何度異世界転生しても最強で美少女なあの娘が倒せない件について
高橋てるひと
9999周目とかそのくらい
9999周目とかそのくらい。
異世界に転生した。いつものように。
転生先にいたのは、何かこう白っぽくて杖を持っていて何となく召喚術師っぽい雰囲気の女の子で「あ、これ異世界召喚とごっちゃになっている奴だ」と俺は思う。
女の子が俺に告げる。
「異世界から召喚されし勇者よ。――どうか、魔王を討ち滅ぼして下さい」
何でだよ、と今更ツッコミは入れない。
そんなこと言われたって、この女の子としても困るに決まっている。
それだけなら良いが、最悪の場合、召喚魔法に伴って大抵の場合付与される奴隷化の魔法の強制命令で動きを止められて、その場で処刑されたりする。前にそれで一回死んだ。
「わかりました」
と俺は素直に答えつつ、やっぱり今回もあった奴隷化の魔法を確認し無効化。さらに、気取られないように偽装を施しておく。うっかり気づかれたりすると、その場で相手が殺しにかかってきて文字通りの戦争になったりする。前にそれで一回死んだ。
それから、召喚術師の女の子は自分の名前を名乗ってから「お名前は?」とこちらの名前を聞いてきたので、俺は、
「――バット」
と答えた。
不思議な名前ですね、と言われた。
そのまま、王様と謁見。
王様の偉さはある程度理解できているので、俺は出来うる限り無礼のないようにする。本物の騎士さんみたいに格好良くできているか未だに自信はない。影でこっそり笑われているんじゃないか、と今でもちょっと思う。
聖剣と結構な所持金を俺は王様から賜る。
加工すらされていない木の棒と子どもの小遣い程度の金銭を渡されて「さあ、行くのじゃ勇者よ」と言われた経験がある俺からするとこれはちょっと結構な好待遇だと思う。ただ単に正気なだけ、という気がしないでもない。
召喚術師の女の子はこの国の王女様であるらしく、にこり、と素敵な微笑みを浮かべ「貴方がこの世界を救って下さることを信じています」と言ってくる。
どことなく好意のオーラを感じる。
どうせ政略的なものなのだろうが、国を想ってのことだとすればむしろ同情に値する。一応、念のために、スキルを使って彼女の心を読んでおく。こちらとしても召喚された側なのだし、何か手助けするくらいは――
『素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵勇者様勇者様勇者様勇者様はあはあはあはあああどうして貴方は勇者様なのかしらああ今すぐ私のこと抱き締めてくれないかしらそしてすぐさまベッドイン子どもは女の子が一人と男の子が一人きっと幸せな家庭を築けるわ魔王なんて王国なんて世界なんてどうでもいいのこの世界に必要なのは私と勇者様だけああ今すぐ私をここから連れ出して下さらないかしら勇者様を旅立たせるなんて不安で仕方ないのに途中で変な虫でも付いたら大変でも大丈夫今夜勇者様が泊まった宿に押しかけて既成事実を作ってしまえばいいのだからそうこれは愛よ愛なのよ愛なのだから大丈夫!』
「…………」
「どうかしましたか?」
と、穏やかな笑顔で言ってくる王女様。
「いえ、何でもありませんよ」
と、俺は笑顔で彼女に答えつつ、さっさと魔王倒して逃げよう、と心に決めた。
たくさんの人に見送られて俺は旅立つ。
城から出て、町を歩き門を通り、街の外へ。
遥か遠くまで続く街道からちょっと逸れて、しばし歩いた後で足を止める。
周囲に誰もいないことを確認して、尋ねる。
「――天使さん」
「はい、何ですか。バットさん」
ぽん、と。
