第8話

「それでは、今日のところはお姉さんにお返ししますが、以後家族の方も充分ご指導いただけますよう、よろしくお願いします」

「ご迷惑をおかけし、申し訳ありません。」


 真奈美は、少年警察補導員に頭を下げた。横のミナミがそっぽを向いているのに気づくと、彼女の髪を掴んで、無理やり頭を下げさせた。


 警察官の敬礼に送られて、六本木警察署の門を出た。警察官の視線から外れたのを確認すると、真奈美はさっそく妹の頭を小突いた。


「痛いっ」

「痛いじゃないわよ。家に帰らないで、夜遅くまで六本木で何しているの?」

「スポンサー探し…」

「何のスポンサー?」

「私…」

「馬鹿!それって援交じゃない」

「…お姉ちゃん。わたし学校やめる」

「何言ってるの!」

「どうせ大学にいく学費もないんだし、学校やめて私も働いて、お金貯めてミュージックスクールへ行きたいの」

「そんなことは、高校を卒業してからでも遅くないでしょ」

「…それに私もお母さんの治療費の少しでも出せるようになれば、お姉ちゃんも楽でしょう。このままだったら、お姉ちゃん倒れちゃうよ」


 真奈美は、ミナミの本意を聞いて、しばらく次の言葉が出なかった。妹を優しく見つめながらその肩に腕を回す。


「心配しなくて大丈夫よ。それより、たった一度しかない高校生活を充分に楽しみなさい。知っての通り、お姉ちゃんは頑丈だから」


 ミナミは肩を抱いてくれる姉の手に自分の手を重ねて、軽く何度か叩きながら姉の優しさに応えた。やがて、ミナミが身を離して改めて真奈美を眺める。


「ところでさ…今日のお姉ちゃん、どうしちゃったの?」

「なにが?」

「そんな綺麗な服持ってたっけ?靴なんかヒールだし…ヘアセットも…メイクもしてるじゃない。」

「女を忘れるなって人がいてね…全部買ってくれたの」


 そう言いながらも、真奈美は家へ帰ったら服と靴を全部送り返そうと心に決めていた。


「えっ、彼氏が出来たの?」


 妹は興味津々で姉に迫って来る。


「そんなんじゃないわ」

「デート?」

「だったらよかったんだけどね」

「もしかして、金持ちでいい男?」

「確かに金持ちで良い男だったけど…最低の奴だったわ。」

「この際金持ちで良い男なら最低でもいいじゃない。援助交際しなさいよ。」

「ミナミ!あんたそんな考えだから…。」


「キャハハハッ、女を売れる時は売らなくちゃ。そのうち誰も買ってくれなくなるわよ」


 ミナミは真奈美の腕から逃れて駆け出した。


「こら!」


 お茶目な妹を笑いながら追っかける姉。この可憐な妹の青春を、大切にしてあげたい。真奈美は逃げ回る妹の姿を見ながらそう思った。


「ミナミ、ちょっと待ってよ。一緒に帰ろうよ」


 妹の若さに追いつけない姉は、やがて捕まえるのを諦めて、妹の背に呼びかけた。


「そう言って捕まえる気でしょ、騙されないわよ」


 ミナミは笑い声をあげながら地下鉄の階段を駆け下りていった。

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