第4話

 再びコールド達は元の牢に閉じ込められることとなった。前回の騒ぎをふまえ、扉は何本もの鎖で縛られ見張りは常時彼らの目の前に置かれることとなった。小柄は取り上げられ全員が魔法防御仕様らしき面具を被っている。


 夜中に暴れ、眠る暇もなく朝が訪れ一刻ほどして牢の前に三人組が現れた。用心棒感丸出しの屈強な男二人と彼らに挟まれるように一回り小さな優男がいる。黒く長い髪を後ろで纏めている。街に居れば商家の坊ちゃんで通りそうだ。ここで見た誰よりも若く見える。三人とも揃いの深緑の革鎧を身に着けているが明らかに身分に違いがあるようだ。見張りは三人の登場に驚き一時硬直したがすぐに優男に向かい頭を下げた。彼は鷹揚に頷き牢内に目をやった。眼差しは思いのほか鋭い。


 優男は牢の前で腰に差していた刀を抜きその場に胡坐をかき座り込んだ。何が起こるのかと寝転んでいたコールドは体を起こし、ベンソンはフードを外した。


 刀をすぐ脇に置き男は口角を上げる。彼が刀を石の床に置いた折、赤黒い靄が噴き出し手に一瞬まとわりつき消えた。


「あいつ、護衛がついてるがあの中で一番腕が立ちそうだぞ」ベンソンの頭蓋にコールドの声が響いた。


「あぁ、この中で一番腕が立つ。そしておそらく一番大事な存在だ」


 男はしばしの沈黙の後口を開いた。


「妙な二人組を捕らえたと聞いていたが、確かにそのようだな。お前たち何者か聞かせてくれないか」


「ただの旅人だよ。お仲間にも話したはずだ」 とベンソン。


「牢番を簡単に眠らせ、刀で殴れば刀の方が折れそうな閂を小柄一本で破壊する。不審者を発見すれば躊躇なく打ち倒す」


「それは俺もこいつも訓練を受けて、修行を積んで身に着けた力に過ぎないんだよ」コールドは男に静かに語りかけた。「俺たちは一所に留まらず旅を続けてる。俺たちがここへ来たのはただ迷い込んだだけだ。あんた達に危害を加えるつもりはない」


「それなら昨夜の行為はどう弁明する」


「あんたたちがここを引き払うようなんで、俺たちも出ていくことにした。俺の武器まで持っていかれると困るんでね」


「なるほど、そういうことか。先にお互い少しは話し合うべきだったな。お前たちの目や耳は顔以外にもついているようだな、確かに俺たちはここから出ていくつもりだ。お前たちは置いていくつもりだ。預かっている武器も同じく置いていく。こちらではお前たちに害はないと判断していた。俺たちが出て行く時に武器は返すつもりでいた。それで自力で抜け出せるだろう思ってな」


「つまり、俺たちのような二人組を忙しい中で不用意に近くをうろつかせたくないか」

「悪いが、そういうことだ」


「これでも波風立てないようにやってるつもりなんだぜ。騒ぎの方から近づいてくるんだよ。今回は金まで持ってやって来た」コールドが芝居がかった手振りで頭を抱える。


「服装から変えた方がいいんじゃないのか」


「それはわかってるが、そんな見るからにあぶねぇ刀を持った奴に言われたかねぇよ」


「同類ということかそれは面白い」


 男は大声を上げて笑った。


「同類扱いはありがたいが、ここに俺たちが置いていかれるのは変わらないんだよな」とベンソン。


「残念だが変えられない。だが、夜までも待つ必要もない。まもなく俺たちはお前たちを置いてここを出て行く。その時に武器は返そう後は勝手に出て行ってくれ。鎖も減らしておく」


