第五十一話 手がかり

 ここは惑わしの森、フォスターから東に遠く離れた森の奥深くで、ティアナはリューシュを探して彷徨い続ける……。



 フォスターの街を飛び出してからすでに何日経ったんだろう……。

 ボロボロの服や髪で、当てもなくリューシュを探し続けている。

 バッシュさんからもらった食料も少しずつ食いつないできたけど……それももう限界。


 時折、弱った私に食らいつこうとファングウルフや吸血コウモリが襲い掛かって来る。

 少し昔ならなんてことなかったモンスターでも、気力と体力がもう限界の私にとっては強敵。

 どうにか撃退出来てはいるけど……それがいつまで持つかはわからない。


 昼でも薄暗い森の中を必死に見まわしながら、私はため息をつく。

 こんな広い森の中で、1人の人間を探し出すなんてそんなことは無理って分かってる。

 それに街を飛び出したのは3年前……

 もう既にリューシュは……と何度も考えた。


 でも……そうなってしまったのは私のせい。

 私の自分勝手な思いで、リューシュを追い込んでしまった。


 それに……街に戻ったところで私は勇者を殺そうとした犯罪者。

 すでに大陸中に私の名前は指名手配され知れ渡っていることだろう。


 私は進むしかない。

 リューシュを見つけられるその日まで。

 もしくは……思いを果たせず、この森の中で死を迎えるまで。


 ゆっくりと森の中を歩いていたが、急に力が抜けるのを感じ、木に寄りかかるようにして座り込む。


 探さなきゃ……まだリューシュを見つけてない……


 木に手を掛けて支えにし、靴擦れで血がにじむ足に力を込め、痛みで動かなくなりそうになる太ももを何度も叩いて無理やり身体を起こす。

 けれど、立ち上がった瞬間に意識を失いそうになり私は倒れこんでしまう。


 もう体に力が入らない。

 倒れた際にバッシュさんからもらった布袋から中身がこぼれてしまったが、それを拾おうと手を伸ばしたところで意識も遠のき始める。


 左右から何かが近づいてくる足音がするけれど……もうどうでもいい。

 地面に体を預けながら、私は最後の力でリューシュへの言葉を絞り出す。


「リューシュ……ごめんね……私も……あなたの所へ行くから……」


 そして私の意識は途絶えた。




 薄っすらと身体の感覚が戻って来る。

 何か柔らかいものの上に寝かされており、上には暖かい布のようなものが掛けられている。


 私は既に死んでしまったのかしら……

 目を閉じたまま考えてみるものの、そのままだとしょうがないので、怖いけれど思い切って目を開けて周りを見渡す。


 窓から入って来る、久しぶりの光が目に染みてまぶしい。

 地面で倒れていたはずの私は、木組みのベッドに寝かされており、額には濡れた布が当てられていた。

 奥の方の扉は薄っすらと開けられており、その先ではかまどに掛けられた鍋の煮える音が聞こえる。


 ここは……?


 見たこともない場所にいる事に混乱し、身体を起こして身体にかけられていた布をめくると、自分の足に包帯が巻かれていたり、身体や髪も綺麗に整えられていることを確認し、自分がまだ生きていることを実感した。


