦室では無く、広い会議室のような部屋に通された。大テーブルの周りに置かれた仰々しい椅子に腰を下ろせば、まるで枢機卿にでもなった気分だ。とはいえ、背後に三つ子が立っているのは変な気分だが。


「そういえばルネはどうした?」


「おお、ルネは師団と共に警戒に当たっているぞ。ああ見えてもルネは師団長並の強さを持っているのでな」


 王の言葉にジュウゴは不敵な笑みを浮かべている。訊かずとも何を考えているのかわかるのが嫌だな。どうせ、いつか手合わせしてもらおう、とかだろう。


 などと思っていると、ペロがテーブルに跳び乗ってきて俺とジュウゴの前で頭を下げた。


「机上に失礼」


 こっち側のほうが王座に近いのは確かだが、意識的なのか無意識なのか俺とアヤメの間じゃないのはそういうことなのだろう。


 まだ空いている席が二つ――何度か見掛けたことのある老中がいないからおそらくはそれを待っているんだろうな。


「気になっていたんだが、ペロ。お前、種族はなんなんだ? 普通のネコじゃないんだろ?」


「ネコであることには違いないが、元を辿れば精霊である。大樹より生まれ、大樹が枯れれば吾輩も死ぬこととなる。故に人間やデーモンのように一括りに出来るものではないのだ」


「へぇ、精霊ね」


 たしか巫女の姫とやらも精霊と言っていたし、さながら大樹とその都市を守る神ってところか。とはいえ、白虎とは昔馴染みとも言っていたよな? まぁ、見た目的にも性質はモンスターに近いんだろう。……少なくとも人間じゃない。


「遅れて申し訳ない」


「街の様子を窺っていてな」


 言いながら入ってきた二人の老中が席に着くと、王はレオに視線を送って大きく頷いた。


「では、ここに今回のウッドビーズ奪還作戦の成功を宣言いたします。それにより新たな話し合いが必要になりました。まず守るべき領地が増え、戦線も増えたこと。そして、おそらくは今回のことによって、デーモンたちの襲撃がより強力になる可能性があります」


「領地と戦線が増えたことは大した問題じゃないでしょ。デーモンたちが狙ってくるのは基本うちの国だし、こっち側の守りを師団で固めればウッドビーズのほうはボクと兵士たちが受け持っても良い」


「いやいや、王子と兵士たちが城を離れるのはマズいでしょう。今回みたいな一時的なのは別として、元より城を警護するのが兵の役目ですし。どちらかといえばオレの第一師団を丸々ウッドビーズに行かせたほう良い」


「だが、それだと師団の戦力を分散させることになるだろう? 良策とは思えない」


「それで言ったら兵士のほうが――」


 クルシュ王子の言っていることも、スコーピオンの言っていることも、どちらも正論のような気がする。


 王子率いる兵士たちの半数は弓兵であり遠巻きで牽制するには良い。だが、王子という立場もあるし、確かに兵士は城を警護するものだ。


 対してスコーピオンの第一師団は、師団長だけでも驚異的な強さだし少数のデーモン程度なら簡単に返り討ちにすることができるだろう。だが、ウッドビーズでの戦いを見てわかったが、第一師団が使う火系統の魔法は攻撃の範囲が広いし、これからも奪還作戦を続けていくのなら重要な立ち位置になる。第一師団――つまり斬り込み隊長だ。大事な戦力をただの牽制に置いておくには勿体ない。


 続いている話し合いを眺めていると、不意にジュウゴが手を挙げた。


「ん? ジュウゴ、何か意見があるのか?」


 レオがそう言うと、全員が口を噤んでジュウゴのほうに視線を向けた。


「ああ。思ったんだが、隣接している三都市ってのは扇状に広がっているんだよな? なら、残りの二つにいるデーモン共を皆殺しにして新たな塀を築けばいい。そして、今度はそこで解放した人間を兵にすれば人員不足は補える。だろ?」


 少し現実離れをしているが、これも正論ではある。


 問題を提言しようかと思えば、王が先んじて口を開いた。


「うむ、救世主様の言う通りだ。しかし、問題はどうやって――いつ、デーモン共に仕掛けるかということなのだ。今は、それまでにどうやってデーモンからの攻勢を防ぐかという話をしている。お分かりか?」


 俺の言おうとしたことは大体言われた。まぁ付け足したいことはあるが。


 しかし、ジュウゴは何を言っているのかわからないように首を傾げた。そんな姿が見えたか見えていないのか今度は徐にアヤメが口を開いた。


「わかりませんわね。何故、防ぐという考えになっているのかしら。次もこちらから仕掛ければ良いだけの話ですわ」


「いや、だからだな……そうもいかぬのが戦争なのだ。攻めれば守り、守れば攻める。それを繰り返すのが常なのだ」


 呆れたように言う王だったが、それを見たジュウゴは最大な溜め息を吐いた。


「だからよぉ――守りながら攻めればいいって言っているんだ」


 ああ、なるほど。


 どうやら理解しているのはこちらの三人だけのようで、他の者は首を傾げて疑問符を浮かべている。これは多分、長い間戦争をしてきた者たちには浮かばない考え方なんだろう。まぁ、単に俺たちが型破りなだけかもしれないが。


