第七十四話 龍の巣へ向かうために

「ですが……申し訳ありません。我が兄イットウの言葉であってもあなたを今、龍の巣へお通しすることは……出来ないのです」


 ジュウベエ様が申し訳なさそう頭を下げる。


「どうして……でしょうか?」


 理由を聞かなければ納得が出来ない。

 龍の巣に来るためはるばるここまで来たのだから……分かりましたと簡単に引き下がるわけにはいかない――!


 僕の問いにジュウベエ様はしばらく考え込み、そして意を決したように話し始める。


「それにはまず……我々がこの場所に集落を作り暮らしている理由から話さなければなりません……」


 部屋の空気が変わり、息苦しく感じ始めるようになった。

 レイなんかは背筋を伸ばして座りなおしたりしている。


「我々は……遥か昔から最高神バーゼル様の信託によって、各大陸にある竜の巣を守るよう命じられてきました……鬼人族オーガだけではありません、その他に鳥人族バードマン森人族エルフ、小人族など、人間ではない種族達がその命を受け、各地で私達と同じように龍の巣の近くで集落を構えて守り続けているのです」


 小人族は……確かトゥルクさんたち森の小人ゴブリンの正しい名称だったはず……

 鳥人族バードマン森人族エルフはお話で聞いた程度で実際に見たことはない。


「あなた方の守る龍の巣とは……一体何なのですか?」


 ティアナが不思議そうに聞き返す。

 確かに……昔はヘイダル皇国とも戦ってこの地を守った鬼人族だ。

 そこまでして守る龍の巣って一体何なんだろう?


「龍の巣とは……試練の場であり、封印に必要な力を得る場なのです」


 ジュウベエ様が息を吐きながら静かに呟く。


「遥か昔から、魔王が復活する前兆があった際、バーゼル様によって信託を受けた勇者が、各大陸にある龍の巣に入り、そこで龍の方が出す試練を突破することにより魔王を封印する為の力を得る場でした。 ですが……200年前に勇者トルフィン様が来たと伝えられているのを最期に、風の噂で魔王の復活の話は聞けども、新たな勇者様がここに来ることは無くなりました……」


 龍の巣が……魔王を封印する力を得るための勇者の試練の場……?

 ではイットウ様が僕をここへ向かわせたのは……その試練を受けさせるため……?


「それでも我々は先祖代々からの、龍の巣を守り信託を受けた勇者様が来たならば龍の巣へ案内せよという決まりを守り続けていました。ですが……」


 ですが……?


「あなた方も聞いているでしょう……現在皇国や我々の土地で冒険者、兵士などが何人も殺されていることを。我らの仲間も同じように殺されてはいますが……その犯人が……同じ鬼人族なのです……」


 その時、ジュウベエ様の隣にいたキキョウさんが拳を握り締めて床を叩き、その周りにいたコタロウさんやムサシさんも歯を食いしばって悔しさを露わにしている。


「その者はトウキといい、剣の才も確かでしたが傲慢な男で、イットウを超えるのは俺だと常日頃から言ってはばからず、あげくの果てにこの家から兄上の残した指南書や書物などを奪い姿を消しました。ですがつい最近、我々の前に再び姿を現し自分も龍の巣に入れろと要求し始めたのです。私はトウキの心に悪しきものを感じ、何か良からぬことが起きかねないと拒否しましたが……トウキは強引に龍の巣へと入ろうとし……」


「我らの長を……父を殺したんだ――!」


 ジュウベエ様の言葉に割り込むように、キキョウさんが憎しみのこもった叫び声をあげた。

 その様子を見ながらジュウベエ様は話を続ける。


「前の長であるキキョウの父……ヒュウガは鬼人族でも一番の剣士でした……龍の巣を守ろうとした戦士たちは全員斬り殺され、止めようとしたヒュウガも剣を交わして手傷は負わせたものの……代わり深手を負い、あえなく……そのため、やむなく隠居した私が再び長となっています……」


 身体を震わせて怒りを表すキキョウさんの頭を、ジュウベエさんが優しく撫でる。

 集落全体が暗い雰囲気だったのは、ヒュウガさんが亡くなったせいだったのか……


「最近では、関係のない皇国側の人間まで手を掛け、鬼人族と皇国で再び戦争を起こしてでも龍の巣に入ろうとしている危険な状況です。そんな時にあなたを龍の巣に導けば、なぜ自分は入れないのだとトウキは怒り狂って乗り込んでくるでしょう。そうなればヒュウガや他の戦士たちを失った今、今の我々の戦力ではトウキに対抗できる者はいません……」


