男は脱出できるの30

千粁

王様との謁見。そして俺の願い

俺は再び酒場に入りカウンター席にコウシロウとエマと三人で座った。

カウンターテーブルの向こうには烏丸顔のマスターが立っていて、白い布でグラスを拭き拭きしていた。

酒場に来れば何かイベントがあるかと思ってきてみたが特に何も無いようだ。

いつもと変わらぬ閑散とした店内。

今は無くてもこれから何かイベントが起きるのかもしれないが。


そういえば、好感度を上げると過去を変える事ができると烏丸が話していたな。

もしそれが可能なら誰も悲しまない幸せな過去にしたい。

その為にはコウシロウやエマの好感度を上げる必要がある。

もしかしたら酒場のマスターが好感度を上げる効果的な方法を知っているかも。


「おいおい兄ちゃんよ、こんなミルクしかない変な酒場にまた来たのか?」

「マスターのあんたが言うなっつーの! ああ。ちょっとミルクが飲みたくなってな。それに聞きたい事もある」

「注文してくれるなら教えてやるぜ。それで? 何にする?」

「ミルクしかないのに聞くんじゃねーよっ!」


俺は1ゴールドを支払いミルクを注文した。

所持金は48ゴールドになった。


「なあ仲間の好感度をすぐに上げる方法ってないか?」

「おいおい兄ちゃんよ。好感度ってのは言わば絆の数値だ。そう簡単に人との絆を深める方法があると思ってるのか? もしかして頭の中湧いてるのか?」

「まあ、そうだよな。やっぱり一緒に冒険して地道に上げるしかないか」

「それがな、実はいい方法がある」

「あるのかよっ!」

「なーに簡単な事だ。贈り物をすればいい」

「贈り物か」

「だがな、好き嫌いは人それぞれだから相手の喜ぶものを渡さないと好感度は上がらない。好みとかけ離れた物を渡してしまえば下がることさえある」

「そうか。相手の喜ぶ贈り物をすればいいんだな」


俺はまず友人達の好感度を表示した。


好感度 

コウシロウ 10%

アユ 50%

エマ 0%

ヒロミ 90%

エリカ 30%


あれ? 下にスクロールできるようになってる。

という事は高感度の項目が増えてるって事か?



酒場のマスター 80%



マスターの好感度は上がらんでいいわっ!

いつの間にか80になってるのもビックリだよっ!

そんなに親しくなった覚えがなんですけど。


俺は心の中でツッコミを入れつつ溜息をつく。

このゲームの世界に来てから疲れることが多くて大変だよまったく。


次に俺は所持品の確認をするため、酒場のカウンターテーブルの上にこれまでに手に入れたアイテムを全て出して並べた。

もしかしたら新たに贈り物を探したり買ったりしなくても、すでに持っている所持品の中に相応しいものがあるかもしれない。



すごろく券:すごろくで遊ぶことができる。

肩掛け鞄の形をしたアイテムボックス:別次元に物を収納できる便利な道具。

いのちの水:体力を回復し状態異常も治る。

1000ゴールド入った袋:拳銃を購入した時のおつり。うっかり忘れていた。

カラスのつばさ:放り投げるとなにかが起こる。

ちかいの指輪:小さなダイヤのついた指輪。

はかいの指輪:禍々しい装飾の施された指輪。

まほうの鍵:一度しか使えないがどんな扉でも開けられる魔法の鍵。扉がなくても次の部屋への扉を開く事ができる。

あやしい粉が五袋:何かの粉が入っている小さな袋が五つ。

きおくの木箱:パズルのような細工が施された木製で正方形の箱。

ふつうの拳銃:残りの弾丸は四発。

なぞのスイッチが2個:赤いボタンのついた親指サイズの小さなスイッチ。

ふっかつの葉:光を虹色に反射するキラキラとした葉っぱ。代償を払う必要があるが死んだ人間を生き返らせる事ができる。

 ふつうのチェーンソー:パン食い競走の最中に子供の烏丸から没収した武器。

花:エマからもらった桃色の花。


改めて確認すると色々持っていた。

あれ? 猫じゃらしが無くなってる。

昨日アユに使ったから無くなってしまったんだろう。


説明が曖昧で妖しいアイテムがいくつかある。


『カラスのつばさ』の効果は不明だし、『ちかいの指輪』や『はかいの指輪』を装備するとどういう効果があるのかも分らない。

その名の通り『あやしい粉』は非常に妖しい。

『きおくの木箱』は使い方が分らない、というか開ける事すらできない。

極めつけなのが『なぞのスイッチ』だ。

烏丸の事だからスイッチを押せば何か厄介な事になるのは間違いない。


俺はカウンター席に座っているコウシロウとエマに聞いてみた。


「なあこの中でお前達が欲しいものはあるか? もしあるならプレゼントするぞ」


するとメッセージウインドウが表示された。


『コウシロウCはふつうのチェーンソーとはかいの指輪を期待のこもった熱い眼差しで見つめている』

『コウシロウCにこの二つを与えますか?』


はい

いいえ


「え、お前はこれが欲しいのか? まあ気持ちは分る」


チェーンソーは男なら一度は使ってみたい武器だよな。

それと、はかいの指輪か。

そのごてごての装飾的な指輪がお前の中二心に火を付けたんだろう。


俺は選択肢の『はい』を選び、チェーンソーとはかいの指輪をコウシロウに渡した。


『コウシロウCは喜んでいる。コウシロウCは興奮している。コウシロウCはチェーンソーを装備し、はかいの指輪をはめてから天にかざし、悩ましいポーズをとって恍惚な表情を浮かべている。コウシロウCの好感度が30上がった。コウシロウCの好感度が30上がった』