可愛らしい音を立てて肩に現れたのは、金髪の巻き毛に白いワンピース、光の輪っかに白い羽を生やした、テンプレ通りの姿をした手の平サイズのちっちゃな天使。
彼女は小さな口の端っこに八重歯を覗かせながら、こちらに意地悪く笑いかける。
「見てましたよー。まーた現地の女の子と良い感じの雰囲気になってましたねー貴方は。あんまりおイタしてるようなら噛んじゃいますよー」
「……そうですね」
と答えると、天使さんは笑みを引っ込め、眉を潜めて尋ねてくる。
「何やら浮かない顔ですねバットさん。どうしました?」
「あの王女様ヤンデレです」
「うわあ」
「ですから、今回はさっさと終わらせようと思います。ヤンデレとかちょっと勘弁です」
「貴方はツンデレな女の子は好きな癖に、ヤンデレな女の子は嫌なんでしたっけ」
「当たり前じゃないですか」
「当たり前ですかあ?」
「だって全然違いますよ」
「似たようなものでは」
「怒りますよ?」
「いや、本気で怒られても……」
「とりあえず確認しておきますが、今回の転生における転生目標は、魔王を殴り倒すでいいんですよね?」
「まあ、そうですね。ここは比較的真っ当な異世界なので」
「実はあの王女様がラスボスとかは」
「ないです」
「なら、夜になる前に終わらせます」
「それじゃあ、私はどうしますか? 最短ルートでも案内しましょうか?」
「いや、どうせ真っ直ぐ行って殴ればいいだけなんで……天使さんは、ちょっと女神様のところに行って、すぐに来て貰えるように準備しておいて下さい」
「わかりました。ちょっくら行って、あの駄神を噛んで引っ張ってきます」
ぽん、と。
現れたときと同じ可愛らしい音を立てて、天使さんの姿が消える。
「さて」
俺は携えている聖剣に視線を向ける。
軽く解析を試みるが弾かれた。どことなく嫌な予感がする。不得手とはいえ、時間を掛ければ解析はおそらく可能だろうが、今はその時間が惜しい。邪魔だし捨てようかな、と一瞬だけ思う。どう考えても酷すぎるのでやめておく。
俺は魔王城があると言われる方角へ向く。
そのまま、びゅん、と走った。
三歩ほどで次の街に着く。そしてスルー。
びゅんびゅん、とさらに三つ街をスルー。
そこで、魔物の群れを発見。
どうやら次の街を襲撃するつもりらしい。さすがに見過ごすのはアレなので、魔物の群れを俺は襲撃。聖剣を使うつもりはないため、素手で戦うしかないが楽勝だ。
ぼかぼかぼか、と殴る。勝った。
巨人やら竜やら上級魔族やらが混じった魔物の群れを壊滅させた後、再び走る。びゅんびゅんびゅんっ、と数々のイベントやエピソードが待ち受けていたであろう街を全てスルー。俺は一直線に魔王城の方向へと向かう。
途中で、四天王の一人にして地の王にして力のなんちゃらが「貴様何者だっ!?」と言って現れて勝負を仕掛けてきた。
ぼかん、と殴る。勝った。
続けて、「くっくっくっ」などと笑いながら地の王を最弱だの恥さらしだのと貶しながら四天王たちが顔見せのためにまとめて現れたので、高精度の追尾能力と高強度の貫通能力とその他諸々を付加し威力ブーストした大規模破壊魔法をそれぞれに撃ち込む。
どかんどかんどかーん、と爆発音。
勝った×3。
四天王をやっつけたところで、
「よーす」
と声を掛けられ振り向くと、そこで片手を挙げているのは、真っ黒なローブに身を包み、さらには仮面を被った不審者。
ぱっと見、四天王の存在しないはずの五人目とか、あるいはただの痛い奴に見えるが、普通に俺の相棒だ。
「おう。随分と遅かったな」
「うっせ。てめーが早過ぎんだっての。何で私が来る前にもう四天王倒してんだ馬っ鹿じゃねーの?」
仮面の奥の瞳をこちらに向けて、相棒は何やらぶちぶち言いつつ、
