第五十話 ムミョウの答え

 洞窟内は思ったよりも広かった。

 明らかに人の手が入ったようにくりぬかれた部屋もあり、傭兵達はしばらくの間ここを拠点にしていたことをうかがわせる。


 奥へと進む道中、曲がり角や部屋の扉の裏に何人も隠れて奇襲を狙っていたようだが、意識を集中させて気を感じる事のできる僕にとっては同じことだ。

 冷静にさばいて全員外にいた連中と同じように命を絶ち斬った。


 入り口から順に部屋を1つ1つ調べてはいるものの、いまだミュール達を発見出来ていない。

 敵が襲ってくることからしても、まだ逃げてはいないと思いたいが、見つけていない裏口からすでに逃げ出しているのではという考えも湧いてくる。


「くそっ! 皆は……ミュールはどこだ!」


 レイが毒づくのをたしなめる。


「レイ! ここは敵の拠点だ。 大きな声を出すんじゃない。 敵がまだいるかもしれないのに居場所を知らせてどうする」


「すっすみません……」


 レイが申し訳なさそうに謝る。


 だが……無理もないか……


 自分でも心に焦りが増しつつあるのが分かる。

 刀を振るう時には無心と師匠に教えられたものの、レイの姿を見て、自分もその境地に達していないのをまざまざと教えられる。


 視線をレイのいる後ろに向けていた時、右前の曲がり角からこれを好機と見た男が剣を振りかぶって一気に迫る。

 僕は動じることなくすぐに振り返ると、振り下ろされた剣を刀で左にずらして抑え込み、右の裏拳で相手の顔を壁にめり込ませる。


 白目をむいて意識を失った敵に油断することなく、心臓に刀を突き刺してトドメを刺す。

 ゆっくりと刀を男から抜き取ると、いまだ血の噴き出る男の身体を盾にしつつ曲がり角を進む。


 洞窟の通路は松明が等間隔に置かれていて明るく天井は高い、だが幅は2人が通れるくらいの広さ。

 自由に刀を振るうには狭すぎる。

 基本的に縦斬りか突きが基本になるため、戦い方はかなり制限される。


 また自分の得意とする速度のある踏み込みもここでは生かしづらい。

 相手優位の空間と自分を生かせない戦い方を強制され、必然的に気力や体力も消耗する。


 師匠だったら鼻歌混じりでどんどん進みそうなものだな……


 どんな時でも笑みを絶やさなかった師匠の顔を思い浮かべる。


 スゥ――……ハァ――……


 気持ちを切り替えるように大きく深呼吸をする。

 かなりの人数は倒した。

 道中で聞いたレイの話では、集落を守っていた冒険者や集落の人がこの洞窟の場所を知っているらしいし、時間もかなり経っている、街からの救援ももうすぐ来るはずだ。


 もうすぐだ……もうすぐ僕は……


 あの時の何も出来なかった自分を乗り越えられる。

 あの絶望を……

 無力感を……

 自分の力で……苦しんでいる人を助けられれば。

 あの勇者と対峙できる気がする。

 そして……やっとティアナに会える気がする……


 通路の突き当りに部屋が見える。

 扉はない、だが外から見た感じはかなり広そうだ。


 ゆっくりと警戒しつつ中へ入ると突如何本もの矢が僕に迫る。

 僕は1、2本を斬り払うと左に転がって残りの矢をかわす。


 立ち上がって刀を構えると、中は広い空間になっていて、木箱や布袋などが乱雑に置かれている。

 剣や斧を持った傭兵達が10人ほど構えており、その奥には傭兵の団長と思われる男やその周りに弓を持った男達6人が次の矢をつがえてこちらに狙いを定めている。


 団長の横には連れ去られていたミュールや集落の人が縄で後ろ手に縛られ、口には布で塞がれており、ひと塊に座らされていた。

 前方の傭兵達が徐々に間合いを詰めてくる。