お、今のでコウシロウの好感度が一気に70になった。

その瞬間、脳裏に過去の記憶が走馬灯のように甦る。


「……コウシロウはアユとじゃなく、エマと付き合う事になったんだ」


小学五年生の夏。

夏休み開けの教室でコウシロウは照れながら俺に話してくれた。

エマが付き合いたいと告白したらしい。

元々二人は喧嘩する程仲が良かったけど、エマがコウシロウを異性として意識していたとは思わなかった。


これは確かに存在する過去の記憶だ。

烏丸の言葉を借りれば俺が新たに創造した過去の出来事。

コウシロウがエマと付き合う事になったのは俺がそう望んでいるからなのか?

そうすれば俺はアユと……。


さらに続けて記憶が溢れ出す。


「……そうだ、コウシロウは交通事故で死んでない」


コウシロウは交通事故で大けがを負ったが、死ぬ事は無く一ヶ月で病院を退院して後遺症もなかった。

コウシロウが松葉杖を使いながらも教室に戻ってきた時、俺は心の底から安堵したのを覚えている。

付き合い始めていたエマは泣いて喜んでいた。


コウシロウの好感度が70に上がった事で死ぬはずだった過去が変わったのか?

本当にそんな事が可能なんだろうか。

普通に考えればありえない。

だけど、これまで幾つもの部屋を通って体験してきた不思議な現象は、俺の目や耳や肌で感じた現実そのものだ。

もしかしたら本当に新しい世界を創造できるのかもしれない。


その時コウシロウの隣に座っていたエマがあるアイテムを手に取った。


『エマはあやしい粉を欲しがっている』

『エマにあやしい粉を与えますか?』


はい

いいえ


「え? おいエマ。そんな妖しい粉が気に入ったのか?」


エマは笑みを浮べ頷いている。

俺は迷わず『はい』を選択した。


『エマは目を空ろにして嬉しそうにしている。エマの好感度が30上がった』


おおっ、この妖しい粉で好感度が30も上昇した。

何の粉かは分らないけどエマが喜んだならプレゼントしよう。

五袋全部で30の上昇だ。

予想通りに脳裏に過去の記憶が鮮明に現れる。


「エマは……引っ越さなかった」


そうだよ。思い出した!

俺とコウシロウとアユとエマの四人は同じ中学に通っていた。

コウシロウの怪我も完全に完治して俺達四人は仲良く同じ中学に通ったんだ。

あいかわらずコウシロウとエマは付き合いを続けていて、俺とアユの距離も友人以上恋人未満へと深まっていったんだ。


よしよし。

好感度は順調に上がってきている。

この調子でアユやヒロミ、エリカの好感度も100にできれば不幸しかなかった俺の学生時代を変えられるかもしれない。


今はコウシロウとエマがパーティーに加わっているから、この二人の好感度はおいおい上がっていくだろう。

問題は他の三人の好感度をあげる事だ。

さっきアユの好感度は猫じゃらしを使って上昇したから、何か他のプレゼントで上げる必要があるだろう。

三人共俺のパーティーに入ってくれればいいんだけど。

今後のプレゼント大作戦を計画していた俺に酒場のマスターが声をかける。


「おいおい兄ちゃんよ。そろそろ王様との謁見の時間じゃないのか?」

「え? そうだっけ?」

「叶えたい願いは決めたのか?」

「実はまだなんだ」

「おいおいおいおい兄ちゃんよ。そんな調子で大丈夫か? 何でも願いが叶うとはいえ一回限りのチャンスだ。安易に決めないほうがいいぜ」

「王様に会うまでには決めるから心配ないよ」


俺は冷えたミルクを一気飲みして酒場を後にした。

コウシロウCとエマは俺の後ろについてきている。

俺は二人を連れて王城へと向かう。

城門の前に到着し、そこにいた衛兵に自分はパン食い競走の優勝者だと説明すると、高さ五メートルはある金属製の分厚い門がゆっくりと開かれた。


何でも一つ願いを叶えてもらえるのか。

以前の俺だったら迷わずこのふざけた世界や部屋からの脱出を願っただろう。

でも今は別の願いがある。

不幸な過去を変えて幸せな世界で生きるという願いが。


俺は決意を新たに開かれた城門から城に入った。

そして案内役の兵士に連れられ謁見の間へと足を踏み入れる。

そこは豪華に飾り付けられていて赤いカーペーットが伸びる先には金色に輝く王座があり、その王座には王冠を被ったこの国の王が鎮座していた。

周囲には護衛の兵士や大臣らしき人々も数人いて俺を訝しんだ目で睨んでいる。

ちなみに顔は全員烏丸だ。

そして王様から労いの言葉を賜り、いよいよ叶えたい願いを言う瞬間がやってきた。


「それで、お主の叶えたい願いとは何かな? どんな事でも一つだけ叶えてやろう」


俺はここに来るまでに決めていた願いを迷い無くはっきりとした口調で伝えた。


「俺が叶えたい願いは……」

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