第9話 合格
魔窟の森に入って十二時間。そのうち十一時間は三人別々に行動して――再び門の前に集合した時には予期せぬ客が増えていた。
一先ずは誰も欠けることなく六人で再会できたことを喜ぶとしよう。
最後にやってきた俺たちを見た二人が口を開くよりも先に、こちらが疑問を投げ掛けた。
「アインとドライと戦いにならなかったのか?」
「……力の差を見せつけて黙らせた」
「右に同じ……ですわ」
「じゃあ、俺たちの根本的な部分に関しては話してないんだな?」
「話したところでわかることでは無いですわ。結局のところ、私たちはズレているわけですから。それよりも――」
「それよりも貴様の後ろにいるそれはなんだ?」
やっぱりそっちに食い付くか。すでに十二時間経って、入ってきたときと同じ門の前に立っているのに門が開かないのもそれが理由かな。
「何か、と問われれば虎だな。白い虎――白虎。色々と踏まえた上で、たぶんこいつが影無き捕食者なんじゃないかって結論に到ったわけだが……まぁ、それはどうでもいいな」
木の陰に隠れている白虎を手招きすれば、警戒したまま地面を這いつつ俺の横にやってきた。頭の先から尻尾の先まではおよそ三メートル越えだが、体格的には元の世界の虎に比べれば一回り大きい。まさにモンスターって感じだな。
「つまり、そいつが俺様たちにモンスターを襲わせていた奴ってことか?」
「俺もそう思っていたが、どうやら違うらしい。こっちの言葉を理解するだけの知性はあるようだが、もしもこいつが他のモンスターを操っていたとしたら一緒に行動している時に襲われるはずはないしな」
「……マタタビは猫に好かれる性質ですの?」
「まぁ、元の世界でも嫌われることはなかったが……つーか、こいつ猫か? いや猫科ではあるけどよ」
などと話しているとアイン、ツヴァイ、ドライは門の向こうにいるレオとリブラと小声で何かを話し合っている。
そんな様子を横目に俺たちは互いの体を下から上へと確認していた。
「貴様等の戦闘回数は?」
「二十五回ですわ。およそ一時間に二回のペースでしたわね」
「俺は十回。たぶん、こいつのせいでモンスターが寄り付かなかったんだ」
「俺様は三十二回だ。頻度と回数に違和感を覚えているのは俺様だけか?」
白虎のおかげとはいえ俺の三倍も戦ったのに、その汚れてなさはなんだ? 返り血すら浴びていないのはおかしな話だが、斬った端から燃やしているのならわからなくもない。
「まぁ十中八九、採点員の三人が何か仕組んだんだろうな。モンスターが寄ってくる匂いでも出していたか、自然とモンスターが多いほうに誘導されていたとか? 戦闘回数の差は、まんま期待値の差じゃないか?」
「あら、聞き捨て成りませんわ。私がジュウゴより期待されていないとでも?」
「はっ、無難じゃねぇか」
「……丁度いいですわ。前に途中だった決着を今、付けてしまいましょうか」
「待て待て。たぶん力が違うからだろ。ジュウゴは炎の魔法と剣術、アヤメのほうはよく知らないがそこそこ広域に影響がある魔法。俺たちに求められていることが全て同じとは限らないんだ。採点されている詳細も違うと思っていいだろう。だから、訂正するよ。たぶん戦闘回数の差は、より詳細に俺たちの力量を計るためのものだろう、と」
まるでハブとマングースだ。事ある事に殺し合いをしようとする姿は犬猿の仲のようだが、近くでやり取りを見ている俺からするとむしろ同族嫌悪だと思う。
互いに強者だという自覚があり、その上で相手のことも強者だと認めている。だからこそ優劣を付けたがる。まぁ、元の世界の日本人からすれば珍しいタイプではあるよな。自らの我を通そうとする人間が少ないのは生き辛いから――故に異世界に召喚されたと考えれば得心してしまうのも嫌なんだが。
「開門!」
レオの掛け声によって門が開かれると、待機していた師団員たちが武器を構えて迎えてくれた。
「どうやら警戒しているのは俺様たちではないようだ」
「みたいだな。え~っと、団長? 何を警戒している?」
