第四十五話 一つの頂へ

「大きいなあ……あれが四天王の……なんだっけ?」


「確かドランだったと思います」


 なかなか思い出せなかった四天王の名前にちゃんとレイは答えてくれた。

 それにしても大きい……ドランの身体だけで広場の空間をかなり使っている。


「確か勇者様と話をした『獅子の咆哮』さんの話では一瞬で数十人を灰にした炎を吐いたり、尻尾で薙ぎ払ったりしたそうです」


 僕と違ってレイは物覚えがいいな……

 ちょっとレイの優秀さに嫉妬しつつ、僕は前に出た。

 レイも前に出ようとしたけど、僕は手を横にしてレイは出ないように制した。


「師匠! 僕も!」


「レイ……ここは、僕にやらせてほしい。 僕の力だけで倒したいんだ。 それにあいつの攻撃がミュールにも届くかもしれないからね。 ちゃんと守るんだぞ」


 僕の言葉にレイは頷き、大人しく下がった。


 僕は広場へ足を進める。


「師匠! 信じてますから!」


「ムミョウさん! 頑張って!」


 後ろからレイとミュールの大きな声援が聞こえた。


 ありがとう……


 街中から鍛錬場への道中、そしてこの中でも……

 10階層から30階層まで、1人で攻略してきた僕には今まで無かったたくさんの人達の声援。

 こんなにも力づけられるなんて……

 不思議と力が沸いてくる。


 ドランを睨み、一歩ずつ歩いていく。

 そして僕は。


 ――近づくたびに少しずつ身体をかがめていく。

 ――右手を刀の柄に添え、力を蓄えていく。


 ドランの顔がこちらを向いた――。

 唸り声をあげ、口からは炎がちらつく――。


 ――僕の歩く速度が徐々に早くなり、早足から駆け足へと変わる。


 ドランは口を閉じ、喉を鳴らして上を向いた――。


 そして――


 灼熱の炎を僕に向けて放つ――!


 だが僕は、炎が到達するよりも早くドランの脚に潜り込むと刀抜き放ちざまに左前足の内側を斬り裂く。

 だが皮膚はかなり厚く、血が出るところまでは斬れなかった。

 ドランが斬られた足を上げて押しつぶさんと足踏みしてきたので僕は急いで離れた。


 くっ……皮膚が分厚い……!


 刀身をちらっと見るが刃こぼれはしていなさそうだ。


 1回では倒せない……けれど!


 血は出なくとも傷をつけることが出来た。

 乾いた唇を舐め、口角を上げる。


 傷をつけられるなら……いつかは倒せるってことだよな――?


 もう一度ドランが僕を向いて炎を吐こうとしている。


 だが、動作は明らかに他の四天王と比べても……


 ――遅い……遅すぎる――!


 余裕をもって僕はまた足元に潜り、左前足に付けた傷の場所を寸分たがわず同じように斬り裂く。

 まだ血は出ないが、さっきよりも傷は深くなっている。

 ドランが僕の狙いに気づいたかどうかは分からないけれど、一旦離れたのを見て後ろを向き、尻尾を振り回してきた。


 尻尾が唸りを上げて僕に向かってくる――!


「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁ――!」


 僕は渾身の力を振り絞って刀を振り下ろし、尻尾を中ほどから叩っ斬った――!


 斬り離された尻尾の先は振り回した勢いのまま空を飛び、壁に激突して落ちる。

 ドランの尻尾から血しぶきが舞い上がる。


「GURUAAAAAAAA!」


 痛みによる叫び声を上げ、暴れ出すドラン。

 けれど僕は気にすることなく、再び足へと迫って斬りつけ傷をさらに深くえぐっていく……。


 ――踊り狂う巨大なドラゴンの足元で――軽やかに舞う狂人。


 はた目から見たら僕はそう思われるのかな?

 5度目の斬りつけで、足の傷からようやく血が噴き出たのを確認しながらふと考えた。

 だが、ドランはまだ倒れない。


 足りない……まだ足りない……


 刀についた血を振り払い、僕はもう一度駆け出す。

 傷は浅くはない様で、目に見えて動きが鈍くなっており、どうにかこちらを向いて炎を吐きだそうとするも、既に僕は足元に入っている。


 刀を振り抜こうとしたら、何か硬いものに当たった感触がした。

 僕は全身に力を込め、右手で握っていた刀の柄を両手に持ち替え一気に振りきった。


 ドランの身体が崩れ落ち始めたので、足元から一気に駆け出して離れる。

 距離を取ってから振り返ると、左前足が半分以上斬り裂かれ中の肉や骨が飛び出している。

 恐らくさっきの硬い感触は骨まで到達したことによるものだったんだろう。

 斬られていない残りの部分も自分の重さで肉が引き千切れていくのが見えた。


 もうあれでは動き回るのは無理だろうな……


 そう思った僕はドランへと駆け寄る。

 そして右足から背中へと駆け昇り頭の上に辿り着くと、僕を振り落とそうと暴れるドランの頭部に掴まりながら、刀を下に向け一気に突き下ろす。


 これで……終わりだぁぁぁ――!


