第六話 ドラゴンを処分する?
急いで城に向かうために、ノイマンは庭の隅にある馬小屋から自分の馬を引っ張ってきた。真っ白な鬣をした葦毛の美しい馬だった。
「あなたは馬には乗れますか?」
「いや……乗ったことない」
「じゃあ、私の後ろに」
先に馬に跨ったノイマンに引っ張り上げられるような形で、ノイマンの後ろに乗せられた。
「しっかり掴まっておいてくださいね」
「う、うん……」
ノイマンの腰に手を回して掴むと同時に、彼が馬腹を蹴ると馬は駆けだした。
馬に乗ったのなんて初めてだったけれど、想像以上に揺れる。振り落とされないようにノイマンの腰に掴まっているのが精いっぱいだった。
まだ日が昇りはじめたばかりだというのに、大通りにはもうかなりの人の往来がある。道の両側に露天や市なども出ていた。
その間をノイマンの馬は軽やかに駆け抜けていく。後ろを振り向くと、連絡を伝えにきた男も少し遅れて自分の馬でついてきているのが見えた。
この大通りを突き当たったところに城があるはずだ。しかし、城につく前に城内の異変は見て取れた。城壁の向こうで、何か小山のようなものが動いている。
(ドラゴンだ……)
佐久間が昨日あのドラゴンを見たときはおとなしく地面に伏せていた。それがいまは荒々しく立ち上がり、暴れているようだ。
城壁があるにもかかわらずドラゴンの身体の大部分が見えるのは、コウモリのような羽をはばたかせて浮かび上がっているせいらしい。
「ちょ、ちょっとどいてください! 急いでますので、お願いします!」
城を遠巻きに眺めるようにして、野次馬の人だかりがいくつもできていた。
そこを抜けてさらに城に近づこうとしたとき、浮かび上がったドラゴンがカッと口を大きく開いたように見えた。ドラゴンの口の中に真っ赤な火球が生まれる。
その火球をドラゴンは城内のどこかに向かって吹き飛ばした。爆音が轟き、着弾した場所から火柱が上がる。
「攻撃してんのか……!?」
「急ぎましょう」
ノイマンが強張った声でそう叫んだので、佐久間は頷く。二人の乗った馬は城門から城内へと駆け込むが、そこはまるで戦場のようだった。
ドラゴンの火球が着弾した跡だろう。地面のあちらこちらにクレーターができていた。
ドラゴンの周りにはたくさんの衛兵たちが集まり、なんとかドラゴンを押さえ込もうとロープを投げたり、弓で矢を射かけたりしているがあまり効果はないようだ。ドラゴンはロープをいとも簡単に引きちぎり、矢はその硬い鱗に跳ね返されていた。
ノイマンのところに、誰かが走り寄ってくる。レイアにアーデルベルト、それに昨日脚を刺されていたゼンという青年だった。
「ゼン、もういいんですか?」
「ああ。こんな事態に寝てる場合ちゃうやろ。んで、アレ、どないする? 上は、俺らの判断に任せるって言うてきとるけど」
「被害の状況は?」
「城内で五回、火球を吐いた。幸い、下層にあった建物の一部が崩れただけで城にはまだ火球は届いてないし、人的被害もいまんとこない」
(……これだけ派手に暴れてるから、てっきり怪我人とかいっぱい出てんのかと思ったけど)
ノイマンに続いて馬から下りながら、佐久間は少し安堵した。
そのとき、ドラゴンがもう一度火球を吐いた。着弾による振動が足元を揺らす。火球はたまたま付近に誰もいない地面に着弾し、そこの土をえぐって新たなクレーターを作った。
そうしている間にも、ノイマンとゼンの話し合いは続いている。
「どうする、ノイマン。処分するなら、俺らでやれってのが枢密院の見解や」
「そうですか。……仕方ありませんね」
ノイマンは強張った表情でドラゴンを見ると、大股で近づいていく。それにゼンたちも続く。佐久間も少し遅れて後についていった。
(なんだろう。この嫌な感じ。処分って言ってたか? それってつまり……)
ノイマンは、歩を進めながら小声で何かを呟き出した。抑揚のない言葉の繋がり。それは詠唱のようだった。
彼の口から流れ出る言葉に合わせるように、ノイマンの右手のひらに小さな台風のような空気の塊が生まれた。高速で渦を巻くそれは言葉を重ねるごとに大きさを増していく。ノイマンがドラゴンの前まで来たときには直径一メートルくらいの渦になっていた。
そのとき、ドラゴンが鳴いた。細かい振動が身体に伝わってくるような、高い「クー」という声だった。
ノイマンは、両手を上げる。その両手のひらの上には直径三メートルほどまでに成長した高速回転する空気の塊が乗っている。時折、その塊の周りに、放電するように黄金色の雷のようなものが走った。
あれでドラゴンを攻撃するつもりだということは佐久間にもわかった。隣にいるレイアも、何か唱えている。ゼンはどこかで拾った木切れのようなもので地面に何やら複雑な模様を描いていた。アーデルベルトは少し離れたところで杖を手に持ち、ドラゴンを静かに、しかしスキのない鋭い視線で見張っている。
統括徴税官詰所の面々は全員が臨戦態勢に入っていた。
(なんだろう。何かが違う気がする。何かを見落としてる気がする)
佐久間は胸に湧き起こる違和感の正体を探ろうと必死で考えを巡らせる。
頭の中が、すっと仕事をしているときのモードに切り替わった気がした。周りの状況が、人々の動きが、ドラゴンの様子が冷静に見えてくる。
こういう胸に何かがつかえたような気持ち悪さを感じるときは、何か大事なことを見過ごしているものだと自分の経験則が訴えてくる。
ふと、さっき聞いた『人的被害は、いまんとこない』というゼンの言葉を思い出した。
(なんで人的被害がまったくないんだ? こんなに派手にやられてんのに……)
佐久間の脳裏に一つの推測が浮かんだ。
そのとき、ドラゴンが身体を膨らませるようにしたあと、口をカッと開いた。その中で火球がメラメラと燃え盛っているのが見える。
ドラゴンが火球を口に挟んだままこちらを見た気がした。そして息を吸い込むように僅かに鼻先を上げ、まさに火球を放とうとしたちょうどそのとき。佐久間たちの背後、城門から馬に跨り甲冑の上に揃いの白いローブを身につけた騎士らしき人たちがなだれ込んできた。
マントには白地に赤字で揃いのデフォルメされた竜のような紋章が大きく描かれている。その中に一人だけ赤い生地に白字という色使いのマントをつけている騎士がいた。
運悪くドラゴンが火球を吐き出そうと顔を向けた場所に出くわしてしまった騎士たち。事態を見て取った数人の騎士が、赤いマントの騎士を守るように前へ出る。彼らは声を合わせて何かを詠唱しはじめた。おそらく、何らかの魔法のようなものを使って攻撃を妨ぐのだろう。
しかし、火球は騎士たちのところには届かなかった。
ドラゴンが咥えた火球を放とうとした寸前に、首を捻って強引に吐き出す方向を変えたからだ。火球は城の丘の真横を通り過ぎ、その背後にある森の一部を業火で削った。
その光景を見て、佐久間の中に生まれていたおぼろげな推測が確信に変わる。
(やっぱりだ……アイツは攻撃なんかしていない)
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