第13話 競合と協力

「やられましたね。ここもすでにダリア商会に売ってしまったそうです」


 交渉を終えて戻ってきたナーベは、馬車の近くで風に当たっていたフォートにそう告げた。


「来るときにすれ違ったから、そんな気はしてたよ。これで3度目か・・・」


 すでに6カ所で交渉を行ったが、その半分でダリア商会に先を越されていた。これで、ダリア商会も蝗害が起きることに気がついているという考えは、確信に変わった。



「うーん、たぶんこの調子ならダリア商会と五分五分って所かな。他の所はどう?」


「すでに確認が取れている組でも、私たちと同じようにおよそ半分をダリア商会に先を越されていたそうです」


「人員の数はほぼ同じって事かな。まああちらさんも、大規模に動いて他の商会に嗅ぎつけられたくはないだろうしね。このくらいの人数がベストだ。となると、やっぱりカルテルの形成を優先すべきかな? 悪いけど、会長に準備をするように連絡しておいてもらえる?」


「わかりました。それでは、宿に行く前に手紙を出しておきます」


「一応、情報が漏れないように手紙は気をつけてね」


「はい。商会独自の暗号を用いますから大丈夫ですよ」


「さて、じゃあ今日はさっさと宿を探して休むか。でも、今から行って泊めてくれるところあるかな?」


 日は沈みかけ、辺りは赤焼けていた。近くの街に着く頃には真っ暗になっているだろう。


「宿はもう取ってあるので心配いりませんよ」


 フォートの心配は杞憂だった。優秀な秘書であるナーベは、この日はこの辺りで日が暮れるだろうと予測して、事前にホテルをとっていたのだ。


「つくづく優秀だね。ほんと、ナーベさんを同行させてくれた会長に感謝だよ」


「お褒めにあずかり光栄です」


 そう言って二人は、馬車に乗り込んだ。





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「小麦の確保はどうなってる?」


「今のところ、ノルマの半分程度ですね」


「半分?そんなに遅れているのか? どうしてだ」


 剥製だらけの部屋で、商会長と若い男は二人で話をしている。もう日は暮れかかっていて、その赤い光が部屋を照らしていた。


「実は、ミカエル商会も小麦と香辛料を確保しているようで、話によると交渉に行った先の4割程度はすでにミカエル商会に買われた後だったそうです」


「ミカエル商会・・・また奴らか」


 商会長はため息を漏らす。


「だがおかしいじゃないか。なぜ奴らが、来年に蝗害が発生することを知っている? 学者先生には金を払って、情報が漏れないようにしていたんだろう?」


 ダリア商会はこの少し前に、ある生物学者が蝗害の発生周期の秘密を見つけたという情報を入手し、いち早くその情報を独占していた。


 情報統制については、若い男が行っているので、情報が漏れたという可能性は考えにくかった。


「おそらく、奴らが独自に気づいたと言うことでしょう」


「・・・また“奴”か」


「おそらくですが。こちらの見解としてはその可能性が高いと考えています」


「これでほとんど、その何者かの存在は確定的だな。それで? そいつの情報はどれくらい掴んでいる?」


「残念ながら、ほとんど・・・かなり手こずっています」


「お前の情報網でも掴みきれないとはな」


「ええ、本当に存在するのか疑問に思うときもありますよ。でも、それならむしろ“いない”という情報が掴めるはずです。それすらつかめないと言うことは、おそらくあちらが上手く、こちらに見つからないように隠れていると言うことなのでしょう」


「だとすると、まだまだ時間がかかりそうだな」


「そう思います。できるだけ早く情報がつかめるように善処しますが、期待はあまりしないでください」


「ああ、わかった」


「それで、バッタの方はどうしますか?」


「なに、お互いの利益を考えれば、おそらく明日にでもあっちからカルテルのお誘いが来るだろう。それに備えて、商談の場所を用意しておいてくれ。もちろん、他の商会には気づかれないようにだ」


「了解しました。それでは、俺はこれで」


「ああ。お疲れ様」

 若い男は部屋から出ると、扉を閉めた。いつものように扉は大きな音と振動を立てて閉まったので、若い男が出て行った後、商会長はひとり文句を言っていた。



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「会長、ダリア商会から連絡が返って来ました。明日の夕刻、商談をしたいそうです」


 会長室で書類を処理している会長に、ナーベはそう告げた。


 手紙を出してから数日の間、フォートとナーベはいくつもの場所で交渉を行っていたが、それも一段落してきたため、ナーベは一足先に会長の秘書という通常の役割に戻っていた。


「そうか。場所の指定はどうだ?」


「ええ。先方が用意しているそうです」


「そうか」


 会長は書類仕事をするときにいつも掛けている老眼鏡を外して、“フー”と息を漏らした。


「となると、問題は一体いくらで売るかという交渉なわけだ。あちらさんはどのくらいを提示してくると思う?」


「6年前の蝗害では、小麦の値段は定価のおよそ1.5倍程度になりました。今回の蝗害は例年に類を見ない規模になるとフォートさんは言っていましたので、もしダリア商会もそれに気がついているならば、2~3倍程度を提示してくる可能性が高いかと」


「2,3倍か。まあそれくらいが妥当だな。それじゃあウチもそれくらいを提示するとしよう。悪いが、幹部クラスにこのことを伝えてくれ」


 会長の言葉に、ナーベは首をかしげる。


「全員ですか? フォートさんだけでなく?」


「ああ。実はお前がいない間の会議で、ゼータに連絡を徹底するように念を押されてな」


「でも、かなり大事な機密ですよ? 漏洩を考えれば良くないのでは?」


「いや、もうすでにダリア商会と我が商会でほとんどの小麦は独占できている。今更漏洩したところで、他の商会にはどうしようもないだろう」


「確かにそうかも知れませんが・・・」


「それに、ダリア以外の商会がこちらの情報をつかめるだけの情報網を構築しているとは思えない。というか、ダリア商会だけが異常なんだがな」


 会長は知らなかったが、ダリア商会がこれほどの情報網を張れているのは、ある一人の人物のおかげだ。


「だから情報が漏洩することよりも、今は機密を守ろうとして商会内の空気が悪くなることを避けておきたい。頼めるか?」


「わかりました。それでは、今から伝えられる人たちには私が直接伝えます。フォートさんには、人を送りましょう。予定では、あさってには戻ってくることになっているので、帰り道を逆走させればおそらく明日中には伝えられるでしょう」


「それでいい。それじゃあ、頼んだぞ」


「はい。失礼します」


 ナーベはぺこりとお辞儀をし、そのまま部屋を出て行った。

 会長は彼女が出て行くのを見送ると、再び老眼鏡をかけなおし、書類に視線を落とした。



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