第3話

 埃っぽい薄闇の中でしばし煙草をくゆらせた後、マルコ達は応援に駆け付けてきた三人ともに再び地下へと降りた。床の跳ね上げ扉を開け下に降りていく。地下道は手掘りの隧道で廃棄された木造船の廃材で補強されている。間隔を置いてランプが吊るされてはいるが、もちろん灯は点されてはいない。明かりは彼らが持ち込んだランタンのみである。

「案外広いんだな」

 後から来た応援の一人のトミーが声に出さず呟いた。

「ローズさんが帝都に来て少しした辺りから、浜の連中が掘り始めたらしい。それを俺たちの先代達が真似をした」 各人の頭蓋にマルコの声が響く。

「それが今も残ってるのか」

「残ってる?続いてるだよ」若干の笑いが混じる。「俺たちがここの面倒を見てる。カッピネンさんから見回りと修繕、必要があれば増築も請け負ってるんだ」

 ミッコが頷いた。

「俺たちがいつも酒飲んで騒いでるだけだと思ってたか」

「いやぁ、そんなことは……」

 とは言ったもののトミー達は彼らが自分たちのように働いている姿を見たことはなかった。

「いいんだよ。ここのことは話すことは控える取り決めになってるからな。知らなくて当たり前だ。さっさと見回り済ませようぜ」

 マルコ達は動き出した。ほどなく路面に多数の不自然なくぼみをアリアスが発見した。

「あぁ、これは足跡か。どっちに向かってる」

 アリアスが指を指す。

「あっち、新しいやつだよ。間違いない」

 アリアスは西の山の中でずっと狩りをして暮らしてきた。口の利き方を知らない奴だが、若者が持つこの力を聞きつけマルコはアリアスをこちらに引き抜いた。

「後を追うぞ」

 荒れた隧道の路面をランタンで探りつつ先へと進む。地下に降りた一団の痕跡は脇道に逸れることなく真っすぐ進んでいた。しかし、しばらく歩きいくつかの脇道を過ぎた後にそれは消えてしまっていた。地面は細かな線でかき乱されていた。何本の熊手を使ったのか、細かく短い曲線が入り乱れ幾重にも交差している。ミッコたちが追う盗人たちはここで痕跡の隠滅を図ったらしい。ランタンを持った四人と補助が散開し改めて地表面を探る。

「ここを歩いていくとそのうち浜までつくのか?」 とトミー。

「それはない。あっちの奴らとは別だ」

「おい、なんだよこれは」ミッコの声が隧道内に響いた。直後にアリアスの叫び声。

 全員声の方向に駆け出した。その先にいたミッコの足元には割れた卵の殻が散乱していた。それはなぜか真っ黒に染められていた。前方に向かいにランタンをかざすアリアスの先には服を着た白骨死体が転がっていた。服は傷付いてはいるが古びていない。きれいに肉が落ちされた骨がランタンの光に黄色味を帯びて浮かびあがっている。割れた黒い殻は何の意図があるのか死体の周辺にもばらまかれている。

「この前来た時はこんな物なかったぞ。誰だこんな薄気味悪いまねをする奴は」マルコが怒りをぶちまける。

「こいつ、シォブじゃないか。腕輪に見覚えがある。服も痛んじゃいるが奴のだ」とヘンリク。

「一昨日逃げた奴がもう骨になってる。そんな馬鹿なことが……」

 ミッコが呟く。ショブは彼らの仲間だった。つまらない金に目がくらみ、彼らが地下道が逃走路として使われたことで面目は丸つぶれとなっている。ショブは生きたまま行方をくらました。少なくともその時は肉はついていた。

「静かに」とマルコ。カッピネンからの連絡である。

 地下道が静まり今まで声にかき消されていた音が前面に現れる。どこから聞こえるのか何かが擦れる音、土を掻く音。通信石の意識漏れによる雑音ではない。

「はい、マルコです」

 盛んに何かが叩き合わされ、擦りあわされる。音源自体は小さいが数は多い。ヘンリクが左右にランタンを振る。

「それがどうも妙な雲行きでして……ショブの野郎の……」

「妙な音が聞こえないか」ミッコがささやき声で周囲に尋ねた。

 ヘンリク、アリアスが頷いた。助っ人たちも訝しげに辺りに目をやる。

「了解です」

 マルコがカッピネンからの通話から抜けると仲間たちはランタンを振り回した辺りの様子を探っていた。

「一旦引き上げるぞ。カッピネンさんが帰って来いとさ」

「何かいるぞ」

「ネズミだろ、気にする……」

 マルコは息をのんだ。

 ミッコのランタンの光と周囲の闇の際に蠢く何かが見える。卵の同じ黒い何かが群れてせわしなく動いている。

「何だあれは」マルコが闇を指差す。全部のランタンが闇に向けられる。

 アリアスが様子を見るために前進する。

「気を付けろよ」

「わかってますよ」

 進む途中にシォブが広げた腕の骨につまずきアリアスは前のめりによろけた。勢いあまり二歩三歩、アリアスは蠢く黒い塊の中に足を踏み入れる。ランタンの光に浮かんでいるのは手のひら程はある蜘蛛の集団。幸い、蜘蛛の方が光を嫌ってかアリアスの周囲から退いた。アリアスが持つランタンが動く度にそれに連れて蜘蛛も動く。闇から彼の隙を伺っている。

