第11話 会議

 中にはすでに、数人が来ていた。


「やあやあ、未来の会長と、その奥さんになる予定の人じゃないか。ご一緒に入場とは、仲睦まじいことだねえ」


「まだ俺が会長になるなんて決まってないですよゼータさん」


「次にこいつの奥さんになるなんて言ったら、ぶっ殺すわよゼータ」


 室内にいた中年の男のへらず口に、二人はそう言い返した。ゼータと呼ばれた中年の男はヘラヘラと笑う。


「おーおー、怖いこって。こんなおっさんの言うことくらい、冗談で済ませてくれやお嬢」


「そんなんだから、会長になれないのよ」


「あのねえ、何度も言ってるけど、おっさんは“なれない”んじゃなくて“ならない”の」


 ゼータはドラガよりも商会にいた期間は長く、加えて能力もあるため、年功序列的に考えても、彼が先に会長になるはずだ。


 しかしゼータは日頃から、『会長なんて面倒な役職、死んでもやらねえよ』と公言していたため、商会のほとんど全員が次点のドラガが会長になるものと考えていた。


「もしあんたが会長になったら、私は絶対にあなたを暗殺するわ。セクハラ親父が上司なんて死んでもごめんよ」


「そりゃあ、いっそう会長になれねえな! わはははは!」


「ふぉっふぉ、なんともうるさい笑い声ですのお」


「おっと、じいさまを起こしちまったか。長話を始める前にまた眠ってくれや」


 ゼータは隣に座る、今部屋の中にいる中でも一番年を重ねている、長い白髭を生やした年寄りにそんな軽口を叩いた。


「こんなにうるさくては眠れぬだろうに若いの。そうそう、眠れぬと言えばのお、実は昨日仕事が終わって家に帰ったんじゃが、どうやっても眠れんで、仕方ないから羊を数えておったら孫がわしの部屋に来てのお・・・・」


「あーあ、始まっちまったよ長話が」


 ゼータはため息をついた。そのため息とほぼ同時に、扉を勢いよく開けて、小柄なエルフの少女が息を切らせながら部屋に飛び込んできた。


「お、遅れましたあ!」


「ミーちゃんじゃなあい! いいのよ遅れてもお! それにまだ遅れてないわよ!」


 飛び込んできた少女に、それまでとは打って変わって、なんとも間の抜けた声でミザリナは少女に抱きついた。


 頬ずりをしてくるミザリナになすすべもなく、ミーちゃんと呼ばれた少女はされるがままだった。ドラガはそんな二人をおいて、ゼータの隣に座った。


「相変わらず、彼女はミーナさんにぞっこんですね」


「母性本能でも刺激されてんじゃないか? 俺の女房も娘にはあんな感じだったぞ?」


「でもミーナさんって確か、かなりの年じゃなかったですか?」


「そうだな。そこの独り言をしてるじいさまの二倍は生きているな」


「それでも母性本能って刺激されるんですかねえ?」


「まあエルフにとっちゃ、100歳やそこらはまだまだ子供だからな。それに、結局大事なのは見た目だ」


「見た目が子供でも、自分より遙かに年上の相手にあんなことする気は、少なくとも俺には起きませんよ」


 そう言ってドラガは、頬ずりどころかほっぺにチューをし始めたミザリナを見た。ミーナはあからさまに嫌そうな顔をしている。


「わはははは、あれじゃあどっちがセクハラ親父かわかったもんじゃないな」


「・・・それでのお、孫にわし特製のベジタリアンスープを作ってあげてのお、気がついたら夜が明けておった。」


「おいおい、じいさんまだ話してたのかよ。まったく、これだから年寄りは。我々はこうはなりたくないもんだなあドラガくん?」


「失礼ですよゼータさん。年上の方には敬意を払うものですよ」


「ふぉっふぉ。若いのの言うとおりじゃぞゼータよ。若いと言えば、実はわしは若い頃・・・」


「まだ話すつもりかよじいさん。まったく、日が暮れちまうぜ・・・おっと?」


 ゼータは入り口が再び開くのに気がついた。そして、開いた入り口から会長が入ってきた。


「やあ諸君。遅れて済まない。仕事が長引いてな。さて悪いが、すぐに席に着いてくれたまえ。全員集まっているとこだし、早速会議を始めることにしよう」


「ん? ちょっと待てよ会長」


 会長に催促され、全員が席に着こうとしていたとき(そうはいっても、席に着いていなかったのはミザリナと彼女に拘束されていたミーナだけだったが)、ゼータはそれを遮った。


