第1話「どうも、多々野です。」前編


「部屋がない?!」


青く広がる空の下、大きな荷物を引っ張りながら私はその門の下を潜り抜けた。

田舎から都会のど真ん中で人ごみに流されそうになりつつも到着したそこは、

私がこれから通う高校の寮になる…はずだった。


「はぁ~。いいか?もう一回言うが、獅子谷 珠という生徒は確かにこの春からこの学校に通うみてぇだが、寮に入居希望が提出されてねぇって言ったんだ。」

「嘘だ!!」

「嘘言ってどうすんだよ。」

「それもそうだ!…いやいやそうじゃない!」

「元気だなぁ。」


若いって素晴らしいなぁと呑気にお茶をすする管理人さんと話したのが約30分前。

高校受験も無事に終わり、晴れて夢の東の都の高校生活!

地元から通うのは長い長い移動距離になるため、高校の寮生活を送るはずだった、

私、獅子谷 珠はいきなりピンチに直面していた。


「私ちゃんと出したはず…、」

「一緒に10回も名簿確認したろ。」

「やっぱり手違いとか、」

「学校側にも一緒に確認したろ。」

「実はこれが夢でしたー!なんて、」

「ほらよ。」

「イタタタタタ!」


頬をきゅっとつねられ痛さに少々視界が霞む。こんなのって…こんなのって、


「笑えない…。」


がんと机に頭を打ち付け痛みを改めて実感する。夢なんかじゃないというのがひしひしと痛みと共に感じる。

提出していたと思っていた寮の入居希望書がまさかの届いていないという事実。

学校にも連絡を入れてもらい、何度も確認をしたがそのような物は見受けられなかったという現実を突き付けられ、かれこれ管理人さんと何度も何度も交渉及び確認。

そして再び訪れるのは悲しい現実。


この春から夢の都会キャンパスライフを送るはずだったのに、昔からいっつもこうだった。


幼い頃から何かと不幸に見舞われ続けてきたもはや体質のようなもの。

道を歩けば、転び傷を作り、料理を作ろうとすれば塩と砂糖を間違えるなんて日常茶飯事。テストの解答欄を一個ずつズレて書いていた時は先生に頭が上がらなかった。


「この高校に受かった時は奇跡が起きたと思ったのに…。」

「今からだと学校近くの貸家は全部埋まってるだろうなぁ。」

「はぅわ…。」


管理人さんからの痛恨の一言。あれおかしいな…。余計目の前が霞んできたや…。


「ぐっばい夢の高校ライフ。こんにちは、いつものプチ不幸ライフ…。」

「若いのに苦労してんなぁ。お前さん。」

「慣れてます…。」

「…慣れてんのか。」


若干引いたような声が頭上から降ってくる。

さて、悲しい気持ちは晴れないものの、こうなってしまった以上、次の手を考えなければ…。

ここまで来て学校に通えませんと、通う前から退学届を出す訳にもいかない。


「ちょっと近くの不動産を当たってみます…。」

「さっきもいったがもう手遅れだと思うぞ。」

「そうですね…でも遠くても探さないといけませんし、お時間取らせちゃってごめんなさいでした。」


うまく笑えずにきっとへらりとした笑みを浮かべたことでしょう。慣れたとは言ったものの、悲しいものは悲しいので、そこはもうしょうがない。

管理人さんが言ったようにもうお部屋とか埋まってる所が多いのは百も承知だけど、せっかく東の都の高校に通えるのだから、意地でも探してこなければならない。

流石に実家から通うのは無理があるし、遠くてもいいからどこか見つけないと…。お父ちゃんたちもあんなに受験が受かって喜んでくれたんだし…。


「はぁ~…。そんな事情があるんじゃしょうがねぇな。ちょっと待ってな。」


そう言って管理人さんは紙の上にペンを走らせた。あれ…。管理人さん今事情って。私何か言ったっけ…?一人うーんと唸っているとあっという間に管理人さんは紙の上に地図を描き出した。


