第3話

ローズは病室備え付けの椅子に腰かけ、眠っているマルコ・パシコルスキーと手を繋いだ。目を閉じ動きを止める。


 彼女が次に目を開いた時にはポルティー、カッコそしてヴァルヤの姿があった。ささやかな祝宴当日の夜、居酒屋には鬼人の役を勝ち取ったパシコルスキーを祝うためにやって来た。だが、ポルティーとカッコは主賓のパシコルスキーそっちのけで飲んでいる。パシコルスキーは彼らが鬼人役の獲得を、我がことのように喜び浮かれ騒ぐ友人たちを嬉しそうに眺めている。ヴァルヤもそれを傍で眺めている。


 時は過ぎすっかり酔いが回り、足元のおぼつかない友人たちのためにパシコルスキーは馬車を呼ぶため通りに出た。パシコルスキーも素面ではない。酒の影響で視界の遠近感が狂い、筋肉の制御が乱れている。彼は四人乗りの馬車を捉まえ居酒屋へ案内し、御者に手伝ってもらい友人たちを客車に座らせた。その後、彼を下宿や宿舎に送り届けた。


 ポルティーとカッコを送りヴァルヤの家へ、彼女を抱きしめ頬に軽く口づけをする。馬車を降りたヴァルヤが戸口に到着するのを見届けると、パシコルスキーは自宅である三番街の下宿屋に馬車を向かわせた。ここまで彼に全く隠された闇は感じられない。 何も起こらない。


 下宿に戻り自室の床に散らばった封筒を拾い上げ、まとめてテーブルに置く。中の一つに目を止め顔をしかめる。彼はそれをあまりよく思っていないようだ。なぜかを問えば簡単に答えは返って来るだろうがまずは記憶を進めてみる。ランプとかまどに火を入れ、水が入ったやかんを火にかける。


 パシコルスキーはテーブルの木べらを取り上げ、尖った先端を使い開封する。取り出した手紙には鬼人エイハヴの役を降りろという内容が綴られている。身の危険を言及する内容は書かれてはいないが所謂脅迫状ととってもよいだろう。似たような内容の手紙は役の選考時からもう何通も届けられているようだ。封筒も毎回同じだ。パシコルスキー本人は内容については気に留めていない。この手の手紙に反応していてはきりがない。脅迫状をテーブルに置き、次を開封し中身を取り出す。取り出された紙を広げるとローズには見慣れた文様と書体の文字が描かれていた。なぜ、このような魔法文字がここに?その疑問が前に出て内容を読み取ることが後手に回った。


 紙面を一瞥するとパシコルスキーは脅迫状と重ねて縦に引き裂いた。ローズなら細かく破きごみ籠に捨てるが彼は焚き付けに使うつもりだ。縦長の紙が二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚、ここで彼の頭が揺れ、目前が闇に落ちた。記憶はここまでだ。ローズは彼の記憶を二通目を開封する辺りまで遡った。今回は封筒から紙を取り出したところで時間の流れを最大限に緩め紙面に書かれている内容を読み取った。これが原因だ。長く覚めることのない眠りへ誘う命令書だ。十分な耐性を持たない一般人がこれを目にすれば立ちどころに昏倒するだろう。倒れた時にどこにも体をぶつけず外傷がなかったことが幸運といえる。


 パシコルスキーから顔を上げたローズにいち早く反応したのはポルティーだった。


「何かわかりましたか?」興奮気味の声をローズに向かい発する。


「魔法による強制睡眠に陥っているようですね。昨夜お話していた時に出てきた呪われたお姫様、彼女と同じです。彼女は呪詛のかかった果物で眠らされた。彼は手紙の形で送られそれを目にして眠らされてしまった」


