第4話

 身元不明遺体の窃盗犯と、三人を手に掛け目下逃走中の殺人犯のどちらに人員を割くか。下された判断に任された当人たちは不満ながら応じる他なかった。哀れな遺体の捜索は連続殺人犯の捜索に関連を与えない限り、アーランドとジェロダンだけに任されることになった。

「こちらも間違いなく殺しが絡んでいるんですよ」

 ジェロダンが詰め寄っても効果はなかった。彼女も署の内情を把握しているだけに「すまない」の言葉だけで引き下がるしかなかった。

 この二日間は家出人の届けが出ている人物の身内や関係者を訪ね回っている。少しずつ候補は減っているがその実感はない。失踪者の安否を気遣う家族や友人の元を訪れ事情を話す。そして、どちらの益にもならずその場を去る。こればかり続いては身体に堪えて仕方ない。

「最初に行方不明の魔導士の届けが二人分出ているって聞いた時は簡単に身元が割れるかと思ったのにな」とアーランド。

 二人は聞き込みを一件済ませた後、そばにあった公園で椅子に座り休憩中だ。屋台で買った茶の甘ったるさがアーランドには心地よい。

「お芝居じゃないんだからそんなに簡単に行くもんですか」

 彼らが名無しのジョー―身元不明者に与えられる名前だ―ために訪れた家庭は十軒を遥かに超えている。多いか少ないかはともかく一軒一軒が堪える。訪れた先の家族や関係者の心を激しく揺さぶった末に何ももたらされない。数日それが続いているのだ。

 茶の甘さの効き目はいいが、喉を通り過ぎればまたため息が出る。三回目のため息をついた時ジェロダンが表情を変え黙り込んだ。ため息が気に障ったかアーランドはと息を飲んだがそうではないようだ。視線はあさっての方向を向いている。イヤリングでアーランドが聞けない声を耳にしているようだ。強く結んだジェロダンの口角が次第に持ち上がっていく。

 ややあってアーランドに視線を向けた時にはジェロダンは軽く笑みを浮かべていた。 意味が分かるとアーランドも少し気分が良くなった。

「話が付いたのか」とアーランド。

「えぇ」

 ジョーはその身なりと所持品から見て、生前はそれなりに裕福な魔導師ではないかと推測された。そこでそれなりの身分を持つ失踪者の中に、彼がいないか方々を訪ね回っていた。幸か不幸かその中からジョーは見つからなかった。捜査が次第に行き詰まりにつれ、ジェロダンは捜索範囲を広げることを提案した。魔導士は帝国や他諸国に公認された術師ばかりではない。もぐりの拝み屋、呪い屋なども多くいる。帝国から公認を剥奪された術師からただの詐欺師まで豊富にいる。その中から最近姿を消した者がいないか探してみようというのだ。

 そんな帝都でさえ把握していなさそうな連中のことを、たったの二人で探すことが出来るのか怪しかったが、ジェロダンは策を思いついた。そんな連中と公認の術師に依頼のできない事情のある顧客を繋ぐ橋となっている業者がいる。今回はその一人から事情を聴く機会をジェロダンは取り付けた。元同僚などの知り合いを何人かを経由しての結果らしい。

「行くわよ」

 ジェロダンは手にした空のカップをアーランドに手渡し立ち上がった。それを受け取りアーランドは屋台へと向かう。彼が店主にカップを返し、振り向くとジェロダンは既に公園の外に向かい歩きだしていた。

「あぁ、どこに行くんだい」

 ジェロダンに追いつき声を掛ける。

「フィオリ通り二ノ五」

 アーランドの顔に困惑が広がる。

「遊びに行くんじゃないから落ち着いてね」

「わかってるよ」


 フィオリ通りはサリシュ通りと並ぶ歓楽街、どちらかと言えばよりアクが強い店が揃っているかもしれない。同姓ならわかるが、さすがに異性と連れ立って歩く場所ではない。女が先頭を切って歩き、その後ろを男が付き従う。その光景はさぞかし稀なことだろう。そのためか普段はしつこく付きまとう客引き達もジェロダンとアーランドの二人を黙って見送っていた。

