第3話

 次の偵察にベンソンは蜘蛛を出してみた。ふらふらと飛び回る蝙蝠よりよさそうだ。再び天井の穴から出入りし、天井に貼りつき駆け回る。ネズミなどもいるようだがそれらは移動には床を使っている。大きなイモリを見かけ身構えたがあちらの方が避けていった。


 枝分かれした通路の先で発見されたのは彼らの居室や寝室、倉庫に厨房、ほとんどは鍵の無い簡素な扉や垂れ布だけで隔てられているが、一カ所だけ扉の前に常時監視がついている場所があった。見張り役は二人で篝火も光球もない闇の中にいた。彼らもやはり目隠しの面を付けている。闇に紛れて様子を探るべくベンソンは天井から突き出た岩の陰から出た。蜘蛛の足で少し進んだところで見張りの一人に動きを捕らえられたようだ。顔と槍をベンソンの蜘蛛に向けてきた。闇でも目が利くのか気配を悟ることができるようだ。彼は急ぎ岩陰に戻り来た道を引き返した。そこでまた大イモリと鉢合わせとなった。再度あちらが大慌てで走り去っていった。見張りはすぐ彼を追うのをやめた。下で「イモリだったようだ」と聞こえた。イモリに助けられるとは、これからは手に掛けることは避けた方がよさそうだ。


 その後、天井を駆け回るうちに武器庫を発見した。部屋の入り口は牢と似たよう頑丈な木製の格子がはめられ扉には南京錠が掛けられている。人なら無断で出入るのは少々手間がかかりそうだが、幸い今は蜘蛛に乗っているため隙間から中に進入することはできる。


 手入れの行き届いた槍や剣が並べられている。天井から糸を使い背の高い棚の上に降りてみる。突然格子の向こう側から光が差し込んだ。巡回の警備担当が訪れたようだ。棚や壁に貼られた注意書きの文字が浮かび上がる。「火気厳禁」や「取り扱い注意」の他に「食事を持ち込むな」と書かれた紙もある。


 その中でもベンソンが興味を持ったのは「危険物注意」と書かれた紙が貼られた棚であるのである。その棚には砂色の布包みだけが置かれ、包みは呪符で封じられている。包みの数は大小合わせて三個ある。


「包みの中身の確認はできなかった。鍵の付いた戸棚もあったが隙間もなかったから中には入れなかった」


 蜘蛛から戻ったベンソンは今回の偵察結果を話した。


「仕方ないさ。普通よりは頑丈でも蜘蛛は蜘蛛さ。とりあえずここを出て、最初の向かうのはその武器庫がよさそうだな。見張りが貼りついてる部屋は奴らがここにいる理由だろう。何が置いてあるのか、いるのか興味はあるが俺たちには関係ない」 ベンソンの頭蓋内にコールドの声が響く。


「ここを出る時の事だが、鍵はお前に任せていいんだよな?」


「こいつだけは残ってる」コールドは無言で袖口に手をやった。ソウリュウの小柄はまだ左右双方に残っている。


「本物が一番いいんだが見つからなかったか?」


「大量に見つけた。見張りの交代要員が暇つぶしと眠気覚ましを兼ねてカードをやっていた。その部屋の壁に掛けてあった。ただしどれも名前はついてない。一本ずつ持ってきて試すしかない」 ベンソンの声に笑いが混じる。


「願い下げだな」




 コールドとベンソンの二人が牢に入れられて四日目が経ったが、日に二度ほど食料と水が入れられる以外は何もない。連れて来た後はほぼ無関心である。昼間も蜘蛛で天井の穴から眺めていると、雰囲気はどこか慌ただしく広間には荷物の山ができていた。彼らはここを引き払うつもりなのかもしれない。そして、二人は同行することはないだろう。それについては一向にかまわないのだがソウリュウまで纏めて持っていかれては更に面倒なことになる。


 天井から差し込む月光で大体の時刻は把握できる。夜になり月光が天頂に近づいたころ二人はいよいよ行動を始めた。ベンソンが蜘蛛を出し巡回の位置を確かめる。


「巡回は通り過ぎた。始めてくれ」蜘蛛に乗っているベンソンの平板な声がコールドの頭蓋に響く。


「了解。表の様子を見ててもらえるか」


「任せろ」壁際からベンソンの声が聞こえた。


 コールドは牢の扉と格子の隙間の上部に小柄の薄い刃を差し込んだ。十分に差し込んでからゆっくり下に下ろした。やがて、小柄が硬い感触に当たった。


「それが閂だ」蜘蛛に乗ったベンソンの声。


「了解」


 コールドは小柄を一度引き、改めて切っ先を閂の中央部と思われる場所に突き立てた。遠くでガラスが砕けるような音がした。もう一度、更に一度小柄を突き立てる。微かではあるが鼓膜に突き刺さる響きと共にひびが一つに繋がり閂は二つに折れた。通常の小柄ならばコールドであっても小さな傷をつけるぐらいが関の山である。ソウリュウあっての力だ。コールドは軽く扉を押してみた。何のつかえもなく扉開くことが確認できる。


「行こうか」袖口に小柄をしまう。


「おぅよ」


 蜘蛛が消えベンソンが立ち上がる。


 牢前の見張り達もただ立っていたわけではない。捕えづらい破壊音を気配として感じたのか、牢へと近づいて来た。しかし、彼らが目にしたのは素手ではとても破壊できそうにない扉の閂が真っ二つに折れて牢の扉が僅かに開いている光景である。牢内はもぬけの殻に見える。


