第5話

 黒装束の魔人の凶行が三件連続し、ついに新聞紙面を大きく賑わせることとなった。旧市街の有名店での犯行となれば当然だ。犯行の特異性も話題の拡散に拍車を掛けている。切り裂き魔の名前を与えられた魔人の話題は派手な尾ひれが追加され、街へと解き放たれた。

 三件目の犯行はポンテロッソ殺害の翌日のことだ。被害者はルーリー・ミュウーラーという名の資産家女性だ。銀行幹部であり先のローズの杖による倉庫放火事件でも一時名前が挙がった中の一人である。切り裂き魔に襲われた三人とも甲乙つけがたいうさん臭さを放つ人物のため、その関連も捜査の範疇に入っている。

 今回は旧市街の東方料理の名店での犯行とあって、先の二件と違い不幸な目撃者はたっぷりといる。突然、宙から湧いて出た魔人の禍々しい姿と被害者のひどい死にざまを目の当たりにして何人かの客が倒れ、一緒に病院へと運ばれた。善意から聴取応じてくれた目撃者の中でも、現場での出来事を思い起こし気分を悪くする者が出た。

 彼らの証言はポンテロッソの用心棒ピカタのそれとほぼ一致していた。現れたのは黒いぼろを着た痩身の人型の魔物、それらは魔人と呼ばれることが多い。手に持っていた武器もピカタの証言と同様にマクアフティルに似た黒い剣、新たな情報としてその剣には、のこぎりのように小さな歯が付いており、刀身の周囲を列をなし虫のように這い回っていたという。多数の刃が刀身に沿って周回するのこぎりと考えればよいようだ。それなら被害者たちの傷の酷さにも頷ける。それなら肉が弾け飛び、腹が裂けても仕方ない。

 目撃者たちの証言から現場の状況を組み立ててみると、まず黒の魔人はテーブルの席についたミュウラーの対面に現れた。魔人がテーブルを反対側に回り込む間に、彼女は立ち上がり同席者を置いてその場から逃走を図った。偶然、傍に居合わせた給仕の男性の後ろに隠れ、魔人の刃をやり過ごそうとする。しかし、素早く給仕は身をかわし、ミュウラーは激しく周回する刃を顔で受け胸を裂かれその場に仰向けに倒れた。魔人は痙攣するミュウーラーの胸に剣を突き立てとどめを刺し霧散した。同席した同業者には目もくれず、横から妨害をしようとした護衛の男を蹴りつけはしたがそれ以上手を出さなかった。壁に叩きつけられ気を失ったのが幸いしたのかもしれない。おそらく魔人は邪魔さえしなければ目標以外に興味はないのだろう。

 警備隊と共に共同捜査を展開する警備隊と特化隊は、情報を共有しつつそれぞれ関係者の事情聴取を行っていた。ビンチとフィックスが赴いたのはドンブザーズ病院だった。今回は何の障害もなく院内へ通された。裏口で対応したのは先日会った警備員で彼らの顔を覚えていたようだ。

 この病院に収容されたのはルーリー・ミューラーの護衛の男である。インヴァソ・ディレニョと名乗っている。ミュウラーと魔人の間に割って入ろうとしたが、胸に蹴りを入れられ背後へ飛ばされた。その折、壁に全身を打ち付け気を失ったことで難を逃れた。肋骨を含め他数か所骨折することになったが生き延びた。それからは眠ったままだったが数刻前に目を覚ましたらしい。

 病棟の二階へ上がると廊下には間隔を開け制服隊士が並び、教えられた病室の前には所轄のキャルキャ隊士が立っていた。いい目印となっている。ここで間違いない。彼はビンチとフィックスの姿に気づくと軽く頭を下げた。