「おらよ――てめーの得物だ」
ぽい、とその手に持っていたものをこちらへと投げ渡してくる。ぱしり、と俺は、俺の武器であるそいつを受け取る。
金属バット。
俺のメインウェポンである。
だからバットなのか、と言われるとその通り。
安直ではないか、と言われるとそうなのだが、頼むから放って置いて欲しい。
「しっかしロマンの欠片もねーなそれ」
「やかましい。性能的には聖剣より上だ――だからこっちの聖剣はお前にやる」
「お預かりしよう――あ、やっべこれ、命削る類の呪い付きだ」
「うわあ」
薄々気づいてはいたが、とんでもない代物を持たされたものだ。
まあ普通に考えれば、魔王を倒した後の勇者なんてさっさと死んでもらった方がいい、というのは理屈ではわかるが。
相棒はしばし聖剣改め魔剣を抜いたり引っ繰り返したりして眺めていたが、やがて魔剣の刀身に触れて、
「解呪解呪――っと。これでもうOK」
と言って差し出してくる聖剣を見てみる。成る程、魔剣っぽい雰囲気が無くなっている。
「安全に使えるようになったぜー。使う?」
「要らね」
「ちっ。つまんねーの」
と言って、相棒は聖剣を二、三度素振りしてから、近くの岩へと刺す。さすがは聖剣と言ったところだろうか、一切の抵抗を感じさせず、その刀身が半ばまで岩に埋まる。相棒は「おーすげー」などと言いながら引き抜こうとして、ぴたり、と動きを止める。
「あ、やっべ」
「どうした?」
「抜けなくなった」
「何してくれてやがるんだ。お前」
「だ、大丈夫大丈夫! 真の勇者が出てきたら引き抜けんだろきっと!」
「ねえよ。手え貸すから二人でひっこ抜くぞ。『いち、にの、さん』な」
「ほいさっさー」
「よし行くぞ――いち、にの、さん!」
ばきんっ、と。
力の入れ方が悪かったらしく、聖剣の刀身がへし折れた。
「……あとで直そう」
「……そだな」
俺はよいしょ、と聖剣の刀身が埋まった岩を引っこ抜き、手の中に残った聖剣の残骸と一緒に、亜空間に放り込んでおく。
「さて」
何も無かったことにして、話を切り出す。
「今回だが、悪いがさっさと魔王倒すぞ」
「およ? 何で?」
「王女様がヤンデレだった。早くしないと追いかけてくる」
「あー……そういう……」
と、微妙そうな声を出す相棒。おそらくは、以前、包丁を持った怪物じみたヤンデレに二人で追われたときのことを思い出しているのだろう。俺としてもあれは思い出したくもない記憶だ。なんせそれで一回死んだ。
「……そんじゃ、さくっと魔王倒しにいくかー。私は後ろで見てっから」
「おうよ」
と俺は頷き、びゅんびゅん、と魔王城へと急ぐ。その後ろから相棒は、ぺたぺた、と間の抜けた足音と共に、空間をちょっと圧縮しながら付いてくる。
だが、
「おっと」
ずざざざ、ずどんっ、と。
とっさにブレーキを掛けたが止まり切れず、何かいかがわしげな儀式を行っていた邪教徒っぽい集団の神殿に正面衝突し、どんがらがっしゃん、と崩落させる。瓦礫を押しのけて立ち上がり、同じく瓦礫を押しのけて襲いかかってきたイカだかタコだかの怪物の脚を引っつかんで海へとキャッチアンドリリースしつつ、目の前に広がっている海を見る。
「海か」
「他にもっと言うべきことがあるんじゃねーかと思うが、まあでも海だな。水着イベントでもやっか? えろいの持ってきてるけど」
「いらね」
「てめー」
「それよりも、魔王の城はこの向こうだ」
「どーする? 転移すっか?」
「前に、こっちの転移地点を読んで相手が石置いてきてだな。おかげで一回死んだ」
「石やべーな。んじゃ、魔法で空飛ぶか?」
「前に、それで鳥と正面衝突したことがあってだな。おかげで一回死んだ」
