白日夢

 

 

『……たい』


『……たいよ』


『……いたいってば』



 行きの車。

 ぼうっと外を眺めて考えごとをしていた優は、急に車内が騒がしくなったことに気づいた。


『いたいよ、さとるくん』


 優の隣にすわる真澄ますみが、小さな悲鳴を上げた。


『こらやめなぁ、悟。真澄くんが、痛がっているだろ』


 運転席の祖父がやんわりと叱ったが、さとるという男の子は、そんなで止まる子ではない。


『どうして、たたくの? あの、ごめん……ね』


 真澄はふわふわの頭を両手で覆い、細く小さな身体をさらに縮めて震えている。悟の不興を買ったのだ。それでなくてもターゲットはいつも弱々しくて、すぐ泣く真澄だ。



“あーあ。このままでは真澄くんが泣くな。”



 優は考えると同時に手を伸ばし、悟のはげしい平手から真澄を庇った。

 そして「席、かわるよ」と一言つげて、じぶんが座席の中央へと移動した。


『じゃますんなよ、ゆう!』


 割り込んできた優を、悟がひどく殴ったが、優は気にしなかった。


『うるさい、さとる! いいかげんだまれ!』


 ひとり離れて助手席にすわるしゅんが、ふり返りもせず、ぴしゃりと言った。


『し、しゅん……ごめ』


 またたく間に、車内はしんとした。



“悟くんは、瞬くんには逆らわない。これで終わり。”



 優はまた、ぼうっと外の景色を眺めることにした。

 もう窓際ではなくなったから、今度はフロントガラスの先を見つめた。一度だけバックミラー越しに、助手席へすわる瞬と目が合って……瞬が、じぶんに笑いかけたような気がした。



“そういえば、あれ……なんでケンカをしてたんだろう?”



 瞬も、悟も、真澄も……祖父も。

 そのとき車で、何を話していたか。


 これから向かう遊園地の、裏野ドリームランドの、ウワサ話をしていたのではなかったか。


 ああ。じぶんのことでいっぱいで、うわの空だった。

 今になって気になるのなら、皆の話に、ちゃんと耳を傾けておけばよかった。


 

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