 僕の心の奥がざわつき始める。


 ――剣は人を守る為に使え――


 自分の師匠たちの想いを、汚い足で踏みにじられたような怒りがこみあげてくる。


「我々は龍のお方の命をなんとしても果たしたいと思っております。ですが現状ではどうしようもなく……」


 ジュウベエ様の落ち込む姿と悲しい言葉に僕の心の火が更に燃え上がっていく。

 いてもたってもいられず僕は立ち上がる。


「ジュウベエ様、僕にトウキの討伐を……させてもらえませんか?」


 その言葉に鬼人族の人達は全員驚いてこちらを見る。


「僕は……師匠であるトガより、剣は人を守る為に使えといつも言われ、そして……自分の全てはイットウ様の全てとも教えられました。イットウ様からも同じような教えを受けていたからこそ、師匠は僕に胸を張ってそう言っていたはずです……だがトウキという男は、そのイットウ様の教えを踏みにじり、自分の欲のために剣を使ってキキョウさんの父やその他の罪もない人たちを手に掛けた……そのような者に僕の師匠たちの想いを汚され続けたくはないのです」


 ジュウベエ様は僕の申し出に、深く考え込む。

 他の三人の鬼人族も一様に腕を組んで考え込んでしまっている。


「キキョウよ……お主はどう思う?」


 ジュウベエ様が不意にキキョウへと問いを投げかけた。


「え……私は……」


 突然のことでキキョウも慌てだして、僕やジュウベエ様を何度も見る。


「お前は、父の仇を取りたいと言っていたな……分かっているとは思うが、我らの今の力ではトウキを倒すことは出来ん。今あやつに斬りかかっても無駄に死体が増えるだけだ……だがこの者は兄上の剣を継ぎ、そして魔王を倒したのだ。実力は推して知るべしであろう。私はムミョウ殿に手助けをお願いしたいと思っている。お前は……納得できるか?」


 みんなの視線がキキョウさんへと注がれる。


「私は……出来るなら自分の手であいつの首を掻っ切りたい――! でも……それを出来るだけの力が無いのは分かってる……」


 ……拳を握り締めながらうつむくキキョウさんの表情は複雑だ。


「キキョウさん……」


 僕はキキョウさんに近づくと、その手をしっかり両手で握る。


「僕に……任せてください」


 キキョウさんは言葉を発することなく、ゆっくりと頷く。

 周りを見れば、他の鬼人族やティアナ達もみんな頷いてくれた。

 こうして僕達はトウキの討伐を決意し、そのための方法を練ることになり、まずティアナが手を挙げた。


「ジュウベエ様、いくつかお聞きしたいことがあります。先ほどから言われている龍の方とは一体誰なのですか? そしてその龍の方の命とはなんなのですか? そして……なぜトウキはそこまで龍の巣にこだわるのですか?」


 ティアナの疑問に対し、ジュウベエ様が静かに答える。


「龍の方とは巣におられる、西方の龍と呼ばれる方で勇者への試練を与え、魔王を封印するための力を授けるお方と言われています。お姿は拝見したことはないのですが、龍の方は我々鬼人族に姿を現さずともお言葉を伝えることが出来ます」


イットウ様の言っていたそこにいる者とは西方の龍の事だったのか……


「そして、その龍の方の命とは……兄上が集落を離れた後、鬼人族へ伝えられたものでイットウには己を鍛え強くなり、才能ある者を見つけ育てよ、魔王復活の際にはその者を龍の巣へと向かわせよと言って旅に出させた、お前たちの所へいずれイットウの言葉を受けた者が龍の巣へ来るであろうから、その者を案内せよというものでした。」


それが僕……? でもそれならなぜ師匠じゃなくて僕だったんだろう……? 師匠はそんな事一言も言わなかったのに……


「そして、おそらくトウキが龍の巣にこだわるのは兄上の事があったからでしょう。 兄上はいずれ集落の長になる人物でしたが、昔から破天荒な性格で強くなるためと言っては無茶なことをいつも繰り返し、あげくの果てには200年間誰も入ることのなかった龍の巣へとみんなの制止も聞かずに入ってしまったのです」


さすがイットウ様だ……師匠の師匠だけのことはあるなあ……


「ですが……1か月後に出てきた兄上はまるで別人で、打って変わったような落ち着きと、もはや剣の達人と言っても過言ではないような強さを手に入れ、しばらく剣の指南書などを書くことに没頭すると、それを私達に託し、龍の方の命で旅に出る。集落の事は任せたと言ってここを去りました。最初はここを離れるための嘘だと思っていたのですが……実際に龍の方のお言葉を聞きその命の事を知ったのです。」


そうやってバルターク大陸に渡ってきて、師匠達と出会ったのか……


「トウキはその事を他の者や奪った指南書から知り、自分も強さを手に入れがたい為に龍の巣へと入ろうとしているのでしょう。」


その後は、ムサシさんがトウキは恐らくこの集落の周辺の森に隠れており、僕達の事を見張っているであろうことや、龍の巣へは集落から一本道で他に入り口はなく、そこを固めてしまえば入ることは難しくなるという事を聞き、ティアナがゆっくりと話し出す。


「私に……一つ作戦があります」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る