第三十話 暴れた結果の後始末

 翌朝はいつもよりも早めに起きて、念入りに型や素振りを行う。

 師匠が亡くなってから久しぶりの人との立ち合いだし、どんな人とやるのか楽しみだったからね。

 一汗かいた後、軽く朝食を摂って早速ギルドへ向かうことにした。

 結構来るのが早かったかなと思ったけど、既に何人かの冒険者がギルドの中にいて、受付が意外と騒がしかった。


 ジョナさん、どこだろ……?


 ギルドマスターのジョージさんに取り次いでもらうために、ギルドの中にいるであろうジョナさんを探す。

 けれども、あっちこっち周囲を見回すがなかなか見つからない。

 しょうがないので受付の係員さんに聞こうとしたら、


「ちょっと待ってぇぇ!」


 という声聞こえてきた。

 息を切らして走ってきたのはジョナさんだった。


「今日は……ハァハァ……早いですね……ハァハァ 」


 と言って息も絶え絶えなジョナさんが辛そうな顔で笑顔を見せようとする。

 そんな無理しなくても……


「大丈夫ですか……? ジョナさん」


 僕が心配するとジョナさんは息を整えてニッコリ笑う。


「大丈夫です! 朝のいい運動になりましたよ」


「それならいいんですが……とりあえず今日は準備も必要かと思って早めに来ました」


「いい心掛けです! ではこちらへどうぞ」


 そう言ってジョナさんは受付の奥へ身体を向けつつ、笑顔で僕の前に右手を差し出す。

 この手はなんだろうと思って見ていたら、ジョナさんは膨れっ面になり、僕の手をガッシリ掴んでズンズン引っ張っていった。

 連れてかれたのはいつもの受付裏の部屋ではなく、受付裏にある、入り口とは別の外へ通じる扉の前だ。

 ジョナさんが扉を開けると、そこは木の壁で円形に囲まれた闘技場の中。

 外周には剣などを練習するための人形や弓の的が置いてあり、壁の上には観客席なども見える。

 闘技場の中央には男の人が1人立っており、革鎧を着け、両手には木剣と丸い盾を持って立っていた。


「おー! 来てくれたかー!」


 男の人がこっちに気付いたようで、剣を振ってこっちにアピールしてきた。

 ……誰であろうギルドマスターのジョージさんであった……


「あのー……もしかして僕の相手って……?」


 嫌な予感がしつつも、ジョナさんに念のため確認をする。


「はい、通常であれば金や銀級の冒険者の方が試験の相手をするのですが、今回はマスターたっての希望という事で!」


 にこやかな笑顔で言われてますけど……ジョージさんってギルドマスターなんだから冒険者引退してるはずだけど大丈夫なの……?


「我らのギルドマスターのジョージは引退したとはいえ元黄金級の冒険者です。そこら辺の冒険者よりはまだまだ強いですよ?」


 まるで僕の考えを察したかのようにジョナさんが返答する。


「ムミョウ君。 君が相当強いというのは分かる。 だが私もそうそう負けるつもりはない。 気にせず全力でぶつかってきてくれたまえ」


 ジョージさんも僕の心配を払しょくするように盾を持った左手で胸をドンと叩く。


 全力でぶつかって来いと言われたなら……やるしかないよね……?


 近くの剣立てにある手頃な木剣を何本か取り、長さや重さなどを軽く振って確かめる。

 その中の良さそうな木剣を手に取って僕はジョージさんに近づき、やや離れたところで相対する。


 ジョージさんは盾を前に構え、剣を腰に添えていつでも突き出せる体勢を取る。

 僕はゆっくりと剣を前に出し、正眼に構える。


 さて……どうやって自分の力を見せようかな……?

 一気に近づいて盾を弾き飛ばすのもいいけど……


 そう考えていると、いつぞや師匠にやられたを思い出す。

 僕はまだ師匠ほど上手くは出来ないけれど、ジョージさんの強さを知るうえでもやってみるのもいいかな?


 そうして僕は大きく息を吸い、大きく吐いて意識を集中させていく……


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 さて、久しぶりの模擬戦だな。

 最近はギルドマスターの仕事の傍ら闘技場で剣を振るか、金級や銀級のパーティーどもに胸を貸してやったくらいだからな。

 さすがに40階層を突破した時のパーティー『銀の翼』時代の動きは無理だが……

 まだまだ若い者には負ける気はない。


 ――が!


 このムミョウ君から感じる強さは尋常じゃないものを感じる……

 まだまだ若いはずなのに、まるで場慣れした大人のように冷静だ。

 構えにも全く隙が無い。


 これは……こちらから打って出るよりは、向こうが打ち込んできたのをしっかり盾で受けて突きで胴を狙うか……


 作戦を決め、盾を構えながらジリジリとムミョウ君に近づく。


 ある程度近づいた瞬間、ムミョウ君の斬撃が一瞬で自分の首と胴と左手に襲い掛かってきた!


 ――殺される!?


