なでなでめるあいゔぃー

志馬なにがし

第1話 なでなで


 僕が高校から帰るなり、メルはリビングのソファにダイブして、駄々をこねだした。


「お腹すいたよぉおおおお! ハルぅ〜!」


 あまりにバタバタするもんだから埃が舞うったら舞う。西から入る夕日のオレンジが、キラキラ光っている。そのキラキラの中、銀髪美少女がまるでクロールを始めそうな勢いで暴れていた。


「帰ってきたばかりじゃん。今から夜ご飯作るけど、もうちょっと待ちなよ」


 メルは「いやぁだぁああ!」とさらに手足をばたつかせた。いつもの白ワンピからすらっと伸びる手足を見て、あーこんだけ動かせばそりゃ細くなるわな、謎の納得を得た。


 冷蔵庫を一応確認すると、プリンがひとつあった。僕が「これなら」と言った瞬間、メルは僕の手から掠めていって、超高速でソファーに座り、うまーと( ˃̶͈̀ロ˂̶͈́) こんな顔して至極愉悦を味わっていた。


 僕は静かになった銀髪ガールに聞く。

「今日ごはん何がいい?」

「満漢全席」

「それ以外は?」

「鹿肉って食べてみたいなあ……」

「麻婆豆腐でいい?」

「辛口がいいー」

「中辛」

「ちゃんと辛くしてよー」

 プリンを食べ終わったお嬢様は、辛くないと嫌だと不満そうな顔をする。僕は甘口がいいのに。




 さて。一般的な男子高校生のハルこと僕は何をしているか。今はこのメルお嬢様の夕食の支度である。夕食以外は、お風呂の準備をして、髪の毛乾かして、歯磨きさせて、とかまるで母親である。


 高校進学に合わせて親戚の家にお世話になることになった僕は、騙されたことが三つあった。


 ひとつは、こんな美少女のいとこがいるって知らなかったこと。


 もうひとつは、家を空けることが多い叔母たちが、生活力皆無のメルの面倒を見させるために僕を招集した――そう、全ては叔母の陰謀だったこと。



 そして最後は……。



 メルがそばにきて、フライパンを覗き込んできた。

「ねえ〜。まーだー?」

「まだ」

「あー! 唐辛子入れてない! 四川山椒も入れてよぉお!」

 こんなおこちゃま麻婆食べられないぃ〜と僕の横で地団駄を踏むメル。



 ……うっざいなあ、もう。



「それに今日肉ないじゃん! メイン、トーフじゃん!」

「豆腐は畑のお肉です」

「今日、らの様焼肉って言ってたよ!」

 らの様とはメルが最近ハマっているVtuberである。

「らの様んちのご飯がよければ、らの様んちの子になりなさい」

「次元的にムリー! なんで次元を超えられないのー!」

「それはNASAが一生懸命研究しています」

 ほら、箸とか出して、そう適当にあしらうと、メルはフグみたいにぷくっーと頬を膨らませた。


 そして。


 僕の腕を、ぽんぽんぽん、叩いてきた。

 ※注 : 僕、料理中。


「…………」


 ぽんぽんぽん、まだ叩いてくる。

 ※注 : 僕、料理中。



 強めに、ぽん、と叩かれて麻婆豆腐がフライパンからこぼれた。キッチンに広がる赤いソースと崩れた白い豆腐。それを見ていたらふつふつと怒りが湧いて、


 かっちーん、ときた。


「うっざいなあ! もう!」と僕はメルの頭に向かって手を伸ばした。そしてついに!












 なでてやった。


 そう、頭をなでてやった。


 なでなで。









 ふにゃ〜とメルは気持ち良さそうな顔をしたかと思った瞬間、メルは光に包まれる。






 そして。


「にぃ〜にぃ〜だいしゅき〜」


 五歳ぐらいの背丈になったメルは、僕に足にしがみついて、えへへ〜と溶けた表情をしている。



 僕が騙されたことの、最後のひとつ。


 それは、


 メルは頭を撫でたら、ちっさな女の子になっちゃう特異体質だってこと。



 僕の腰下くらいまで背が縮んだメルは僕の足にしがみついて、料理ができるのを待っていた。ちょうかわいい♡

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る