「敵はたった2人だろ!? さっさとやっちまえ!」


 団長の号令で一斉に男達が動き出し、僕に斬りかかって来る。

 だが通路でならともかく、広い空間での斬り合いならたかが10人ほど、負ける気はしない。


「レイ! 中には入らず、外に逃げようとするやつを塞げ!」


 レイに簡単な指示を飛ばすと、僕は一気に敵と間合いを詰めて刀を抜く。

 腰を低くして敵の間を縫うように走り、すれ違いざまに首筋や胴体、太ももなどを斬り裂いていく。


 瞬く間に敵は転がっていき、前方にいた敵立っている者はいなくなった。

 僕はそのまま団長の首を狙おうとしたところで足を止められた。


「動くんじゃねえ! こいつがどうなってもいいのか!」


 団長の腕の中にはミュールが囚われ、首にはナイフが当てられている。

 僕は団長を睨みつけるが事態は好転しない。


「その子を離せ……」


 脅すように声を低くして言うが団長はニヤリと笑って動じない。


「へっ! まずはお前がその変な剣を捨ててからだよ」


 僕が一気に近づいてあいつを斬ろうとしても、向こうのナイフがミュールの首を裂く方が速い……

 まだ剣が届く距離までは遠い。

 投げナイフも持ってきたのは外で使った一本だけ、回収しておけばと今さらに悔やまれる。

 しばらくの間にらみ合っていたが、僕はやむなく刀を鞘に納め、前の方に投げ捨てた。


「へへ! じゃあ死んじまいな!」


 そう言って団長が合図をすると弓兵が一斉に僕に向けて矢を放つ。

 6本の矢がまたしても自分に迫る。

 だが、意識を集中させた僕にとってはかわすのは簡単だ。

 1本もかすらせることなく僕はすべての矢をかわしきる。


「くそっ! なんで当たらねえんだ……! おい! てめぇ何しやがった!?」


「単に矢をよく見てかわしただけだ……」


 驚く団長に対して僕は冷静に言い放つ。

 街の救援が到着するまで少しでも時間を稼ぐ。

 ミュール達を無事に助け出すためにはそれしかない。


「動くなって言ってただろうが! だったら次は矢を躱すんじゃねえぞ! 変なことしたらこいつの命は無いからな!」


 ミュールの首に刃が強く押し当てられ、触れた先から血が流れ落ちる。

 僕はその光景を見て歯ぎしりしながらも、両手を下ろして大人しく従うしかなかった。


 再度の団長の言葉とともに3度目の矢が襲い掛かる。

 今度はよけることはできず、僕の腕や腹に次々と矢が突き刺さっていく。

 激痛が走り、傷口から血が流れ出し、口の中も苦い鉄の味の後に血が逆流してくる。


「――!」


 相手に分からない程度で身体を動かし、急所に当たらないようズラして矢を受けたものの、一瞬意識が飛びそうになる。


 だが、唇を噛んで必死に痛みをこらえ無言を貫く。

 膝から崩れ落ちそうになるが、団長を睨みつけながら立ち続けた。


「師匠――!」


 レイが僕に呼びかけつつこちらへ走ってこようとするので一喝する。


「レイ! 来るな!」


 レイはその言葉にハッとし、通路の方に下がった。


「へへっ! しぶとい野郎だ。 そろそろ時間もねえしさっさとそこの子供ともどもあの世に送ってやるぜ!」


 団長の言葉で弓兵が矢をつがえ、一斉に放つ。


 ここまで来て……また……届かないのか……?

 強くなったんじゃ……なかったのか?



 ――僕は……ゆっくり目を閉じた。



 ――懐かしい声が聞こえた。


 ――「ムミョウよ。 お前にとって生とはなんじゃ?」――


 師匠……?


 ――「お主にとって生きるという事は何じゃ?」――


 僕にとって生……? 生きる事……?


