《仮構探偵》―The Operative in the Virtual City―

《仮構探偵》礼門堂探偵社

第一章 《仮構存在》

001 《仮構存在》/序

 初めに言っておくが、私はこの物語を記述することに、少々の躊躇いを感じざるを得ない。

 君たちがこの物語を読み進めた時、果たして“私”を、いや、“私たち”をどう思うか、私はそれを危惧している。

 それは単純な、恐怖以上の何物でもない。私は君たちを怖れている。それは事実だ。

 だが、それでも――それでも君たちには、知って欲しいと思う。私が私に至るまでの、その物語を。今、私がここに存在しなければならない、その意味を。故に、私はここに事の顛末を綴ることを決めた。


 物語は三人称視点によって記述するつもりだ。無論、それには私も含まれる。物語のいくらかは伝聞によって構成されており、その為に、こうした形式をとらせてもらった。

 また、ここに記述する全てが事実とは限らない。私が実際に見聞きした内容と、この一連の出来事に関わったものたちからの聞き取りと、それに若干の脚色を加えて語ることになるだろう。物語を綴る上で、その多くから了承を得ているものの、そうでないものもいる。その為の配慮と考えてほしい。

 加えていうなら、結局のところ全ては“仮構”なのだ。事実を語ることに、大して意味があるとは思えない。そもそも事実が、“仮構”と相反する意義を持つのだから。フィクショナルな性質を保持したまま、それでも事実をそのまま語ろうとする行為は、ナンセンスだ。


 始まりの物語は、あまり大した話ではない。ひとりの、資産家の娘が礼門堂探偵社を訪れる。そこから物語は動き始める。

 しかし彼女の依頼は、意外にもあっさりと解決してしまう。本当に、わざわざそれを語るほど大した話ではないのだが、しかし必要な話ではあるのだろう。これは君たちに《仮構都市バーチャル・シティ》を知ってもらう為の話だ。この街に住まうものたちが、どのような存在であるかを知ってもらう為の物語。それ以上の価値は望めない。だから、君たちがもし《仮構都市バーチャル・シティ》を知っているのならば、この話を語る必要もない。もっとも君たちの中にそれを知っている人間がいるとは思えないのだが。

 《仮構都市バーチャル・シティ》はあらゆるネット文化を吸収し、成長した“仮構”の街だ。今はただ、それだけ伝えておこう。仔細はその内に分かることだ。


 ――ただ、そう、“礼門堂探偵社”については、少しは知っていてもらった方がいいだろうか。

 礼門堂探偵社は、《仮構都市バーチャル・シティ》の外れにある小さな私立探偵事務所だ。青い鳥通りに面する、六階建てのビル――615ビルの最上階にそのオフィスが設けられている。調査員は二名、社長のフィリパ・C・礼門堂とその弟子飛鳥田によって構成される。

 フィリパ・C・礼門堂、通称“フィル”はハードボイルド型の探偵を気取る。だが彼女の体躯はお世辞にも強靭とはいえないし、冷酷非情に成り切れない、甘さが残る。探偵としての技量や経験を積み重ねてはいるものの、いまいち集客に結びついていないのはその為だろうか。

 その弟子飛鳥田は軽口の絶えない軽薄な男で、その癖帽子とマスクでその面貌を隠す、珍妙な奴だ。腕っぷしは礼門堂探偵に比べればはるかに良い方だが、所詮はゴロツキ上がりであり、その道に精通するプロに敵うはずもない。性格に関しては多少の荒っぽさが残るものの、聞き分けはいい方だろう。だがその気質はハードボイルドとは遥かに遠い位置には根ざしているし、また本人もそれを気取るつもりはなさそうだ。


 彼らはこれから始まる一連の事件に関わり、彼らの行動によって物語は進行する。いってしまえばこの物語の主人公なのだが――当然その時の彼らに、自分が主人公であるという自覚はない。故に彼らが全能感に浸ることはないし、また自らに危機が及ぶと知りながら、積極的な干渉を行うことはまずない。もし彼らが万一にもそれに近い行動をするとするならば、それは彼らが共通して“お人好し”だからに過ぎない。


 ――前置きが長くなった。君たちもそろそろ私の語りに飽き飽きしている頃だろう。

 物語は依頼者の訪れる少し前――礼門堂探偵が少し遅めの出社をするところから始まる。


 いよいよ、“探偵”の時間だ。

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