第12話 知識

「全員、カミキリバッタは知っているな?」


 会長は、会議室にいた全員に尋ねた。


 カミキリバッタ、通称“隔年バッタ”はこの世界に存在するバッタの一種だ。その生態は他のバッタに比べてかなり特殊である。


 まず彼らは産卵から孵化するのに数年を要するのだ。普通のバッタは、夏期に産卵され一ヶ月ほどで孵化する非休眠卵と、秋頃に産卵され、冬を越えて春に孵化する休眠卵の、2種類の卵を産むが、この隔年バッタにはそれも存在しない。


 そして何より特殊なのが、彼らは数年に一度一斉に孵化し、そして周辺に大きな蝗害を引き起こすと言うことなのだ。


 蝗害が特殊なのではない。それ自体は、他のバッタでも度々起こっている。

 特殊なのは、それが数年ごとに起こることなのである。


「フォートによると、それが来年間違いなく起こるらしい。しかも、例年に類を見ない規模でだ」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 会長の話に、ドラガは横やりを入れる。


「たしか、カミキリバッタによる蝗害は予測不可能のはずじゃなかったですか? なぜ彼はそれが来年起こると?」


 ドラガの言うとおり、隔年バッタの大量発生の時期は未だに予測が出来ていない。

 というのも、その発生時期を調べてみると、4年間隔で起きることもあれば2年間隔で起きることも、中には2年連続で起きたことさえある。


 そこに法則性を見つけることはいまだ出来ず、ただひたすら神に起きないことを祈るくらいしか方法がないというのが現状だ。


「言うまでもないだろう?フォートはその法則を見つけたんだ」


「・・・!」


 会議室にいた全員が、驚きを隠せなかった。


「まさか・・・ありえない!」


 そう声を上げたのは、見た目だけはその場の誰よりも若い、エルフの少女ミーナだった。彼女の中の、自然と共生して生きるエルフとしてのプライドが、彼女を黙らせていなかったのだ。


「私たちエルフでさえ知らないことをなぜ!?」


「詳しくはわからない。ただ、なんでもフォートの故郷にはこれに似た現象があったそうで、そのおかげで気がついたそうだ」


「その確実性はどのくらいですかの?」


 それまで、ただ話を聞くだけだった老人も、ようやく口を開いた。


「それについては、私にはわからない。ただすくなくとも、フォートはほぼ確実に起こると確信しているようだ」


「つまり、来年起こると言っておるのはその少年だけというわけですかの。少々、確実性に欠けると思いますな」


「私もそう思っていた。しかし、先日になって状況が大きく変わった」


「ダリア商会ですね?」


 ミザリナからの指摘に、会長は頷く。


「どういうことだ?」


 ドラガはミザリナにたずねた。


「最近、ドラガ商会が小麦や香辛料を買いあさっているのよ。ウチが仕入れていた先にも話が来てたから、何を企んでるのかと思ってたけど、どうやら連中も、どこで知ったのかはわからないけど、来年に蝗害が起きることを察知したみたいね」


「ミザリナの言うとおりだ。そのことから、まず間違いなく来年、蝗害が起きるだろうと判断して、いまフォートに小麦やら香辛料やらの日持ちするもの、日持ちさせるものを仕入れさせている。後れをとるわけにはいかない」


「では、我々もすぐにその手伝いを?」


「いや、今のところ気がついているのはウチとダリアだけのようだから、人員は増やさずこっそりと動いていきたい。ダリア以外の商会に気がつかれさえしなければ、少なくとも利益は出せるだろうからな。最悪、ダリアとはカルテルでも組めばいいだろう」


「わかりました。では、我々はいつも通りに働いて、他の商会に動きを察知されないようにすればいいんですね?」


 ドラガからの確認に、会長は頷いて答える。


「了解です。それじゃあ、この部屋を出たらこのことは忘れることにしましょう」


「おいおい、忘れるだって? そんなことが出来るなら、俺にも方法を教えて欲しいねドラガくん」


「それなら、仕事終わりに浴びるほど酒でも飲みましょうかゼータさん」


「そりゃあいい! 代金は商会でいいだろ。機密事項を忘れるという商会のための仕事をするんだからな」


「二人とも、そういう話は会議が終わってからにしなさい」


 ミザリナは二人にそう釘を刺した。


「別にいいじゃねえかお嬢。今話そうが後で話そうが同じだろう?」


「会議中だといってるんです」


 一触即発になったのを見て、会長は止めに入った。


「まあまあ、やめなさい。それなら、会議が終わったら久しぶりにここにいる全員で食事でもしようじゃないか。代金は私が払おう」


「お、さすが会長だ。太っ腹だな。まあ俺は、そういうことがしたくないから会長になりたくないんだけどな」


「相変わらずのようだな。まったく、これじゃあやはりお前よりも年の若いドラガに会長になってもらうしかなさそうだな」


「俺はそれでいいさ。お前はどうだドラガ? 俺の代わりに会長になるつもりはあるか?」


「もし、それが商会のためになるのなら」


 真剣な面持ちで、ドラガはそう答えた。それを見て、満足そうに会長は笑った。


「どうやら、我らが商会はまだまだ安泰のようだな。優秀な若い人材がそろっている。さて、この話はここまでにして、次の議題に移ろう。次は・・・」






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「僕の故郷には素数ゼミって言う蝉がいてね、それがすごく面白い性質を持ってるんだ」


