赤川次郎アーリーデイズ100
さかえたかし
その1 幽霊列車
「幽霊列車」は書籍としては1978年6月に文藝春秋から発売され赤川次郎の四冊目の本にあたる。1981年には文春文庫に収録、現在は赤川次郎クラシックスとして同文庫で新装版を手に入れることができる。
表題作にして第一短編「幽霊列車」は赤川次郎のデビュー作。表題作以外の収録作は「オール読物」に掲載された。
鮎川哲也がアンソロジー「見えない機関車」に収録しようとしたが(当時)デビューしたての作家の表題作を録ることを申し訳ないと断念。後に「無人踏切」に収録されている。第一作という事もあって語り手の宇野警部も探偵役永井夕子も強烈な個性を与えられていない。走行中の列車から乗客が消えてしまったという「人間消失」トリックを扱っているが、それよりも事件が起こった原因の方にインパクトがあると思う。
デビュー作ということで巻頭の「幽霊列車」のみが有名だが、実際はそれ以外の収録作の完成度が高い。デビュー後の作品だから当然と言えば当然なのだが。
二作目「裏切られた誘拐」ではいきなり”皆の知っている赤川次郎度”が高くなったという印象。つまりテンポが良くユーモアがあって読みやすくなった、という事。誘拐事件を取り扱っている作品だが、謎解きがちりばめられ、後味の悪い結末ながらそれを払しょくするユーモアのあるオチも最後に用意している。宇野警部の語り口もユーモラスなものに変わり非常に読みやすくなった。真面目で堅苦しいけど若い女性に振り回される中年の一人称で語られるミステリというのに既視感があるなと思ったが、クリスティ「牧師館の殺人」のレナード・クレメント牧師である。
三作目「凍りついた太陽」になるとさらにミステリ度が上がる。真夏のリゾート地でゆすり屋が凍死していた、という話。凍死の原因自体は容易に思いつくが、肝は「なぜ凍死したのに死体は凍ってなかったのか」のという部分の謎への解凍ならぬ解答。これは上手い。全体的な雰囲気といい、海外のユーモアミステリのようなセンスである。
四作目「ところにより、雨」は収録作でも一押しである。晴れた日に大学の書庫で死体が発見されるが、なぜか死体は傘を持ち、長靴を履き、レインコートを着ていた。さらにそれ以降も次々傘を持ち長靴を履きレインコートを着た被害者の殺人が起こる。今作はこの奇妙極まりない”被害者たちがなぜ雨具を着ていたのか”の謎解きがとてもしっかりしている。これを50ページちょっとの短編にまとめたのが惜しいくらい。あの赤川次郎はこんなにも「本格」だったのだ、というのはミステリ好きの未読者にはかなりの驚きがあるのではないだろうか。
五作目「善人村の村祭」はこの本の収録作の中ではミステリ度は落ちる。むしろこの後赤川次郎が多くの作品で描く「人間の怖さ・おぞましさ」の先駆けと言った方がいい。事件がなぜここまで大きくなってしまったかを最後説明する夕子の推理はゾっとする。
「幽霊列車」に対する39年目(当時)の初読の率直な印象は、事前の想像よりはるかにミステリしているという印象だった。特に「裏切られた誘拐」「ところにより、雨」はアンソロジーに収録されてもおかしくない印象(筆者が知らないだけかもしれないが)。「幽霊列車」の知名度の高さが災いしているのかもしれない。
その意味で短編集「幽霊列車」は赤川次郎に対するある種の偏見を持つミステリファンにとってまさにうってつけの本ではないだろうか。
(2018年11月27日追記)新保博久先生(@oldmanincorner)よりTwitter上で
『「ところにより、雨」は新潮文庫『昭和ミステリー大全集(下)』に採られております。』
との指摘がありましたので追記します。
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