第5話

ベンソンの手元から拳銃が消え失せた。


「おもちゃが通用しないようなら俺もとっておきを出すとしよう」


 ベンソンは仮面を被るように右手を顔に当てた。こめかみから顎まで撫でるように手を降ろす。顔は漆黒の仮面に覆われ瞳は真紅の輝きを帯びる。魔導士のローブは言うの及ばず全身のあらゆる部位から黒い靄が噴き出す。背中に骨ばった翼が生え左右に展開する。ベンソンが右手を振ると手元に漆黒の大太刀が具現化した。彼はそれを宙でつかみ取る。


「人のままでは勝てそうにない。仲魔に手を貸してもらうことにする」


 通常はベンソンが妖魔に乗り操るのだが、今回はベンソンが乗せている。もちろんは難易度は段違いとなる。


 ベンソンはマザキの間合いに踏み込み袈裟懸けに大太刀を振り下ろした。手ごたえはなく消え失せたマザキはすぐ隣に姿を現す。そこに逆袈裟の斬撃を食らわせるがそれも空振りに終わる。


「助っ人の手を借りてもその程度か」


 今度はマザキが踏み込みの下段からの大太刀の一撃がベンソンをかすめる。黒い靄が血飛沫のように舞い散る。背の翼が勢いよく伸び床を打ち付ける。その反発力をベンソンは後方へ飛びのき次の斬撃を交わした。着地と当時にベンソンは切っ先で突きを入れる。漆黒の大太刀は激しく伸縮し幾度にも渡りマザキを突き立てるが着弾はない。


 似たような立ち合いが幾たびも続く。


 一撃が決まれば勝負がつくことはお互いわかっている。それが容易ではないことも。速さで分があるマザキだが、斬撃を紙一重で交わすベンソンの扱いに苦慮をした。背中から生えた翼を手足のように使い行動範囲を大きく広げている。


「ちょろちょろと面倒な!」


 マザキはベンソンの側面に回り込み右の翼を断ち落とした。


 ベンソンは残った翼で横っ飛びに退避しつつ、マザキの胸に向かい突きを数度入れた。今回は十分に手ごたえがあった。足で後方に退き次の攻撃に備える。しかし、それ以降マザキが動くことはなかった。顔面を驚愕で固め仰向けに倒れた。右足首には自らが断ち切った漆黒の翼が巻き付いていた。斬られた根元は床に食いついていた。それが彼の動きを阻害したのだ。


「あんた強ぇな……」ベンソンは大きく息をついた。




 初弾を阻まれたマザトは至近距離で光弾を発砲した。コールドは素早くソウリュウの幅広い刃で跳ね抱えした。金属弾の場合はこれで終わりだが魔法の光弾ではそうはいかない。一度逸れても旋回し戻ってくる。速度に於いては拳銃弾に劣るが追尾機能は侮れない。


 コールドは光弾に追われるうちに搬入口から外へ足を踏み出した。市場のはずれとあっても人通りはある。そこに巨大な鉈を手にした男が現れたため通行人が悲鳴を上げた。かわした光弾が通路を行く荷車に積まれた野菜に着弾した。魔法を受けた野菜が派手に爆発する。光弾は消えたが騒ぎは加速する。


 マザトはかまわず次弾を発砲した。横に並んだ五つの光弾が迫る。三つは避け二つは刀身で跳ね返した。二つに分かれた軌道がコールドの前で合流する。縦に並んだ第三波が発生しコールドへ向かう。避けて弾いて光弾をかわすのは良いが軌道が分かれ回避行動が複雑化する。一度すべて消して初期化する必要がある。ならばどうするか。


 コールドはマザトに全速で向かって突進した。彼女と衝突する寸前で回避し背後に回り込む。コールドを追尾目標に設定された光弾はマザトに向かう。ならば、彼女は光弾を消すか、止めざるをえなくなるはずだ。しかし、予想は違った十字光弾はマザトを貫きコールドに一直線で向かってくる。マザトは視線を右に向け姿を消した。同時に舌打ちが聞こえた。幻影だ、彼女はいつの間にか幻影を設置し、入れ替わり自分は隠れて光弾を維持していたのだ。


 光弾はまだコールドを追い続けている。それならマザトはまだ動かず維持のためその場にとどまっているはずだ。コールドは光弾を避けつつ、消える間際の視線と舌打ちから一を推察した。


 床に背のイデトを置き、右脛の短剣スティンコ抜く。そして見当を付けた位置に短剣を投げた。何もないはずの宙で短剣は止まった。同時にすべての光弾が動きを止めた。コールドはもう一本のスティンコを引き抜き、反対側から宙に浮かぶ短剣めがけて投げつけた。宙でニ本の短剣の刃先が衝突し軽く稲光が発生した。