「お前の連れているそいつは魔窟の森の主であり、何人もの団員や兵士を殺している。どうやって手懐けた?」
「手懐けたっつーか、勝手に付いてきたってのが事実なんだが……こいつそんなに嫌われてんのか」
「こんなに可愛いのになんでかしら――っ!」
白虎を撫でようとしたアヤメの手が弾かれると師団員たちは一斉に踏み出してきたが、俺とジュウゴが笑ったことで足を止めた。
これでアヤメが動物に好かれないってこともわかったし、白虎がそれなりに恨みを買っていて常に警戒される存在だということがわかった。
「特に警戒する必要が無いってことはツヴァイから聞いているだろ? それに魔窟の森があるからデーモンたちが近寄ってこないんだったよな? だとしたら、こいつが味方になるのは心強いんじゃないか?」
俺自身は別に白虎を城の中に入れるつもりは無かったんだが、付いてきちゃったし話の流れもそんな感じになってしまった。
丁度いい位置にある白虎の頭を撫でているとレオとリブラ、それにツヴァイが顔を寄せ合って小声で話し合い始めた。
「……飼うのか?」
呟くように訊いてきたジュウゴの言葉に首を傾げた。
「さぁ、どうだかな」
アヤメは飼ってほしそうだが、そもそも飼うという表現が正しいのかどうかわからない上に決めるのは俺じゃない。
そして、どうやら三人は話し合いを終えたようだ。
「全員、武器を下ろせ! 三人を――三人と一匹を、中庭までご案内だ」
とりあえず白虎のことは認められた、と。
アイン、ツヴァイ、ドライは俺たちの下へやってきて、それぞれの横に付くとエスコートするように進み出した。
五日間訓練をした見慣れた中庭に着くと、そこには王を始め、スコーピオンにアリエスにカプのじいさん、それに自己紹介すら済んでいない師団長まで勢揃いしていた。可能性の話をするならば、俺たち三人を――三人と一匹を殺すには十分な戦力ってところか。
「おお、救世主様方よ! 無事に生き延びられたか! 何やら見慣れぬモンスターも居るが……して、団長よ。テストの結果は?」
仁王立ちで腕を組むジュウゴと、服の埃を払うアヤメ、それに背後に回った白虎の体を背凭れにする俺を前に、立ち並ぶ王と師団長たちから一歩前に出たレオが大きく息を吸った。
「師団員の厳正な採点により――救世主、エンマドウ・ジュウゴ、テンジョウイン・アヤメ、ネコガハラ・マタタビを合格とする!」
その言葉に周囲がざわついた。
「まぁ、当然だな」
「ですわね」
こちら側にいる二人の自信過剰は別として、ざわつきは治まりそうにないな。
「全員、三人を見て見よ! 皆も魔窟の森に足を踏み入れた経験があるだろう。そこを半日くぐり抜ければどうなるのか知っているはずだ。それぞれがモンスターとの戦闘を繰り返したが汚れてすらいない! この意味がわからないわけではあるまい!」
すると、改めてこちらに向けられている視線に気が付き、確かに汚れていないことを確認したのか全員が口を噤んだ。
これでようやくスタート地点に立ったって感じかな。
一先ずは俺も戦闘要員としてカウントされたようで良かったが……ん? 良かったのか?
「とりあえず風呂に入りてぇな」
などと思っていると、解散し始めた師団員を背にレオとリブラ、採点員の三人が近寄ってきた。
「救世主共よ。合格ではあるが気掛かりがある。話を聞かせてもらえるか?」
「構わないが……何についてだ?」
疑問符を浮かべたジュウゴが問い掛けると、レオの視線がこちらに向いた。
「ツヴァイから聞いた。お前たちが生き物を殺すことへの躊躇いが無いことには理由がある、と」
「ああ、それか」
ジュウゴとアヤメに視線を向けてみれば目を逸らされた。話す気は無いってことね。まぁ、たしかに事情を知らない者に――それも異世界の者に説明するのは面倒なんだよな。
とはいえ、大した力も持っていないんだ。これは俺の仕事だな。
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