「ご苦労様です」

「ディレニョという男はこの中かい」とフィックスが扉を指差す。

「何か喋ったか?」とビンチ。

「名前と店のおすすめ料理以外は聞き出せていません」

 キャルキャが話す情報は事前に聞いていた内容と変わりはない。病院では無理はできない。キャルキャは残念そうに首を振る。

「それなら俺たちに任せてくれ」

 ビンチはドアノブに手を掛け扉を開ける。

「人目があります。無理はしないようお願いします」とキャルキャ。

「俺たちも素人じゃない。安心してくれ」

 ビンチ、フィックスと並んで病室に入り、フィックスが後ろ手で扉を閉める。いつもの様式に則りディレニョに身分証を見せ自己紹介をする。

「インヴァソ・ディレニョだね」とフィックス。

「あぁ」

 簡素な病院の寝台に腰かけているのは細身で筋肉質の男である。薄い金色の短い髪に合わせたような薄い黄色の肌。粗末な寝間着を身に着け、なりは病人だが鋭いまなざしが曇ることはない。

「俺たちはあんたの雇い主だったルーリー・ミュウラーの殺害事件を追っている。あんたが目を覚ましたということでやって来た。俺たちにもいろいろと聞かせてもらえないか」とビンチ。

「外の隊士にもう十分話したはずだが」

 ディレニョはビンチを睨みつける。

「あぁ、俺たちも聞かせてもらった。それでミュウーラーを襲った魔人、あんたも目にした黒装束の魔物だが心当たりはないか」

「ふん、化け物に知り合いはおらんよ」

「奴を呼び出して使うような術師に心当たりはないか」

 ビンチの問いかけにディレニョのまぶたが僅かに上下した。脈ありか。

「ない」

「知っていることがあれば包み隠さず話してくれ。今ならまだ対処のしようもある」とフィックス。重々しくため息をつく。「警備隊なら知らぬ存ぜぬも通用するが、奴らは別だ」

「何のことだ」

「あんたがあの魔人に挑みかかった時のことをよく思い出してくれ。あんたは魔人の眼を見なかったか?目が合わなかったか?あんたが一瞬でも魔人と目を合わせていたとしたら……大事だ」

「あぁ、一大事だな……」ビンチが眉間にしわを寄せる。

 しばしの沈黙、無言で二人はディレニョを見つめる。

「何が一大事なんだ。話してくれよ」

 沈黙にたえられず、ディレニョは寝台から立ち上がり足を一歩踏み出した。いい感じに食いついて来た。

「あの手の魔物は自分の仕事を邪魔されるのをひどく嫌うんだ。あんた達だってそうだろ。邪魔をする奴はただじゃおかない。そうだろ……」

「奴にはもう四人が殺されている。最初は風俗店経営アウメンターレ・ロンゴと護衛ウノ・カウザの二人だ。狙いは恐らくロンゴだけだっただろうが、カウザは護衛だったために巻き込まれたに違いない。次に狙われたのは金貸しのトル・ポンテソット、彼にもポロ・ピカタという護衛がいたが現場となった部屋にいなかったため難を逃れた。四人目はあんたの雇用主ルーリー・ミュウラーだ。あんたもカウザ同様ミューラーを守ろうと奴に挑みかかった。あんたが殺されなかったのは途中で気を失ったからだろう。それで奴はあんたが死んだと思った。だからとどめは刺さず仕事だけ済ませて帰っていった。だが、あんたは無事に目を覚ました。殺したと思っていた奴が生きていた。それを知ったら魔人はどう思うだろうか。あんたもそんな話は聞いたことはないか。その先はどうなった」フィックスは口角を上げた。

 ディレニョは走り出したが三歩目で立ち止まった。

「落ち着け、足で逃げられる相手じゃない。奴は目の前に現れて仕事を済ませて消える。対処なしだ」

 ディレニョは歯を食いしばりフィックスを睨みつけた。

「そこで提案だ」ビンチの掲げた手元に大剣クルアーンが現れた。刀身に刻まれた文様がオレンジ色に輝き炎を噴き出す。ビンチは剣を宙でつかみ取った。

「俺たちの証人となるならお前を守ってやる。魔人はこいつで叩き切ってやろう。当然、ただじゃない。この場合の対価は情報だ。お前の知っていることを全部話せ」

 ビンチは剣を一振りし、ディレニョに切っ先を突きつけた。

「嫌だと言ったら……」

「それなら仕方ない。もう聞けることが無いなら解放しよう。ここから出て行くといい。お前に目を掛ける者はいない。それだけだ」とフィックス。

「どちらかを選んでくれ」

 ディレニョはしばらくオレンジ色の炎を眺めた後に無言で頭を縦に振った。

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