 左手を犠牲に! と覚悟を決め必死で身体を縮めて盾で首と胴を守れるよう覆う。

 だが――衝撃はいつまでたっても来ることはなかった。

 恐る恐る盾の上から眼だけをだしてムミョウ君を見るが、ムミョウ君は木剣を振るうどころかその場から動かずたださっきと同じように構えていただけ。


「どうしましたか?」


 ムミョウ君がにこやかに語り掛ける。

 その顔に思わず背筋が凍るほどの恐怖を感じた。


「はぁ……はぁ……」


 私は力が抜けて地面に片膝をついてしまう。心臓も痛いくらいに鳴り響き、冷や汗が止まらない。


「今のは……一体?」


 私を心配して近づいてきたムミョウ君に思わず尋ねてしまった。


「今のは気を飛ばしたんです。 ジョージさんは元黄金級冒険者でしたし、強い人には有効な手だと教えられていたので……」


「気……?」


 聞きなれない言葉に思わず聞き返す。


「つまり、自分がこうやって攻撃したい! っていう意識を相手に飛ばして、相手が攻撃されたと錯覚させるんです。 自分は首と胴と左手を斬り飛ばすっていう意識をジョージさんに飛ばしました」


 ……考えてみれば妙だった。

 ムミョウ君は木剣で、自分は盾を構えていたのだし、いきなり首や胴体が斬られるなんてことはあり得ない。

 なのにあの現実味を帯びた斬撃は、私の心を折るには十分なものだった……


「あの……もう少しやりませんか?」


 ムミョウ君の容赦ない一言が私に迫る。


「あー……すまない……私はもう無理だ……」


 すでに足もガクガク震え、立とうとしても力が入らない。

 今なら新人冒険者にも負ける自信がある。


「ムミョウ君……君は文句なしで試験に合格だ。 冒険者としてのルールや心構え、等級などの説明はジョナにさせよう」


 私は座り込んだまま、ジョナを呼んだ。

 ジョナには恐らく突然私が縮こまった後に地面に座り込むという訳の分からない行動に見えただろう。

 全く何が起こったか分からないといった顔をしている。


 ムミョウ君がジョナに連れられてギルドの中へ戻っていくのを見ながら私は考えていた。


 ……とんでもないのが来たのかもしれん……



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 僕はギルドの中に戻り、受付でジョナさんに冒険者についてのあれこれを教えてもらったが、大体はフォスターで教えられたことと一緒だった。

 ただし、バッシュさんは面倒くさがってある程度省略していたようで、結構重要なことも色々抜けていた。

 バッシュさん……あれでよくギルドマスター務まってたなあ……


「それで、冒険者等級ですが、まず登録が済んだ時点で銅級となります。 そして一定数の依頼を達成や神々の鍛錬場20階層突破で銀級へと昇格し、次に30階層突破で金級、そして40階層突破で黄金級へと昇格になります。」


 ジョナさんがスラスラと分かりやすく説明してくれる。


「それと、これを渡しますね」


そう言ってギルドの刻印が入った銅で出来た腕輪を渡された。


「これは銅級冒険者を表す腕輪です。以降は昇格ごとに銀、金の腕輪となり、黄金級では純金の腕輪となります。今後は依頼受注などの際には腕輪の提示をお願いします」


懐かしいなあ……フォスターでもこれを受け取ったときは冒険者になれたって大喜びしたよ。

僕は懐かしさを感じつつ腕輪を受け取って袋に入れた。 


「それで、ムミョウ君……」


 ジョナさんが言い淀むのを見て僕が不思議がる。


「これはあなたを冒険者にお誘いした理由でもあるのですが、現在鍛錬場のモンスターが異常に強くなりすぎてしまい、10階層の到達すらままならないのです。 以前は10階層までは比較的経験の浅い冒険者でも到達でき、そこのモンスターを倒して得られるアイテムや武器防具などの売買で皆生計を立てたりしていましたし、腕の覚えのある冒険者は20・30階層を突破し、数年に1度は40階層を突破するパーティーもおりました」


そこまで話すとジョナさんは一息入れる。


「ですが、3年ほど前から突然見たこともない異常な強さのモンスターが現れ始め、冒険者の死傷者が激増、40階層はおろか20・30階層突破すらも無くなり、今となっては10階層の魔王の眷属を倒したパーティーも数パーティーほど……」


あれ……これってもしかして……?


「世界中の鍛錬場でも同様の現象が起きており、我々冒険者ギルドとしても困っている次第なのです」


「あのー? 」


僕は確認したいことがあったのでジョナさんに質問してみる。


「確か鍛錬場って神様が、魔王出現の際に世界に出現したモンスターも、鍛錬場に出すようにするんですよね?」


「確かその筈です。 言い伝えでは神々が私達人間に試練と強さを与えるため、新しいモンスターが出現して、それを人間が倒せばその姿を似せたものを鍛錬場にも送り込むはずです」


「それで……10階層の魔王の眷属ってどういうモンスターなんです……?」


どう考えても……ねえ?


「確かオークですが、通常のオークよりも巨大で、真っ赤な肌を持ち、巨大な鉄の塊を持って人間をいとも簡単にひき潰すのだと……」


ジョナさんの説明に僕は合点がいった。


あ~……僕がレイやミュールを助けた時に戦ったボルスか……。


どうやら自分が修行で連合国で戦っていたときに倒したモンスターや四天王が、そのまま鍛錬場に現れているようだ。


「マスターはムミョウ君とトガさんの強さが相当なものだとを見込んでいて、ぜひ鍛錬場を突破してもらいたいと考えていました。ですがトガさんが亡くなった以上、あなただけで鍛錬場の突破をお願いするには……」


「大丈夫ですよ」


「え?」


僕の言葉に思わずジョナさんが驚く。


「僕が鍛錬場の突破をすればいいんでしょ? 他には何をすればいいんです?」


「はっはい……出来ればそのモンスター達の弱点や倒し方も記録していただき、後の方々にも攻略できるようにしてほしいとマスターが……」


「分かりました。 記録とかは文字があんまり描けないので辛いけどどうにかしてみますよ。 そのモンスターや眷属達には因縁もありますし……」


僕の自信に満ちた言葉にジョナさんは頷く。


「よろしくお願いします」


……にしても、僕と師匠の修行の結果がまさかこんな所に影響してるなんて知らなかった……


まぁいいさ……もう一度あいつらが俺と戦いたいって言うなら戦ってやるさ! 何度でも!

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