第13話 創造者と、神


 いま、ユウリとキリア、ガーシュインの目前に『脊柱』の地下基部がある。


 上部構造物の巨大な質量を支える、堅牢きわまりない構造物だ。

 表面の材質は不思議な風合いで、金属と石材の中間のようにも見える。

 ユウリはそこに掌をあてた。ただ硬いだけではない。その奥に、膨大な量と密度をそなえた、圧倒的な存在感がある。この感覚こそが、まさにここが「目指してきた場所」であることを物語っている。


「──ここが、『脊柱』への入り口だ」


 ガーシュインが言い、基部の入口を指し示す。

 入口は堅固な扉によって閉ざされている。把手はない。なんらかの手段によって、内側から開けてもらわなければ、中に入ることはできない。


 ユウリは入口に近づいた。そして、ベリテーから受け取った「鍵」となる言葉を発する。


「       」


 それが何を意味するのかは分からない。奇妙な音を、ただ記憶のとおりになぞった。

 ユウリの呟いた「鍵」が唇から離れて、ほんの一呼吸ほどの時間ののちに。

 ごくわずかな唸りとともに、扉は開かれた。


「……ベリテー、たしかに扉は開いたよ」


 安堵とともに呟く。その言葉に、キリアは小さくうなずいた。

 ガーシュインは、すこし驚いた様子で、ふむ、と言った。


「すでに鍵を得ていたとはな。もしも知らなければ、きみたちの生体鍵を割り出すのに、かなりの時間が必要だったのだが。……ところで、ベリテーとは誰だ」


 ユウリは答えた。


「ナイマと同じ『地上の者』だ」


 そう、同じだ。だが、彼女はナイマと違う。自分に信頼を抱かせるなにかがある。そう、ベリテーは、確かにトウカに似ている。そのことにはまだ、キリアにもガーシュインにも言っていないが、いずれ話すこともあるだろう。そうユウリは思った。


 開かれた扉に、足を踏み入れる。


「──広い。だけど、それだけだ」


 思わず、ユウリは呟いた。事実、そこには何もない。壁面にはさきほどの扉のようなものがいくつも並んではいるが、どれも閉ざされている。広間には強度を保つための柱が、整然と立ち並んでいる。まるで倉庫のようだ。


 ガーシュインのほうを仰ぎ見ると、かれは小さくうなずいた。


「ここは、我ら『地下の者』の待機所だ。奥には昇降機がある。そこから上階へ進めるだろう」


「待機所って、ここでガーシュインたちは何を待つの? そんなものが必要なのかい?」


 キリアが訊くと、ガーシュインは窮屈そうに肩をすくめるしぐさをした。装甲がぎしりと軋む。


「ここより下の階には、我らの身体を正常に保つための整備施設や、新たな『機械』たちを生産するための工場がある。それらは我らの生命線だ。門を開いてすぐに、そんな施設があっては危ないだろう? ここはつまり、外敵に備えるための空間だ。多少の無駄も、それはそれで大事なものだ」


「なるほどね。……考えてみれば当たり前だけど、あなたたちの身体にも、手入れが必要なんだな」


 キリアの言葉に、ガーシュインが強くうなずく。


「そうだ。残念ながら、我らの身体には自己修復機能はない。もし戦闘などで破損したなら、しかるべき整備が不可欠だ。おそらくは、ナイマたち『地上の者』も同様だろう。だが、彼女らの身体のほうが、我らよりも繊細な構造をしているから、より高度な整備が必要となるはずだ」


 整備か、と呟いてから、ユウリはガーシュインに問うた。


「それでは、ナイマもどこかで整備をしなければ、再び現れないということか?」


「おそらくはそうだろう。……彼女らは、人間の『精神』を吸収し、それを自らの身体にまとわせることができる。そのテクノロジーや知識は、我らには与えられていない。彼女ら『地上の者』の拠点は、塔の上階、あるいは周辺施設だろう」