「全員じゃないだろ?まだ、新しく幹部になった奴が来てない。アンタの代わりに魔法部門の責任者になった奴だ。ええと、名前は確か・・・」


「フォートくんですね」


 隣のドラガは、ゼータにそう教えた。


「そうそう、フォート。そいつがまだ来てない」


「アイツは来ない」


 会長の思わぬ言葉に、その場の全員に驚きが走った。


「おいおい、確か今日の会議のメインはそいつからの議題だったはずだろう?なのに何でその本人が来ていないんだ?」


「実は今、フォートは“ある仕事”のために国中を走り回っていて、ここにはこれない。私が遅れたのも、あいつがいない間の仕事を代わっていたからだ」


「“ある仕事”?」


「ああ。今回の会議で、フォートが提案する予定だったんだが、事情が変わってすぐにでも実行しなきゃならなくなった。だから、会議での承認を後回しにして、すぐにでも動くように私が指示した」


「・・・勝手が過ぎるな」


 ゼータはこれまでに無いくらいに、真剣な面持ちになった。それと同時に、会場の空気は張り詰める。


「最近アンタ、そのフォートって奴に入れ込んでるみたいだな?」


「悪いか?」


「ああ。確かに、そのフォートって奴の手腕には目を見張るものがある。だから、そいつの意見を採用すること自体に文句はない。問題なのはアンタが、その意見を“他の誰にも”確認せずに実行しちまってるって事だ」


 ゼータの声が会議室に響く。その響きは、まるでその場にいる全員の体を芯から震わせるかのように、強い力を持っていた。


 もし、本人にその意思があったなら、次の会長はゼータであった。それを確信させるだけの威厳と力強さが感じられる。


「たしかにアンタは会長だ。でも、この商会の持ち主じゃない。あくまで、商会で一番偉いだけの、ただの一構成員だ。何かの決定をするときは、少なくとも俺たちの何人かには許可を求めるべきなんじゃないか?」


「・・・お前の言うことにも一理ある。だがもし仮に、私が“フォートを魔法道具部門の責任者にする”と事前に言っていたら、お前達はそれを許可したか?」


 おそらくしなかっただろうと、その場にいた全員が思った。


 フォートの能力を知った今ならば、その提案に反対する者など一人もいないだろうが、それを知る前に提案されていたならば、“元奴隷を責任者にするなどあり得ない”と一蹴にしていたことは疑いようがない。


「もし許可が下りていなかったら、未だに我らが商会は魔法道具部門においてダリア商会の二番手だったことは言うまでもないだろう?それでも、許可を取るべきだったと言うのか?」


「ああ、もちろんだ」


 会長からの反論へのゼータの反論に、さらに会場の空気は張り詰めた。


「どんな理由があろうと、報告・連絡・相談は組織の大原則だ。たとえ、今回は成功できても、次に何か問題が起きる可能性は十分にあるんだ。そして、それが商会を窮地に追い込む可能性もな」


「・・・つまり『俺たちへの報告を怠るな』と、そう言いたいわけだな」


「そうだ。極秘にしなきゃならない情報とかならともかく、少なくとも共有できることは共有するべきだ。そして、俺たちからの許可を得る努力もな。もし、許可が取れなかった上で、それでもアンタが『するべきだ』と判断したなら、その旨をアンタが俺たちに伝えて、その上で会長命令で実行するべきだ。それなら最悪、失敗したときに俺たちも何か対処できるかも知れない」


 しばらくの間、会長とゼータはお互いに黙って相手の顔を見ていた。その間、会場を沈黙が覆った。その沈黙を破ったのは会長だった。


「・・・そうだな。確かにここ最近、私の行動はいささか勝手すぎたかもしれん。これからは気をつけよう」


 会長からの謝罪に、論争の行く末を見守っていたドラガはほっと胸をなで下ろした。こんなふうにゼータと会長が言い合いを繰り広げるのはよくあることだった。


 時には言い合いが白熱しすぎて、殴り合いになったこともあったので、今回もそうはならないかとドラガは内心、ヒヤヒヤしていたのだ。


 そんなドラガの心配はよそに、ゼータからの意見を受け入れた会長は椅子に座り直して、全員に向き直った。


「さて、それではゼータくんから意見もあったことだし、早速情報を共有しようか。しかし、先に断っておくが、これは我が商会の利益に関わることであるので、一切の他言を禁止する。もし誰かに聞かれたとしても、決して言わないように。できることなら、ここで聞いたことは、ここを出たら忘れてくれ」


(そんな無茶な・・・)


 全員が心の中でそう思い、苦笑いした。


 しかし、会長はそれを冗談として言ったのではなく、本心からそう言っていたことに、誰も気がつかなかった。それほどに、会長がこの情報が外部に漏れることを恐れていることにも。

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