「ショブを殺ったのはあれじゃないか?」

「かもしれれねぇ」マルコが顔をしかめる。

 アリアスが短い悲鳴を上げる。

「落ち着けアリアス、いいか、まずランタンをそこに落とせ」

 マルコの言葉にアリアスは体を強張らせた。 ランタンとマルコ交互に視線を移す。

「心配するな、よく聞け。そいつは光が苦手なようだ。ランタンで足止めするんだ。それからこっちに逃げてこい。わかるな」

 アリアスは静かに頷いた。

「落としたらすぐ走り出せ。後ろは見るな。俺たちも一気に出口まで走るぞ。いいな」

 全員が頷く。

 アリアスはマルコの合図と共にランタンを足元に落とし全力で走り出した。

 途中何かいろいろと踏みつぶした感触があったが、気にしてはいられなかった。


 地下への再突入の準備を整えているフレアの元にカッピネンから新たな連絡が入った。地下の見回りをしていた部下たちが人食い蜘蛛の群れと遭遇したというのだ。その蜘蛛の群れと遭ったという者たちに事情を聴くと、フレアに襲い掛かったそれと同様であろうことがわかった。

「あなた達は荷物の持ち逃げをした裏切り者をこの店にやって来た。秘密のはずの地下への扉が開けられていて、念のためにとは確認に入ったところ蜘蛛の大群と出くわした」

「はい、その通りです」マルコと名乗った男が答えた。

 フレアがカッピネンから最寄りの突入口として教えられた空き店舗では、明らかに疲れた様子の四人組がいた。店にフレアが姿を現し幾らか気分は和らいだようだが、

全員落ち着きなくイスとテーブルが山積みとなったカウンターの中ばかり目をやっている。元仲間の死体を目にして、そちらへの仲間入りをする恐れがあったのだ。無理もない。

 今、彼らは残ったテーブル席につき、フレアは山積みの椅子を一つ取り彼らの前に座っている。彼らは盗まれた荷物と人喰い蜘蛛は関係あるのではないかとみている。

「厨房にあった布切れは確かに遮魔布だけど、運んでたのは本当に金細工だったの?」

「カッピネンさんはそう言ってましたね。箱に入った金細工、ネックレスとイヤリングのセットです。まぁ、あの人も実際の品は見たわけじゃなく向こうから連絡だけですが」

「あの蜘蛛関係あるんですかね?」

「わからないけど、嫌な話ね。つい、二週間前までネズミをたまに見かける程度だったのが今や人喰い蜘蛛の巣。それだけでも、いい感じはしないわ。今は抑え込めていられても、いつ外へ漏れ出すかわかったもんじゃない。そうなると警備隊も問答無用で乗り込んでくるわ。先に置いてある荷物片づけさせてくださいなんて言えないわよ」

「蜘蛛と一緒に奴らも暴れまわるってことですか」

「そうね。安全確保を理由に地下を封鎖、特化隊辺りが蜘蛛を掃討、所轄署は徹底捜索の後に地図を作製、かくて地下は帝都に落ちる」

「ひでぇ……」アリアスの言葉が漏れた。

「そうならないように気を締めていかないとね」

  フレアは塔から担ぎ出してきた革張りの箱の鍵を開けた。中に入っているのは黒革張りの肘まである手袋と膝丈の革靴、両方とも神鋼の補強が入り攻防を兼ねる強度を持つが、常人ではその重量からただの枷にしかならないだろう。

 重さ×速さは力、フレアが本気で守り殺すための装備である。ローズに断りなく持ち出したが今その余裕はない。

「それじゃ、蜘蛛がいたところまで案内してもらえるかしら」装備を整えたフレアは両拳を打ち合わせた。

「はい、ありがとうございます」

「いいのよ。わたしも狩場が乱されるのは見てられないから」

 四人は立ち上がりカウンター内からテーブルと椅子を片付け始めた。フレアの言葉で彼らは幾分覇気を取り戻したようで、最初会った時より動きは幾分か力強くなっていた。

 床が見えると四人はカウンター内から退去しフレアが前に出た。フレアが床に収められていた取っ手を引き、扉を開ける。しばらく待ったが何も上がって来る気配はない。

 フレアを先頭に地下への階段を降りる。床に手を当ててみるが直下には何もいないようだ。入口近くに待機していた四人を手招きし地下室まで呼び寄せる。彼らは慎重な足つきでガラクタに近寄りゆっくりを移動させた。改めてフレアは床に手を当てる。

「この下には居ないよだけど、慎重に開けて」

 フレアが見守る中、マルコとミッコが扉をゆっくりと引き開ける。そしてアリアス、ヘンリクが地下の闇に光を投げかける。光の端に蠢く影は見られない。地下道へと降り辺りを観察する。一同はランタンで前後を固め先へと進んでいった。

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