「鳥やべーな。んじゃ、どーすんだ?」
「片脚が沈む前にもう片脚を出す」
「んなしんどいことしたくねーよ」
「じゃあ、俺たちのヒロインの出番だな」
俺は海辺に立って呼びかける。
「来い――アレクサンドリア」
ざっぱーん、と。
海面を割って現れたのは、戦艦。
金属の船体を、ぶるぶる、と震わせて、ばしゃばしゃばしゃ、と艦橋やら甲板やら主砲やら副砲やら魚雷発射管やらミサイルサイロやらフェイズドアレイレーダーやらシールド発生装置やら次元航行機関やら衝角やら獣耳やらから水をふるい落とす。
しゅるしゅる、と船体からタラップが俺たちの元へと生えてきて乗るように促す。
艦内のスピーカーから俺たちに向かって放たれる、彼女の声。
――ひひーん。
「今更だけどもう原型留めてねーなこの馬」
「アレクサンドリアをこの馬とか言うな。俺のために状況に応じたありとあらゆる存在へとその姿を適応させ、陸海空宇宙時空異世界間その他諸々の荒波を踏破してきた、俺の召喚獣たる愛馬にしてヒロインだ」
「もうツッコミが追いつかねえよ」
と相棒は何故か深い溜め息を一つ吐いて、
「というか、何で戦艦」
「テンション上がるから」
「そんな理由かよ」
「でも、お前だってそう思うだろ?」
「……思う」
そんなわけで俺たちはアレクサンドリアに乗り込み、途中で現れた魔王配下の死霊海賊団を、ごつん、と体当たりで沈めつつ海に浮かぶ魔王城に辿り着く。とりあえず、アレクサンドリアが副砲を魔王城に向けてぶっ放してみるが、弾かれた。
「結界だなありゃ」
さすがに魔王城だけあってそう簡単には侵入できないらしい。おそらくは、各地に点在させた鍵となる特殊な道具を、特定の場所に納めることで解除できるとかそんな感じ。
相棒が聞いてくる。
「どーする? 道具取りに行くか? 場所ならもう調べてあるけど」
「いや。時間がないから強行突破する」
ぼかん、と。
俺は金属バットの一撃で結界を粉砕する。
「よし。開いたぞ」
「情緒ってもんがねーなおい」
「うるせえ」
魔王城の門のところに行くと、そこには一匹の巨大な闇っぽい竜。
『――よくぞ来たな。選ばれし勇者よ』
と重々しい口調で出迎え、
『だが、貴様らの旅もここで終わりだ。魔王の下へ行きたくばこの私を倒――』
ぼかん、と。
俺は金属バットを振り落ろして竜を昏倒させ、魔王城に侵入する。
「なーなー、口上くらい聞いてやろうぜー」
「うるせえ」
というわけで、魔王が現れたので何か言われるよりも先にバットを振る。
ぼかん。追い詰められた魔王は変身した。
ぼかん。魔王をやっつけた。
「…………」
「そんな目で見んなよ……ほら、なんかまだ残ってるみたいだから次行くぞ」
直後に現れる、召喚された自称破滅の神。
ぼかん。回復された。ぼかん。回復された。
ぼかん。回復された。ぼかん。回復された。
ぼかん。回復された。ぼかん。回復された。
ぼかん。回復された。ぼかん。泣かれた。
「お前ひでーやつだな」
「ひどくない。断じてひどくないぞ」
とにもかくにも、かくして世界は救われた。
その直後、天から――つまり天井をぶち抜く形になったわけで、ぎゃあ、と悲鳴を上げつつ、でもそんなことは無かったかのように荘厳な光と表情と雰囲気を纏い、頭にはたんこぶをこさえて現れる、金髪碧眼の少女。
誰かと言うと、俺をこの世界へと送り込んだ女神だ。天使さんはちゃんと彼女のお尻を引っ張ってくれたらしい。
「よくぞこの世界を破滅の神の脅威から救いました勇者よ」
と、彼女は言う。
「では、貴方がたに最後の試練を与えましょう。さあ、その力を示しなさーー」
