第四十六話 真実を知る時

 どんよりと雲の多い空を見ながら私はため息をつく。


 ようやくここまで帰ってきた……


 私達勇者一行は懐かしいフォスターまであと少しのところまで迫っている。


 ブロッケン連合国で賢者としての推薦を受けた後、各国の王様に推薦に対する承認をもらいながらバイゼル王国へと戻る帰路の途中。


 道中で立ち寄った街では盛大な歓迎を受け、皆からは炎の賢者様と呼ばれる。

 そう呼ばれるのに嬉しい気持ちはあるけど、心はどこか憂鬱だ。


 勇者様を拒んだあの夜から……。

 私との間にはどこかよそよそしい壁が生まれた。

 あの日から私を見つめる目は厳しく険しい。


 けれど……勇者様もどこかおかしくなっているような気がする。

 そう……魔王を倒した後からだ……


 あれ以降、勇者様はちょっとでも気に入らないことがあればすぐ怒りを露わにし、その度にサラさんやアイシャさんが宥めている。

 時折、勇者様が頭を抱えて苦しみ出すので私達が駆け寄るのだけれど、私達を今まで見たことが無いくらいの怖い顔で睨みつけながら、近づくな! と怒鳴り散らしてくる。


 フッケでは、領主様の願いで私達と『獅子の咆哮』さんというパーティーとの対面があったけど、鍛錬場で私達が倒せなかった巨大なウェアウルフをその人たちが倒したという事を聞いて、急に不機嫌になった勇者様が目を血走らせながら立ち上がって剣に手を掛けようとしたのを私達が必死で止めたりした。


 サラさんとアイシャさんも勇者様の変わり様に困惑している。

 このままだと勇者様が何か良からぬことを起こしかねない……

 そんな不安のまま、私達はどうにか王都へ向かっている。




 そして……ようやくフォスターの城壁が見えてきた。

 私は懐かしい光景に思わず声を上げそうになるが、その時勇者様が私の方を見ながら吐き捨てるように言った。


「こんな街さっさと抜けて王都へ急ぐぞ」


「え……」


 私はその言葉に絶句した。


「バーン様それは余りにもかわいそうなのでは……?」


「そうです、ティアナの無事な姿を街の人にしっかり見せてあげるべきだと……」


 サラさんとアイシャさんが私の事を思ってすぐに割って入ってくれた。

 けれど勇者様は意に介そうとせず、無言でそのまま馬を走らせていく。


 けれど、勇者様の進んだ街の外にも人が溢れていた。

 勇者様はチッっと舌打ちをつき、歓声を上げる人々に手も上げずにその間をさっと通り抜け、街も横切ってしまおうとする。

 私達は慌てて勇者様の後について行くけど、あまりの速さにリューシュを探すことすらできない……。


 このままリューシュや皆にも会えずに通り過ぎてしまうの……?


 落胆しながらもどうにか周囲を見渡していると、突然勇者様が止まったので私達も馬を止めた。

 前を見ると3年前に私を送り出した伯爵様やお付きの人が前に立っていてニコニコと笑顔を見せている。


「ようこそいらっしゃいました勇者様。 今日はどうぞ我々の屋敷でごゆるりとおくつろぎください」


 だけど、勇者様はそれすらも無視して再び馬を進めようとするので、お付きの人が近づいて馬の手綱を握ってしまう。


「勇者様……我々としては魔王を倒したお話をぜひお聞きたいと思っております。それに連合国からはるばるの長旅……お疲れでしょう。 勇者様が賞賛されたワインもまたご用意しております。 一行の方への食事もたくさん準備しておりますし……どうか勇者様……我々が提供した金貨200枚への返礼として一泊だけでも……」