 少し考えたけど、僕にとってその問いの答えは既に決まっていた。


「強くなる……そしてこの手が届く限り……大事な人達を救いたい」


 ――「ではお主にとって死、そして死ぬべきこととはなんじゃ?」――


「何も出来ずに……誰も助けられずにただ絶望して諦める……」


 僕はハッとした。

 ここまで来たのに死を選ぶのか……?

 ここで……ここで諦めたら自分の人生がーー僕の周りに集まって来てくれた皆の希望が無駄になってしまう!


 そんなのは嫌だ――!


「違う! 僕は諦めない! 絶対にどんなことがあっても――! 僕は……生きてこの手に届かせてみせる――!」


 師匠が笑ったような気がした。


 ――「それでこそわしの弟子じゃ……お主の答えしかと聞いたぞ……」――



 ゆっくりと……目を開けた――。



 僕の前には6本の矢が空中で動きを止めている。

 僕はそれを手で払いのけ、笑い顔のまま動かない団長の方へゆっくり歩いていく。


 ――音も無い。


 ――動きも無い。


 ――まるで今、この場所だけが本に書かれた挿絵のように静止した世界。


 僕だけが……その世界を歩き続ける。


 さっき投げ捨てた刀を拾い上げる。

 刀を抜いて鞘を腰帯に戻す。


 身体を動かすのに刺さった矢が邪魔だ。

 無造作に引き抜くけど、不思議なことに血は出ないし、痛みも感じない。


 そうして僕は団長の前までやって来て、右手でゆっくりと刀を払った。

 団長の首筋を音も無く斬り、切れ目が入るが血は出ない。

 顔もまだ笑ったままだ。


 他の弓を持った6人に対しても同じことを繰り返す。

 皆、首を斬られても身動き一つせず、同じ表情のまま。


 傭兵達から少し歩いて離れたところで、突然身体中をものすごい脱力感と激痛が走る。

 それに抗う力はもう既に無く、僕は身体中から血を流して崩れ落ちた。


 それと同時に、斬り捨てた傭兵達の首から一斉に血が噴き出し次々と倒れていく。

 ミュールは団長の身体から解放され、いきなりの状況の変化に、驚きと恐怖で顔が引きつっていたが、倒れ込んだ僕の姿を見て我に返り急いで駆け寄ってくる。


「ムミョウさん! ムミョウさん! しっかりして!」


 僕の傷あとに手を当て回復魔法を使おうと必死に意識を集中させる。


「傷つきし者にささやかな癒しを……『治癒の光』」


 暖かい光とともに、血も止まり傷も塞がっていく。

 レイも走り寄って来る。


 だが僕達の近くで倒れていた男が、脇腹から血を流しながらいきなり立ち上がり、僕めがけて斧を振りかぶって襲い掛かかってくる。


「死ねえぇぇぇぇぇ!」


 ミュールが目をつぶって僕を守ろうとうずくまる。


「させるもんかあぁぁぁぁ!」


 その時、レイが剣を構えて猛然と駆け寄り、あの時の僕との立ち合いで見せた一瞬で間合いを詰める動きを見せ、男の心臓を串刺しにして壁に縫い付けた。


 男から剣を抜き、荒い息を吐くレイを見る。


「なんだ……出来たじゃないか……君の剣で……ミュールを助けたんだよ?」


 僕がレイを褒めると、思わず泣き出してしまった。


 ミュールが回復魔法を再開してしばらく経つと、入り口の方で大勢の走り寄る音が聞こえてくる。

 レイやミュールがその方向を向いて身構えたが、すぐに2人とも満面の笑顔に変わる。


「フィンさん! 早く! 早く師匠を助けて!」


「ムミョウ君大丈夫か!? 周辺の敵は全員倒した! もうここは安全だ! すぐにフッケに戻るぞ!」


 ああ……皆来てくれたんだ……よかった……。


 その光景に僕は息を吐き、ひと安心する。


 そして……僕の意識は深い闇へと沈んでいった……。

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