「へえ、聞いたことがありませんね。どんな性質ですか?」


「簡単に言うと、13年とか17年とかいった周期で一斉に羽化するって言う性質なんだ」


「・・・それのどこが面白いんですか?」


「答えをいっちゃうと、この素数って言うのがキモで、数学的に考えて、この“素数の周期で羽化する”っていうのはかなり、生存戦略的に有利に働くと言われているんだ」


「・・・・・?」


「わかんない?例えばだけど、蝉に寄生して殺しちゃう虫が4年ごとに大量発生すると仮定してみようか。その場合、12年周期で羽化する蝉と13年周期で羽化する蝉、どっちがより生き残れると思う?」


「・・・あ」


「気がついた? そう、13年周期の方が生き残れる確率は高い。なぜなら、もし12年周期の蝉が一度でも寄生虫と一緒に大量発生しちゃったら、それ以後は常に一緒に大量発生することになる。でも、13年の蝉ならば、たとえ一回だけ同時に大量発生したとしても次に生まれてくるときにはかぶることはなく、次に重なるのは52年後だ。そして、これは寄生虫が大量に発生する年数がどんな場合であっても、素数で羽化する蝉が最も安全なんだよ。こんな風に、素数の周期で羽化することはかなり有利に働くんだ」


「でも、それでどうして来年、蝗害が起こるとわかったんですか?」


「うーん、ちょっと長くなるかもだけど大丈夫?」


「ええ。かまいませんよ。次の場所にはまだまだ時間がありますから」


 そう言って、会長の秘書であるナーベは、馬車の向かいに座るフォートに微笑んだ。


 二人は今、小麦といった、おそらく来年、蝗害によって高騰するであろうものを確保するために、各地を巡っている。フォート一人でも良かったのだが、何が必要になるかわからないと言う理由で、会長はナーべを、フォートのお供として同行させていた。



「まあ、僕が蝗害に目を向けたのは本当に偶然で、たまたま港に来ていた他国の商人から、彼の国で蝗害が起きて大変だって言う話を聞いたからなんだ。それで、“こっちではどうなんだろう”って思って調べてみたんだよ」


「急に“蝗害についての情報をくれ”なんて言われたときには驚きましたよ。でも、それで何で来年起きるなんてわかったんですか?今まで誰もわからなかったのに」


「そこで出てくるのが、さっきの素数ゼミの話なんだ。まず最初に、カミキリバッタが隔年で孵化すると言う話を聞いたときに、僕はおそらく素数周期で孵化するんだろうと予想したんだ。素数ゼミみたいにね。でも知っての通り、そんなことはなかった。彼らは不規則に孵化していたんだ。ここで僕にはある疑問が出来たんだ。“どうやって不規則に孵化しているのか?”とね」


「不規則に孵化するのに理由が必要なんですか?」


「もちろんさ。どんなものにも理由がある。特に、自然界では不規則なものほど不自然なものはない。ほとんど全てのものには、ちゃんとしたメカニズムがあるはずなんだ。だから、きっとバッタが孵化する時期が不規則なのにも何らかの理由があるはずだと考えた」


「それで、理由は何だったんですか?」


「簡単な話だったんだ。単純な話で、たんに“2種類のバッタ”がいたんだよ」


「2種類?」


「そう。つまり7年と11年、二種類の周期のバッタがいたんだよ。これに気がついたのは、今までの蝗害の発生年を並べていったときだ。大量発生が起きていたのは6年前、10年前、13年前、20年前、そして21年前だった。このときに気がついたんだ。もし仮に7年と11年、2種類の周期のバッタがいたとするとこれのつじつまがあうんじゃないかってことに。実際、これより前に遡ってみてもこの仮定は正しかった」


「なるほど・・・・・つまりそこから、来年に蝗害が起こると予想したわけですか」


「そう。そして今度起こるのは普通の蝗害じゃない。なんせ、77年に一度しか起きない、2種類のバッタの同時大量発生だ。どんな被害が出るのか想像もつかないよ」


「・・・すごいですね」


「蝗害が?」


「いえ、そうじゃなくて、ここまでのことに気づいた事がですよ」


「別にたいしたことないさ。僕はただ、素数ゼミという例を知っていただけなんだからね。それに、僕にだってわからないこともある。例えば、このバッタには2種類の周期があるっていったけど、少なくとも僕の知る限り、僕の故郷には同じ地域に2種類の周期の素数ゼミが共存している例は無かった。たぶん、こっちとあっちでは何かの条件が違うんだ。それが、今後に影響を与えないといいんだけどね」


「それでも・・すごいですよ。だって今までだーれもわからなかったことを、調べてすぐに解明したんですから!」


・・・ね」


 フォートは馬車の窓から外を見た。


「残念ながら、僕と同時期か、僕よりも早くにそれに気づいていた奴らがいるようだよ」


 窓の外を、ダリア商会の馬車が通り過ぎていった。

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