 そうしているうちに開いていた扉が更に広げられ、中に誰かが入って来る。


「オオ、ヨウヤク目ガ覚メタヨウダナ。 無事デ何ヨリダ」


 私に話しかけてきたのは人ではない、水の入った桶を持ってきた、緑色の肌をした人間によく似た小人。


森の小人ゴブリン……?」


 話には聞いていたけれど、見たのは初めてだった。


「娘ヨ。 色々聞キタイ事ハアルガ、トリアエズモウ少シ休ムトヨイ。 オ前ヲ森ノ西側デ見ツケテカラ3日モ眠リ続ケテイタノダカラナ」


 ゴブリンさんは体を起こした私から、額に当たっていた布を受け取ると桶に入れた。


「ソウダ、目ガ覚メタナラ食事モ持ッテコヨウ。 チョウドキノコノスープガ煮エタトコロダ」


 そう言って部屋を出ると、すぐに木の器に盛ったスープを持ってきて、目の前に器が差し出してくれた。

 湯気が立ち上って食欲を刺激する良い匂いがする。

 私は軽く頭を下げてお礼を言うと、器とスプーンを受け取り、スープをすくい息を掛けて冷ましながらゆっくりと飲み込んでいく。


 美味しい……ノドから胃へと暖かいものが流れ込む感覚は久しぶり……。


 私は涙をこぼしながら、噛みしめるようにスープを味わう。

 空っぽだった私のお腹が徐々に満たされていく。

 そして私がスープを綺麗に平らげたところで、おもむろにゴブリンさんは口を開いた。


「良イ食ベップリダッタ。 トゥーテモ喜ブダロウ。 サア、腹ガ満タサレタナラ、モウ一度横ニナルトイイ」


 ゴブリンさんはそう言うと私を寝かせ、額に布を当てると、布団を掛けなおして部屋を出て行った。

 ちゃんとありがとうを言いたかったけれど、お腹が一杯になったせいか、急に眠気が襲ってきて私はすぐに眠りへと落ちていった。



 再び起きた時には既に窓の外は夜だった。

 私は体を起こし、ふらつきながらもベッドから出ると明かりの漏れる扉の向こうへと歩いていく。

 扉の向こうでは、2人の大人のゴブリンさん達と1人の子供のゴブリンさんがテーブルを囲んで食事をしていた。


 扉が開いたことに気付いたゴブリンさん達がこちらを向き、笑顔を見せてくる。


「アア、良カッタ。 起キテ来コラレタヨウダナ。 マダ辛イ所ハナイカ?」


 男性と思われるさっきのゴブリンさんが声を掛けてくる。


「はい、もう大丈夫です。 私を助けていただき、ありがとうございました」


 深くお辞儀をして私はお礼を述べた。


「ソレハ良カッタ。 ナニ、森デ困ッテイル者ガイルナラバ助ケルノハ当然ダ。 気ニスルコトハナイ」


 ゴブリンさんは笑いながら首を振った。


「自己紹介ガ遅レタナ。 私ハトゥルク、コッチハ私ノ妻デトゥーテ、向コウハ私ノ息子ノトーラダ」


 それぞれ紹介された2人が私に会釈をしてくれたので、私も頭を下げて名前を明かした。


「私はティアナと言います。 西にあるフォスターからここまで来ました」


 私の挨拶を聞くと、トゥルクさんは何度も頷き、そして私に聞きたかったであろう疑問を尋ねて来た。


「イキナリデスマナイガ……君ハナゼアンナ森ノ奥ニ1人デ? 私達ハ以前オークノ集団ガ村ニ迫ッタノデ警戒範囲ヲ広ゲテイタ。 ソノオカゲデ君ヲ見ツケル事ガ出来タワケダガ……」