 伯爵様としても何も歓待できずに通り過ぎられるのはまずいと思ったのだろうか。

 色々理由を着けて必死に勇者様を説得している。


 勇者様も渋々ながら馬を降りたので、私達も馬を降りて屋敷へと向かっていく。

 その間も私は周囲を見渡してリューシュや見知った人がいないか探したが……結局見つからなかった。


 屋敷では大量の食事とお酒に囲まれ、私達は盛大なもてなしを受けた。

 けれど私の心は落ち着かない。


 早くここを抜け出して街に出たい……


 頃合いを見て私が席を立とうとすると、酒に酔った勇者様の無慈悲な一言が迫る。


「ティアナ、明日は早くここを出るんだから外に出るのは許さん。 サラ、アイシャ、ティアナと一緒に今日は寝室に入ってもう寝ろ」


「でも……」


 抗議しようとするが、勇者が私を睨みつける。

 また機嫌を損ねられてもまずい……

 そう思ったであろうサラさんとアイシャさんに、私は背中を押されて寝室へと連れていかれてしまった……


「ごめんなさいね……」


 アイシャさんに謝られてしまう。

 私は首を振って大丈夫ですよと答えたけど……正直辛い。

 屋敷の外にはリューシュやみんながいるはずなのに……会えないままなの……?

 早く謝らなきゃ……このままフォスターを出て行ってしまったらもう一生皆に会えなくなる気がして……


 そう思った時、寝室の扉がノックされたので、サラさんが様子を見に行く。

 扉の向こうには男性が立っていた。

 確か……代官のラミアンさん?


「お休みの所申し訳ありません。 ティアナ様……もし宜しければ街に出てみませんか?」


「え……?」


 思いがけない申し出に私は思わず驚いてしまう。


「でも勇者様には……」


「大丈夫です。 今勇者様は私達の自慢のメイド達にお酒を注がれてよい気分の御様子。 しばらくはあのままでしょう。 私としてもせっかく戻ってこられたティアナ様に街の様子をお見せしたいと思いまして……」


 リューシュに……みんなに会える!


 私は泣きそうになりながらサラさんとアイシャさんを見ると、2人とも笑顔で頷いてくれた。


「私達の事はいいからいってらっしゃい」


「そうそう、楽しんでらっしゃい」


 2人とも快く送り出してくれたので、私は屋敷を出て一目散にギルドの方へ走り出す。



 やっと……やっと皆に……リューシュに!


 息を切らせて、ギルドに着いた私は扉を開けて入ろうとしてちょっとためらう。


 このまま入るのもなんだか……


 そう思って私はローブのフードを被り、近くにあったボロ布を頭から羽織ってパっと見ではティアナだと分からないようにしながら私はギルドへと静かに入っていく。


 中には見知った冒険者の人達がテーブルを囲んで集まっており、その中にはバッシュさんもいた。


「バッシュさ……」


 声を掛けようと近づく……けれどその時、冒険者さん達の会話が私の耳に入ってくる。


「リューシュの物は何か……見つかったか……?」


「いや、駄目だ……かなり森の奥まで入ったが何も見つからない……もう3年になるんだ……やっぱりあいつはもう……死んじまったのかな……」


「折角ティアナが賢者になって帰って来たのに……いつかは伝えなきゃならないのか」


「ああ……だがリューシュが街を飛び出してもういないなんて……どうやって伝えればいいんだ?」


 ……え?


 ……どういう事?


 リューシュが……いない? 死んだ?


 余りの事に思考が追い付かない。

 思わず羽織っていたボロ布を床に落とし、私は皆の所へ駆け出す。

 そして近くにいた冒険者に掴みかかって激しく揺さぶった。


「ねえ! 教えて! リューシュがどうなったの!? 死んだってどういう事!? 教えてよ! ねえ! 教えてよ!」


 いきなりの乱入者の姿に皆が驚いたけど、バッシュさんはすぐに私がティアナだと分かったみたいで立ち上がって冒険者から私を引き剥がした。


「ティアナ! 落ち着け!」


「どういう事なの!? リューシュがもういないって……死んだってどういうことなのよ!」


 もう私は訳も分からず混乱していた。


 私がいない間に何があったの……?