「ありがたいね」


「あんた達、また別の場所に籠って逃亡生活を続けるつもりか?様子から見て何かやらかしたわけでもないだろ」 とベンソン。


「ここまで逃げてきたのは俺が不甲斐ないせいだよ」男は軽くため息をついた。


「若!」護衛の一人が声を上げる。他の者も困惑顔である。


「本来皆を守るはずだった俺が、こいつを真面に扱えないばかりに逃げ出さざるをえなくなった」彼は脇に置いていた刀を取り上げた。「俺が国にいないうちに両親が死んで大混乱だ。所謂お家騒動というやつだ。叔父の一派に命を狙われここまで逃げてきた。こいつらは親父を慕っていた。それで俺を助けてくれた。他の奴らも全部そうだ」


「まだ逃げるのか」ベンソンの言葉に 周囲に緊張が走る。


「いや、国へ戻り打って出るつもりだ」


 男が笑みを浮かべる。


「その刀が扱えるようなら潮時だ」


「頑張ってくれ。こっちはソウリュウさえ返ってくれば文句はない」


「それは俺の名で保証しよう。俺はアレキシ・ライト、何かあればこの名を追うといい」


 ライトは刀をつかみ取りその場から立ち上がった。 ライトが見張り達に労いと別れの言葉をかける。よくある社交辞令だ。それをコールドはまた寝転び眺めていると、耳障りな鐘が鳴り始めた。ライト達の耳にも入り立ち止まる。


「侵入者か。よりによってこんな時に」ライトが呟く。


「昨夜のような連中なら俺たちが追い払ってやるぞ」コールドの言葉にライトが振り返った。


「出て行く準備はできてるんだろ。俺たちが相手している間に黙って出て行くといい。罠に掛ったのが動物なら予定通り最後までいて鍵閉めて出て行くよ」




 ややあって濃緑の集団が牢前に現れた。最初に森で会った禿げ頭の男を筆頭にした男女だ。扉に巻かれた鎖を速やかに解いていく。


「出てきてくれ。もう知っているとは思うが、武器を置いてある場所に案内する」


 二人は外に出て男達に囲まれ通路を歩いた。通路を出た広場はごった返し、ライトはその只中にいた。仲間たちは装備を整え、各自荷物を持ち洞窟の奥へと向かっていく。彼はそれを眺め、時に指示を出している。コールド達に気が付くとライトは片手を上げ手招きをした。


「残念ながら警報は鹿の群れではなかった。現在この洞窟は敵勢に囲まれている。いつ入ってきてもおかしくない状態だ。俺たちは前倒しでここから出て行く。お前たちも好きにしてくれ」


「他に出口があるわけだな」ベンソンは人の流れを眺めた。


「奥の水源から外に出られるようになっている。ただ、簡単にというわけではない」


「それならやはり時間稼ぎが必要だな。表の様子は俺が見に行く。コールド、お前はここを頼む。昨夜のこともある。奴らどこからでも入って来る、用心しろよ」ベンソンは手ぶらのコールドに目をやった。


「お前が決めんのか。まぁ、任しとけ」


「おい、一人で行くつもりか。ここと変わらん人数が潜んでいる可能性もあるんだぞ」


「あいつの武器は拳銃だけじゃない。隠れてる仲間がたっぷりいる。俺たちがなぜかいろいろと知っていたことからもわかるだろ。奴らをいくらか減らしたら勝手に逃げるだろうから、あんたらはそれまでに距離を稼いでるといい」

 コールドが笑って請け合う。


「あんた達が使っている緑の面に予備があったら貸してくれないか。逃げる時に役立ちそうだ」


「これを使え」ライトは腰から面を外しベンソンに渡した「……無理はするな」


 面を受け取り目の上に巻きフードを被る。


「コールドほどじゃないが俺も逃げ足には自信がある」


 ベンソンに入り口までは同行者がいたが、彼は入り口の見張りと共に奥へと引き上げていった。これから先は誰もいない。偽装が施された入り口を出て薄暗い森を眺める。森は面の作用で暖かな光にあふれた朝のように明るい。そして、その中に幾つもの人の影が浮かんで見える。これなら彼らは自分たちを容易に発見できただろうとベンソンは思い至った。木陰に茂みの向こう側に軽く二十人はいそうだ。幸いまだ待機中だ。