「分かりました」
ぼかん、と殴った。
「痛いっ!?」
と、俺の金属バットの一撃を脳天に受けて悲鳴をあげる女神。
「な、何てことをするのですかバットくん冗談だったのに! ――はっ!? もしやこれが、君なりの愛情表現ということですか!?」
「いや、力を示せとのだったので」
「いやいや、気持ちはわかっていますとも。君の大好きなツンデレって奴ですね?」
「違いますからね?」
「やんもうっ、バットくんたら照れちゃって! 照れ隠しで金属バットの一撃を食らわせてくるなんて、まったくもう、君はツンデレなんだからっ!」
「それはツンデレじゃないです」
「さて――」
と女神は俺の言葉を無視し、ごほん、と咳払いを一つ。荘厳な雰囲気を取り戻し、ただし頭にはたんこぶを二つつけたまま、告げる。
「貴方の力、見せてもらいました。素晴らしい力です。よくぞその力を使い、この世界を破滅の神の脅威から救いましたね」
「ああ……無かったことにするんですね。今の流れ」
「――これで、世界に夜明けが訪れます」
と、こちらの指摘を女神は華麗に無視した。
「どうも」
と、俺も追求を諦める。
「では、世界を救った貴方の望みをお聞きしましょう。この世界の支配者となるのか、ただ一人のの人としてこの世界で生きていくのか、あるいは、新たなる異世界で旅を続けるのか――」
女神が俺に問う。
「――貴方の望みは、何ですか?」
その問いに、俺はいつもの通りに答える。
「元の世界に戻して下さい」
「――分かりました」
という言葉と共に、俺の回りに魔法陣が展開し、ぐるりぐるり、と取り囲む。
「それじゃあ」
と俺は後ろを振り向く。
女神のことをガン無視し、こちらもたんこぶをこさえた涙目な自称破滅の神(銀髪ロリっ娘)に対し「げっへっへ……お嬢さん可愛いね。ちょっと今から私とお茶しない?」などと迫ってどん引きさせている相棒に、片手を振って声を掛ける。
「ちょっと行ってくんぞ」
「ほいさっさー」
と、涙目の破壊神を片手で捕獲したまま、もう片方の手を振って返す相棒。
「メシの時間までにはちゃんと帰ってこいよー。今日はカレーで慰めてやんぜー」
「負ける前提かよ」
「んじゃ、勝ったらトンカツ付けてやろう」
「そりゃ勝たねえとな」
と俺は笑って、それから女神に向き直る。
「それじゃあ、お願いします。女神様」
「ええ、それでは――」
それから、両手を胸の前で組み、軽く首を傾けるという、素敵な仕草で告げる。
「――ご武運を、バットくん」
直後に、視界が光に包まれる。
□□□
そして、その光が消えると共に。
元の世界へと俺は戻ってきた。
というか、その上空に。
つまり、落下中の状態で。
ちなみに、かなりの速度だ。
自由落下してるとか、そんな甘っちょろい速度ではない。割と光速が見えてくるくらいの速度。たまにこういう状態で放り出されることがある。それで三回ほど死んだ。何とかして欲しい。
眼下に広がるのは、大小無数の高層建築物が建ち並び列を為すコンクリートジャングルで構築された都市の――その廃墟。
俺のいた元の世界。
それは、もう、とっくに滅んでいる。
だと言うのに、何でわざわざ、こんな世界に戻ってくるのか。
なぜってそれは、ここにいるからだ。
そいつが。
ぼかん、と。
俺は、金属バットを振るって、空気に向かって叩き付ける。空気が壁となって立ち塞がる速度のスイング。壁となった空気をそのままぶち抜く。空気の壁が破裂し、衝撃波をまき散らし、辺りに轟音が鳴り響く。痛烈な手応えと共に、急激に減速する落下速度。
そして当然、減速はまるで足りない。