「地図?」

「俺の知り合いに力になってくれそうな奴がいる。まぁーあいつならなんとかしてくれるだろうよ。」

「管理人さんの知り合い。」


ほいと手渡された地図を受け取る。ご丁寧に右上には住所番地も記載されていた。


「俺はこの後仕事しないといけねぇ。一緒には着いていけねぇから自分で頑張んな。そこのでけぇ荷物は見といてやるから。」


やれやれと首をごきりと鳴らし、立ち去ろうとする管理人さんに慌ててお礼を述べる。


「あ、ありがとうございます!」

「奴の名前は「ただの」っていう。俺から連絡も入れといてやるから気を付けて云って来い。ちぃーとばかし…。」

「?」

「…まぁお前さんならそいつに気に入られると思うぜ?」

「待って!その妙な間はなんですか!!」



私知ってる!そういう間が生まれる時って大抵何かが起こる前兆!!

だって今までに何度味わった事か!


そんな私の叫びを他所に、頑張って来いと管理人さんに送り出されたのが約5分前。




そして、


「おぅおうどないしてくれっちゅーねん。」

「子供だからって済まされることじゃないんだよお嬢ちゃん。」


明らかにやーさん思われる怖いお兄さんに絡まれているのが今現在!

完!全!に!


「笑えない…。」

「そうだねぇ笑えないね。」


胡散臭い笑顔で覗きこまれて、心臓がきゅっと掴まれたように苦しくなった。視線を逸らそうにも、お兄さんの隣で肩を押さえる屈強なこわもてお兄さんが睨んでくるお陰で逸らしたら終わりと第六感が告げた。


ほんの数十分前、地図を片手に「ただのさん」が経営してるというお店を探していた。地図によればもうこの近くのはずとうろうろと。

地図を両手に握り絞め、睨めっこをしていたのが報いだった…。

とんっと軽く誰かとぶつかってしまい、慌てて顔を上げるとそこには、強面お兄さんと胡散臭いお兄さんが私を見下ろしていた。


「痛てぇなこのガキ!!!よそ見してんじゃねェぞこらぁ!!」

「ありゃりゃ~。大丈夫か。」

「…ち。だめっすわ。」

「ありゃりゃ~大変だぁ。」


目の前で繰り広げられる大げさな芝居に足が竦む。これは、これは所謂アタリやと云うものに私は遭遇してしまったのではないでしょうか…。

ちらちら交わる視線の数々。あんなに人が沢山いたはずなのに、私たちの周りだけ空間が削り取られぽかんと取り残された様だ。


「(どうしよう…。)」

「まぁ~そ~いうことだから。ちょっとこっちでお兄さん達とお話しよっか。」


伸ばされた大きな手。

後数センチで肩を掴まれそうなその時だった。


目の前に現れた黒い影に条件反射で手を前に差し出した。

ずしりとした重みが手の上に降って来て、その勢いのまま地面に座り込んだ。


「!?」

「にゃぁ~お。」


腕の中に納まる程よい重みと体温に呆気にとられていたのは私だけではないようで、


「ね、こっぉ!?」


強面お兄さんがそう呟き終わる前に、何かに潰されたような苦しい声を発しながら地面に倒れた。


「ひっ…、」

「あいたたた~。ん?おぉ、そこの君、よく猫を捕まえてくれた。頼むからそのまま抱いていておくれよ。」


強面お兄さんの上に降って来た…人。だけど人じゃない人。


「異形…頭。」

「おや。よく見たら君が下敷きになってくれたおかげで私は助かったようだ。良くやってくれた。」


ぽんぽんと地面に倒れ込んでいる強面お兄さんの背中を叩く男の人は、肩を震わせながら喜んでいる…?ようだった。



身体が人間。頭部が人間ではない種族の総称「異形頭」

私の目の前に降って来た男の人はまさしくそれに当てはまる人で、


「はぁ~。また君か、多々野。」

「(ただ…の?)」

「どうも多々野です。お久しぶり。」


私が探していたただのさんはどうやら異形頭の人だったようだ。



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