第六十話 決心

 バーンを倒した翌日、僕達は朝から忙しい。

 まずは領主である公爵様に屋敷へ招待され、勇者バーンの討伐と街の危機を救ってくれたことに対する感謝と労いの言葉を受ける。

 その際、僕やティアナは連合国で魔王を倒した際にとりつかれ、バーン自身が魔王へと変わりつつあった可能性を改めて伝えた。


 昨日の衛兵隊長からある程度の報告を受けてはいたようだが、その事実は公爵様だけでなく、同席していたノイシュ王国の使者などにも衝撃を与え、すぐさま王国を通じて大陸中の国々へと伝えられていくこととなった。


 封印されたバーンの遺体は、再び魔王の復活という可能性がある以上、普通に埋葬するのでは危険すぎるという事で、各国と話し合って兵を出し合い、人の少ない要塞などで厳しく監視を続けるつもりだと公爵様は言ったが……


「恐らく……ローレン教主国から遺体の引き渡しと、勇者バーンが魔王だったという事実ではないこと事を広めるなと催促が来るのは目に見えている。自分達がバーゼル様から信託を受けて認定した勇者が問題だらけどころか、魔王になっていたなどという事は何がなんでも隠したいだろうしな」


 公爵様が頭を抱えながらため息をつく。


「無論、事実を知った他の国々はそんなことは許さないだろうし、我々としてもそのような要求を受けても突っぱねるつもりだ。これは教主国の問題だけではない、大陸の……いや、世界共通の問題なのだ」


 その後、公爵様は僕達へ深々と頭を下げる。


「すまないが……今後はムミョウ君や『獅子の咆哮』の皆さんには鍛錬場攻略に向けて全力を挙げてほしい。魔王に対抗するには40階層まで攻略して神々の祝福を受けなければいけない以上『獅子の咆哮』の皆さんにも大陸を巡って鍛錬場の攻略に励んでもらわねばなるまい。そして、ムミョウ君にはぜひとも他の冒険者や兵士などにも稽古をつけてもらい、一人でも多くの者に鍛錬場の攻略をしてもらいたいのだ」


 『獅子の咆哮』やティアナが一斉に僕を見る。

 皆が何を不安がっているのは分かる。

 けれど……僕は目覚めた時に皆に話し、そして決めていたことを公爵様に告げた。


「公爵様、申し訳ありませんが……僕は『獅子の咆哮』の方々が40階層を攻略次第、ヤパン大陸へ向かいたいと思っています」


「どうしてだね……? この状況で……なぜヤパンに向かうと言うのだ?」


 公爵は思わず席を立って驚く。

 魔王復活という危機が迫っているにもかかわらず大陸を渡ると言い出したのだから無理もない。

 僕はひるむことなく言葉を返す。


「僕が以前、傭兵達を全滅させた際に傷を負い、意識を失って眠っていました。その時、私の師匠であるトガとその師匠のイットウ様が夢の中に現れ、お前にはやるべきことがある、ヤパン大陸の龍の巣へ向かえと仰られたのです」


 一息ついてから、再び話し出す。


「夢の中だからと笑われるかもしれません。ですが……僕にとっては間違いなく師匠達の言葉。それに……魔王の復活という事態にあって、その言葉がまるで無関係とは思えないのです」