 教えられた住所により導かれたのは通りから外れた路地の只中である。この辺りも商業地のはずだが、路地に並ぶ建物の戸口に看板が掛けられた店舗はまばらだ。奇妙な紋章が入っている扉が見受けられるが、必要とされる者にはそれで十分ということか。

 ジェロダンは「よろず相談所」と看板が掛った戸口の前で足を止め扉を三回叩いた。鍵が開く音が聞こえた。ジェロダンは静かに扉を押し開き中へと入る。アーランドもそれに続く。屋内へ入るとまず衝立が見えた。地味で少し古びているがしっかりとしている。署に置いてある物より上質に見える衝立を回り込む。向こう側は名士街の邸宅の客室となっていた。あまりの変化にアーランドは思わず振り返った。衝立の向こうに見えるのは貧相な壁だ。

「魔法なんて使ってませんよ。見たままです」眼前の椅子に腰を掛けた魔導士がアーランドに語り掛ける。

 魔導着は淡い光沢を帯びた滑らかな漆黒の生地、金糸で施された豪奢な翼竜の文様が胸元に入っている。

「やんごとなき方々が内密の相談を持ち込むための相談所よ」とジェロダン。

「なるほど、汚い場所ではおもてなしもできない。はったりも必要というわけか」

 アーランドもこういう相談所、探偵社があることは噂に聞いていた。だが、実際に目にすることは初めてだ。内装と衣装だけで大枚が飛んで行っているはずだ。それでも十分な見返りがあるということか。

「まぁ、そんなところですが力に関してははったりはありません。何か内密に解決したいことがあれば適切な魔導師を派遣します。ただし、それなりの料金は発生します。ご用件は何ですか?」

「わたしはシャーリー・ジェロダン、こちらはダニエル・アーランド。ニバメルの紹介でやって来たわ」身分証を提示する。

「ご苦労様です」魔導士は口角を上げた。「ご協力できる範囲でなら何なりと」

「数日前にね。港で他殺体が発見されて捜査をしているの。服装と所持品から魔導士と見ているんだけど、身元がはっきりしなくてこちらで何かわからないかと思ってお邪魔したの」

「そうでしたか」

「最近もめ事を起こしたり急に姿を消した知り合いはいないかしら」

「わかりませんね。一件断りの連絡が入りましたが、それはご自身で解決されたとのことでした。何か手掛かりになる情報はありますか」

 ジェロダンはジョーが所持していた漆黒の剣の特徴が描かれた図を魔導士に見せ彼の容姿と衣装の詳細を説明した。魔導士は俯き加減でジェロダンの話を聞き、渡された図を眺めている。顔の上半分が頭巾に隠れ表情は読み取りにくい。

 しばしの沈黙の後、魔導士は口を開いた。

「お聞きした特徴からするとアンディー・スニーフでしょうか」

「本当に……」

「剣を使う魔導士は多くないんですよ。棍棒、錫杖といった杖の類が主流です。中にはバグナウのような付け爪や、拳銃などの魔導士としては奇抜な武器を使う変わり者もいるようですが、あくまでそれは自衛のための武器です。スニーフは剣を媒体に魔人を召喚し使役する」

「魔人を使って何をするんだ」とアーランド。

「姿を見せて驚かす程度でしょうね。うちの顧客は上品な方ばかりです」

「その彼の消息はわかるかしら」

「十日間ほど前に顔を出したきり連絡は取っていません」

「その時には何か話したの」

「その時は専属先が決まるかもしれないと聞きました」

「あなたはどう言ったの」

「特に何も言える立場にはありません。また暇になれば戻ってきてくれと言い添えるだけです」

「どこに行けば会えるか。心当たりはある?」

「親じゃないんでわかりませんが、住所は教えます。これは無料です。後は御自分で何とかしてください」

 無料の書付と交換に痛い相談料が飛び立ち二人はよろず相談所を後にした。

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