俺は高層ビルの残骸の一つに真上から落下し、そのまま最上階から地下までをぶち抜いてようやく止まる。
その直後、頭上にて崩壊し降り注いでくる高層ビル一個分の瓦礫。
もう一度、金属バットを振るった。
それで全てを、払い退ける。
その余波で、周囲の建物のガラスが全てひび割れ砕けて散って、太陽の光を乱反射させながら一斉に落ちてくる。
きらきらと光る、ガラスでできた海の中で。
相手を探す。
最初に、予知スキルを使ってざっくり把握。
続けて、第六感を使った探知スキルで精査。
最後に、地球の裏側まで見渡せる千里眼で。
――見つけた。
巨大な建築物が建ち並ぶこの都市の中。
その中でも一際目立つ、赤い塔の姿。
高さは3333メートル。記憶にあったよりどうも桁が一つ大きい気がするが、まあ、相手が建て直したしたものなのだからしょうがない。たぶん、高い方が目立つとかそんな理由。
そんな塔の上。その、てっぺんの辺り。
千里眼の視界が、相手の姿を捕捉。
ぱちり、と俺は瞬きを一つ。
挨拶代わりに、魔眼をそいつに叩き込む。
対象の時間を停止させる、麻痺の魔眼が。
対象の精神を改変させる、幻惑の魔眼が。
対象の肉体を変質させる、石化の魔眼が。
対象の熱量を暴走させる、灼熱の魔眼が。
対象の存在を消去させる、即死の魔眼が。
千里眼を通して、一斉に発動する。
視線を媒介にし、膨大な魔力が流入し、一点へと収束し効力を発揮する――直前。
ばぢんっ、と。
腕の一振りが、それらを容易く弾き飛ばす。
砕け散った膨大な魔力の欠片が、干渉を起こして虹色の軌跡を残し、きらきら、と空間を彩って飾り付ける中で。
すっく、と立ち上がる人影は仁王立ち。
ばさり、と黒髪を宙になびかせながら。
ずずい、と張られた胸は、ぺったんこ。
一言で言うと、美少女。
あるいは、セーラー服の美少女。
もしくは、めっちゃツンデレっぽい美少女。
滅んだ世界の赤い塔の上。
ぽつん、と。
たった一人でそこにいる。
金属バットを、俺は構える。
「よお――」
そう、遥か遠くの彼女に告げて。
「――行くぜ」
と、最初の一歩を、全力で踏み出す。
その一歩で周囲一帯の地面が砕けて陥没し、めくれ上がって吹き飛ぶ。
びゅん、と。
次の瞬間には、轟音と吹き飛ぶ地面が、遥か背後に流れ去っていく。
ガラスの海を割って駆け抜け、煌めく渦を跡に残してさらに先へ。全身に叩き付けられる空気の重みを押しのけて、破裂する空気の音を追い越してさらに前へ。一歩ごとに地面を建物を都市を粉砕してさらに駆け抜ける。
保有している大量のスキルと魔法を展開。
身体能力を何重にも強化。
背後に魔力による加速術式を発動。
前方のあらゆる摩擦や抵抗を無効化。
自身の質量を操作して、前方の空間を圧縮して、時間の流れを改変して、物理法則をねじ曲げて――さらに加速。
視界に赤い点が一つ生まれる。
すぐさま、ぐんぐんぐんぐん、とそいつは迫ってきて赤い塔になって、瞬きする間に天を貫く巨大な建造物となって、もう目の前に。
最後に、一際派手に街並を壊しながら、俺は赤い塔のてっぺんに向けて宙を跳ぶ。
俺は行く。
彼女の所へ辿り着く。
一瞬を、無限に切り刻んだ世界の中で。
全力疾走から金属バットを振り上げながら。
彼女を、俺は見下ろす。
お互いの視線がぶつかり合う。
彼女は、俺を見上げる。
黒髪と制服とスカートをはためかせながら。
俺は叫ぶ。
金属バットのグリップを、握り締めて。
スキルが発動する。
幾千幾万の夥しい強化スキルが。
万物に対する大量の特攻スキルが。
物理法則を無視し改変するスキルが。
防御を耐性を不死を貫通するスキルが。
理屈抜きにとにかく相手は死ぬスキルが。