 何がなんだかもうわからない……


 私はその場に座り込んでしまう。

 バッシュさんはその姿を見て思い詰めたような顔をしながらも、私にあの日の事を語ってくれた……


 あの日、リューシュやバッシュさんが私を助けようと必死に駆け回り、領主の兵などを出してもらおうと掛け合ったけどダメだったこと。

 リューシュが必死で貯めていたお金などをかき集めて、ちょうどフォスターにきていた勇者に助けを求めて依頼を出したけど断られ、涙ながらにすがりついた所、殴り飛ばされ何度も蹴られたこと。

 そして……

 私が勇者一行と出発する前日の夜に、リューシュが街を飛び出しそれ以降の消息が分からないこと……


 あああああああ――……!


 私のせいだ! 私のせいだ! 私のせいだっ――!


 もう会うことはないなんて――!

 なんであんなこと言ってしまったの……?

 リューシュだってボロボロだったのに――! 

 私だけが辛い目に遭っていたとずっと思って……。

 全然リューシュの事を考えていなかった……


 頭を抱え、突き付けられた事実を否定したい思いが心を支配しようとする。

 けれど……リューシュがいないという現実がそれを許さない。


 私は何のために賢者になろうとしたの……?

 強くなって、弱い自分から逃げ出したかったはずなのに……

 リューシュを……追い詰めるために私は賢者になったの……?


 連合国で賢者に推薦された時の、あの誇らしい気持ちはどこかへ飛んで消えていってしまった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん……なさい……うぅ……」


 私は声を上げて、ずっとずっと……泣き続けていた――。




 どれくらい泣き続けていただろうか……

 バッシュさんが優しく私の肩を叩く。


「ティアナ……辛いだろうが、そろそろ戻った方がいい。 実はな、俺達はティアナ達がここに着いた時の様子を見ていたんだ。 あの勇者はフォスターに寄らずすぐに王都へ向かおうとしていた、恐らくお前と俺達が出会ってしまって真実がバレるのを恐れたからだと思う」


 バッシュさんもかなり辛そうな表情だ。


「だからここにお前がいることが知れたら厄介なことになるだろう。 ……本当はお前をあの勇者とまた一緒にさせたくはない。 それどころか……リューシュの事を思うと、今から俺達で乗り込んであいつを殺してやりたいほど憎い」


 バッシュさんは歯ぎしりして拳を握り締める。

 他の冒険者の人達も皆肩を震わせていた。


「だが、ティアナ……せっかくお前が賢者になったのにここで危険な目にあわせたくない。 また離れ離れにはなるが……なぁに、王都に行ってもいずれここに戻って来れるだろう? 俺達はずっと待ってるからな……」


 バッシュさんの言葉で、どうにか立ち上がった私は重い足取りで屋敷への道を急ぐ。

 けれど、真実を知ってしまった私には……もう勇者と一緒に王都に帰る気になれない。


 屋敷に着いた私は、正門をくぐり玄関を抜けて中に入る。

 通路の奥にある大食堂の方からは夜にもかかわらず笑い声が聞こえる。

 私の足取りはだんだん速くなり、大食堂の前に辿り着くと扉を勢い任せに開けた。


 大食堂の中ではメイド達に囲まれ、ニヤケ顔で酒を飲み続ける勇者と同じく顔を真っ赤にした伯爵様がいた。

 私は勇者の前に立ちはだかる。


「勇者様……私を騙していたんですか?」


「は?」


 勇者は何のことか分かっていないようでヘラヘラ笑いながら私を見続ける。


「私は先ほど……この街の皆から真実を聞かされました。 あの日リューシュは……街の皆は私を助けようとしてくれていた……あなたに必死で貯めたお金を全て差し出してまで助けを請おうとしていた……それなのにあなたはその願いを足蹴にしただけでなく、私まで騙して――!」


 そこまで言ったところで勇者はやっと事情を呑み込めたようで、みるみる顔をこわばらせる。

 伯爵様はまずいと思ったようで、急いでメイド達と一緒に部屋から出ていく。


「てめぇ! 街には行くなって言っておいたのに行きやがったのか!」


「ええ……ここは私の街です。 なぜあなたにそれを遮られなければならないのですか!」


 勇者は立ち上がり、殺さんばかりににらみつけるが、私も一歩も引く気はない。

 だが、勇者はこれ以上隠し通せないと思ったのか、しばらくにらみ合ったところで突然笑いだす。


「くくく……はっはっはっ! ああそうだよ! お前を俺の女にしてやろうと思って色々小細工したさ! 滑稽だったね。 お前はコロっと騙されてほいほいついてきてくれたし、この俺を殴りやがったあのクソ野郎の絶望した顔も見れたしな!」