 ベンソンは銃鞘から拳銃を素早く引き抜き発砲した。右手に見える大木の幹で木っ端が散り、草むらが音を立て、小枝が折れて地上に落ちた。どれも僅かに狙いは外してある。けが人は出ていない。


「取引がある。誰か話ができる者はいないか。やみくもに戦わず話し合おう」ベンソンは正面の木立に向かい呼びかけた。


「取引ならこちらから出そう」ややあって男の声が聞こえた。姿はないが左手の大木の裏あたりか。「謀反人アレキシ・ライトを連れてこい。奴を差し出せば他の者の命は助けてやろう」

 彼らがライトを追っているのは間違いないようだ。


「いい話だが、こっちはもっと魅力的だぞ。このまま来た道を引き返せ、ここから引き返すなら何の危害も加えない。黙って国に帰るといい。東に行くのもいいだろう。オキシデン、リヴァ・デルメル悪くない街だ」


「我々がなぜ逃げねばならん。誰が我々に危害を加えるというのだ」


「俺だよ」

 

 ベンソンの声に樹上で笑い声が聞こえた。


「もちろんこちらも対等になるように頭数は揃えさせてもらう」


 左手を上げベンソンは指を鳴らした。乾いた音が森にこだまする。音を合図に足元の下生え、幹の中央などに黒い渦が現れ、そこから湧き出したのは靄でできた骸骨。せわしなく動く下顎には猛獣のような牙が並んでいる。亡者という形容がぴったりと来るだろう。


 亡者はまず間近にいた追手に襲い掛かった。草むらに飛び込み、木に這いあがり物陰に回り込む。隠れ場所を追われた者たちが外にわっと飛び出し、一瞬間を置き捕まった仲間の元に駆け戻る。亡者自体は大して強いわけではない。武器があれば二、三撃で消滅する。問題は渦の方だ。そこからいくらでも亡者は湧いて出る。樹上で追いつめられた追手が下に落ち、新しく現れた渦に引き込まれた。


「慌てるな、あいつが元凶だ。あいつを倒せ」話ができる男が大木の影から姿を現した。


 男が叫ぶが仲間たちは文字通りの阿鼻叫喚となり、誰も声は聞いていない。


「それができれば世話はないってな」ベンソンが男を指差した。男の足元に複数の渦が発生し何対もの靄の腕が現れた。靄の骸骨は男に這い上り渦へ引きずり込んだ。


 さほど時を置かず、増えに増え亡者たちは追手たちを追いつめ彼らを取り囲んでいる。人数も半分ほどに減っている。


「まだやるか」


 弓手が果敢にもベンソンに弓を引こうとした。しかし、間に合わず足元に現れた渦に落ちた。


「逃げるに逃げられないならあいつらはいなかったことにすればどうだ。頭や他の奴は道中で遭った化け物猪の群れにやられたことにしろ。さらわれて今頃食われて何も残ってない。それでもどうにか洞窟に着いたがその時には誰もいなかった。だめか」


 全員亡者を警戒し武器を上げているが、何人かがはっと目つきを変える。


「そうだ。相手がいないなら命令も遂行しようがない」


 ベンソンが話す間にも亡者たちは間合いを詰めてくる。


「逃げるか、穴の中の二択だ」


 亡者は彼らを囲む輪の一部を開けた。亡者も渦もない大地があり森が見える。


「嘘がばれることを心配しているのか?ばらす奴はこの場でいなくなる。そう思わないか」


 輪の隙間が大きくなり、亡者が更に間を詰める。


「さぁ、どうする。決めてくれ」


 亡者の圧が高まり再び輪が閉じ始めた。


「一時撤退だ」

 

 誰からともなく声が上がった。ようやく都合のよい言葉を思いついたようだ。亡者が輪を大きく開けると追手たちはその言葉を呪文のように口々にその言葉を唱え全力で走り去っていった。


