第1話「どうも、多々野です。」後編
第一話「どうも多々野です。」後編
「改めまして。どうも多々野です。」
「し、獅子谷 珠です。」
「よろしくねこ君。」
「あの、ねこじゃなくて、たまです。」
「猫っぽい名前で愛らしいね。ねこ君。」
「猫じゃないですぅ…。」
どうしてこうなったんだろう。
私は何をしに来たんだっけ…。
がくんとうなだれているとお茶のいい香りが漂ってきた。
「まぁまぁ諦めなさんなお嬢ちゃん。多々野の坊主はこうなったら誰も止められないもんだから。」
コトリと机の上に置かれた湯気たつお茶にお構いなくと顔を上げる。
白い狐面を身に着けた和服のお兄さんの顔が思ったより近くにあってちょっとびっくりした。
「ふむ…顔立ちもどことなく猫のような。」
「だろぉ?だからねこ君だ。」
「もう、ねこ君でいいです…。」
狐面のお兄さんまでそう言い出す者だからもはや諦めの領地である。
心の中で少し溜息を吐きながら、出されたお茶にちょこっとだけ口を付ける。
「あっつ!」
「気をつけて飲みんしゃい。」
「ひゃい…。」
ひりひりとする舌をまどろっこしく思いながら、チラリと目の前に座る、白い、箱の異形頭の多々野さん、と、狐面のかんばせさんを見て、ほんとどうしてこうなったんだっけと頭を悩ませる。
まぁ、元凶私なんですけどね!!!
それはそれは怖いお兄さんに絡まれていた私の元にやって来た…、と言うよりは降って来た異形頭のお兄さん事、多々野さん。
話を聞く限り、多々野さんがお店としてお借りしてる部屋の大家さんの愛猫、手鞠ちゃんが窓から逃げ出そうとしたのを慌てて捕まえようと窓から飛び降りたようだ。
その手鞠ちゃんというのが私が先程キャッチした猫ちゃんという事で。
偶然ながらも私が探していた多々野さんに助けられた訳で、今こうして事務所にお邪魔しているのですが、
「(さっきの人、多々野さんって分かった瞬間、帰ったけど、もしかしてこの人も怖い人…ん。まず人っていうのが可笑しいのかな。)」
もう一回チラリと様子を伺うものの、人ではない人、異形頭である多々野さんの表情が読める訳もなく、かと言って隣に座るかんばせさんを見るも、お面をつけたままお茶を飲んでいて、というかそれで飲めるんだ…。とにかく、なんとも表情が読みにくい二人なのでお手上げである。
「さてと、本題に戻ろうか。餘目から話は聞いていたけど、部屋がなかったんだってね。」
「はい、入居希望用紙がどうやら届いていなかったようで。
管理人さん…餘目さんが今年は寮生が多かったらしく部屋も埋まってると。」
「で、便利屋の僕の所を紹介したって訳か。」
ふーむと顔の…じゃないんだ。箱の底辺に手を置く多々野さん。
「便利屋。」
「あ、聞いてなかったかい?僕ね、便利屋をやってるんだよ。コン君にもその手伝いをしてもらってるんだ。」
「こんな為りだが、坊主がここの責任者っちゅうわけだ。」
「こんなとは失礼だなこんなとは。」
「あっしは嘘は言ってないからなぁ。」
便利屋…。じゃあ怖い人じゃないの…かな。たぶん。
でも、不動産じゃなくて便利屋さんに頼んだってことは、やっぱり穴場とかを知ってるかもって事で紹介されたのかな。
「(兎にも角にも、住めそうな所が確保できるならいいんだけど…。)」
「まぁ普通の不動産なら学生向けの所は埋まってしまっているだろうし、探してあげてもいいけど、ねこ君、お金は大丈夫なのかい?