「この旅程が終わるまで……じっとしていてほしいものだ」


 ユウリが言うと、ガーシュインも頷いた。


 昇降機に乗り込み、室内の指示盤を用いて上階を目指す。

 ガーシュインの大きな指が、素早くボタンを操作する。


「……このまま最上階まで行ければ、ありがたいのだが」


 彼の呟きに返答するかのように、指示盤に数字のようなものが明滅する。『機械』たちの言語だ。

 入力が終わると、昇降機が、がくん、と振動し、ぎこちなく上昇を始める。


「調子が悪そうだな」


 ユウリがそう言うと、ガーシュインも、そうだな、と答える。


「上階への進入許可は降りている。だが、昇降機そのものの調子がおかしい」


 キリアは不安そうに指示盤の文字を見つめている。光点によって描かれた文字は、まるで水面のように揺らいでいる。

 そして、唐突に上昇が鈍った。いくらも昇らぬうちに、だ。頂上に辿り着くどころではない。


「ガーシュイン、状況を教えてくれ」と、ユウリ。


「状況も何もない。故障だ。……いや、おそらくは、何者かの手によって、作動プログラムが改変されていたと見るべきだろう」


「何者か? いったい、どういう意図があって?」


「わざわざプログラムを書き換える理由はひとつ。君たちや私を、すんなりと上階に行かせたくない者がいる、ということだな」


「邪魔者に心当たりは?」


「ないな。だが、機械を壊さずロジックのみを破壊するには、それなりに知識が要る。おそらくは『機械』、それも『地上の者』たちの手によるものだろう」


「その根拠は?」


「……『脊柱』の、地上より上のメンテナンスは、彼らが担っているからだ」


「分業ということか? しかし、そうであったら、なぜ争い合う? 理不尽じゃないのか? ……正直、『機械』たちが一枚岩でないのが、驚きだ」


 ユウリが想像していた『機械』とは、単一の目的に整然と邁進する、統制のとれた集団だった。だが、実際に出会った『機械』たちは、それぞれに個性らしきものを備え、そして、属する組織によっては、争いさえもする。ガーシュインがナイマを傷つけたように。なぜ?


 そんな疑問に、ガーシュインは小さく頭を揺すりながら答える。


「それこそ、我々にとっては『神の思し召し』のようなものだ。我らを創造した者に訊いてくれ。一枚岩であるように作ってくれていれば、面倒も少なかったろうに、と思うがね」


 そのあまりにも人間臭い返答に、横で聞いていたキリアは呆れたように言った。


「少なかったろうに……って、理屈で言えば、べつに争う必要なんか、ないんだろう? あなたたちなら、人間みたいに利益やメンツにとらわれずに、最善の方法を選べるんじゃないのか?」


 だが、そんなキリアの問いかけを、ガーシュインは明確に否定した。


「そんな無益な争いもまた、我らに刻み込まれた『本能』だ。我らの創造者が、いったいどのような意図を持っていたのか、それを窺い知るすべは、製品たる我々にはない。……お前達はどうなのだ? 人間は、人間同士での争いを捨てられると思うか? お前達のいう『神』は、その問題をクリアできるように、お前達を作ったと思うか?」


 ガーシュインからの問いに、キリアはすこし考えた。その理由はユウリにも分かった。キリアの家族は、人間の賊に……同じ人間に襲われたのだ。もう、この世界にどれほどの人間が生き残っているかは分からない。それほどまでに数を減じてさえも、まだ人は人同士で殺し合う。


 キリアの消沈した様子を見て、ガーシュインは、べつに答えを強要しているわけではない、と静かに言った。そして、完全に停止してしまった昇降機のパネルを確かめる。


「……1階だ。地下から地上に上がっただけで、止まってしまったな」


「横着は出来ないものだ」と、ユウリ。


 ガーシュインが扉を開け、キリアは銃を脇に構えたまま、注意深く外の様子を窺う。


「敵は……いるか」


 何をもって「敵」と言うか。これまでに知り得た『機械』は、わずかに4体。



 ナイマ、明確な敵。

 ベリテー、敵にもなりうる。

 スーラ、判断を保留。

 ガーシュイン、信頼せねば身動きがとれない。



 たったこれだけのサンプルから、何が分かる? 何も分かりはしない。だからこそ、何があろうと折れぬ、心と力が要る。

 全神経を研ぎ澄ます。『機械』たちの身体の奥底、緻密な駆動体の囁きさえも聞き逃さぬように。

 昇降機の外は、広大なフロアだ。室内は薄暗く、規則的に並ぶ支柱は、人ひとりが身を隠すには十分すぎる幅がある。


 ユウリは視線を走らせる。


「────?」


 支柱のなかの一本、その向こうで、わずかに影が揺らめいたように見えた。


 ユウリは脇に構えた対甲銃を頬の横に引き上げ、銃床を肩に押し当てる。

 銃身の先端を、暗がりの中へと向け、注視する。

 誰何はしない。静かに、変化を待つ。


 数秒。やがて、その影から、場違いなほどに儚げな声が聞こえた。



「──撃たないで」

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