 存在は知らされていたがコールドが武器庫にやって来たのはこれが初めてだ。既に扉は解放され収められていた武器、備品は持ち出されている。残っているのは遮魔布の包みのみである。包みの一つを「危険物注意」の文字も気に留めず解いていくと、碧の波模様を持つ短剣が姿を現した。ベンソンの読みに間違いはなかったようだ。


 乾いた破裂音が三発聞こえた。いよいよ始まったようだ。ソウリュウ一式を速やかに体中の鞘に納め外へ出た。広間でも銃声を誰もが耳にしており緊張感に溢れていた。洞窟からの脱出が開始され、ライトとその傍の者たちは油断なく天井と通路に目をやっていた。


「俺は上に行く。隙を見て逃げてくれ」


「お前も無理するんじゃないぞ」


「危なそうなら逃げるさ。その時は頼む」


 実際追手たちが行動を始めるまで軽く湯が温まるより早かったかもしれないが、コールドとして半刻は待たされた気分だ。


 開始の合図は黒い球だ。それは天井の穴の外から広間の中央に向かい投げ込まれた。同時に穴の縁から綱が降りてきた。コールドはいち早く球の軌道を見定め、外へと蹴り返した。球は穴の上空で大量の煙を吐き出し視界から消えた。煙による撹乱を期待していた突入部隊は降下時に身を晒さざるをえなくなった。


 コールドは垂れてきた綱の一本に飛びつき登り始める。上から降りてきた黒革鎧の腰に手を掛け力任せに綱から引きはがした。黒鎧は悲鳴も上げる暇もなく石の床へと落ちていった。前夜同様に最後は穴の縁に手を掛け足を振り勢いをつけ跳ねあがる。そして、両手を軸に回転し傍にいた者を足の蹴りで刈り取った。降下準備のため身ををかがめていた者は頭に、傍で待機をしていた者は腿に蹴りを受け穴の中に落下した。


 腕の力で跳ね起き腰から片刃刀ヴィタを引き抜いた。前夜と違いこっそりと動くつもりなど毛頭ないらしく二十人ほどの追手か集結している。既に戦線を外れた三人は含まれない。


「ご苦労さん、今からでも逃げていいんだぞ」傍の綱を切り放す。


 穴から飛び出してきたコールドに一瞬の戸惑いを見せた追手たちだったが、間もなく我に返りコールドに襲い掛かり、洞窟内への侵入を再開した。


 追手は太刀や片刃刀で斬りかかるがコールドに悠々と交わされ帰す刃で切り伏せられ、蹴られ天井に転がり、穴から転落する。混乱の中、綱での降下に挑戦する者もいたが、容赦なく断ち切られ硬い床の上に落ちる。天井からではないとして下にはライトたちが待ち構えている。ただで済むわけもない。


 最初はわらわらとコールドに挑みかかっていた追手たちだったが、ほどなく五人ほどになりやがて助けられるだけの仲間を連れ洞窟の天井から引き揚げていった。


 コールドは彼らを追わず穴の縁から広間を眺め下ろした。ライトたち以外に立っている者はいないようだ。飛び降りたコールドに素早い反応を示したライトたちだったが彼の姿を確認し緊張を緩めた。


「上は引き上げていった。こっちはどうだ」とコールド。


「この通りだ」ライトが床に転がる追手たちを示した。八人ほどの黒革鎧が転がっているが動ける者はいない。「残っているのはここにいる俺たちだけだ。他は皆集合場所へと向かっている」


 ライトの背後にいる者たちが頷いた。


「それなら、もう出発したらどうだ。あまり遅れると不安が募るだけだ」 とコールド。


「それがいい。こっちも引き上げていった。だが、また戻って来るだろう。長居は無用だ」ベンソンが入り口側の通路から入って来た。革の面を外しライトに投げ渡す。


「出発するか」


 ライトの言葉に部下たちが声を上げ頷く。


「お前たちも付いてくるか?」


「いいのか?」コールドが応じる。


「かまわん、ただし大したものは出せん。それは覚悟しておいてくれ」


「いつものことだよ」 


 彼らは奥の水源に向かい走り出した。

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