疲れとお酒と寝不足

あね

疲れとお酒と寝不足

深夜3時過ぎ


テーブルに置かれたロックグラスに入った氷が溶けて、カランと音を立てた。

その音で僕は目を開ける。少し微睡んでいたようだ。


連日の仕事で身体が疲れ切っているにも関わらずこんな夜更けまでお酒に溺れているのも、僕の心の弱さなのだろう。寝不足で明日はしんどそうだ。

ウィスキーの入ったグラスを回す。カラカラと鳴る氷を見つめながら、今日の事を思い出していた。


陽も落ちて街頭と民家から漏れる光が照らす帰り道。僕の住むマンションの近くで、1人の少女が座り込んでいた。道路を挟んだ対面に建つ一軒家をじっと見つめているが、その表情から感情を読み取る事は難しかった。

普段なら当然の様に素通りするような事だが、妙に少女の存在が気になり気がつけば声をかけていた。


「こんな時間に外にいたら危ないよ。お家に帰りな。」

少女は座ったまま僕を見上げて答えてくれた。

「お家ここだから大丈夫だよ。」

少女はそう言って目の前の家を指さした。


「そうなの?お父さんとお母さんが心配するから帰ろうね。」

「お父さんとお母さん、今お片付けしてる。お父さんが邪魔だからあっち行きなさい、って。」

少女は目の前の家を見つめながら続ける。

「明日お引越しなの。」

僕はそれで「お片付け」なのか、と納得していた。


「お父さんとお母さんがいっぱい喧嘩して、お別れすることになったから。お母さんと遠くにお引越しなの。」


「お父さんは私の事が嫌いだから、お母さんと遠くに行くの。お母さんも私の事が嫌いなんだけど、お父さんよりは嫌いじゃないって。」


「友達とバイバイするのは嫌だけど、お父さんに叩かれる方が嫌。痛いもん。」


淡々と語る少女に、僕は返す言葉が見つからなかった。こう言う時、子供に対して投げかけれる言葉を。僕は持っていなかった。

僕が言葉を探してるうちに家の方から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。


「また喧嘩してる。聞きたくないからお外にいるの。」

少女は目を伏せた。

「新しいお父さんは、叩かない人がいいな。」


小さな子供が発するには重すぎる言葉。

何を考えて生きてきたのだろう。

その小さな身体に、どれだけの物を抱えているのだろう。


しばらくして少女は「またね。」と言って帰って行った。

もう会う事が無いなんて、あの子もわかっているはずだ。



ウィスキーをグラスに注いだ。

部屋の角に置かれた姿見には、何も言葉をかけてやれなかった自分の酷い顔が写っている。

情けないぞ、みっともないぞ、慰めてもやれないのか、と姿見に写る自分が言っているようだった。


お前も同じだろ、と姿見相手に胸の中でぼやく。


空っぽな胸にアルコールが染みる。

明日も疲れて帰って、お酒を飲んで、寝不足のまま仕事に行く。今更僕が変われない事はわかっている。



ただ。どうか。

変われるとしたら。


少しでも。


あの少女が。



幸せになる事を、祈らせてほしい。







疲れとお酒と寝不足

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

疲れとお酒と寝不足 あね @Anezaki_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る