馬鹿げた数のスキルが乗った金属バットを。
遅すぎる叫び声は、置き去りにして。
光を超えるような速度で。
星を打ち砕く重さで。
振り下ろす。
赤い塔が、悲鳴を上げた。
上から下までの全ての支柱がひしゃげ、捻れ歪んで金きり声を上げながら絶叫。弾け飛んだ無数の巨大なボルトの一つが身体を掠めて遥か背後へとすっとんでいく。鉄骨の一部が落下して下の構造体にぶち当たってごおんごおんとリズムを刻みながら下へ下へと落ちていく。
それだけ。
ほんの、それだけで止まった。
金属バットを振り下ろした先。
左手。
彼女の左手が、一撃を受け止めていた。
そして。
彼女の右手が、ぐい、と後ろに引かれる。
さらり、と緩やかに宙を泳ぐ綺麗な黒髪、
ぺったんこな胸の上には、赤いスカーフ、
ちらり、と顔を覗かせる白いお腹とお臍、
ふわり、と翻るスカートはけれども鉄壁、
その代わりに、真っ白な太腿だけが見え、
それとは対象的に、膝頭のてっぺんは赤、
学校指摘的な靴の裏側が塔のてっぺんを、
踏み締める。
それがとどめとなって、赤い塔が弾け飛ぶ。
断末魔の叫びを上げ、接合を維持できなくなった各部の鉄骨が、一斉に内から外へと崩れ砕けて宙へと散っていくその中で、
彼女の右手が、瞬間の世界を貫く。
幾千万にも展開した防御スキルを。
あらゆる攻撃を防ぎ反射する障壁を。
攻撃の威力そのものを逸らすスキルを。
相手の攻撃の意思を減退させるスキルを。
攻撃それ自体の因果を消滅させるスキルを。
彼女の一撃が、打ち砕く。
そのままぶっ飛ばされた。
高層建築物を、一つ、二つ、三つ目からは数える余裕が無くなったが、それから幾つも突き破り砕いて倒壊させて、ようやく止まる。
瓦礫の山に埋もれながら、やっぱすげえな、と衝撃でふらつく思考の中で思う。
でも、まだだ。
そう思って立ち上がり、金属バットを構えようとしたところで、左手が無くなっていることに気づく。というか、左半身がごっそりと持って行かれていた。
べちゃり、と。
大量の血と一緒に足下に零れ落ちる内臓。
「……まだだ」
それでも俺は無理矢理前に進もうとし、自分の血と内臓に脚を滑らせ、すっ転ぶ。
ああくそ、と思う。
まだ、駄目か。
何とか首を起こすが――それ以上、身体が動かない。立ち上がれない。
自動で発動する完全蘇生魔法も、不死身スキルも、無敵化スキルも、復活スキルも今の一撃で無効化されたらしく丸っきり発動しない。
フラグ操作系のスキルも機能不全に陥っているようで、懐に入れていたお守りは左半身と一緒に消し飛んでいた。
霞み出す視界の中、崩れて落ちる赤い塔。
俺は見る。
崩壊する塔と一緒になって落下する彼女を。
その表情を、俺は見る。
その顔に浮かんでいる――笑み。
「はっ――」
だから、そうやって俺は笑い返す。
「また、すぐに来るから――」
死ぬほど痛いが、それを堪えて、告げる。
「――首を洗って、待ってろ」
そして、俺は「僕たちの戦いはこれからだ!」と諦めきれずに吠え立てる意識の奴を明後日の方向へとぶん投げた。
きらん、と星になった意識は「覚えてろよ!」と捨て台詞を残して消え、なんか今度も負けそうな台詞だな、と俺は思う。
□□□
つまるところ。
これは、俺が彼女に負け続ける話だ。
あるいは、そんな馬鹿なことを俺がし続けている理由についての話。
こんな意味不明な状況を説明するには、とりあえず事の始まりから語るしかない。
その当時、俺はただの引きこもりで。
ご多分に漏れず、異世界に転生したのだ。
美少女に轢かれて。
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