第15話 提案
ペロをレオとクルシュに引き合わせて、あとのことは任せた。
デーモンの死体を片付ける兵士や師団員を眺めながら、俺たち三人は配給として渡されていた干しイモを齧っていた。
「五百体のデーモンと戦って、こっちの被害が三人か。俺たちがいなくても勝てたんじゃないか?」
誰かに向けた問い掛けでも無かったのだが、話を聞いていたスコーピオンが振り返ってきた。
「いや、キミらが敵を引き付けてくれたからこそ勝てたんだ。正面からぶつかっていたらもっと被害は出ていただろうし、下手をすれば負けていたはずだ」
「違うだろ。我らが引き付けたからではない。殺したから勝てたのだ」
「まぁ、間違ってはいないな。感謝している。ジュウゴ、死体を焼く。手伝え」
「ふんっ、いいだろう」
魔法で掘って開けた穴に詰め込まれたデーモンの死体に向かってスコーピオンとジュウゴを火を向けると黒炎が上がった。勝利の狼煙ってところか。
「ウェルダンの匂い、ですわね」
いや、思ったけど。確かに肉の焼ける匂いだとは思ったけどそれは言わないのが暗黙の了解っつーのかさ。
「……腹減ったなぁ」
「同感ですわ」
まぁ、イモを食いながら言うことでは無いが。
燃え盛る炎を見ながら、いっそのことイモを炙ってやろうか、などと考えていると向こうからリブラとペロが歩いてくるのに気が付いた。
「あれがマタタビの言っていたペロちゃん?」
「ああ。シャルル・ペロー三世だそうだ。……撫でに行かないのか?」
「もう懲りましたわ。こちらから行くのではなく来てくれるのを待つとします」
肩から顔を出していたポニーテールをバサッと背後に回して格好つけているようだが、言っていることは動物に嫌われている者の台詞だ。
「アヤメ様、マタタビ様、今からペローと共に大樹の中にいる住人の下に向かいますが、同行しますか?」
わざわざ訊きに来るってことは選択肢は無いってことだな。
アヤメに視線を向ければ、目が合って頷いた。
「行きますわ」
「俺も」
「では、参りましょう」
三人と一匹、それにどこかに行っていた白虎も戻ってきて三人と二匹で大樹のほうへと足を進める。
街中では手の空いた師団員たちが一軒一軒を調べており、弓隊の兵士たちは土壁の向こうを警戒している。まぁ、援軍は来ているだろうがすぐに仕掛けてくることは無いだろう。デーモン側も準備は整っていないはずだからな。
再び大樹の根の間までやってくるとペロが走り出した。
「吾輩が中に入り安全を伝えてくる。出てくるのを待っていてくれ」
そう言って何も無い暗闇の中を進んでいくとペロの姿が見えなくなった。
「どういう仕組みなのかしら?」
「馬鹿には見えないとか、純粋じゃない者には見えない、とかじゃないか?」
「……あながち否定できないのが痛いところですわね」
などという戯言はさて置いて。
中からペロが出てくると、その後に続いて街の住人達が出てきた。不安そうな顔は白虎は見た瞬間に怯えた表情に変わるが、こちらの様子を見ると安心したように息を吐き、リブラに対してお礼を言いながら街のほうで待っている師団に向かって駆けていった。
「わかるのかねぇ……俺たちが普通じゃないってこと」
「何を以てして普通と言うのか、にもよるところですわね。とはいえ、少なからず違う雰囲気を感じているのはそうでしょう」
白虎に怯えているのは別として、見た目からして俺たちは師団でも兵士でもないからお礼を言うのなら凛と立っているリブラに、って感じか。
「それにしても――」
「出てくるのは女子供ばかりですわね。男はいないんですの?」
すると、俺の横に並び立っていたペロが徐に口を開いた。
「抵抗する男はみな殺され、そうではない男は奴隷になった。吾輩は姫と共に非力な者を助けるのに必死で……そのせいで……姫すらも救えなかった――っ!」