 一瞬答えようか迷ったけれど、私を助けてくれた優しい方達だったし、少しでもリューシュの情報を得たかったので、包み隠さず全てを打ち明けることにした。


 自分が以前、魔王討伐に加わった勇者一行で炎の賢者と呼ばれていたこと。

 3年前に自分のせいで大事な幼馴染がフォスターを飛び出してしまい行方知れずであること。

 幼馴染が街を飛び出した原因が勇者にもあり、今までずっと自分が騙されていたことを知って思わず勇者を殺そうとし、現在逃走中であること。

 逃走中、幼馴染を探し続け、森を彷徨い倒れていた所をトゥルクさん達に助けられたこと


 話していた間、私の目からは何度も涙がこぼれていた。

 トゥルクさん達は、黙って私の話に耳を傾けていてくれていた。


「私の幼馴染はリューシュという名前の男の子で、黒い髪と蒼い眼をしているんです……ご存じありませんか?」


 かすかな希望を胸にトゥルクさんに尋ねてみる。


「ウウム……私達ノ村ニハホトンド人間ハ来ナイガ、黒イ髪デ蒼イ目カ……似タ人間ハ知ッテイルガ、リューシュトイウ名前デハナイ」


「そうですか……」


 私はがっくりと肩を落とす。

 同時に軽いめまいを感じて床に座り込んでしまう。

 トゥルクさん達はすぐに駆け寄ってくれて、私をベッドまで運んでくれた。


「マダ完全ニハ体調ハ戻ッテイナイヨウダナ。 無理セズ休ンダ方ガイイ」


 トゥルクさんの優しい言葉とともに、私はまた眠りにつく。



 翌日は昼まで眠り続けてようやく起きたけど、昨日よりも体調が良くなったので、これ以上お世話になるのもいけないと思い、私はこの村を出ることにした。

 トゥルクさんは引き止めたけど……私は一生リューシュを探し続けると決めたんだ。


「ティアナヨ。 オ前ハソノリューシュトイウ男ノ子ガ生キテイタナラバ……探シテモシ会エタラドウシタインダ?」


 トゥルクさんの問いかけに私ははっきりと答える。


「私は……謝りたい。 たとえ許されなくてもいい、罵られたっていい。 私のせいで苦しんだリューシュに一目会ってごめんねって言いたい。 昔みたいな幼馴染には戻れなくても……リューシュが生きていてくれたならそれでいい……」


 私の答えにトゥルクさんは黙って頷くと、中身がいっぱい詰まった布袋を私に渡してくれた。

 最初は断ろうとしたけど、トゥルクさんが私に無理やり持たせてくれた。


「娘ヨ。 自分ヲ責メスギルコトハ良クナイ。 モシマタ苦シクナッタノナラ、遠慮セズマタココニ来ルガイイ」


 トゥルクさんの優しさにお礼を言いつつ、私は村の門まで歩いていく。

 その時ふと大きめの石に革鎧と剣が立て掛けられているのを見つけた。


「これは?」


 トゥルクさんに尋ねてみる。


「コレハナ……私ノ最愛ノ友ノ墓ダ……長イ付キ合イダッタガ、去年病デナ……」


 その言葉に申し訳ない気持ちになりつつも、立て掛けてある鎧と剣に私はなぜか興味をひかれつつあった。


 この剣と鎧はどこかで……


 必死に記憶をたどり、そしてこれらはリューシュがフォスターで冒険者をしていたときに身に着けていたものとよく似ていることを思い出す。


「トゥルクさん! もしかしてこのお墓に眠っているのは……昨日言っていた黒い髪と蒼い眼の方ですか……?」


「イヤ、違ウ。 コノ男ハ……トガハモウ老人ダッタ。 コノ男ノ弟子ガ、私ノ言ッテイタ黒イ髪ト蒼イ眼ノ子ダ。 アア……ソウ言エバ、ムミョウガ初メテココニ来タノモ確カ3年前ダッタナ……」


 その情報に私の胸が一気に高まる。

 もしかしてそのムミョウという人がリューシュ?


「その……ムミョウという方は今どちらに?」


「前ハココニ住ンデイタガ、今ハフッケニ移ッタ。 恐ラクマダ住ンデイルハズダ」


 フッケに……行きたい……

 その人は別人かもしれないけれど……

 わずかでも希望があるのなら私はそれにすがってみせる――!