 公爵様は考え込んでいるようだ。

 恐らく僕をどうやって説得しようかと頭を悩ませているのだろう。

 けれど僕は……何を言われようともヤパン大陸に行くと心に決めている。


「その事については……なんとも言い難い……とにかく、まずは『獅子の咆哮』の40階層に全力を挙げていただけないだろうか?」


 僕の真剣な表情を見た公爵様は、力なく座り言葉を出すのがやっと。

 その後は一緒に朝食を摂ったりして、公爵様との話し合いは昼過ぎに終わった。


 次はギルドへと呼ばれていたので、その足で向かう。

 ジョージさんからは僕達の無事を祝う言葉とともに、ギルド本部からの依頼を聞かされた。


 内容としては公爵様からの依頼と似たようなもので、『獅子の咆哮』の早急な40階層攻略と他の冒険者への稽古、そして他の街でも同じように稽古をしてほしいという内容だ。

 依頼内容を聞いた後、僕はジョージさんには既に話していたけれど、改めて師匠の言葉と、いずれはヤパン大陸へ旅立つことを話した。


「ムミョウ君……私は君の言う事を信じるよ」


 しばらく考えこんでいたけどジョージさんは真剣な顔をしてゆっくりと頷いた。


「夢の中だから……と笑い飛ばすのは簡単だ。けれどトガさんやそのイットウさんが君に対してそう言ったのなら……その龍の巣とやらに何かがあるのかもしれない。私はいいとしても、ギルド本部としてはムミョウ君には他の街へ向かって欲しいだろうけど……なんとか説き伏せておこう、公爵様にも話したのなら私からもお願いしてみるよ」


 本当にジョージさんには何から何までお世話になりっぱなしだ。

 僕としても『獅子の咆哮』さんの40階層突破まではフッケにいるつもりなので、すぐに出発するわけではないことを伝えギルドの方も後にした。


 次は屋敷に戻ってバッカスさんとレイの様子を見に行く。

 魔王の魔力を受けて苦しんでいた二人ではあったけど、すぐに引き離したのが良かったのか身体には特に

 異常も見られず、ベッドの中で二人とも元気そうであった。


「早くまた師匠に稽古をつけてほしい!」


「あー……ベッドの中で寝てるだけなんて身体が腐っちまいそうだぜ……」


 二人とも散々愚痴や不満を言い続ける。

 うん、大丈夫そうで何よりだ。


 屋敷では遅い昼食を皆で摂りつつ、まずは30階層への挑戦をいつにすべきか話し合うことにした。

 現状は『獅子の咆哮』の人達は、既に30階層を突破出来るだけの実力はあるし、バッカスさんが戻ればすぐにでも挑戦すべきだと思い、出来るなら1週間以内がいいのではと提案を出す。


 フィンさん達の反論はなく、逆にもう少し早くてもいいだろうという事で挑戦は3日後と決まった。


 40階層のドランに関してはティアナの経験を聞き入れ、メリッサさんの氷魔法で足を止めつつ、ライトさんとレフトさんで目を潰してから前衛の3人で身体に傷をつけ、そこに魔法を撃ちこんで身体の内部でからトドメを刺す案が採用された。


 屋敷での会議も終わった後は、僕達は闘技場に出て30階層攻略の動きの再確認を行う。

 バッカスさんがまだベッドの中なので、あまり本格的には稽古をせず、軽く体を動かす程度に抑えて陽の沈んだ頃には屋敷へと戻った。


 稽古を終え、屋敷に戻って夕食を皆で摂り楽しく会話を交わした後、3日後の挑戦に向けてそれぞれ部屋に戻っていく。


 僕とティアナはいつものようにベッドに二人で入り、手を繋ぎながら天井を見つめ続ける。

 薄暗い室内で、僕とティアナの静かな吐息だけが聞こえる。


「ねえ、リューシュ……」


「なんだい?」


 ベッドの上でお互い見つめ合う。


「公爵様やジョージさんとの話で言っていた事……本当なの?」


「ああ……本当だ。僕は師匠達にお前にはやるべき事がある。ヤパン大陸の龍の巣へ行けと言われた」


 ティアナは視線を天井に戻す。


「私も……一緒についていくって言ったら……許してくれる?」


 僕は目を閉じてじっと考え込む。

 正直に言えば……僕もティアナにも来てほしいと思っている。

 この大陸ならともかく、次に向かうは海の向こうのヤパン大陸。

 未知なる世界への期待もあるが、やはり不安も大きい。


 ティアナと一緒ならどこでも行ける。

 これは嘘ではなく正直な気持ちだ。

 けれど……ティアナをまた危険な目にあわせたくないという気持ちもある。


 僕が迷っているのを察してか、ティアナが優しい顔を見せる。


「リューシュ……私の事なら大丈夫。だって私は……炎の賢者なのよ? あなたの力にきっとなれるわよ」


「ありがとう……ティアナ、一緒にヤパン大陸へ行こう」


 そう言って僕はティアナを抱き締める。


 たとえ向こうで何があったとしても……ティアナと一緒ならきっと大丈夫だ――!

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