 根元まで深々と突き刺さり、刀を勢いよくひねってトドメを刺す。

 ようやくドランの動きが止まり、身体全体が地面へと崩れ落ちた。


 そしてその巨体は白い灰となって消えていき、僕は足元が一瞬宙に浮いたが無事着地した。

 僕の横には赤い宝箱が現れる。

 それと同時に、僕の身体の周りに暖かい何かを感じ、自分の力がぐっと増した気もした。


「師匠! やりましたね!」


「すごいです! ムミョウさん!」


 レイとミュールが僕の所へ駆けてくる。

 僕は両手を広げて2人をギュッと抱きしめた。


「有難う……2人とも……」


 奥の扉も開いており転移用の水晶はあるが……その先に階段はもう見えない。

 僕達は宝箱へ近づき、レイがそわそわしながら開けると、中には昔僕が使っていたような細身の直剣が入っており、つばの部分には綺麗な緑色の宝石が埋め込まれていた。


「すごい……綺麗」


 ミュールが声を上げる。


「レイ……君が使ってみるかい?」


 僕の提案にレイは振り向き、なんて言おうか悩んでいるようだった。

 僕はその様子をほほえましく思いながら、さらに言葉をつけ足す。


「40階層をクリアできたのは間違いなくレイのおかげでもあるよ。 遠慮せずに使うといい。 これは僕達の戦利品なんだから」


 レイはニッコリ笑って剣を手に取り、しげしげと眺め始めた。

 そして僕はミュールの方にも笑顔を見せる。


「もちろんミュールもね! 何か欲しいものがあれば言ってくれて構わないよ。 何でも買ってあげるからね」


「やった!」


 ミュールが大喜びで飛び跳ねる。


 そしてレイは手に入れた剣に包帯を巻いて抱きかかえつつ、僕達は水晶に近づきそっと触れて地上へと帰還する。

 時間は既に陽は暮れていたけど、『獅子の咆哮』の人達の姿が見えた。

 すぐに皆が寄ってきて成果を尋ねられたので、僕は階層攻略したことを話したら皆も飛び上がって喜んでくれた。


 フィンさんやロイドさんに抱きかかえられ、皆に40階層までの攻略の様子を話しながら街へ戻る。

 ギルドでも大勢の冒険者が待っていてくれて、僕が水晶に触れて到達階層を証明するとギルド全体が揺れ動かんばかりの歓声が上がる。


 そしてそのまま僕は酒場まで連れてかれ、あれよあれよという間に飲めや歌えや大宴会の運びとなっていく。

 過去に見た師匠のベイルさんの集落での酔いっぷりを見てからというもの、僕はあまりお酒は飲まないようにしていたのだけど……今回は別。

 どんどん皆から酒を注がれ、がんがん飲み干す。


 けれど木のジョッキを何度も空にしているうちにどんどん酔いが回り、夜も深くなるころには、気付けばああなるまいと思っていた師匠と同じように酔いつぶれてしまった……


 その後はなんだか曖昧な記憶。

 誰かに肩を支えられて屋敷まで戻ったけれど、その肩を支えてくれた誰かから、とても良い匂いがしていたのは覚えている。

 そして自分の部屋のベッドに寝かせられた後、人の顔がぐっと近づいてきた。


 その時、僕にはなぜか……その顔がティアナに見えた。

 その人に向かって何かを呟いたんだろう……けれど何を言ったかまでは覚えてない。

 僕の呟きを聞くと……その人はサッと離れて部屋を飛び出すように出て行った。


 そこから先はもう何も覚えてない。

 気付いたら朝になっており、ものすごく頭が痛くて暫くはベッドから動くことが出来なかった。


 午後になって、まだ痛む頭を押さえながら改めてギルドへ行き、ミュールが記録してくれた40階層までの情報を渡しに行ったら、ジョナさんが僕の顔を見るなりハッとして慌てて離れていった。

 顔を手で覆っていたようだけど……どうしたんだろう……。


 とりあえず他の係員さんに事情を説明して情報の紙を渡し、僕は外に出た。


 大きく背伸びをする。

 僕の姿を見た冒険者の人達が一斉におめでとうと祝福の言葉を掛けてくれた。


 ティアナ……君が倒した四天王を僕も倒したよ……

 僕も……強くなったんだからね。


 空を見上げながら呟くと、レイとミュールが僕を見つけて駆けてきた。

 僕も駆け寄り、3人で並んで屋敷へ戻っていく。


 空の太陽はどんどん高さを増していく。

 今日もいい天気になりそうだ……

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