カツの話
権俵権助(ごんだわら ごんすけ)
アイカツ!小噺「吸血鬼」
えー、吸血鬼と言えばドラキュラ伯爵。ドラキュラと言えばベラ・ルゴシが演じた映画なんぞが有名ですが、さて、このアイカツ!界にも吸血鬼を演じる有名なアイドルがおりまして。
「先週末にユリカ様の生誕祭へ行ってきたんだがね、ちょいと気になることがあって」
「一体なんだい」
「ユリカ様は六百歳だろう? てこたあ、産まれてすぐに応仁の乱が起きて、そこから長ぁいこと戦国時代が続くわけだ。そりゃあ、さぞかし幼少時代は苦労なすったんだろうなぁと思うと、こう涙がね……」
「ちょ、ちょいと待ちなさいな。おめえさん、もしかして、ユリカ様が本当に六百歳の吸血鬼だと思ってるクチかい?」
言われた男は、何か不思議なものを見るような目で、きょとんとして。
「おかしなこと言うねアンタ。ユリカ様が吸血鬼でなかったら一体なんだって言うんだい」
ああ、なるほど。こいつ、ユリカ様の「設定」を真に受けてやがるのかい。これは面倒なことになったぞ。本当のことを教えてやるのは簡単だが、それをわざわざ口に出すのは無粋の極みというもんだ。たとえば、幼稚園児に向かってサンタクロースは本当はいないよ、なんてことを言うぐらい、格好が悪い。はてさて、どうしたもんかな。……と、そこであることを思いついた。
「おたく、プロレスは観るかい?」
「突然なんだい」
「プロレスは観るかと聞いてるんだよ」
「ああ、観るよ。観るというか、好きだね」
しめしめ、これなら話が早いぞ。
「それじゃあ聞くが、相手のレスラーをロープに振ったら返ってくる。こりゃあ一体どういう原理なんだい? 教えとくれよ」
要するにだ、プロレスファンなら口に出さなくても「そういうもの」として楽しんでいるだろう、ユリカ様もそれと同じなんだよと、さりげなく教えてあげようてな作戦だ。
「どういう原理って、おめえさん、さてはプロレス見たことないね?」
「いいから教えてくんな」
「ありゃあね、高反発ロープなんだよ」
「高反発ロープ?」
「低反発枕をあべこべにしたもんだよ。あれに当たると、こう、自分の意思とは関係なく、バーンと思い切り跳ね返ってくるわけさ」
「いやいや待ちなさいよ。そんなはずはないだろう」
「じゃあ、あんた、マットに上がったことあるのかい?」
「それは無いけれども……」
「それじゃあ、今度、もし機会があったら上がらせてもらいなさいな。そりゃもう、驚くぐらいポーンと跳ねるから」
なんだ、本当にそういうものがあるのか? だんだん自信が無くなってきたぞ。しかしだ、言われてみれば産まれてこの方、ロープに振られたことなんぞ一度もないんだから、もしかしたら本当にそうなのかもしれないな。
「うーん、それじゃあ質問を変えようか。プロレスてえのは、確か相手の両肩をマットに3秒間つけたままにすると勝ちなんだっけな」
「まあ、そういうもんさね」
「あの3カウントだがね、なんだか毎回、長さが違わないかい? ありゃ一体全体どういうことなんだい」
ほれ、これならどうだい。なんとか言ってみない。
「こりゃまた、おめえさん、随分とおかしなことを言うねえ」
「なにがだい」
「長さは毎度、同じじゃないか。いつも、きっかりきっちり3秒だよ」
「いやいや、そんなはずはないだろう。わぁ~ん、つぅ~……の時もあれば、わん、つー、すりー!の時だって見たことあるよ、あたしは」
「それじゃあ聞くが、おめえさん、毎日朝9時に出社して正午まで働いてる時、一体どんなことを考えながら仕事してるんだい」
「そりゃあ、長ぇなあ、早く昼飯食いてえなあ、と……」
「それじゃあ聞くが、先月、午後5時からユリカ様のライブを観に行った時、終わり際の8時頃におめえさん何て言ってた?」
「そりゃあ、あっという間に終わっちまったなぁ、と……」
「それだよ」
「なにがだい」
「どっちも同じ三時間だが、片や短し、片や長しだ。プロレスだって同じことだよ。面白ぇ試合はカウントが早いし、逆にしょっぺえ試合はカウントを遅く感じてるって寸法だ」
「そんな馬鹿なことがあるかい」
「それじゃあ、あんた、レフリーと同時にストップウォッチで正確に時間を測ったことがあるのかい?」
「それは無いけれども……」
「それじゃあ、今度、もし機会があったら測ってごらんなさいな。そりゃもう驚くぐらい正確に3秒だから」
なんだ、本当にそういうものなのか? だんだん自信が無くなってきたぞ。……いやいや。
「今のはさすがにウソじゃあないのかい?」
「第92話のアイカツ格言」
「『楽しいは早い!』」
「それだよ」
「なるほど、そう言われりゃあ確かにそうだ。うーん、それじゃあ別の質問を……」
「ちょっと待ちなさいな。あんた、さっきからプロレスのことばかり話してるが、あたしはユリカ様の話をしてたんだよ」
「そういやあ、そうだったね。なんの話だっけな」
「昔のユリカ様は苦労してたんじゃないかって話だよ。なにしろ生まれてからずうっと戦争に次ぐ戦争で、ろくに食べ物もありゃしない時代だ。一体どうやって血を確保していんだろうってね。そこでだ、調べてみたんだよ。すると驚いたねえ」
「ど、どうしたんだい」
「献血っていう仕組みがあるだろう。実はね、大昔にあれを考えたのがユリカ様だったんだよ。これなら市井の人々を助けながら、自分の食料も確保できる。さすがユリカ様、発想が違うねえ」
「まさか」
「いや、このあいだ国会図書館で昔の文献を追いかけていたらね、あったんだよ。設立者の中に……藤堂の名前が」
「ほ、本当かい、そりゃあ。……いやいや待ちな、いくらなんでもそんな話は」
「第25話のアイカツ格言」
「『事実は小説より奇なり』」
「それだよ」
「なるほど納得だ。いや、まったく、疑って悪かった。申し訳ない!」
「分かってもらえりゃあいいんだよ。……ところで、丁度そこに献血バスが停まってるみたいだが」
「おっ、ほんじゃ早速ユリカ様に血を献上してきますか! いやあ、今日はいい勉強になったねぇ。おおい、待っとくれえ、うちの血も使うておくれ!」
そうやって喜び勇んで駆けていく背中を見て、男はにんまりと笑った。
「よしよし、これで五人目っと。やれやれ、最近は若者を献血に連れていくにも一苦労だねまったく。それにしても、ちょっと調べりゃあウソかホントかすぐにわかりそうなもんだが、あいつは73話を観てなかったのかねえ」
第73話 アイカツ格言「あわてず確認!」
-おしまい-
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます