第5話

 やるべきことがわかれば後は思いのほか事は効率よく進んだ。ファントマとユッカの保護の元、ヤンセン、トロイとトゥルネンが罠を作動させる。一階の端にある倉庫では、棚や壁に立てかけてあった鎌や鋤が暴れまわった。

 外に出て時トゥルネンの顔は青ざめていた。彼女はその中をこっそり調べるつもりで扉の前までやって来て二度阻まれていた。夕方はユッカに見つかり、ついさっきは扉に手を掛けた時、上階が騒がしくなりそちらを確かめることを優先した。


「あのまま中を一人で調べていたら……」


「血まみれになって床に転がってただろうね」ユッカはトゥルネンの言葉を受け継ぎ口角を上げた。


「わたしが一度ここに来た時にあなた、わたしを止めたわね。あなた知ってたの、この中の事?」


「知るもんか!わたしたちはここに着いてからずっと働いてたんだ。あんた達を出迎えて、邪魔にならないように見張って、料理を作ってもてなして、自分の仕事はほったらかしだったよ!」


「まぁ、そのおかげで生きてられたんだろうがね」とトロイ。


 三階の端の客間でまた椅子の背もたれに剣が刺さった後、階下から地響きのような物音が聞こえてきた。一同顔を見合わせ用心深く廊下へ出た。扉に貼られた紙には今までと同様の一文が書かれていた。


 すべての部屋は調べたはずだ。しかし、張り紙の要求は「次に向かえ」となっている。面倒くさくはあるが、今この屋敷を支配しているのは張り紙の主だ。まだ、先はあるファントマはさっきの物音を探ることを提案しそれは皆に受け入れられた。


 一階まで降りると食堂の扉に新しい紙が張り付けてあった。「終幕は間近だ。この部屋に入ってくれ」と書かれている。


「どうする?」とヤンセン。


「主の招きだ。断りようもないだろう」


 ファントマは取っ手に手を掛け扉を開けた。食堂内のテーブルと椅子は廊下側に片付けられ縦に広い空間が設けられている。対面の壁には漆黒の鎧を纏った武人が描かれた巨大な絵画が飾られている。食事の時には額はかかっていなかった。床には紙が落ちていた。「これだけ椅子があってそこに座るとはよくよく運の無い奴だ。次へ向かえ」と書かれている。


「あいつの分だな。どこに貼ってあった?」ヤンセンが指を指す。


「知らんよ。それどころじゃなかっただろ」トロイが紙を蹴り飛ばそうとしたが足をひっこめた。何が罠の引き金になっているかわからない。


 ほどなく、入り口傍の床が横一列赤く染まり明滅を始めた。赤い床はゆっくりと奥へと広がっていく。


「何が始まった?」とトロイ。


「余興かな。踏まない方がいいだろう」ファントマが応じる。


 赤い床に追い立てられ四人は奥へと進むが、前には額縁の中で剣呑な大剣を構えた武人がいる。この後の展開は容易に予想がつくため、あまり恐ろし気な絵画には近寄りたくはない。赤い床の進行が止まったのはそれが部屋の半分を占めてからだった。入口扉付近は元の色に戻ったが、それでも簡単に飛び越せる距離ではない。五人は赤い床の境界に立ち次に備えた。


 予想通り武人は絵の中から抜け出してきた。薄い煙が全身から立ち上っている。武人は絵から完全に抜け出すと、祈りを捧げるように顔前で大剣を構えた後横に一振りした。戦闘開始だ。


 トゥルネンが銃を取り出し迷わず全弾発砲した。全弾命中だが、武人は弾丸を体内に吸収しただけで、動きに変化はなく損傷を与えた様子はない。武人はトゥルネンに突進し彼女に向け大剣を振り下ろした。


 ファントマはアラサラウスの左袖で武人の両腕を絡め取り大剣の攻撃をそらせた。トゥルネンをかすめた大剣は床にぶち当たり木っ端を上げる。ファントマははそのまま武人に飛び掛かり。長剣と化した右袖で武人の両手を断ち落とした。しかし、両腕はまだ力強い。武人は腕だけで床に食い込んだ大剣を引き抜き、絡みついた袖を振りほどき、元通り二の腕と接合した。


 ただ、剣の腕前となると広間に置かれた鎧と変わらない。目についた相手に向かって見境なしに大剣を振り回すだけだ。だが、あの鎧たちと同様のことをこの仕切られた狭い空間でやられてはたまらない。いずれ避けきれず誰かが刃に倒されるか、誤って赤い床に足を踏み入れることになる。


 危険で目障りな動きを繰り返す武人に十数本の銛が撃ち込まれた。それはポロパイネンが分割したアラサラウスの裾と袖である。銛の大半は武人を貫通した後、床に刺さり武人をその場に止め付けた両腕を拘束した。残り数本で武人の体内を探る。たとえ修復自在の魔物であっても急所があるはずだ。所謂、核と言われる体を制御する重要な部位だ。だが、この絵から抜け出した武人からはその手ごたえがなく見つからない。無いならどこにあるのか?