 光弾が消え、マザトが姿を現した。胸と背中には一対の短剣が刺さっている。マザトは糸が切れた人形のようにその場に力なく崩れた。


 少し離れた場所にはいつもの姿のベンソンが立っていた。


「そっちも終わったか」


「あぁ……」


「後を追うとしようか」



 市場の通りに出現した礼服の集団はその場に居合わせた人々の注目を集めた。集団は特に何も声を挙げるわけでもなくただ、静かに通りを歩いていく。


 豪華な礼服を身に着けた集団が、なぜ庶民の市場の歩いているのかと疑問を持つ者はいた。今日は婚礼の日を市中でも盛り上げるためやって来たのではないか。ではなぜ、彼らは摂政家ではなく王家の紋章を背負っているのか。先頭と行く若い男などは国王陛下そのものではないか。無言で道を行く集団を眺めつつ、彼らは好き勝手なことを語りあった。


 その中に警察兵も混じっていた。彼らにしてもこのような催しは聞いておらず、対処に困り 質問を受けても愛想笑いを浮かべるしかすべはなかった。


 ここまではアレキシたちの行動を知るのはまだ限られた数に留まっていた。状況が変わるのは大通りに出たからのことである。大通りに入ってすぐに先頭にいたアレキシの前に一人の老人が飛び込んできた。目に怒りをほとばしらせ口元からは歯がむき出しになっている。一団は動きを止めた。


「ご老人何か用かな?」


 前に出ようとしたジェイソンを手で押さえる。


「あんた、何のつもりか知らんがその着物はこんな場所を歩くための物じゃないんだぞ」老人の大声に辺りを取り巻く見物人の注目が集まる。


「厳かな場所のみで使われるものなんだ。それにその背中の御紋、それを背負えるのは王家の方々だけだ。一体何のつもりだ」


「確かにこの装束の使い方は俺の考えが至らなかったようだ。すまなかった。だが、紋章に関しては俺はこれ以外を背負うことができないのだ」


 アレキシは老人の瞳を見つめ笑いかけた。老人から怒りが解け落ち、驚きが噴き出してきた。


「まさか……そのお顔、アレキシ様?」


「いかにも、俺がアレキシだ。長い間留守にしてすまなかった。この戯事については許して欲しい」


「お帰りなさいませ、アレキシ陛下!」老人は跪き頭を下げた。


 二人のやり取り見ていた者たちが膝をつき始める 。


「皆の者立ち上がり楽にしてくれ。皆もこのプチュミ七世アレキシ・ライトの帰還が遅れたこと許してもらいたい」


 アレキシが軽く頭を下げた。ざわめきが起こるが批難の声はない。帰還を喜ぶ歓声ばかりである。アレキシはざわめきが段落したころ口を開いた。


「ついては皆に頼みがある」アレキシは一息ついた。「この折に俺が帰還したのは今日王宮で行われる挙式に参加するためなのだ。どうだろう皆も俺の後について同行してくれまいか。婚儀を見守り盛り上げてほしいのだ」


 周囲より大歓声が上がった。




 市中大通りでの国王アレキシ・ライト出現の報はイァカミ伯爵の元にすぐさま伝わった。それは送り込んだ刺客が敗れたことを意味したが、それより伯爵が驚いたのはどのような手段を使ったのか何千という庶民と共に挙式会場である大聖堂の乗り込んできたことである。


 群衆と共に礼服姿で現れたアレキシに大聖堂内は水を打ったように静まり返った。式はちょうどラカミとヤスミンが入場を終えたところだった。アレキシはゆっくりと司教の前に立つ二人の傍にやって来た。彼はまず身分を明かし挙式への遅刻を詫びた。そして、花嫁介添え役のラカミ卿に礼を言いその場から下がらせた。ラカミ卿はアレキシの側近に付き添われ静かに大聖堂から去っていった。


 次に伯爵の元にアレキシは足を運んだ。微笑みを浮かべ摂政としての今までの労をねぎらった。そして、伯爵の功績を称える演説をした後、その場で摂政の任を解き伯爵に隠居を勧めた。その意味が理解できた伯爵はその場に膝をついた。それを挙式準備による心労と捉えた者も多いだろう。伯爵も大聖堂から退席することとなったが、彼は終わりではない、むしろ破滅の始まりだ。 それは神でなくとも容易に想像がついた。伯爵はせめて息子は無事であることを祈った。




 コールドとベンソンの二人組はアレキシ、ヤスミンの婚礼を祝う花火が上がる中で、街を逃げ回る羽目となっていた。将官の兵装を身に着けた三人が倒れている倉庫で、コールドは武器を振り回しているのを見られている。駆けつけた警察兵にはそれだけで十分に不審人物である。表通りからアレキシ様万歳の声が何度か聞こえたことから作戦は成功したと二人は確信している。 


「俺たちはどうしていつもこうなるんだ」コールドが呟く。


「神様にでも聞いてみな」とベンソン。


「知り合いに居ねぇよ。おすすめはいるか?」


「誰も忙しくて、ろくに話を聞いてくれないのは確かだ」


「じゃぁ、やっぱり自分で何とかするしかないな」


 逃げるは南の森か北の森か。今のところはわからないがとりあえずまだ駆け足を緩めることは出来そうにない。 

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