「誰がそんなことを!……それは直せるんですよね?」


「もちろんです。ですが、わたしより癒しの力を持つ御坊様が適任でしょう。ここは正教会に動いていただき、解呪とその後の処置をお願いすることがよいでしょう」


「ありがとうございます」


 ローズは便箋を召喚し、その場で正教会への依頼を紙面に書きつけた。同じく召喚した便箋に入れ、封をした後フレアに手渡した。


「あの方たちに任せればマルコさんは何の支障もなく目覚めることができるでしょう。そこであなた達にお願いがあります」


「何でしょうか?」


「絶対にマルコさんに呪いを掛けた犯人を自分たちで探そうとはしないでください」


「……はい」


「悔しい思いはわかりますが、あのような呪物を送り付けるような輩に関わると、何があるかわかりません。非常に危険です」



 パシコルスキーに何があったかを知ったポルティーの心中は、収まりの付かない葛藤があった。しかし、ローズの言葉に従い犯人捜しは手控えるつもりのようだ。そのためローズはポルティーに枝を忍ばせるのは控えておいた。


 


 ポルティーを家まで送るようにフレアに命じ、ローズは三番街にあるパシコルスキーの下宿へ向かった。パシコルスキー本人と友人たちの記憶によって下宿屋は苦労なく見つかった。この辺りでは定番の労働者向けの貸し部屋だ。


 玄関から屋内へ、夜中とあって寝静まっている。音を立てぬよう階段上り二階へ向かう。部屋の扉には当然ながら鍵が掛けられている。面倒だが仕方ない。窓は小さく出入りには適していない。


 部屋はきれいに片づけられているが三人は何も持ち出していないはずだ。何か残されていないかと周囲を見回す。暖炉の上に小綺麗な瓶が目についた。捩じられた紙切れが差し込まれている。瓶から紙切れを取り出しテーブルに広げる。捩じれを取り並べてみると正体がわかった。パシコルスキーが破った脅迫文と命令書だ。三人のうちの誰かが、内容を確かめず火口として瓶に入れたのだろう。混乱のうちにパシコルスキーの仕事を引き継いだわけだ。整えられた火口は高くつく、だから誰も手に入れた紙を取っておくのだ。それでよかった。内容に興味を持ち並べていたら二次被害が出ていたかもしれない。これらも正教会へ提供することにしよう。


 ローズが塔へ戻りややあってフレアが戻ってきた。夜間のため通報の書面は大聖堂の祭壇に置いて来たらしい。巡回の僧兵の手に渡った後、特別部が動き出すのに一日は掛からないだろう。


「夜が明けてからでいいからこれも正教会に届けておいて」こちらは先の封筒の倍の大きさがある。


「これも関係あるんですか?」


「呪物よ、命令書と脅迫状の実物が入ってる」


「脅迫状!そんな物まで……」


「何通も送られたうちの一通ね。他は焚き付けにされたでしょうね」


「病院ではそんなことは一言も言ってませんでしたよね」


「えぇ、そこまで彼に話したらまた三人で集まって、また何を始めるかわからないわ」


「それなら……」


「枝も入れたくなかったの」


「いつもわりと気軽に入れてませんか?」


「あの手の連中はいいの。後でどうなろうと知ったことじゃないわ」


「わりとひどいですね」フレアは大声を上げ笑った。


「あれ、脅迫状はどこにあったんですか。彼らが様子を見に行った時には何もなかったはずですよ。そんな存在しらなかったようだし、誰かが隠したんですか?」


「隠したのはマルコ自身、手伝ったのはあの三人ね」


「どういうことです?」


「マルコは脅迫状の事を全く相手にしていなくって、最新の一通以外はもう焚き付けにしてしまった。今回の脅迫状も命令書と一緒に細かく引き裂いた。そこで魔法が効いて昏倒した。様子を見に来た三人が眠り込んでいるマルコと散らばっている紙を発見した。倒れていたマルコは寝台に、部屋を片付ける過程で紙は誰かが捩じって瓶に詰めた。けど、そんな記憶はやった本人にもわからないほどの奥に沈んでいるでしょうね」


「そういうことですか」


「危ないところで二次被害は免れて、マルコの解呪も目途はついたけど送り主を探し出さないと今回の騒ぎ収まらないわ」


「郵便だと探りようがないですよ」


「正教会なら命令書のインクや紙、脅迫状の文面から絞り込めば疑いのある人物は両手の範囲まで減らせるはずよ」


 ローズはフレアが手にしている封筒を指差した。

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