「ユッカ、少しの間でいい。こいつを床に縛り付けてくれないか」とファントマ。


「出来るのは本当に少しの間だよ」ユッカは手のひらを床に短い呪文を詠唱した。


 床に一瞬魔法陣が浮かび、武人が大人しくなった。制御するユッカは必死の形相である。


「ありがたい」


 ファントマは銛の一本を床から引き抜き、武人がいなくなった絵画に突き立てた。武人の痙攣がアラサラウスに伝わってきた。ユッカが笑みを浮かべる。


「当たりだ」


 銛が床から引き抜かれ絵に向かった。これは抜け殻ではない。こちらが本体なのだ。銛が画面を突き刺し、千々に引き裂いていく。断末魔の痙攣の末、武人は動きを止めた。力を失っても、まだ立ったままでいるのはアラサラウスが支えているからだ。武人はそのまま黒い靄になって消えた。


「終わったか?」ヤンセンが周囲を伺いながら呟く。


 それならいいのだがまだ油断はできない。当の本人も気は緩めてはいない。絵の武人は倒したものの赤い床はまだ元に戻らない。 煽り文句が書かれた紙も現れない。

 外の廊下で物音がした。複数の人が立てる足音だ。ファントマは前に出そうになったトロイとヤンセンを手振りで押さえた。ほどなく扉が開かれ、武装した集団が駆け込んできた。集団は部屋の端に散開し、反対側にいる見据えた。銃を所持した二人ががこちらに狙いを付ける。最後に男が入ってきた。立ち止まりゆっくりと拍手とする。その男は既に彼らが見知った顔をしていた。


「ポロパイネン?」とヤンセン。


 こちらの四人が二人のポロパイネンを見比べる。


「あっちが本物のポロパイネンだ」こちらのポロパイネンが告げる。「そして、この騒ぎの張本人だろ?教えてくれ。なぜこんなことをした」


「もう皆、それは知っているはずだ。宝探しさ。もう、ここがアネット・オリゾンの住処だったことは知っているだろう。そこの俺に化けているファントマから聞いているはずだ」本物のポロパイネンが応じる。


「確かにそうだけど、……なぜそれを……」とトゥルネン。


「……ビスケスから贈り物、そうか。あのイヤリングは通信石か」ファントマがトゥルネンに目をやる。


「察しがいいな、ファントマ。ビスケスが彼女に送ったイヤリングについている石は通信石だ」


「こっちの動きは筒抜けだった」


「その通り」


 トゥルネンはイヤリングを付けたままの耳を手で押さえた。


「お前たちはよく働いてくれた。この屋敷は長い間誰も入ることもできなかったんだ。やっとの思いでオリゾンの遺言書を手に入れた。そこには書いてあった美術品相続の条件というのが、屋敷に仕掛けてある罠を全て解くことだった」


「それで俺たちを騙してここに送り込んだということか?」


「そうだ。一計を案じてビスケスなる人物を作り出し、お前たちに罠を解かせるためにここに送り込んだ」


「なぜ事前に知らせなかった!」


 トロイの怒声に反応し銃口が彼に集中する。ファントマが手で制止をし、後をヤンセンとユッカが引き継ぐ。


「美術品を一人占めにしたかったか。そうだな」


「ふん、何とでも言え」


「ポロパイネン、君とは今後もよい取引を続けて行けると思っていたが、これで終わりになるのか……悲しい事だ」ファントマは悲し気に呟いた。


 アラサラウスの袖が伸び銃手の二人をからめとった。彼らが慌てて発砲したが、弾丸は天井を穿ち木っ端を降らせただけだった。赤い床に引き込まれようやく拘束を解かれたが、もはや指一本動かせなかった。残りの三人も速やかに床に引き込まれた。先の銃手たちは乳白色に代わりつつある。床の罠は石化のようだ。


 一人逃げようとした本物のポロパイネンも絡めとられた。


「安心してくれ」とポロパイネン。


 本物が安堵の表情を浮かべた。ポロパイネンが頷きかけ笑みが広がる。


「俺はトーマス・ポロパイネンの役は投げ出さない。安心して眠りについてくれ」


 赤い床に引きずり込まれた本物は驚愕の表情を浮かべ固まった。本物が完全に石化すると、その顔を覆うように紙切れが現れた。




 よくぞ最後までやり遂げた。好きな物を持っていくがいい。すまないが、屋敷の片付けをよろしく頼む。




 周囲の壁に美術品が姿を始めた。食堂の家具が消え失せ、壁に絵画が現れ、彫像が湧く。全く別の部屋になっていく。天井からも音が聞こえる。他でも美術品か出現しているのだろう。


「これがオリゾンの収蔵品か」とヤンセン。


「この部屋だけ分だけで簡単に屋敷が買えそうだ」トロイが笑みを浮かべる。


「だが、命を懸けるようなもんじゃない」


「術者の力試し意図もあったんだろうね。宮廷魔導士様は自分のお眼鏡にかなう力を持つ者に宝を授けよう考えたんだろうね」とユッカ。


「それってかなり力が必要よね?」


「もちろんさ。今回はこの人がいてくれて助かったよ」ユッカはファントマに目をやった。

「あの男は」彫像となった本物のポロパイネンを指差す。「彼を、ファントマをただの変装名人ぐらいにしか思っていなかったようだがね。馬鹿なやつさ」


「俺はかまわんよ。むしろ。その方が仕事がやりやすい」

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