4人のマグディプ

4人のマグディプ 第1話

 帝国の属州であるスラビアから帝都に多くの移民がやって来るようになったのは、新市街の出現に起因するのは確かである。しかし、その多くは彼ら自身の実績によるものだ。帝都に訪れ、そこで成功し裕福になったことが故郷に知れれば、それにあこがれ、頼り帝都に出てくる者も増えてくる。母数が増えると自然に成功者の数も増えてくる。たとえ、心が折れて帰郷する者がその何倍もいたとしてもである。

 友人のエイシを頼りにやって来たジェイミー・アトソンも、今に至る経緯はかなり特殊ではあるが成功者の一人とみられている。属州から帝都に出てきて数年の若者が実力で認められ帝国の騎士団の一員に抜擢されるなどかなり異例なことなのだ。

しかしアトソンの場合、それで生活が大きく変わったわけでもない。旧市街に住居をあてがわれた今も、しばしば新市街八番街のスラビア人地区に出かけている。まず、帝都風スラビア料理の味が薄いのもその一因といえる。帝都にはお似合いかもしれないがアストンには刺激が足りない。そこで子供の頃からの友人であるエイシの店に出向くことになる。

 いつもはふいに訪れ、開いている席に座り食事を済ませて帰る。店長であるエイシと顔を合わさない場合も時々ある。今回はエイシからの時間指定があり、その代わり先方のおごりとなっている。

 店には昼過ぎの鐘が鳴る前に着くことができた。店に入り案内係と挨拶を交わす。案内係は 以前関わったごみ処理場での騒ぎで出会った男だった。まだ、仕事は続いているらしい。何よりである。いつもなら開いた席に向かうのだが、今回は席まで決まっていた。奥の個室へと案内された。

 砂色の壁紙が貼られた簡素な部屋にはエイシの他に先客が二人いた。彼らのことは事前に聞いてはいない。彼らがおごりでの呼び出しの理由か。

「待ってたぞ、ジェイミー」エイシは席から立ち上がった。

「招待ありがとうエイシ」笑顔をエイシの耳元に近づけ先の言葉をつぶやく。「壁の許可は取っているよな」

「もちろんだよ。食事の邪魔を入れず、くつろいでもらうための処置だよ。他に意味はない」

 エイシは客二人の様子を窺いつつ首を縦に何度も振った。

 壁には軽い通信妨害が施されていた。普通なら気付くことではないが、姫の加護を持つアトソンなら、室内に入れば外からの気配の流入の違いを顕著に感じ取ることができる。

「まぁ、座ってくれ。この二人の紹介もさせてもらえないか」

 アトソンに事を拗らせエイシの顔を潰す気など毛頭なく、彼は素直にそれに従い勧められた席に腰を下ろした。加護により通常必要とされない感覚が過敏になっている。そして、仕事上の立場もある。気が付けば放っておくわけにはいかない。

「お二人、彼が魔導騎士団所属のジェイミー・アトソンです」エイシはアトソンが尻を椅子に下ろす前に紹介を始めた。

 急ぎ客人二人向け体勢を整える。

「ジェイミー、彼はジョン・マグディプ。取引のある八百屋でうちの野菜や果物を任せている。そちらはネイサン・マグディプさん旧市街で使用人派遣の取りまとめなどをやられている」

 大柄で屈強な体格のジョンと小太りの中年男であるネイサンの共通するは姓と肌の色ぐらいである。茶色と黒の髪でまるで顔つきの違う二人はとても親子には見えなかった。以後の自己紹介を聞いても血縁関係はないに等しかった。なぜ、彼らがこの昼食に同席することになったか、聞き出す前に食事が運ばれ会話は一時中断となった。

 食後の茶が出される時間になってネイサンの方のマグディプが一枚の紙をアトソンの前に差し出した。

「今回、これについて相談したくてあなたに同席していただきました」

新聞の切り抜きの一片のようだ。最初に大きな文字で「求む!マグディプ」と書かれ、後は落ち着いた文体でマグディプ姓の男性もしくは女性を探していることを告げ、最後に連絡先の住所が書かれている。

