I am you, and you are me.
広畝 K
第1話
十六の誕生日、私は生まれて初めて映画を観た。
どういう経緯があったのかは、覚えていない。
けれども確かに、映画を観たという記憶がある。
広く暗い空間には誰も居なかった。
私一人だけの、私一人のためだけの、貸切だったように思う。
首元のチョーカーをそっと撫でる。
不安を誤魔化すための所作。
髪をいじるよりずっと良いからと、誰かがくれて、教えてくれた。
それからずっと、リボンと同じく身につけている。かっこいいし。
席についてからしばらく、目が暗闇に慣れた頃。
薄っすらと浮かんだスクリーンに、白い光が瞬いた。
これから始まるのだろうと、私は光の映す色を観る。
一面の、青い色だ。蒼い色。空の色。
海を映した深い色。浅い色。透明な色。手の平ですくえそうな水の色。
空の下に、笑っている子どもがいる。
女の子だ。
私と同じ銀の髪をして、けれども肩口で揃えて短く切り揃えている。
白いワンピースは空に浮かぶ雲のようで、その瞳は空を照らして輝いている。
陽の光よりもずっと眩しい笑顔で、心の底から喜びを叫んでいる。
足元に咲く花が、花弁を散らして宙に舞う。
少女と共に嬉しそうに、ひらひらと舞って舞って、ワルツを踊る。
小鳥の歌、花の舞、少女の笑顔。生命の輝き。
見渡す限りの若緑。萌ゆる色。強い色。生命の色。
陽を浴びて、命を育む碧。映る様は優しく、けれどその内は何よりも強い。
綿のように膨らんだ雲の下、笑っている少女がいる。
白銀に緑が映え、さながら緑の妖精だ。
ワンピースがふわりと踊り、麦わら帽子が空を舞う。
少女は追いかける。空を舞う帽子か、飛行機雲か。
緑は色濃く大地を彩り、内なる命を続けてゆく。
蓄えた陽の力を、生命の力を、次代へと受け継がせてゆく。
涼やかな空気。緑の風。樹の下で眠る、無垢なる少女。
赤く、紅く、燃えるような生命の色。黄金の色。
葉は雨に濡れて落ち、けれども色を損なわない。
輝く色は地に根を下ろし、次なる命の繋ぎを作る。
女の子の笑みにも、深みが見える。
銀の髪も背丈も、先より少し伸びている。
白い傘、白い手袋、ワンピース、長靴で弾く水の色は、紅く赤く燃えている。
重たく感じる雨の力は、命を鍛える恵みの水だ。
雨は上がり、葉は舞い落ち、命の繋ぎを見届ける。
生命の果実に、栄えと恵みをもたらしてゆく。
虫の音色。儚い鈴の音。緩やかに揺れる穂のさざめき。
純白は、見目に反して冷たく鋭い。始まりの色。死の色。
雪の白さは、氷の冷たさは、命を少し休ませる。
幾代にも連ねる生命の繋ぎは、休み無しでは滅びてしまう。
鳥は眠り、動物も眠り、虫も木も、全ての命は休息をとる。
少女の表情に笑みはなく、そこには静かな憂いがある。
白い手袋、帽子、マフラー、コートに長靴。そして長くなった髪。
いずれの白も温かく、柔らかく、少女を包むように守っている。
雪とて、同じだ。本来は。
死すらも、同じだ。本来は。
命を見守り、青い空に至る時まで、ひたすらじっと隠し続ける。
またいつの日か、皆で笑い合える日が来ますように。
誕生日おめでとう。
メル・アイヴィー。
これからの貴女もまた、皆と一緒に笑い合えますように。
光が落ちて、映画が終わった。
始まりは白から始まるなら、終わりは暗闇で終わるのだろう。
少なくとも、この映画はそうだった。そうだった、と思う。
しかしその思いも、天井の照明がゆっくりと点くと、反比例するように解けて消えた。
予約していた菓子店で、バースデープリンを買って帰ろう。
I am you, and you are me. 広畝 K @vonnzinn
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