 とはいえ、このまま口下手な二人に任せておくわけにもいかないか。


「ツヴァイ、地図あるか?」


「ええ、ありますが……」


 訝し気に懐から折り畳まれた地図を取り出したツヴァイから渡されると、それをテーブルの上に広げた。


「これを見てくれ。さっきジュウゴの言っていた扇状に広がっている都市だが、右からウッドビーズ、リバーエッジ、フィルドブルの順で並んでいる。今回の作戦でウッドビーズを取り返したことによってデーモンたちの警戒が強くなったわけだが、王子も言っていた通り攻めてくるとしたらまず間違いなくこの国だろう。この国さえ落とせれば再びウッドビーズを占拠する必要も無いしな」


 あまり大きくない地図を指しながら説明していると全員が身を乗り出して覗き込んできていた。見にくくて申し訳ないが俺のせいではない。


「それはわかっているが、何が言いたい? 問題は血気盛んになっているであろうデーモン共からどうやって国を守るのか、ということだ」


「いや、それだよ、レオ。デーモンたちは血の気が増していて、たぶん二日後の襲撃はこれまで以上のものになるだろう。つまり、ウッドビーズの人員が減った分を警戒する意味も込めてフィルドブルからリバーエッジに集結させるはずだ。すると――どうだ?」


 わかるだろ? という意味で目配せをすればいち早く気が付いたのは王子だった。


「なるほど。フィルドブルが手薄になるわけか。おそらく好機はデーモン共の襲撃と同じタイミング。そこでフィルドブルを取り返せれば、最後に残ったリバーエッジは三方から攻められるというわけだね」


「そういうことだ。向こうが手薄だとわかっていれば、こちらの守りを固めた上で、少ない人員でも奪還は可能だろう」


 言いながらレオと王に視線を送ってみた。すると王は王座に深く腰掛けながら大きく頷いて、それに呼応してレオも頷いて見せた。


「問題は割り振りだな。ウッドビーズ、王国、フィルドブル――デーモン共に配置を気付かれるわけにもいかぬ」


「それについては俺に――いや、俺たちに考えがある。少し時間をくれないか?」


「別に構わぬが……それをそのまま採用するとは限らぬぞ?」


「ああ、一つの意見として聞いてくれればいい。それに伴ってだが、ルネと話がしたい」


「わかった。手配しよう。では、本日は解散とする。明朝、再びこの場所で」


 そして、部屋を出て行く王や老中を見送りつつ、ジュウゴとアヤメに目で合図を送るとペロを連れて真っ直ぐに俺の部屋へと向かった。


「適当に座っ――てるな」


 言うまでもなく二人とも勝手知ったるかの如くソファーに腰を下ろしていた。


「で、同じ疑問を抱いているというわけか?」


 ジュウゴの言葉に頷きながら、ペロと共にベッドに座った。


「だからジュウゴもルネのことを訊いたんだろ?」


「ああ。だが、おそらくルネは違うな」


「同感だ」


「とはいえ、違和感というにはあからさま過ぎるものでしたわね。明らかに――」


「〝内通者がいる〟」


 思考が近いのか練習でもしているのか二人のハモりは何度目だ?


「それも同感だ。だから戦力の割り振りに関しては信用できる者とだけ共有する必要があるだろう。まずはルネ、レオ、それにペロ」


「吾輩もであるか?」


「当然だ。ウッドビーズには五百体ものデーモンたちがいた。どう考えても多過ぎるし、事前に俺たちが襲撃する、というあやふやな情報があったに違いない。都市と大樹を守る騎士が、わざわざ危険を引き入れることはしないだろ?」


「うむ。なによりも奪還作戦など知る由も無い」


「だな。他に信用できるのは誰だ?」


 問い掛けると二人は考えるように首を傾げた。


「難しいな。スコープは信用できる――と言いたいところだが、俺様は俯瞰では見られない。疑わしいとは言えないまでも、内通者では無いと断言することは出来ないな」


「まぁ部外者である私たちだけで話し合うには限界があるわよね」


 そう言ったところでタイミングよくドアがノックされた。


「ネコガハラ様、呼ばれたと聞いたのですが……」


「ああ、開いてるよ」


 部屋に入ってきたルネを見て、俺たちの予想が正しかったことを確信した。


 肩で息をしながら呼吸を整える仕草は、急いで来たのが窺える。全力な者が裏切者なわけがない、とまでは言わないがそもそも国を滅ぼそうとしている者が救世主と呼ばれている俺たちを召喚するはずが無い。


「なんの御用でしょうか?」


「相談があって呼んだんだが……あ、その前にキャンサーがどこにいるか知っているか?」


「キャンサー様なら、おそらく工房にいる思いますが……相談、ですか?」


 とりあえず内通者関連の相談はするとして、俺は俺で武器職人のキャンサーに用がある。


 ちょっとアレだな……やることが多いな。

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