 そして私が門を出ようとしたところ、お世話になった家の方から小さいゴブリンさんが走って来る。

 確かトーラ君だったはず。


「オ姉チャン! 手紙忘レテルヨ!」


 そう言って私に見たことのない手紙を渡してくれた。


「これは?」


 不思議に思っていると、トゥルクさんが思い出したように顔をした。


「アア、ソウダッタ。 スマナイ、君ヲココニ運ンダ際、コボレテイタ袋ノ中身モ持ッテキタノダガ、ソノ中ニコノ手紙モアッテネ。 中身ヲ見ルノマズイト思ッテソノママ置イテイタンダ」


 封筒は一度雑に開けられており、中には小さい紙と便せんが入っていた。

 小さい紙を見ると、バッシュさんからの走り書きで、もしティアナがこれを見たなら、2人にとっての幸いになってほしいと書かれていた。


 そして便せんの方も開いて見てみる。

 日付は……確か私達がフッケを出た辺りの日。

 内容を読んでいくたびに……涙が溢れ、身体が、心が震えてくるのが分かる。

 最期まで読み切ったところで……私は地面に座り込んで声を上げて泣いた。


『拝啓バッシュさんへ


  お久しぶりです。 リューシュです。 フォスターを飛び出してもう3年になりますが、どうにか自分

 は生きています。

  あの後森の中を彷徨い、もう死のうと思っていた所、ぼくはとある人に助けられました。

  その人はトガという剣の達人で、僕を助けるなり、いきなり弟子にならないかと誘ってきたんです。

  びっくりはしたけど、あの勇者を見返したい、ティアナに強くなったねって言われたい一心で

 弟子になり、それからはもう厳しい稽古の連続でした。

  それでも、剣を究めるのがだんだん楽しくなってきて、初めて見たゴブリンのトゥルクさんにお世話

 になったり、修行と称して魔王が出た連合国に行って四天王とやらをバッタバッタ倒したんですよ? 

  すごいでしょ?

  そして……師匠が亡くなった後は……僕はフッケの街に住み始めました。

  今は冒険者ギルドの方の依頼で鍛錬場の調査なんかもやってます。

  信じてはもらえないかもしれないけど……僕、鍛錬場30階層まで単独で突破したんですよ!

  本当ですからね! 

  あと、そちらにも連絡が行くと思いますが、20階層を突破した『獅子の咆哮』さん達とは攻略に

 向けて一緒に稽古をしてたんですよ! 

  そういえば……バッシュさん、僕が冒険者になった時、説明色々すっ飛ばしましたね?

  こっちで改めて冒険者になった時に知らないことだらけで焦ったんだから!

  ちゃんと仕事してください!

             ・      

     ・ 

  ・            

  今、僕はムミョウと名前を変えてます。

  色々思い悩んだけれど……ティアナがフォスターに来たら……僕は死んだって伝えてほしい。

  剣を始めた理由の1つではあったけど……

  もうあれから3年も経っているなら……ティアナにはティアナの幸せがあると思う。

  あの勇者なんかには任せたくはないけれど……ティアナ自身がそれを望むのなら……

  僕は甘んじてそれを受け入れるだけ。

  色々落ち着いたら……フォスターに遊びに行こうと思います。

  それまでは、バッシュさんも元気でいてくださいね。

  それでは。

                                          リューシュ』


 ……リューシュは生きてる――!


 胸いっぱいに溢れる嬉しさを感じつつ、私は手紙を強く抱きしめた。


「良かった……リューシュが生きていてくれて……本当に良かった……うぅ……」


 涙を流す私を見ながら、トゥルクさんも手紙を見た後、優しく頭をなでてくれた。


「サア、コンナ所ニイナイデ、先ヲ急グトイイ。 君ノ大事ナ人ガ待ッテイテクレテイルゾ」


「でも……リューシュは私に死んだって伝えろって……」


 トゥルクさんは首を振った。


「タトエ手紙デハコウ書イテアルトシテモ、自分ノ大事ナ人ニハ会イタイッテ気持チハ無クナリハシナイ。 胸ヲ張ッテ行ケバイイ。 ソシテ……心カラ謝ルトイイサ」


 トゥルクさんの言葉に私は強く頷く。

 そして手紙を仕舞い、私は駆け足で村を出た。

 手を振って見送ってくれた2人に手を振り返しながら、私はフッケへの道を急ぐ。

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