依頼として受けてしまう以上、ねこ君が学生といえどそれなりのお金はいただく事になってしまうよ?」
「うっ…。」
痛いところを突かれて思わず口ごもる。
現時点で持ってる金額で賄えるかまだ分からないし、何よりまだバイト先を見つけていない私にとって、計算外の出費は痛いものでしかない。
お父ちゃん達に連絡をして仕送りの前借り…ううん、心配かけて、お父ちゃん達までこっちに来ねかねない。
そしたら、憧れの東京暮らしも無くなってしまう可能性だってある。
「直ぐにはご用意出来るか分からないんですけど…、あの絶対最後までお支払するのでどうか引き受けていただけませんでしょうか…。」
「ふむ。」
「助けてやりゃあいいもんよ。いーつもくだらん理由で仕事引き受けたりしょっちゅうなんだから。」
「くだらなくなんてないぞ!失礼な。」
「ほー。そやったかなー?」
「そうだぞ!ちゃーんとこの頭で考えているのだからな僕は。」
「文字通りお堅い頭で考えて健気やのぉ。」
何やら小言を言い始めてしまった二人に挟まれてしまった。
長くなりそうだな…と、また火傷をしないようお茶に口を付けようとした時だった。
「多々ちゃーん!!!」
「ぶっあっぁ!」
「うおぉ。コン君タオルタオル!」
「はいはい。」
バンと事務所の扉が勢いよく開いた。
突然の大声に驚き、口に含んでいたお茶を案の定、盛大に噴出してしまう。
あぁ、今日もやっぱりツイていないようです。
「…お邪魔しちゃった?」
「レディはお淑やかに扉を開けるもんだよ。」
「私、お姉ちゃんじゃないもん。」
「確かに君はガールだけ、」
「ねぇねぇそこの君。ごめんねびっくりしちゃった?」
多々野さんの言葉を遮って、ソファに座ってた私を覗き込むように話しかけてきたのは、若い声の女の人。
「だ、だいじょうぶで、」
「火傷はー、してないっぽいね。あ、かーんちゃーん、タオル貸して。」
「はいはい。」
「ありがとー。」
かんばせさんが持って来たタオルは私の手ではなく、目の前の女の人に手渡され、そのまま、くしくしと顔を拭われる。
じ、自分で拭けますという言葉はタオルの中に消えていきもごもごとした言葉しか出なかった。
「ぷはぁ!」
やっと解放されて空気を入れ込む。改めて、目の前の女の人を瞳に移す。
「で、電話さん?」
「ピンポーン。アンティーク黒電話の異形頭だよ。初めまして人間ちゃん。」
円柱型の、銀色で装飾された黒い電話の異形頭の人。
「(地元では異形頭の人をあまり見なかったけど、都会って色んな人がいるんだな…。)」
「私、Telephone Girlっていうの。人間ちゃん、お名前は?」
「あ…獅子谷 珠です。」
「ねこ君だ。」
多々野さんが訂正なのかは分からないけど横やりを入れてくるものだから、Telephone Girlさんに顔を再び覗きこまれる。
「猫…確かに猫ちゃんみたーい。」
「うっ…。ねこじゃないです、たまです。」
「そんな事より、ガール君はなにか用があったんじゃないのかい?」
「あ、そうそうそう!そうなのよ多々ちゃん!大変なの!」
手をパンっと一叩き。
私の隣に座ったGirlさんは少し興奮気味にあのねあのね!と切り出す。
かんばせさんはお茶でも入れ直すかねぇと席を立ってしまい、多々野さんに関してはGirlさんの話を聞く姿勢に移ってしまって、
「(ど、どうしよう。ここにいていいのかな。)」
「お姉ちゃんが大変なの!」
「(あ、離れるタイミング逃したぽい。)」
「レディ君が?」
「お姉ちゃん、ストーカーされてるぽいの!」
話が大きく反れていきそうな予感に、私は無事に東京ライフを送れるのか不安ばかりが大きくなっていった。
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