No.out

黒月水羽

ガンチュウコン

No.1 調査依頼

 都内にて、女性の遺体が複数発見。

 どれも変死体であり、外レモノ。またはそれに準じるモノによる犯行とみられる。

 詳細は別紙にて確認されたし。

 事件の早期解決を期待する。




 A4の紙に印刷された無機質な文字を確認して久留島零寿くるしま れいじゅはため息をついた。

 こんなことならコンビニなんていかず、引きこもっておけばよかった。そう後悔しても遅い。見つけてしまったものはどうにもならない。

 無視したらしたで後が怖いため、入っていた茶封筒に入れ直し、紛失しないように封をする。コンビニ袋とは逆の手で持つと、馴染んできた職場の引き戸に手をかける。

 扉の横には木製の看板に、やけに達筆な文字で施設の名前が書かれていた。


 自然現象研究所。

 様々な偶然が重なって、大学卒業を機に働くことになった場所。

 

 駅前から外れた、地域住民しかしらないような場所にひっそりと存在する木造建ての古めかしい建物。周辺にはまだ木造建ての民家が多いため、なんとか溶け込んでいるが、都心であれば浮くこと間違いない。

 表向きは天候、動植物の観察と記録が仕事ということになっている。

 一応それっぽい顕微鏡やら、双眼鏡。風力計などといったものはそろっているが、職員が暇つぶしに記録している程度。所詮は趣味の域を出ない。


 では一体、何を研究しているのかと言われると、一言で説明するのは難しい。だが、自然現象というのも全くの嘘ではない。

 人間の意思、存在など実にちっぽけなものである。そう実感するという意味であれば同じものである。


「緒方さん。封筒入ってました……」


 死刑宣告でも受けたような消沈した声で、久留島は引き戸を上げるなりそういった。言葉と同時にかかげた茶封筒。どこにでもあるそれが憎らしいものに思えて仕方ない。


 それほど広くない研究所。引き戸をあげればすぐに事務所と応接室をかねた広い部屋がある。

 といっても、こんな場所にわざわざ訪ねてくる人間などいない。それをよいことに各自が自由気ままに私物を持ちこんだ結果、仕事場というよりは寮の談話室のような雰囲気がある。

 ごちゃごちゃと物が置かれたデスクが複数。仕事に使うであろうファイルに、全く関係なさそうな雑誌、暇つぶし用と思われるハードカバーまで。室内と同じく本棚は混沌としている。


 一番日当たりが良い、形ばかりの応接スペースにはソファとテーブル。そこに堂々と座っている四十代後半のいかつい顔つきをした男、緒方雄介おがた ゆうすけは久留島の顔をみるなり顔をしかめた。


「よりにもよって、お前が当番の時にくるか……」


 深々とため息をつく様子をみながら、久留島は全くだとおもう。

 ここの職員の中で久留島が一番の新人。特殊な場所のため新人はめったに入らないと聞いた。それにもかかわらず離職率は高い万年人手不足な組織だ。

 久留島は久々にやってきた期待の新人だと歓迎されたがその割には扱いが雑であるし、教育係の緒方に丸投げされている気がする。


 基本的には暇。だからといって無人にするわけにもいかないので、最低一人は待機することが決まりになっている。交代制のそれが、今日はたまたま久留島と教育係である緒方の二人だったのは不運だったとしかいいようがない。当番じゃない職員でも、暇つぶしに昼間から入り浸ることも多いのだが、今日に限ってそれもなし。

 なんて間の悪いと改めて久留島が落ち込んでいると、緒方の厳しい声が響く。


「辛気くさい顔してないで、さっさと持ってこい」


 読んでいた新聞をたたんだ緒方が、顎で来いと示す。深々と眉間にしわが刻まれているが、機嫌が悪いというわけではない。もはや癖になってとれないものだ。

 最初はそれに気づかず怖い人なのかと思ったが、慣れてしまえばいい人だと分かる。厳しい言動も久留島を思うからこそだと今は理解している。


 言われるがままに封筒を持っていく。受け取った緒方は封筒から依頼書と資料を取り出して、元々ある眉間の皺をさらに深いものにした。


 自然現象研究所には、ときたまこうして送り主不明の封筒が届けられる。

 時期も時間もバラバラ。三日連続で届くこともあれば、数か月にわたって音沙汰がないこともある。郵便局員が運んでいる形跡もないため、一体誰がどうやって届けているのか謎ではあるが、共通しているのは内容の奇妙さ。

