本編

約束

「どけ、お前ら!」


 アルマ帝国が帝都、リゲル近辺にて。

 12/25の夜明け前に、真紅の機体――リナリア・ローツェヴェルク――が空を駆けながら、紫ベースに白と黒の機体――ゼルギルディア――を1機、手にする大剣で叩き落としていた。


 だが、控えのゼルギルディアが次々と現れる。

 各々、手に刃を潰した剣や槍を持ち、リナリア・ローツェヴェルクへと殺到した。


「てめぇら、いつもいつも……邪魔ばかり、しやがって!」


 リナリア・ローツェヴェルクを駆る青年、ゼルギアス・アルマ・ウェーバーは、怒気を剣に乗せ、ゼルギルディアを次々と叩き切った。


     *


 そもそもは、ゼルギアスが恋人――リーネヴェルデ・アルマ・ウェーバーと言う――と約束を交わしたのが切っ掛けだ。

 ちなみにウェーバーが一致しているのは、血のつながりが無いとはいえ叔母と甥の関係を有する故である。


「リーネ様」

「何でしょうか、ゼルギアス様」

「地球には、12月25日に恋人と一日を過ごす、という噂を聞きます」

「はい」

「ですので、俺と一日、一緒に過ごしていただけますでしょうか?」

「どうぞ。何をするかは、お任せします」

「ありがとうございます!」


 以上のようなやり取りを交わした後、ゼルギアスは『丸一日、鋼鉄人形に乗って過ごす』という案を思いついたのである。

 念の為補足しておくが、仮にも兵器である鋼鉄人形といっても、リナリア・ローツェヴェルクは2人乗りを想定した複座型だ。しかも特権階級――アルマ帝国の皇帝やその親族、あるいは四大侯爵家――にのみ搭乗を許される、“リナリア”シリーズのカスタマイズ機なのだ。


 しかしそれを、廊下で聞く人間がいた。


 帝都リゲルを守護する、“帝都防衛騎士団”の隊長である。


「またもや、ゼルギアス様が何かお考えの様子……。


 この城を壊されてはたまらない! 断固阻止せねば!

 それに、“あの方々”にも協力を仰がねば。最早我々帝都防衛騎士団だけでは、ゼルギアス様を止められぬ事が判明してしまったのではな……」


     *


 かくして、所属しているゼルギルディアの約七割が、リナリア・ローツェヴェルクを止める為に駆り出されてしまったのである。


「どんだけ駆り出したんだよ、アイツめ……!」


 しかしそんな事など知る由のないゼルギアスには、いつまでも続くかのように思われた。


「はぁ、はぁ……。

 やっと、皇城が見えて……なっ!?」


 一瞬安堵するが、すぐに驚愕に包まれる。


 何故なら、“皇帝警護親衛隊”専用機である、黄金の機体――ゼクシウス――が数十機も、増援にやって来たからだ。


「連れ出しすぎだろうが……!


 チクショウ、いくらリナリア・ローツェヴェルクでも、ゼクシウスを全部まとめて相手にするのは面倒だぜ……!」


 そう。

 ゼクシウスは一機一機が、リナリアのカスタムモデルに匹敵する強さを備えている。

 一対一なら勝機はあるが、一対数十で勝てるかどうかは、腕に覚えのあるゼルギアスでもわからなかった。


「だったら、突っ切るだけだぜ……!」


 ゼルギアスは霊力(鋼鉄人形の動力。人間によって個人差がある。なお、ゼルギアスは膨大な量を有している為、鋼鉄人形を何日間動かせるかは計測不能なレベル)を過剰に流し込み、リナリア・ローツェヴェルクが、いや鋼鉄人形が有する特殊能力を発揮させる。


 即ち、テレポートだ。


「待ってて下さい、リーネ様……ぐっ!?」


 機体が転移する直前、何かが激突した感覚がした。

 しかしテレポートは止まらず、リナリア・ローツェヴェルクを皇城前まで運んだ。


     *


「ッ……」


 転移が完了してから。

 突然の衝撃に動揺を覚えたゼルギアスは、すぐに原因を特定する。


 ゼクシウスが、手にする大剣をリナリア・ローツェヴェルクの大盾に突き立てていたのだ。


「邪魔だ!」


 ゼルギアスは素早く盾を捨てると、大剣をゼクシウスの土手っ腹に突き立てる。

 刺さった剣がゼクシウスの反応炉を突き破り、機能を停止させた。遅れてゼクシウスがくずおれる。


「クソッ、武器はここまでか……! いや、だったら拳でぶっ壊す!