「何か心当たりはありますか?」

「まるでなかったんですが、今は妙な話になっています」

「どのようにですか?」

「この広告は最初、うちの使用人が見つけました。わたしを探している者がいるようだと新聞を見せに来たんです。よく見てみると、探しているのはわたしではなくマグディプ姓を持つ者でした。その時はわたしも特に気にすることはなかったんですが、数日経ってニカ・マルロンと名乗る探偵が尋ねてて来ました。彼こそが広告主でした。探偵は今、依頼によりマグディプ姓を持つ者を三人探していると言いました。

 依頼人は海の向こうのエリソラに住むアレックス・マグディプという資産家でだそうです。彼は若い頃エリソラに渡り、貿易業を起こしそれに成功し財を成した。その礼として取引の大半を占めるこの帝都の住むマグディプにもその一部を分け与えたいと考えたそうです。条件としてはマグディプを三人探し出すこと。半分ゲームのようですが探偵にもいい謝礼が出るようで必死になっています」

「俺にもう一人を探すのを手伝ってくれという話じゃないですよね」とアトソン。

「それなら心配ないですよ、マグディプなら後十人でも連れてこれんですよ」

 ジョンが話しネイサンが頷いた。

「他の土地には居なくても、俺たちの村はマグディプでいっぱい、なんせ最初にマグディプが作った村だから」

「だが、エリソラにいるとは思えない」

 ジョンが頷く。

「それじゃ、あなた方はその儲け話に何か裏があると思っている」

「ええ、もう気にしない者もいますが、エリソラは今でも我々マグディプには禁忌の地なのです」

「どういうことです?」

「それは先祖の話になるんですが、エリソラの王朝末期にハマ六世というひどい圧政を強いた王がおりました。最後には城下町ボヤズに現れた英雄に討たれることになるのですが、我々の先祖というのが、その王の側近の一人アレクサンダー・ボナウ・マグディプなのです。アレクサンダーとその家族や僅かな配下は、他の側近や部下たちが捕まる中逃げ延び、海を渡り砂漠を越えスラビアに辿り着きました。山の中に潜んでいてもアレクサンダーの恐れは止まらず、彼はエリソラを禁忌の地としました。付いてきた者たちもそれに意を唱えることはありませんでした。わたしとしては手前勝手な話としか思えませんが」

「アレクサンダーはお尋ね者だったわけですね」

「ええ」

「それが今になって、南の国からあなた方を探しにやってきたと思いですか。曰く付きの先祖の名を使って」

「そこまで言ってはいませんが……胡散臭さは感じています」ネイサンはため息をついた。「ともかく、二人目が見つかったと探偵に聞き素性を問いただし会いに行きました。偽物ならすぐにわかります」

「それがジョンさんだった」

「はい、話してみると彼もわたしと同様素直に喜んではいません」

「俺もわかりやすい嘘のように思えて仕方ないんです。嫁さんを含めた家族はこっちの人なんで単純に喜んでますから断りにくくて」

「わたしの場合も同じでして、どうしたものか二人で話しているうちにタヒナさんの友人が騎士団にいるとわかり相談できないかと考えたしだいです」

「そうでしたか」


 それからも少し事情を聴いた後、二人のマグディプは時間を空け別の戸口から帰っていった。それからもアトソンを追加の茶をすすりつつ長居していた。

「タヒナさん、あの手の話は俺じゃなく警備隊に回すのが適切じゃないのか?」

 アトソンは傍で立っているエイシを睨みつけた。

「それぐらい俺もさっきの二人もわかってるよ。けどよ、それであの二人が相談に行ったところで相手にしてもらえると思うか」

「それを言われるとな……」

「別の探偵を雇うにしても金は掛かるし、二人も下手に拗らせたくない。本当にマグディプの可能性もあるからな」

「俺もこれを拗らせないとは限らないんだぞ」

「わかってる。それも言ってある。ただまるで知らないこっちの奴より、せめて同郷の者に任せたいそうなんだ。気持ちの問題だよ」

「なるほど」

「で、お前はどうも思う」

「気になる。ただ騙すためのカモを集めるならもっとよくいるイリサやカンパナにすればいい。対象が多ければ当然引っかかる奴も増えてくる。それがなぜかスラビアの山の中にしかいないようなマグディプだ。アレックスが何者かはわからないが、あの二人に用があるのは確かだろう」

「じゃ、引き受けてくれるんだな?」

「あぁ、そうするよ。姫が乗り気になってる、放っておくのはヤバそうだ」

 アトソンは茶を一口すすった。音を立て呑み込む。

「ただし、事が荒れても文句は言うなよ」

「わかった。伝えておく」

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