第38話 10-4明晰夢
「そろそろ休憩する?」
『あとどのくらいかしら……』
「もう少しかかると思う。ユリィの体力も心配だし、少し休もうか」
まるでジャングルのような森の中で、一行は休める場所を探した。歩いていた川沿いの先、視界が開けて大きな池が現れる。足にまとわりつく蔦や葦を引き剥がし、砂地に出ると少しだけ気分が晴れたような気がした。
『す……っごい広いな……池かな……これ……』
「……? クロ?」
『いや、なんでもない……』
『はぁ……疲れたわ……』
『ジャンは?』
「ん、僕は平気、ハイデがいるから」
街を出てここまで来る間、ハイデは度々声をかけてきた。と言っても、実際には声ではなくいつものようにメッセージを流し込んでくるだけだが。それは他愛もない会話で、好きな食べ物だとか、過去にやらかした失敗だとか、ジャンに何かを問いかけるのも、ジャンに出来事を話すのも、とにかく楽しそうだった。
『ハイデ嬢ちゃんの祈りが、ユリィちゃんにも使えたらいいんだがなぁ』
カブトの何気ない言葉に、ハイデはポカーンとしている。そしてすぐに、はっとして動き始めた。いつも通り、ジャンの手を握ったまま。
―ジャン、枝探して、長いの‼―
「え、枝⁉」
―石でもいいよ‼―
思い思いに座るみんなの前で、ハイデに手を引かれうろうろするジャン。
『なんか最近、ハイデに話しかける事多くなったよな、ジャン』
クロに、ロベリアが続く。
『確かに。会話しているように見える』
『以心伝心ってやつかねぇ。けっ、うらやましいやつめ』
『さすがに宿で同じ部屋に入ろうとした時はおいらもびっくりしたな』
『まぁ、男女でわけちゃうとハイデちゃんにとっては毒にしかならないものね……』
近場の草むらで手ごろな枝を探し出したジャンが、ハイデの手を軽く引っ張り見せる。
「これでどう?」
―ありがと! やってみる‼―
「やってみるって、何をするんだ?」
ハイデは答えず、枝を手に取り皆の元へ走り出す。無論、手を繋いだままのジャンも一緒に走る。
『何を見つけてきたんだー?』
ハイデに問うクロの言葉を無視して、座り込んでいるユリィの周りに木の枝を滑らせ、何かを描き始める。それは何かの模様のようで、手を引かれていたジャンは模様を足で消さないようにハイデの真後ろについてぐるぐると回る。
『魔法陣?』
『そんなわけねぇ、嬢ちゃん魔法アレルギーなんだろ?』
『魔力はない、それに見た事ない模様』
丸や三角を複雑に組み合わせたような不思議な模様。ユリィはぐったりと力なくすわっていて、されるがまま見つめていた。
描き終えたらしいハイデが木の枝を池に放り投げる。ジャンの目を見つめて、手に力を籠める。
―ジャン、今から奏でる口笛に合わせて、歌って―
「は……はぁ⁉」
『また何か電波のやりあいでもしてんのか?』
『さぁ。会話、出来てるような様子』
クロとロベリアに怪しまれているのが気がかりで、それ以上追及は出来ない。
―大丈夫、ジャンは知ってる。膝をついて、目を閉じて、手を合わせて―
困惑するジャンに、視線を感じロベリア達を見るハイデ。何かを察したのか、めちゃくちゃな身振りを加えてジャンにアピールした。会話が出来る事をジャンが隠しているという事に、今さら気づいたらしい。
「あ、あぁ……いや、でも……」
クロは感嘆の声を漏らした。
『すげぇな、それでわかるのか?』
「えっと、クロにはわからない?」
『さっぱり』
わかるわけがなかった。ハイデの身振りに特に意味はない。
『あたしも、わからない』
『おいらにもわかんねぇな』
「じゃあ、わかるの僕だけみたいだね……」
ひとしきり意味のない身振りを終えたハイデは、ジャンの手を引いて座るよう導いた。仕方なくそれに従い、ユリィに向かうようにして片膝をつき、両手を合わせ目を閉じる。
すぐ隣から、ハイデの口笛が鳴りだす。ゆったりとしたリズムで、繰り返す六つの音。知らない、と言おうとして、はっとした。どこかで聴いた事のあるメロディ。随分昔に、何度も何度も聴いた気がするメロディ。歌詞のない歌。口を開き、ハイデの口笛に合わせ口ずさむ。
『お? なんだなんだ?』
『しっ。カブト、静かに』
六つの音を何度も繰り返し、ジャンの声がぴったり合った時、口笛のメロディが変わっていく。繰り返し続けるジャンの声に合わせて、口笛で伴奏を入れるように。
『……あら……?』
辺りの環境音が遠く小さくなり、歌声と口笛だけが響くような不思議な空間。ハイデの口笛に雑音は全くなく、ジャンもまた音を外す事なくメロディを繰り返す。どこで覚えたメロディなのか、思い出せない。思い出そうとしても、歌声と口笛の旋律に意識をとられる。
どのくらい歌っていただろうか。永遠に続けばいいとすら思えるほど心地いい時を経て、メロディは終わりを迎える。
ゆっくりと目を開ける。ずっと閉じていたせいか、世界がさらに明るくなったように感じた。
『すげぇ……なんだ今の……』
「不思議ね……身体が軽くなったような気がするわ……」
おもむろに立ち上がるユリィ。先ほどまでの青ざめた顔色に、血の気が戻ってきたようだった。
『これが、例の力なの?』
「え……いや、わかんない、僕も何が起こったのか……」
『でもお前さん、綺麗に歌ってたじゃねぇか』
引っかかりを感じる。確かに知っている曲なのに、それが誰の曲で、いつ聞いたのか思い出せない。
『まぁ、音楽好きだって言ってたもんな』
クロの言葉が助け舟になった気分だった。
「う、うん、古いしマイナーな曲だから、知らない人の方が多いと思うよ。運営に知ってる人がいるのかもね」
『でも、触れずに回復出来たなら、良かった』
ロベリアは立ち上がり、少しだけ背伸びをして、飾り気のない小さな手を差し出しユリィの頬に手を当てる。
『冷たい?』
『いいえ、まったく』
『温かい?』
『どちらでもないかしら』
『……感覚、消えたみたい。良かったね』
『あ……ありがとう……?』
『…………なに、おばさん』
『ロベリアが……優しい……』
クロの言葉にはっとした様子で、ぷいと他所を向き座り込むロベリア。顔は真っ赤になっていた。
『た、体力ない癖に馬鹿みたいな機能をONにしたおばさんの尻拭いは嫌なのよ』
こちらからは見えないが、その声はいつもより感情的に聞こえ、本当は心配していた事が容易に想像できた。
この力がいつでも使えるものなのか、それどころか仕組みも全くわかっていないままだが、痛みを伴わない戦闘が出来ると考えれば随分気が楽になったのも事実だった。
ただ、目を開けた瞬間世界が変わってしまったような、不思議な違和感を抱えていた。具体的に何が変わったのかはわからないが、これ以上考えても答えは出ない気がして、考えるのを止めた。
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