「子供は未だしも、女は非力じゃないですわよね? 大人なら魔法が使えるわけですし」
「確かに戦える。しかし、そうさせるわけにはいかない理由があるのである」
「理由……?」
「ん、彼女で最後であるな。リブラ殿。ちょっとよろしいか?」
最後に出てきた女性に付いて街のほうに向かったリブラとペロの背中を見送っている横で、アヤメは未だに疑問符を浮かべている。
戦えるが戦わせるわけにはいかない理由――それはおそらく、ペロが大樹と精霊の巫女を守護する騎士だからこそのものだろう。それにアヤメがその理由に気が付けないのは女だからだ。まぁ個人的には女だからこそわかりそうなものだが……そこはアヤメだ。勘の良し悪しというよりは、性格的なものだろう。あえて教えるつもりも無いが。
「まぁ良いだろ。……中に入ってみるか」
「え、いいんですの?」
「別にいいだろ。白虎、俺たちを探している奴がいたら教えてくれ」
そう言って根の間の暗闇を進んでいけば、モワッとした空気の膜を通り抜けた気がした。
「おっ――予想外な空間だったな」
「あら……なるほど。これなら街の住人のほとんどを収容しても生活に不便は無さそうですわね」
大樹の中をそのままくり抜いて、らせん状の坂が上に向かって進んでいくがその所々に長屋のような建物がいくつも置かれている。避難所というよりは、ここがすでに一つの街といっても過言ではないだろう。
「ねぇ、マタタビ。思ったんですけれど、ここウッドビーズは私たちが初めて戦った場所であり、初めて救った場所ですわよね?」
「ん? まぁ、そうだな。それがどうした?」
「私たちは今、バルバリザーク王国の城の一室を間借りしているわけで……拠点をここに移すのはどうかしら?」
「あぁ、そういうことね」
確かにこの場所にいた街の住人たちは元の家に戻れるわけだし、空きはする。が、まぁ……いや、どうだろうか。
「無しでは無いと思うが、多分その前にやらなきゃいけないことがあると思うぞ」
「攫われたっていう巫女の姫?」
「だな。一応、救出を手伝うって話になっているし、まずはそこを片付けないと」
「なら戦争のついでその巫女ちゃんを助けて、そのお礼でここに住まわせてもらうって感じでいいかしら」
なんか、こっちが譲歩しましたけど? みたいな言い方だが、随分と図々しいお願いだな。
「まぁ、交渉材料にはなるんじゃないか?」
「決まりですわね」
勝手に決めて良いものか、と言いたいところだが結局のところやることは変わらない。
「ん――白虎が呼んでいるな。行くぞ」
「え、私には全然聞こえないんですけれど」
「……俺がネコだからじゃないか?」
大樹の中から出れば、レオとクルシュ、スコーピオンとジュウゴ、それと三つ子が揃っていた。
「城まで走らせた馬脚が王からの言伝を預かってきた。救世主共よ――次の戦闘に備えるため一時、城へと戻るぞ」
レオのその言葉に反論する者はいない。
この場所に住むつもりでいるアヤメも、今がその時ではないとわかっている。
「この場には誰を残していくつもりだ?」
ジュウゴの疑問も当然だ。戦力を散らすわけにはいかないが、だからといって師団や兵士だけを残していくのでは心許無い。
「ウッドビーズにはリブラを残す。街の復興とまではいかぬが、民には救われたことと元の生活に戻れることを実感してもらい活気を取り戻す。先のことを考えれば重要なことだ。城に戻るのはここにいる九人とペローだ。可能ならば白虎にはこの場に留まってもらいたいのだが……」
「別に構わねぇよ」
リブラと白虎がいればデーモンも下手に踏み込むことは出来ないだろう。
とはいえ――これで城への帰り道は、馬の相乗りが決定した。
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