 変死体。怪奇現象。未知の生命体。

 映画にでも出てきそうな、マジメに話したら頭の心配をされるであろう現象の調査依頼が堅苦しい形式で書かれている。


「変死体か……」


 また面倒な仕事がきたなと緒方は言葉には出さずに表情で語る。久留島もそれに関しては同意である。ここに届いたということは、間違いなく普通の殺人事件ではない。警察や、その他の表向きの機関ではいくら調べても分からなかった事件だ。


「これはまた……、ずいぶん派手な」


 詳しい資料をめくりながら緒方が顔をしかめる。

 久留島よりもはるかに経験が多い緒方が顔をしかめる状況に、久留島は怖気づく。正直逃げ出してしまいたいが、そうもいかない。緒方と向かい合うようにソファに座ると、緒方が資料をテーブルの上に広げてくれる。

 真っ先に飛び込んできた添付された写真。それを見た瞬間に久留島は吐き気を覚えた。


 写っているのは辛うじて女性だと分かる遺体。苦悶の表情は生前同じ人間だったとは思えないほど醜く歪み、死に際の凄惨さを物語っている。

 それだけで吐き気を覚えて、久留島は口元に手を当てる。視線を写真からそらし、落ち着こうと深呼吸を繰り返す。

 体が分断しているわけでもないし、血が大量に出ているわけでもない。それなのに残忍に思えるのは、常軌を逸した表情のせいだろうか。

 そんな写真が複数人分、身構える余裕もなく目の前にさらされて久留島はせりあがってきた胃液を飲み込む。


「お前が見るべきは顔じゃない、こっちだ」


 久留島の様子から察したらしい緒方が、皺を深めながら写真の一部を叩く。

 緒方にいわれて嫌々ながら再び写真を目にした久留島は、緒方の指し示す場所を見て、眉を寄せた。写真のグロテスクさではなく、不可解さに対してだ。


「なんですかこれ……?」


 緒方が指示した場所、女性の遺体には植物のようなものが巻き付いていた。首、手足などを締め上げるようにして、四肢の自由を奪い最終的には絞殺されたのだろう。抵抗した結果が変な方向に曲がった四肢。異様に細くなった胴回りや手足を見て、相当な力だと察せられる。

 女性のむごたらしい表情からも、その事実を理解して久留島は再び吐き気がこみあげてくるのを感じた。


「植物に近い何かですかね……?」

「この写真だけみるとそうっぽいけどな……けど、植物だとしたら何の目的でこんなことしたんだろうな」


 そう緒方はいいながら写真の女性の、一点を指で叩く。緒方が示した場所は下腹部。嫌々ながらも視線を向けると、そこだけ他の部位と異なる。他は植物のツタのようなもので締め上げられているが、そこだけ血によって赤黒く汚れ、体の一部がえぐり取られているのが写真でも分かった。

 見れば他の被害者も一様に、下腹部だけが獣に食べられたかのようにえぐられている。


「……そこの肉が好みなんですかね?」

「バカかお前」


 内蔵のごく一部が好みの存在なんだろうか。そう思っての発言に、緒方は心底呆れ切った視線を向けてきた。それから写真ではなく、文字で書かれた資料の一点を示す。


『被害者女性は全員、体の一部。子宮がえぐり取られている』


 その一文が目に張った瞬間、生理的な嫌悪感が沸き上がってきた。青い顔で口元を抑える久留島を見て、緒方は呆れた顔をする。


「そろそろ慣れろ」

「……む……無理です……」


 ついにはトイレへと駆け込んだ久留島を見て、緒方は深いため息をついた。

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