 そう言うと勇者は私を指差し、せせら笑う。


「確かに俺はお前やあのクソ野郎に嘘はついたしちょっと痛めつけてやったさ! だがな! 最後の一押しはお前だ! お前があいつを捨てたんだよ!」


 ……そんなことは分かってる!

 でも――!


「燃えろ! 『炎の矢』」


 私は勇者に向けて魔法を放つ。

 魔法は勇者の顔に直撃し、勢い良く燃え上がって勇者は叫び声を上げながら床を転がりまわる。

 悶絶する勇者の身体がテーブルにぶつかって皿やグラスが落ち、割れて激しい音を出す。


「リューシュを追い詰めたのは私、どんなに言い訳したって私のせい……でも……そうなるよう仕向けた貴方にそれを言われる筋合いはない――!」


 その音を聞いてサラさんやアイシャさん、屋敷の人が大食堂まで入ってきた。

 私はその間をすり抜けるように走り、小さくごめんなさいと謝ると夜の街へと消えていった……



 私は勇者達から追われることを恐れ、ギルドには向かわず森の賢者亭の女将さんに事情を話し、空き部屋に一時身を隠した。

 女将さんの好意で服をもらい、ローブから着替え、代わりに鍛錬場で手に入れた剣を譲った。

 すでに城門は閉まっている。

 朝になるのを待って私はこの街から抜け出すつもりだ。


 これで私は賢者の称号は無くなり、代わりに勇者を殺そうとした犯罪者になった……

 でももう……賢者なんてどうでもいい……

 私に必要だったのは強さや称号なんかじゃない……

 私が本当に欲しかったのは……


 もう、二度と触れることの出来ないであろう大事な人に私は涙を流す。

 すると突然、部屋の扉がノックされた。

 誰かと思い立ち上がって身構える。


「誰!?」


「俺だよ、バッシュだ」


 そう言って入ってきたのは大きな布袋を担いだバッシュさんだった。

 私はほっと安心して椅子に座る。


「事情は聴いたよ。 今、街中を衛兵が探している」


「そうですか……」


 覚悟はしていた。


「それでティアナ……これからどうするんだ?」


「私は……森に入ってリューシュを探し続けます」


「だが……リューシュは……」


 バッシュさんが何かを言いたそうな顔をしている。

 うん、言いたいことは分かっているつもり……もうリューシュが生きていないだろうということ。

 けれどこれは私への罰。

 リューシュを追い詰めた私が受けるべき罰。


「分かっています。 それでもリューシュを探し続けます。 一生を懸けても」


「……そうか」


 そう言うとバッシュさんは布袋を私に差し出し、腰に提げていた剣を私に渡す。


「中に食料やら色々なものが入っている。 それと東の城門の見張りに話はつけてあるから今ならそこから抜け出せるぞ」


「バッシュさん……ありがとう。 そしてさようなら」


 バッシュさんに抱きつき、最後になるであろう恩人の暖かさを感じつつ、私は布袋を担いで周囲に注意を払いつつ外を出た。

 その時バッシュさんは何かを呟いていたようだけど……私には聞き取れなかった。


「すまんな……リューシュ。 お前は手紙で、ティアナに自分は死んだことにしてほしいって書いていたけど……やっぱり言えなかった。 それとな……俺はギルドの仕事が雑だからよぅ……お前からもらった手紙もどこかに無くしちまったよ……へへっ」


 私は東の城門にどうにか辿り着くと、そこの衛兵さんは城門を開けて待っていてくれた。

 私は城門を抜け、暗闇の森へと飛び出していく。


 私の行く先もあてのない真っ暗闇。

 それでも……私は……リューシュの事を探し続ける。

 それだけが私の取るべき道だと信じ、全力で森を走り続ける…

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