🎡 観覧車編

観覧車のばあい①


『裏野ドリームランドへ行く』という話をきいて、真澄はみんなの後についてきた。


 実に十年ぶりに訪れる。小学生だった頃の夏。祖父に連れられて、いとこ達と遊びに行ったのが最初で、そして最後だった。裏野ドリームランドはその日を境に閉園した。


 凄惨な事故があったのだ――




 十年前のあの日。

 たくさんの人で賑わっていた遊園地の中で、いちばん人気だったのがジェットコースター。

 到着早々いとこ達と共に目指したが、追ってきた祖父に真澄だけが止められた。真澄は生まれつき身体が弱く、あまり心臓に負担をかけてはならなかった。


「真澄くん、ごめんなぁ。他の乗り物にしよう?」


 ふわふわの真澄の髪を撫でつけながら、祖父がなだめた。


「もっとお兄さんになって、つよくなったら、乗れるかな」


 真澄はじぶんに尋ねた。

 もっと、もっと大きくなって身体が丈夫に育ったら、だめだ、だめだと止められてきた全てのことに挑戦しようと思っていた。諦め癖はついていない。


「お城は、後でみんな揃ったら行こう。メリーゴーラウンドは……ちょっと遠いなぁ」


 祖父は、ジェットコースターの長い列に並んでいる他のいとこ達へと視線をやった。

 今日の祖父は大変だ。たったひとりで四人の孫の面倒を見なくてはならない。どうしたものかと考える祖父の、その後ろのほう――ゆっくりと時間をかけてまわっている、大きな観覧車。真澄はそれを、見つけてしまった。


「観覧車でいいよ。ジェットコースターより、あの……大きいみたい」


 観覧車の頂上は、遊園地いちばんの高さ。

 どのアトラクションよりも、空に近いところへ行ける。

 のんびりとした観覧車がほんとうは退屈なのを真澄は知っていたけれども、ジェットコースターに乗る他のいとこ達の姿を、じぶんは遥か空から見ていようと考えたのだ。


 そうと決まれば!――ぐっと、真澄は手を引かれた。


 今のは、てっきり祖父かと思ったが「……あれ?」真澄は、ぱちりとまばたきをした。祖父の両手はいている。



『★』 いたずらしたのはウサミーくんだった。



 真澄はぽかんとして、突如現れたピンク色のちょっとふとっちょ・・・・・なウサギを見つめた。


 彼は、ウサミーくん。裏野ドリームランドのメイン・マスコットで、遊園地のいろんな場所に現れては子ども達と遊んでくれる――のだが。最近はあまり現れないから、「きっと園内のどこかで上手におサボりしてるんだ」なんて、不名誉なウワサを立てられている可哀想な着ぐるみだった。


『→』 ウサミーくんは観覧車を指して〈エイ・エイ・オー!〉とやってみせた。


 ウサミーくんは、やる気まんまんだ。


「いいかな……?」

「いいとも、いっておいで。楽しんでなぁ」


 祖父に了解をもらった。ウサミーくんはぺこりとお辞儀をすると、改めて真澄の手をとり観覧車へと案内してくれた。



 ウサミーくんって、やり手だ。

 ずっと手をつないで観覧車の列に並んでいたから、真澄がウサミーくんのぶんまで〈のりものチケット〉を、おごってあげないといけなくなった。

 これがあの、おサボりに関するウワサの真相、だろうか?


「いやいや……だめですよ、ウサミーくんは」


 煙突みたいに長い帽子を被った、観覧車受付係のお兄さんが、きれ顔でウサミーくんを制止した。


『!』 ウサミーくんは驚愕した。


「だめ、です」


『▼』 そして愕然とうなだれた。


「ウサミーくん、ご案内、ご苦労さまです!」


 受付係のお兄さんはそう言ってウサミーくんへ敬礼した。

 すると観覧車の全ての係員が手を止めて、同じように敬礼した。


「園内には、ウサミーくんを待っているおともだちが、まだまだいると思います。ので、はやいところ向かって下さい。――今、すぐ、に!」


 受付係のお兄さんは、ウサミーくんを「しっし」と、あしらった。


 さらには肩を落としたまま、のんびりぷらぷらと歩きだしたウサミーくんに向けて、拡声器で「ダッシュッ!」と急かした。すると、どこからともなく「おサボりー」とか「恨みのウラミー」とか、ウサミーくんをからかう子どもの声が響いてきて、いっぱいになった。


 ウサミーくんは飛び跳ねて、逃げていった。


 

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