 一人が穂先を使い扉を開き槍を構えつつ牢内へと進入する。穂先を何度か左右に振り見えぬ敵に穂先を突き立てる。だが、突然糸が切れた操り人形のようにその場で崩れ、穂先のすぐ横でコールドが姿を現した。


「あぶねぇ」


「勘がいい」とベンソン。


 槍を構え牢前で待機していた見張りの動きが止まった。見張りの額に緊張の面持ちで右手を添えるベンソンが姿を現す。彼がそっと額から手を離すと見張りは槍を取り落とし、膝からうつ伏せに倒れた。槍は床に落ちる前にベンソンが受け止めた。


「直接でないと眠らない奴がこんな山奥で見張りとは恐れ入った」


 ベンソンが振り向くと牢内で倒れている見張りの脇にコールドが座り込み、彼が顔に巻いている濃い緑に染められた革製の面を外していた。この洞窟で暮らす者の多くがこの面を目の上に巻いていた。


「何してるんだ?」


「謎を解いてるのさ」コールドは軽く面を顔に当てた。「なるほど、なぜ薄暗い中で目を覆うのかと思っていたら、これは目隠しじゃなく眼鏡なんだ」


「眼鏡?」


「どういう仕掛けかはわからないが、こいつが取り込む光を大幅に増やす。付けていれば夜でも昼間と変わらない」


「奴らがランプも燐光もあまり使わないのはそのおかげか」


「そういうことだな」


 コールドは面を外し床で眠り込んでいる見張りの傍に置いた。


 眠らせた二人は牢の中に閉じ込め槍を折れた閂の代わりに使い扉を閉めておいた。これなら中の二人が予想より早く目を覚ましても簡単には出てこられないだろう。


 目的の武器倉庫の位置はわかっている。ここからの一本道を行き広間へそこから所定の枝道に入れば武器庫に到着する。それについては使い魔に乗っていたベンソンが頭に入れている。そして、先を行く巡回の見張りを追いかける形になるため、早々に武器庫への侵入が露見することはないと考えている。


 用心深く広間への通路を行くが、天井から足しこむ月光のおかげで光球を出す必要もない。彼らも目が薄闇に馴染んでいるため難なく歩くことができた。二人が広間への出口へと到着すると三個ほどの光がちらついていた。ランタンの光のようだが、見回りではないようだ。来た道を少し戻り様子を伺う。彼らも明かりを使わないわけではない。しかし見回りのランタンは一つで光も抑えめである。


「あれは何だ?」コールドが尋ねる。抑えた感情の発露が頭蓋内でささやき声のように響く。


 日のあるうちに広間に並べられた木箱と布包みはベンソンが説明した通り変わらないが、今はそれに別の影が追加されている。天井に空いた穴から広間に向かい何本もの綱が降りている。


「侵入者か?何をする気かわからんがコールド、片付けてきてくれ。見張りの気を引いちゃ面倒なだけだ」 ベンソンは垂れ下がる綱を指で示した。


「了解」


「俺はランタンの連中を追う」


「武器庫はどうするんだ」


「連中が向かってるのがその武器庫だ」


「あぁ、任せた」


 コールドは木箱に飛び乗り綱に飛び移り天井裏へと昇った。 天井から垂れていた綱は十分な強度を持っていた。コールドはその一本に掴まり穴の外へと昇って行った。天井表にそっと頭を出すと黒い革鎧の男が二人いた。足元にはランタンが置かれ革の面も付けていない。ここで暮らす緑の連中とは別と考えていいだろう。コールドは両手を使い穴の縁から飛び上がった。宙がえりの後、両手で着地し腕を軸にして回転し、足で穴の傍にいた男を薙ぎ払った。足を刈ってその場に倒すつもりだったが勢い余って黒鎧は穴の中に落ちていった。短い叫びの後に床面との激突音が聞こえ静かになった。


「やっちまったな」

 

 それは大騒ぎの始まりの合図となった。



 ランタンの集団を追いベンソンは武器庫に至る通路に入った。前方にいるのはランタンが三つに五人の集団、ランタンの光に黒い革鎧が浮かび上がっているが顔は良く見えない。後ろをついていくベンソンにはまだ気がついていない。


 集団は武器庫を仕切る格子の前に到着すると一人が背に担いだ背嚢を開き中から棒切れを一本取り出した。片手杖のように見えるが丸くなった先端から短い紐が伸びている。その姿でベンソンには杖の正体の見当がついた。投擲雷だ。紐を引き抜けば一定の時間を置いて杖は火を噴くか大爆発を起こす。古くは魔法、現在は爆薬や燃焼材がその役目を担っている。それが格子の向こう側に投げ込まれるようなことになれば大騒動では済まなくなる。


 ベンソンが杖の正体に気付くと同時に彼の右手の拳銃が現れた。次の瞬間、洞窟内に三度轟音が響き杖係の手首が弾け、力なく仰向けに倒れた。


「あぁ、悪いコールド」


 静かに済ませるつもりがいきなりの発砲である。これで見張りが駆けつけてくることは確定となった。


 残りの連中もここでようやくベンソンの存在に気が付いた。 もちろんここで暮らす緑鎧たちも同様である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る