第16話 5-3始まりの街ラチュラ
「みんな、サイズは大丈夫そう?」
ジャンの問いかけに、全員が頷く。
『ご都合主義ってのは嫌いじゃないぜ。まるでおいらの身体を知り尽くしてるって感じでぴったりだ』
革と布だけの服装だったカブトが、鈍い銅色の甲冑を身に着け嬉しそうに笑っていた。動く度にカシャカシャと音を立てているのが気になるが、見た目に反して重くはなさそうだった。もしもこれが五感機能のせいであれば、ユリィとジャンはかなりのハンデを背負う事になる。
『ヒーラー用のローブって、布面積が広すぎて暑苦しいのよねぇ』
控えめな、言い方を変えればとても地味なスタイルの、典型的なローブを身にまとってユリィが呟く。ユリィの豊満な体型をカバーするようなその衣装は、どことなく勿体ない気がしなくもない。
『いいじゃん、似合ってるよ。ギャップってのは大事だしな』
初期装備とあまり変わっていないようにも見えるクロは、腰回りにダガーをいくつか装着していた。本人がステ振りしたシーフを活かす為、弓とダガーのどちらにするかは本人に任せたのだった。
『ダメージ通るかわかんないけど、万が一ユリィ姉さんやジャンに矢が飛んだら困るからな。慣れるまではダガーも投げずに近接で行くよ』
どういう仕組みかはわからないが、行動速度が上がるらしいスカーフを首ではなく腰に巻いていた。
『ネクロマンサーってもっとこう……もっと……控えめだと思ってた……』
初めてロベリアが表情を変えた。わずかだが、眉間に皺を寄せ不満を露わにしている。
身体の小さいロベリアにぴったりと仕立て上げられたような装備は、サイズが小さい事を除いて妙に大人っぽい、もとい、色っぽい衣装だった。首から胸元、そして太ももが大きく露出しており、細く白い素肌が露わになっている。
『この本だけは、気に入った』
どうやって機嫌をとろうか考えていたジャンをちらりと見て、ロベリアは脇に抱えた大きな本を見せた。表紙は黒ずんでおり、文字も読めない。攻撃用の装備らしい。
『で、ジャンはそれでいいのか?』
クロの問いかけに、自分の姿を改めて見る。
「うーん……ちょっと心許ないけど、みんなの装備を揃えてたらちょっと手持ちが足りなくなったんだよね」
初期装備と変わったのは剣だけで、防具まで手が回らなかったのだ。
「でもほら、木で出来た剣ってのはまずいと思ってさ。これなら最低限は戦えるよ。攻撃は最大の防御って言うでしょ?」
『なぁに言ってんだ、木刀でも殴れば大抵の人間は死ぬぜ?』
カブトの軽率な発言も、今は少しだけ救われる気がした。
『相手は人間じゃなくて魔物だろ? 名前からしてゴブリンっぽいけど』
『最初の敵と言えばスライム系じゃないの? モブリンって名前だけじゃ、どっちかわからないわね』
「もしスライム系なら、木刀じゃ無理な気がする。僕一応、アタッカーだし……」
『俺もそう思う……ま、まぁでも、おかげで俺らはそれなりに整えられたし、何とかなるって、俺らが頑張るからさ!』
『報酬が入れば、ジャンの装備も整えられる。あたし後衛だし、装備交換する?』
「いや、気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとうロベリア」
心配は残るが、これ以上話していても仕方がない。
店主の親父さんが気前よく渡してくれたマップに、細かい道筋が描かれていた。気を取り直して、作戦を練る事にした。
「オープンワールドって事は、シームレスになってるはずだよね。シンボルエンカウントなのかな」
『あぁそれなら、開発中になってたけど公式HPで見たぞ。エンカウントしたら戦闘フェイズに移行するらしい。限られたサークル内でリアルタイムバトルって感じかな』
「へぇ……じゃあ乱入はないの?」
『いや、あるみてぇだ』
カブトは甲冑の顔部分を開き、話に加わった。
『あんまり近くで戦ってると、音で寄ってくるんだとよ。場合によっちゃあ何十匹と集まってくるから、場所を考えて戦わねぇと』
話ながら店を出て、立ち止まったまま作戦を考える。行き交う人々はジャン達に目もくれず通り過ぎていく。
『それで、どのルートを通っていくの?』
ユリィの言葉に、ジャンはマップを確認した。
「北門から出る道と、西門から出る道があるね。街の外は戦闘が起こりうる。レベリングやトレハンを考えれば、少し距離の長い西から出た方が良い。逆に、出来るだけ戦闘を短くしたいなら北から出た方が早い、かな」
わかりやすく指で示し、説明する。クロがそれを目で追いながら、控えめに手を挙げた。
「ん、どうしたのクロ」
『レベリングやトレハンは確かに大事だと思う。けど、俺は北から出た方がいいと思う』
『戦闘回避ルート。あたしも賛成』
「僕も、本心で言うとレベリングしながら行きたいところだけど……僕だけの問題じゃないしね、北から出ようか」
ユリィが横から口を挟んでくる。
『どうして? 装備が心許ないなら、なおさら敵を多く倒していくべきじゃない? こちらも弱いけれど、相手も弱いはず。今だから出来る事よ?』
『おばさん頭悪い』
ロベリアは全く考えずに口から言葉を溢しているようだった。この癖をどう矯正していくかも、今後ジャンがリーダーとして考えなくてはならない課題の一つだろう。パーティ内での不仲は戦闘に響く可能性も高い。
「ろ、ロベリアは言葉が足りないけど……」
むすっとしてしまったユリィを見ながら、一つ一つ丁寧を心掛け言葉を選ぶ。
「僕とユリィは五感が働いてるわけで、それは敵を匂いで察知したり、気温や空気の変化に気づきやすいって利点がある」
『そうよ、だったら』
「聞いて。逆に攻撃されたら、どうなると思う?』
『……あっ』
眉間に皺を寄せていたユリィが、一転して青ざめていく。
「まさか死にはしないだろうけど、いや、そう思いたいけど……仲間に素手で気合を入れられただけでも、当たり前のように衝撃が伝わったんだよ?」
クロの反省具合はよく伝わっていたからこそ、言葉を慎重に選ぶ。
「まだ戦闘を経験してないからこそ、慎重にいくしかない。……ユリィ、大丈夫?」
『……平気。私は平気。戦闘は、慎重にした方がいいわね』
まだ青白い顔をしているユリィが心配だった。しかし、ここで立ち止まって気まずい空気が流れるのを、ただじっと見ているだけでは前に進まない。
「よし、とりあえず北から出よう。戦闘はやってみないとわからない。避けては通れないしね……。本当は僕が前衛だけど、カブトとクロを前に、ユリィ、僕、ロベリアは後ろを心掛けて進もう。クロ、いい?」
『やってみよう。近接ダガーのつもりだったし、その方が都合が良いかもしれん』
店主から貰った地図を閉じると、覗き込んでいた全員が姿勢を戻す。きょろきょろするユリィを見て笑いながら、カブトが先頭を歩き始めた。
『ついてくれば迷わねぇ。はぐれねぇように気を付けるんだぜ、ユリィちゃん』
そう言ったカブトに、ジャンが止めようとしてロベリアが先に言い放った。
『カブト、そっちは東』
数時間前、クロが言った方向音痴の話を思い出した。
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