 待っててくれ、リーネ様!」


 ゼルギアスはリナリア・ローツェヴェルクを走らせ、皇城へと迫った。


     *


 その頃。

 ゼルギアスに撃破された帝都防衛騎士団団員と皇帝警護親衛隊の隊員は、脱出してリナリア・ローツェヴェルクの暴れぶりを眺めていた。


「まったく、相も変わらぬ暴れぶりですね、ゼルギアス殿下」

「それでいて、死者を一名も出さぬのですから……いやはや、何と言うか」

「って、リナリア・ローツェヴェルクのあの構えは……!」


 一人の団員の言葉で、全員がリナリア・ローツェヴェルクを注視する。


 しかしてリナリア・ローツェヴェルクは――


     *


「ここだな、リーネ様のいる部屋は!

 そして隣の部屋には誰もいねえ! だったら……!」


 その頃ゼルギアスは、武器を失ったリナリア・ローツェヴェルクに握りこぶしを作らせ、腕を引かせていた。


「いつもやってる事だ……荒っぽくいくぜッ!!」


 そして、意思イメージを送り込んだ次の瞬間。


 城壁に


     *


「あぁあああああああっ! また、またゼルギアス殿下が……!」

「これで今年70回目、通算365回目ですね」

「また“尻拭い”ですか……!」


 ゼルギルディアまたはゼクシウスに搭乗した、あるいは既に脱出した操縦士ドールマスターが口を揃え、ゼルギアスの行動に驚愕し、絶叫する。


「行動可能な機は全機集結せよ!

 いい加減ゼルギアス殿下をお止めしなくては……む、あれは!?」


 皇帝警護親衛隊の隊長が、突如全機を止める。


「そういう、事だったか……。

 全機、撤退せよ。ここには私と、帝都防衛騎士団の団長だけが残る」


 突然の命令変更に戸惑うも、紫の機体と黄金の機体が、徐々に姿を消し始める。

 最後に残ったのは、わずか2機であった。


「さて、隊長殿」

「何だ、団長殿」

「大変になりますね、後始末」

「まったくだ。だが今回だけは、我々が最後まで全うしよう。


 フッ、聖なる日とはよくも言ったものだ……」


 残った二人は、僅かに談笑した。


     *


「んっ……。あら、あらあらあらあら?」


 自室で目覚めたリーネヴェルデ。

 だが、目覚めてすぐにを目に入れる。


 それはリナリア・ローツェヴェルクの姿であった。


「まさか、あの機体はゼルギアス様の――」


 リーネヴェルデの言葉はそこで途切れた。


 何故なら、だ。


「!?」


 リーネヴェルデが動揺する暇もなく、壁がメリメリと剥がされる。


『リーネ様!』


 と、ゼルギアスの声が聞こえた。


『ゼルギアス様……。相変わらず、ですわね』


 一言だけ返すと、リーネヴェルデは差し出されたリナリア・ローツェヴェルクの手の上に乗った。


 こうして、ゼルギアスによる“お誘い”は完了したのである。


     *


「賑やかですわね、ゼルギアス様」

「そうだな、リーネ様」


 リナリア・ローツェヴェルクを闊歩させながら、ゼルギアスとリーネヴェルデの二人はリゲルの街並みを眺める。

 まだ朝だというのに、えらい賑わいようだ。


「さて、これだけ派手にブチかましたんだ。腹減ったぜ!」

「いいですわね。たまには外でいただくのも、悪くはありませんわ」


 かくして、二人のデートは幕を開けたのである。


 余談だが、夜明け前の騒動に端を発したゼルギアスとリーネヴェルデのデートは、日本円にして50億円の経済効果を1日で生んだとか何とか……。

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